第52話 グリムが残した軌跡

「ほんっっとにごめん! マジでぶっ壊し案件でしたよね! 謝罪します! あと、これは返します」


俺は、何が何だかよくわかってないなか、とりあえずりんごあめを買いに行ってくれていたユータに、代金である三百円を差し出し、頭を下げながら言った。


「いやいやいや! 代金も何もないだろ! 何であんな状況でりんごあめ食いたいなって思うんだよ⁉︎」


まぁ、そりゃあ普通、そう思うよな。

戦闘中に林檎なんて食い出す奴は、世界中どこを探しても、俺たち白雪姫の子孫だけだ。


「それになんだ……先輩たちも何が何だかよくわからん武器を行使してたじゃないか! 日本刀なんて初めて目にしたぞ! 銃刀法違反ではないのですか⁉︎」


…………そこはノーコメント。

レント先輩が『確かに……』みたいな顔で考え出しちゃった。


「……知りたい?」

「というか、今の僕には知らされる権利があるぞ」


…………


「なぁ、ドルチェ。こいつに、俺のこと話していいと思うか?」

「うーん…………悪くはないんじゃない?」


俺はユータに自分のことを一切合切、漏らすことなく全部話した。

そして、ドルチェたちのことは、歪み合いの歴史があることとかは除いて、俺と同じように、昔話の登場人物の血が流れているから能力が使えるってことだけ話した。


「つまり君はあの有名な御伽噺である白雪姫の子孫で、りんごがあれば小人が助けてくれる、と」


俺はうんうんとうなずく。


「そして、『白雪姫の子孫が、本物の白雪姫は残酷な話であることを広めるのは、世界の夢を壊すことだ』そう考える集団の『悪役ヴィラン』に、白雪姫の子孫である君は狙われている、と」


俺はまた、うんうんとうなずく。今まで説明した人の中で、ユータが1番理解が速かったかもしれない。

さすが日本一の頭脳と言ったとこか、こんなにすぐに話が終わるのは初めてだ。


「だからりんごあめを頼んだんだよ。りんごがあれば小人たちに助けてもらえるからさ」

「ふーん…………そいでもって、こっちの二人も特殊な能力を持ってるけど、そのトリガーが物語に帰属するものになっているんだよな?」

「…………? 言葉が難しくてよくわかんねぇけど、多分そう」

「ふーん…………」


ユータはあごに手を当てて、下を向き、こちらから目を逸らした。


「疑って……る?」


俺は不安になってユータの顔を覗き込んだ。


そしたら、ユータの肩が震え始めた。


「え? どうした?」


俺が聞いたけど、そんなのは必要なかったようだ。


「ふっははは! そんな夢みたいな話あるわけないだろ? 非現実的すぎる! いやぁ、君は面白いねぇ! 強さじゃなくて、小説家にでもなっていれば、文学面でもS組に入れたんじゃないか?」


ユータは笑ってた。


……そうだ。そういえば、こいつはこんな奴だった。


ユータは頭が良い。

異常なくらい頭がいい。


つまり、現実では起こり得ないことと、この世界でも実現可能なものの区別がついてる。


だから、例えば、世間話と思って夢の中で起きた出来事の話をしても『そんなのは非現実的だ』とか言ってくる奴だった。


そう、ユータは現実的だ。



「だいたいさ、白雪姫はグリムが物語だろ? エッセイや伝記じゃないんだから、登場人物が実在して、その子孫までいるなんてことあるわけないじゃないか!」



…………!


…………言われてみればそうだ。

世の中にも、俺たちの家にも、白雪姫は物語として語り継がれてる。

お母さんから説明をされたときも『こんな物語があってね』って言われた。


じゃあ……………………俺は、俺たちは、何者なんだろう?



確かに林檎を食べることで小人たちを呼べる。

悪役ヴィランは、真実を世間に知らしめないために襲いかかってくる。


……俺には、自分が白雪姫の血を引き継いでるって言える、それだけの根拠がある。

俺はちゃんと、白雪姫の子孫だ。


そうじゃなかったら……俺は何者?


