第51話 銀髪の少年

「……まぁ、わかんないよね。とは違う姿だし。そうだな……まぁ、とりあえず、道化師とでも名乗っておこうかな」


『道化師』と名乗った銀髪の少年は、片手でくるくるとナイフを回しながら、少し寂しそうな表情で言った。

だけど、すぐに回していたナイフを止め、俺の方に向き直って、ナイフを突き出してきた。


「いいよ。わからないならそのままで。それに、何も知らないままで死んじゃったほうが、君としては楽だろうし」

「何の話だよ? 俺はお前みたいなやつ知らない!」


俺が、こいつと話したことがあるって事実があったとしても、記憶がなけれ事実もあってないようなもんだろ。

俺には関係ない。


だけど………


「まぁ、とりあえず、僕は君を殺しに来たの。君が、さっき僕のナイフを避けたってことは、少なくともそれくらいは理解してるんでしょ?」


こいつが俺を殺しに来てるのは、紛れもない事実だ。

それに、この殺気、雰囲気、こいつはかなり強い。

最初から本気でらないと、確実に死ぬ。


「ルークス……お前、どういうこと……? それに、二人もそんなに息巻いちゃって……」


ユータがおどおどした様子で言ってきたけど、今は答えてる暇はない。


「悪ぃ、ユータ。心から俺に死なれたくないって思ってるなら、そこの屋台に売ってるりんごあめ、それも、あめの部分が薄いやつを買ってきてくれるか?そしたら後で説明するから」


俺はそう言ったけど……


「いや、いいよルークス。持ってきてるでしょ? 自分用の、荷物置き場に置いてなかった?」

「あぁ。今すぐ取りに行ってこい。氷室くんに被害が及ばないように、しばらくは私たちがどうにかしておく」


レント先輩の一言が戦闘のトリガーだった。


道化師は、話が終わったことを確認したようなそぶりも見せずに、右手のナイフを俺に向かって全力で振りかぶってきた。

それと同時に、俺は右足の薄い鉄の入った靴底で、ナイフを受け止めた。


そりゃあ敵側が言ってることなんて無視するよな……


それに……こいつは速い。


「君、俊敏しゅんびんだね! 僕の速度に追いつけるなんて!」


道化師は、嬉しそうな表情を浮かべる。

楽しそうな顔しやがって………


「敵に褒められたって嬉しかねぇよッ!」


俺は、ガラ空きだった左手のナイフを道化師の手から離させるべく、ナイフを受け止めている右足を軸足に、一回転するように左足で左手に蹴りを入れた。


「あっ、離れちゃった」


手から離れた左手側のナイフを取らせないように、俺はそのままナイフを拾い上げた。


その隙に、俺と道化師の間に、ドルチェと先輩が飛び出した。


「人の話が聞けない男は嫌われるぞ〜って、この前ルークスに塔ノ上さんが言ってた。キミは、嫌われる、ぞ?」

「その通りだ。貴様は既に私たちに嫌われているからな。ルークスを殺そうなぞ、させてたまるか」

「二人とも……」


ドルチェは鬼姿。

レント先輩はついこの前見せてもらったのと同じ刀を構えてる。


俺は二人が道化師を止めてくれている間に、林檎を取りに走った。

実は、売店から200mぐらい先に荷物置き場があって、俺たちはまとめてそこに荷物を置いている。


50メートル走6.00の俊足ナメるなよ。

単純計算で、48秒あれば往復できる。

約1分間耐えてくれ……





では、その約1分の間の話をしよう。


「一刀流はあんま得意じゃないんだよねぇ………まぁ、多分どうにでもなると思うんだけど」


道化師は右手に持っているナイフをくるくると回しながら言う。


「氷室くんの保護が最優先だ。ルークスは、一応自分の身は自分で守れるからな」

「わかってる。そっちには危害がないように……だよね?」

「あぁ」


桃太郎と鬼の共闘とは、なんともイレギュラーな組み合わせだ。


「ねぇ、君たちさ! 僕困るんだよね、君らみたいなの! 日本の御伽噺には日本の御伽噺担当の人がいるの! 他の人の仕事奪っちゃうから、僕、君たちにはあんまり攻撃できないんだよね!」


