第42話 白雪姫から見た話

「まぁ、そんなわけだよ」


出会ったときよりも低くなったその声で、ドルチェが説明を終わらせた。


「どちらが悪いかどうか審査してほしいと言うつもりはない」

「そう。相手が何考えてたかも知れたしね」

「……私は許したつもりはないが」

「あっそ。ボクも知っただけであって許すつもりはないから安心して」


ん〜と……つまり、どっち側の立場も自分の一族を助けるためにやったことってことなんだよな?


「ドルチェ、第三次桃鬼大戦のあと、鬼たちはどうしたんだ?」

「娘が死んだのは自分たちのせいで、あの子が愛したのは人間だったから、できるだけ人間に近い生活ができるように頑張ったみたい」

「未だにあんな形相になるくせに」

「君が襲ってきたのが悪いんでしょ。ていうか、最近の感じだとボクみたいになる鬼の子孫たちは減ってるんだよ。君らの血が薄くなってるのと同じ」


2人は依然、目を合わせようとしないし、話しかたも攻撃的だ。

レント先輩は、拘束は解いてあげたけれど、暴れることはない。

それだけまだマシか……?


「あの……さ。すっごい難しい話だし、物語の地域も違うから縁もゆかりもないし、俺から言えることはあんまりないんだけどさ、ご先祖様の話になら、言えることが一個ありますよ」

「何?」 「なんだ?」


「どっちも悪いけど、悪くない」


「「は?」」


「だってさ、どっちも自分を守るためにやったことなんだよな? ドルチェが言ってることもわかるし、レント先輩が言ってることもわかります。どっちも辻褄が合ってるっていうか……主張がどっちも正しいんですよ」


「「………………」」


俺の言葉を聞いた2人が、初めて顔を合わせたあと、すぐに目を逸らす。


「それで、それはそうとしてですよ? 今、こうして出会った子孫のお二人に言えることっていうと……これに関しては、どっちも悪くないと思う……だって、これでどっちかが悪かったら、生きてるのが悪いとか、生まれてきたのが悪いとか、そういう話になっちゃうよなって思って。だって、生まれる家なんて選べないじゃないっすか。俺バカだからわかんないんですけど……うん。やっぱりバカだからわかんねぇわ」


それを聞いたドルチェは軽く頷く。

レント先輩は、面の奥にどんな顔を浮かべていたんだろうか。


「……ボク、最初に言ったよね。『やったのはボクじゃない』って。それの意味、わかった?」

「私たちが恨み合ったって、今が初対面なのだから、仕方がないと言いたいのか?」

「多分、そう。恨むべきは、今、初めて出会った目の前にいる相手じゃなくて、実際悪いことをしたお互いの祖先なんじゃないかなって。だから、ボクたちが今ここで喧嘩したって、人を喰いたい衝動が消えるわけでも、呪いがなくなるわけでもないよなって」


「そう! 俺が言いたいの、そういうこと!」


「…………」


レント先輩が無言で頭をかく。


そして、さっきまで被っていた面を外した。


中から現れたのは、長くて綺麗な黒髪。

アルマさんもトレーネも敵わないほどの、綺麗な表情。

切長な目は未だ攻撃的だが、どこか憂いを帯びている。


男に対して『綺麗だ』と思ったのは、これが初めてかもしれない


「……つい先刻まで恨んでいた相手と、今すぐ仲良くなれるほど、私は強くない」

「そりゃあ、ボクもだよ」


泳いでいた目線を、ドルチェの方に移していく。


「名は?」

「ドルチェ。ドルチェ・シンドローム」

「苗字は?」

「ちょっと色々あって名乗れないんだよね」

「そうか……ドルチェ。しっかり覚えた」

「あんたは……山桜桃レント、だっけ?」

「あぁ」


そう返事をしながら、レント先輩が立ち上がる。

その背には、ほとんど沈んでしまった夕日。


「そのうち話そう、お互いのこと。その様子だと、君も傷つきながら生きてきたんだろう」

「……あんたも、そうなんでしょ? ちゃんと聞かせてよね。じゃなきゃ、納得できないだろうし、また怒りたくなっちゃうかもしれないし」


それだけ言い残して、レント先輩は去っていった。


「ルークス、帰ろう。ごめんね、いきなりこんなことになっちゃって」

「いやいや、俺の方こそ、何もできなくてごめんな」


そんなことを言いながら、俺たちは階段へ向かう。



すると……


「今何時だと思ってるんだ! 下校時刻とっくに過ぎてるんだぞ!」

「申し訳ありません……稽古に励んでいたところ、時間を忘れてしまって……」


階段の下で叱られているレント先輩を見かけた。

げ……クソ教頭だ。絡まれるとめんどくさいんだよな……

俺たちは仕方なくその前を通って、階段を降りる。


「白雪! お前もか!」

「え、あー、いやこれは違うんっすよ。転校生くんが迷子になっちゃって。探しに行ったら屋上にいたんです」

「そうなんです。迷子になったらここで待ち合わせる約束してて」


「そうか、なら帰ってよし」

「許してしまっていいのですか⁉︎」


レント先輩が言う。


「お前が何を言う。生徒指導だ」


「じゃあ、先輩、さよーならー」

「……また」


「このっ……この悪鬼がぁあああああ!」

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