「失礼だな! ホントのことなんだよ!」

「あー、そうやってキレるんだ。さすが脳筋」

「ったく、うるさいな! まぁ、理解できてんなら信じなくてもいいから!」

「しゃあねぇな……今の洞話、もう一度もうちょっとまともな持論にしてくれないか? 現実的に説明しろ」

「あ、じゃあボクが血と魂の話をしようか? 仕組みがわかればちょっとは、げんじつてきなじろん……? になるんじゃない?」

「いやいいよドルチェ。こいつ何言っても信じてくれないだろうから」


「……その、ちょっといいか?」


俺たちが言い合っていると、レント先輩が口を挟んだ。


言い合い中の俺たちも、流石に先輩の言葉は聞きます。


「きっと氷室くんは、認めたくないだけで理解はしているんだろう?」

「そうですね。理解はしていますよ」

「なら、これ以上言い合っても無駄なんじゃないか?」

「「「……確かに」」」

「だったら、一度この話は一度終わりにして、折角来たこの場所だからこそ出来ることをしないか? この場所に来ることは中々出来ないが、議論は生きていればいつだって出来るぞ?」

「「「確かに……!」」」



こうして結局俺たちは、日が暮れるまで、今いる場所を楽しみ尽くした。



そして、帰りの電車の中でのこと。

どうやら、レント先輩の家は俺たちの住む地域の近くにあるらしく、一駅分先に降りるって言ってたけど同じ電車に乗ることになった。

ちなみにユータは逆方向なので現地で解散した。


「こんなに楽しい遊園地をつくっちゃうなんて、レントのお父さんはすごいね」


ドルチェが先輩に話しかける。


「む? あの遊園地を作ったのは私の祖父だが?」

「「え?」」


「父、って書いてあったよな?」

「うん。ボク、この字は『ちち』って読むの、知ってる。お父さんのことだよね」


チャット欄を見れば、確かに『父』と書いてある。


「あ……すまない、誤字だ。何せ機械に慣れていなくてな…うむ……祖父と打ったつもりだったのだが……」


意外なことにレント先輩は機械音痴らしい。


「父はクズだからな。あんな、人々を笑顔にできるような場所は作れまい。それに比べ、お祖父様は素晴らしい! 人々に笑顔を配る天才だ。尊敬に値する人物だ」


意外なことにレント先輩はおじいちゃんっ子らしい。


「お父さん好きじゃないって言ってたもんね」

「あぁ、顔も合わせたくないほどだな」


何かあったのかな?

でも、レント先輩の家系のこととか、昔あったこととか、ちゃんと知らないから聞こうにも聞けないな。


「おじいちゃんは大好きなんだね」

「それはもちろん! 私の恩人であり恩師であり、育ての親! 最高の人物だ!」


まぁ、とにかくおじいちゃんが好きそうで何より。


「実は、今日、みなを誘うことができたのは、お祖父様のおかげなのだ。友人と過ごす時間は人生における財産になるし、何よりその経験が作る人間の成長は計り知れないと、遊園地で遊ぶよう言ってくれてな」

「やっぱいい人なんだね」

「あぁ」


先輩の、いつにもなく満足そうな瞳が、電車の流れていく景色を映す。


「今日は、私についてきてくれてありがとう。とても楽しかった。まぁ、みなは後輩だが……ドルチェに関しては友達のようだな。ルークスと氷室くんは、敬語のせいなのか、後輩、という感じが強いが、他の後輩たちと比べて、ずっと距離が近いように感じられる。とても良い縁だ」

「お気に入りの後輩になれたみたいで嬉しいっす」

「お、気に入り? そんな傲慢な姿勢ではないのだが……」

「お気に入りでいいんっすよ。万年帰宅部の俺には、その響きだけでかなり嬉しいんで」

「そうか……」

「ちょっと前までは『悪鬼』とか『お嬢さん』とか言ってたのにね」

「そ、それは忘れてくれ! あのときは2人のこともそんなに知らなかったものだから……」


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