第39話 悪魔と呼ばれたその人は

「……あぁあああ…………またやっちゃった……本当に死にたい……誰か殺して……」


体の大きさと肌の模様はいつも通りに戻ったが、声は低いままのドルチェが言った。

体育座りで、血液パックの中身を啜りながら、涙目で縮こまっている。


なんで体は戻ったのに声は戻らないんだろうか。


「ごめんね、ルークス。自分で作った料理、上手に作れると美味しそうだなって思うでしょ? それとおんなじで、自分の血でも、見ると食欲が出てきちゃって……」

「いや、謝ることないよ。謝るなら……」


拘束した後に、傷は俺のピンクの小人で治したはいいが、まだ気絶したままの彼に謝ってくれ。


結局、金棒が命中した後に気絶した彼と、手についた自分の血を見て、ドルチェが『美味しそ……』って呟いたのを聞いて、俺が急いでサクヤさんに持たされてた血液パックを渡して、どうにかした。


「やっぱりまだこうなると制御できないなぁ……」


こうして見ていると、普通の人に見えなくもない。

ただ、血液パックを啜ってる人はあまり見ないな。

ってか見たことないな。


「えっと……ドルチェ、その、声、どうしたんだ? ついさっきまで俺より全然高かったじゃん? それに、男の子だったんだなって……」

「え⁉︎ もしかして女だと思われてた⁉︎」

「あー、いや、そうじゃなくて、どっちなんだろうなって思ってた」

「そ……っか。ならまぁいいや。この年であの声だったらそう見えなくもないよね。んーとね、しばらく鬼になってなかったせいかな。鬼の血があんまり動いてなかったから、体が成長しなかったんだと思う」

「……?」


「あれ、知らない? 血と魂の話」


…………なんだそれ?


「そうだな……ボクたちの体には血が流れててるでしょ? その中に、祖先の血が流れてるから、ボクたちは力が使えるの」


なるほど?


「でも、それって不自然じゃない? 昔の人たちの血が流れてるだけだったら、他の人と変わらないし、その理論が通るなら、子孫だったら誰だって力が使えるよね?」


……確かに。


「じゃあ、なんでこの差があるのかっていうと、血の濃さが人によって違ってくるからなんだ。んーと……家によってネットワークの強さに差があるような感じって天竹さんは言ってたな」


サクヤさんから聞いた話だったのか。


「その血っていうネットワークを使って、ボクたちの中にある魂が祖先の魂と繋がって、援軍を送ってもらうの。でも、主人公たちは直接出てこないでしょ? それは、あの人たち……人じゃない人もいるけど、物語の登場人物たちの魂は、人間の体に宿すには強すぎるから、らしいよ」


「へー……仕組みとか、全然気にしたこともなかったわ」

「生まれた瞬間持ってる力だからね」


「それで、なんで鬼になってなかったから体が成長しなかったんだ?」

「なんかね、血の流れが遅くなってたんだと思う。実は、ボクたちみたいな、力を使える人たちは、時々力を使わないと普通の人より血の流れる速度が遅くなって、成長する速さも遅くなっちゃうんだって。でも、力を使った時は、血の流れがすごく速くなるって、サクヤさんが言ってたのを聞いたことがあるから、多分、今まで10年以上血の流れが遅くなってたせいで子供の姿のままだったってことかな? あ、でも、ボクの力は『鬼化』だから、その時は異常なぐらい成長して、力を解くと元の姿に近く戻る……って感じかな? よくわかんないけど」


「……難しい話だが、なんとなく理解はできた」

「もしかしたら、ボクの方が頭よかったりして」

「それはお前、次のテストでどうなるかだろ」

「ん〜……ボクまだ全然勉強やれてないんだよね。小2の内容までは完璧」

「よく編入できたな」

「青林でよかった」



そんな会話をしながら待っていると、10分経った頃ぐらいに、山桜桃の彼が目を覚ました。



「そこの善良な一生徒さん。お手数なんだが、この拘束を解いてくれないか? 私はそこの悪鬼を今すぐ退治しなくてはならないんだ。今すぐにな。貴女の身に危険が及ばないためにも私はすぐに動きたい」

「だから! 俺は! お!と!こ! だっつーの! なんでみんなして俺のことそう言ってくるかなぁもう……」

「こ、これは失礼した。あ、よく見るとズボンは指定の男子用のものだな。申し訳ない」

「ったく……絶対解いてやんねぇからな」


悪魔と呼ばれたドルチェは、未だ、彼に目を合わせようとしない。


「……失礼の後に申し訳ないんだが、私は名を山桜桃ゆすらレントという。祖先が果たせなかった未練と、私自身の敵討のために、今ここでそこの悪鬼とその一族を退治しなくてはならないんだ。頼むからこの拘束を解いてくれ」


レントと名乗ったその人は、丁寧に頭を下げる。


「剣道部?」

「そうだ。家業に近いから、だな」

「普通、現役でちゃんと習ってるならそういう技を本当に使うのは道に反してるっていうのは知ってるのか?」

「あぁ、もちろん。だが、私は実戦で使用するためにこれを習っている」

「道よりそっちの方が大事?」

「当たり前だ。そのための技だ」


なんだか親近感を覚える。


「クラスは?」

「3年A組だ」


おっっっっっと先輩じゃねぇか。


「ごめんなさい。僕は2年S組の白雪です」

「後輩だったのか。どうりで見かけたことがないと思った。初めまして」

「初めまして」



「……ねぇ、楽しそうに話してるところに悪鬼が口挟んで申し訳ないんだけど」



ずっと、無言で俺たちのやりとりを見ていただけだったドルチェが、口を開く。


「君にはさ、ボクが悪鬼に見えてるんでしょ? でも、言わせて貰えばね、ボクにもさ、君が悪魔に見えてるんだよね。桃太郎さん」


……⁉︎


「わかってるじゃないか」

「だって、ボクらの因縁って相当でしょ? 君もボクに気づいたわけだし」

「まぁ……」

「で? 呪いの話?」

「もちろんそうだ。それ以外に何があるというんだ」

「そ……っかじゃあ、今度、お墓参り、行くから。ボクの祖先がごめんね。それに、ボクも生まれてきちゃってごめん」

「は?」

「だから、ごめんって」

「…………」


2人が黙り込む。

俺は、何が何だかよくわからない。


「私たちのことが憎くないのか」

「もちろん大嫌いだよ。けど、先に悪いことしたのは、多分こっちでしょ」

「そういう問題……なのか……?」

「わかんない」


「……つまりどういうこと?」


訳がわからなかった俺は、思わず聞いてしまった。


「そう、か。君は一般人だな。私たちの話をしよう」

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