「じゃあそこで大人しくしていればいいだろう」


レントはとてもイライラしているようだ。


「祖父の作った遊園地を汚さないでいただきたい。消えてもらおうか」


レントが刀を握りなおす。


「壬申の舞!」


以前にも披露した逆袈裟だ。


「速いだけ。大して強くもない」


以前悪役ヴィランが全く敵わなかった大技を、道化師は最も容易く受け流した。


「獄青鬼……!」


そして、隙をついて後ろからドルチェが襲い掛かる。

金棒を駆使した突き技だ。


「危な」


小さく呟き、道化師は肘と膝で金棒を挟み、ドルチェの攻撃を止めた。


「レントが速いだけなら、僕は……危ないだけ?」


ドルチェは、道化師の肘側へ金棒を一気に持ち上げる。


「痛ッ……」


効いたようだ。


「危ないだけじゃなかったみたい」


小さく呟くと、ドルチェはヒラリと後ろに下がり、道化師と距離を取った。



「ルークス、もう大丈夫?」




……ただいま!


俺は林檎を一口齧った。


現れたのは、無邪気な黄色小人。


「あぶないねぇ! ずっとしんぱいだったんだ!」


黄色はそう言うと、さっき取り上げて持ったままだったナイフに何やら魔法をかけて、帰っていった。


……刀身がビックリするほどピカピカだ。

切れ味が上がったのかな?

しかし、俺はあんまり短剣使えないぞ……


……ええい、もうどうしようもない。

昔やった短剣の練習を思いだせ!

こういうときに使えないでどうする!


俺は、とりあえずピカピカになった刀身を、道化師に振り翳した。

上手くできてるかは……知らん。


「……これは楽しいね!」


こいつ………純粋に楽しんでやがる………


責めたり受け流したりを繰り返している間に、道化師がだんだんと後退あとずさりしていく。


あれ、俺、意外と上手くやれてる?


だんだんと、道化師が池のほうへ追いやられていく。


このままいけば……!


だけど、あと一歩で道化師が池に落ちそうになったとき……


「なっ……ッ!」


俺のナイフは道化師の入れた蹴りで遠くに飛ばされた。


「ふふ、あとちょっとだったね」


道化師が、俺の首元にナイフを突きつける。


……やべ。死んだな、これ。

動こうにもどうしようもない。


そう思ったとき。


「おい貴様、そのまま動けば貴様の首も吹き飛ぶと思え」


……先輩!

先輩が道化師の首元に、日本刀を突きつけている。


「……分が悪いね」


小さく呟くと、道化師は俺たちの元から目にも止まらぬ速さで離れていった。

は、速い……


そして、道化師は、俺たちと距離を取ったあと……持っていたナイフを投げ捨てた。


「そういえば……今思ったんだけど、遊園地で人殺しは良くないね。子供たちの夢が壊れちゃう、か」


…………あ?


「主人公たちを始末する場所は、現実的で、誰しもが抜け出したいと思うような、夢のないところじゃないとダメ。そうじゃなきゃ、悪役ヴィランの存在理由がなくなっちゃうって、ボスに言われてたんだよね……あの人、何がしたいんだかよくわからないところあるからね。しょうがない。ちょっと不服だけど、ちょっと分が悪いから、殺すのは今度にしてあげる!」

「…………?」


「じゃ、また遊ぼ、白雪姫さん! 今度はちゃんとるからね!」


「……………はぁああああああ⁉︎」


俺が一人で動揺していると、今度は、あいつは、頭に手を当てた。


すると、バチッという音とともに、道化師の髪色だけが変化した。


「また今度」


それだけ言い残して、どこかに去っていった道化師の髪色は、俺にキンセンカの花をくれたあの人と、同じ色をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る