妻と朝食を取りたい旦那様

「どうだ?昨夜はよく眠れたか?」


「はい。ぐっすりと眠ってしまいまして、申し訳ありません」


 場所はレオンの自室。

 窓際の中庭がよく見渡せる席にレオンはオリヴィアを座らせた。


 二人が挟む広くないテーブルの上には、朝食を乗せた皿が端から端までこれでもかと並んでいる。

 これらは執事長が自ら運んで来たもので、彼は給仕役も買って出たが、妻と二人きりで食事がしたいと言うレオンに部屋から追い出された。


 だから今は部屋に夫婦二人きりだ。



 窓からさんさんと陽光が入り込んでいて、昨夜はよく見えなかったオリヴィアの本来の姿をレオンは朝からじっくりと観察している。

 それも少しの悔しい想いを抱えて。


 執事長と侍女長から事情を聞いた後、朝の支度をどうするかという問題がレオンに残った。

 今の時点では信用の置けない侍女たちに妻を任せるわけにはいかず、悩んだレオンは自分が支度を手伝おうと目覚めた妻に申し出る。


 ところがそれは、朝から妻に酷く恐縮されたのち、早々にレオンが自身で撤回することになった。


 執事長が急ぎ持って来たドレスもまた、オリヴィアがあまりに恐縮したために、袖を通してみないかという提案さえレオンはすることが出来なかったのだ。


 だから今もオリヴィアは、簡素な、それも渋い土色をしたワンピースを着用している。

 聞けば、伯爵家から持ってきた数少ない衣装だそうだ。


 妻から話を聞けば聞くほどに、伯爵家が何を考えていたのか分からなくなっていくレオンである。



 しかしせっかくの妻との時間、忌々しき伯爵家のことなどは今は忘れていたい。



「謝ることはない。こちらこそ、昨夜は夜分遅くまで付き合わせて申し訳なかったな」


「いえ。こちらこそ。私の要領を得ない話を長く聞いてくださいまして、申し訳なく思います」



 レオンは昨夜のことをほろ苦く想い出す。


 昨夜は互いに……どちらかと言えば、途中からはレオンが主となり、謝罪を重ねることとなった。


 話し合ううち、レオンの怒りの矛先がオリヴィアの実家である伯爵家からは逸れていき、そのうちにすべてが自身に向かったレオンは、とうとう椅子から降りて床に手を付き頭を下げ始めたのだ。


 そんなことをされたオリヴィアがどう思うか、そこにも気が回らず。


 当然オリヴィアは、そんなレオンの公爵らしからぬ態度に恐れを抱き、急いで席から立つと同じように床に手を付き頭を下げた。


 レオンの脳裏にそのときの妻の姿が今も焼き付いて離れない。


 妻になんてことをさせてしまったのだ。



 また謝りたくなったレオンだが、昨夜妻と結んだ協定を想い出す。


 レオンが謝れば、オリヴィアは必ず謝る。

 しかしレオンが謝らずとも、オリヴィアが話していれば、すぐに謝罪が付いてきた。

 その謝罪の言葉に心苦しくなったレオンがまた謝って……という無限のループに陥っていたために会話が一向に先に進んでいないことに気付いたレオンは、しばらくは互いに謝ることを辞めようと妻に提案したのだ。


 昨夜は妻もこれに同意したはずだった。


 ところがどうだ。

 今朝はすでに、二人とも謝っているではないか。


 レオンは自分に酷く呆れつつも、長く悲運のなかにあった妻には約束を違えたことを指摘せず、食事を促す。


「謝ることはない。オリヴィアの話が聞けて、俺が嬉しかったからな。まずは食べようではないか。食べながら話を──」


 ところがオリヴィアは、テーブルの上を見詰めるばかりで、手を動かそうとはしなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る