第26話 白雪姫と青ずきん

…………眩しい。

なんだろう、久々な感覚がする。

俺は重いまぶたを開いた。


「……ん」


見慣れない天井。


右足と左腕に強い痛み。

足は固定されているから動かないんだろうけど、固定されてないはずの左腕が動かない。


困ったな。

蹴るときに使う軸足と、必要不可欠な利き腕だ。


「ルークス!」

「…………母さん………………」


久々に見た気がする。

俺と同じ赤色の瞳。

少し白髪混じりの黒髪。

ピンク色のワンピース。


うん、俺の母さんだ。


「学校から重体だって連絡が来て……あぁ、本当によかった……! でも、本当になんで跳び箱なんかに?」


俺は母さんにこれに至った経緯を全部話した。


この人は、俺のことちゃんと知ってるから信用できる。

それに、サティちゃん…………いや、サティの話、母さんにならしてもいいかなって思った。

ちょっと諦めきれない感情は、ある。

きっと、一応終わった恋…………だろうから。



「そう……そんなことがあったの…………」

「精神的には……まぁショックだけど、立ち直れなさそうって感じではないかな。昔も、仲良い友達が悪役ヴィランだったこと、何回かあったし」

「でも……好きな子っていうのは辛いんじゃない?」

「心配しなくて大丈夫だよ」


正直、辛いよ。

あんなに話しかけてくれたりしたのに。

林間学校のときだって、必死で探してくれてたはずなのに。

洗濯して返してくれたブランケットに、手紙までつけてくれたんだよ?


あのとき生き抜くことができたのは、君のおかげだって、書いてくれてた。



諦められるわけないじゃん。



本当は嫌だったけど、やらなきゃ自分が殺されちゃうから、俺のこと刺しただけかもしれないじゃん。

本当は殺すつもりで来たけど、途中から情が湧いて俺のこと刺した後に泣いてたかもしれないじゃん。


だって現に俺は生きてる。


心臓を貫かれてない。


利き手と軸足にハサミを突き刺されただけ。


本当は、俺のこと、殺したいと思ってなかったかもしれないじゃん。



「とにかく、目が覚めてよかったわ。お母さん、これからお仕事なの。もうちょっとお話ししたかったけど……」

「大丈夫だよ。いってらっしゃい」



手を振って、母さんの背中を見送った。



病室が、静かになった。

寝ているベッドの隣には護身用の林檎。



…………林檎を見て思い出したけど、こんな話を聞いたことがある。


昔、世界中で食糧が足りなくなったとき、魔法使いのような人が現れたんだって。

その魔法使いが使ったのは、食材を作る魔法だった。

透き通った、謎の液体から、ご馳走を作り出して、世界中の食糧難を救って回ったんだとか。


白衣を身につけ、不思議な液体を操るその魔法使い。


その魔法使いこそ、現代の食生活を支えるクローン食材、それの父である、偉大な科学者だ。


その人がいなかったら、今頃、世界中で餓死が起こっていただろう。

日本だって、滅んでいただろうし。


この林檎だって、本物にそっくりな偽物。

中身はクローンなんだからほとんど同じなんだろう。

ただ、オリジナルの方が希少価値が高い分、品質は変わらないけど、値段がちょっと高い。

まぁ、さして差はないんだけどね。


…………でもきっと、いつか、みんな偽物になる。


現在の戦争で戦っているのは強い兵のクローンだ。

本物の兵たちは、クローンの元になる細胞のデータをとるために、訓練をするだけの人たち。


現在の農業を支えているのは、昔の人々の知恵を植え付けた人工知能を埋め込んだ、人造人間だ。

農家と呼ばれる、人造人間ではないオリジナルの人々は、クローン食材を作るだけ。


奴隷文化と変わりやしない。

クローンにも感情はある。

だって、クローンってことは、普通の人間と同じなんだろ?


クローンの林檎とオリジナルの林檎、オリジナルの方が少し高いとはいえ、さして変わりない値段で売られてる。

じゃあ、人造人間と、オリジナルの人間、同等に扱われないのは、こんなに扱いが違うのは……なぜ?


そして、今の俺。

今までたくさん怪我してきたよ。

その度に治療してもらってきた。

体は既に普通の人と比べて、ずっとボロボロのはずだ。

生きてるのも奇跡って感じなんじゃないのか?


だったらさ。

こんなに技術が発展してるんだったらさ。

疑わずにはいられないよね。



…………俺は、本物なんだろうか。



そんなことを考えていたら、病室の窓から、風が舞い込んできた。

さっきは気づかなかったけど、外はもう夜だった。


「……ザマァないね」


そして、その窓から、1人の少年が顔を出した。


見たこともない人だった。


暗く、灰みがかった青紫系の色をした髪の毛。

蛍光色のような、派手なブルーグリーンのパーカー。

俺よりもずっと背は高い。


「僕のこと、わかる?」

「…………誰ですか?」

「いいよ、わからないならそれで。と言うより、わかってたら困るんだよね」

「……はぁ…………?」


本当に誰だろう。


「君はさ、自分がなんなのか、考えたことはある?」

「え……奇遇ですね、さっきまでちょうど考えてたところですよ」

「そう……それならきっと、大丈夫か」


そう言いながら、その人は持っていたカバンから、キンセンカの花束を取り出した。


「あげる。あの子から」

「あの子って………?」

「……本当は、わかってるんじゃない?」


俺にその花を手渡し、それだけ言い残して、彼は窓から飛び降りた。


「え…………名前は?」





「あー…………なんであんなことしたんだろう」


窓から飛び降りた少年が頭に手を当てる。

バチバチと音がしたあと、現れたのは、美しく光り輝く、短い銀髪と、綺麗に整った、少し幼さのある男性の顔。


そう、先の少年は、変装したサティだったのだ。


「……また、上司に怒られるな」


小さな声で言いながら、サティは家路を辿るのだった。

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