第25話 青鬼の子
ボクは、鬼の一族に生まれたんだ。
大昔のお伽話に出てくる、あの鬼。
でも、鬼って言うけど実際は、人間と同じようなものでね。
昔の鬼は、すごく心が汚くて、それが表に現れて、見た目も悍ましくなっちゃったんだって。
代を重ねるにつれて心が綺麗になっていったし、鬼の血も薄くなってきて、見た目も、服を着ていれば、普通の人間と大差ないぐらいになった。
でも、やっぱり、鬼は鬼。
あれは……記憶が間違っていなければ、3歳のとき。
ボクは、そんなつもりはなかったし、ボク自身がやりたいって思ったわけでもなかったに、人を…………殺めちゃった。
本当に、何も考えていなかったんだ。
気づいたら、目の前で、人が死んでた。
それに、ちょっとだけ食べたんだけど、それがすごく美味しくてさ。
忘れたいはずなのに、あの味は今でも時々思い出す。
多分、これは本能なんだよね。
大事な人だったとか、そういうわけじゃないんだけど。
本当に、その辺の、縁もゆかりもない人。
でも、人を殺したっていうのは、ガキでも大罪人。
でしょ?
うちは鬼の一族。
人を傷つけたことで差別されてきた一族だから、もうこれ以上、世間から突き放されることがないように、あるしきたりがあった。
他人に血を流させたら、一族から追放するっていうしきたり。
ボクは家から追い出されて、1人になった。
実はあった、鬼塚っていう苗字も、名乗ったら怒られそうだから名乗ってない。
それで、家から追い出されてから、山の中に野宿したり、川で体洗ったりしながら、かなり長い間生きてきた。
体は成長していくけど、服はないから、ずっと下着だけで生きてた。
もちろん恥ずかしいよ。
正直、ボクは体を見せたくない。
ボクの先祖は青い鬼だったんだろうね。
鬼だった頃の名残がまだあって、青い鱗みたいなものが、所々残ってるんだ。
髪の毛も、あの頃からずっと切ってなかったから相当長かったな。
でも……一番辛かったのは、これじゃない。
ボクには、鬼の血が多く流れてるのかな。
あの日、人を殺めることは、一家から追放されるぐらいの大罪だってわかったはずなのに。
僕は人の血の味を感じたいっていう衝動が抑えられなくて、何人も、何人も、喰った。
ダメだってわかってた。
でも、体が勝手に動くんだ。
止めたくても止まらなかった。
本能が抑えられなくて、毎日、毎日、毎日。
それで、ある日、天竹さんに出会ったんだ。
その日は嵐がすごくて、住んでた山に自分で作った寝床がずぶ濡れになっちゃって。
寝る場所がないからね、あ、実はゴミってフカフカしてるんだよね。
それで、誰にもバレないように路地裏のゴミ溜めににいたんだけど。
「あ、転がっちゃった」
なんて言いながら、あの人はこっちにやってきた。
得体の知れない球体が、足に当たった。
それを落としたんだろうね。
それを拾い上げたら、ちょっとだけ甘い香りがして。
「拾ってくださってありがとうございます!」
気づいたら笑顔の天竹さんが近くにいて。
「こんな見た目してるのに、ビビらないの?」
って聞いたら
「ん〜……最初は少しだけビックリしましたが、怖くはないですね。ただ……どちらかというと心配が勝ってます」
って言うんだよ。
でも、ボクはこれが日常だったから。
みんなが保育園に行ったり、小学校に行ったり、中学校に行ったり。
友達と遊んだり、喧嘩したり、抱き合ったり。
普通の人たちが普通にご飯食べたり、フカフカの布団で寝たり、好きなことしたり。
そんな生活とは程遠かったから。
だからボクは、『そう』とだけ言って球体を投げ返した。
「…………やっぱり、心配です。嵐の中、子供が下着だけで路地裏に座ってるのと、酔っ払いが道端に倒れているのとは訳が違いますから」
そう言って、あの人は無理矢理ボクを言伝荘に押し込んだ
そこで…………何年ぶりだろう。
温かいシャワーを浴びた。
普通のご飯を食べた。
髪の毛を短くした。
街ゆく人々と同じような服を着た。
……人の温かさを感じた。
「家賃とかいりませんから。ご飯とかもあげます。だからここで生活してください」
そんなことを言われて、どうしても抑えられなくなっちゃって、ボクは今までのことを全部、吐き出すように話した。
そしたらさ。
「…………それは……大罪人、ですね。でも、わたし、この世界で一番の大罪を犯した人が、祖先にいます。悪い人は嫌いです。けど、そのあとは真っ当に生きていたって聞いたので、あの人のことが大好きです。だから……その……わたしが教えてあげます! 普通の生き方に出来るだけ近くなれるように」
これが、確か、2年前の話。
その日からボクはずっと、あの三号室に住んでる。
最初の方はあんまり美味しくないから苦手だったけど、最近は普通のご飯が食べられるようになってきた。
甘いものは好き。
そういえば、初めて出会ったときに落とした球体は『オレンジ』っていうんだって。
あれも美味しかった。
あと、食器の使い方とか、ひらがなカタカナは完全に理解できるようになって、漢字も少しずつわかるようになってきた。
ただ……しばらく経ったけど、まだ、人混みに入ると少しうずうずするし、どうしても血が欲しくなるときがある。
でも、そういうときは、ちょっと不味いけど100円ショップの血液パックでどうにかしてる。
ただ、本物を見ると発作みたいになっちゃうんだよね。
さっきのは……そういうこと。
それに、ずっとみんなの前に出なかったのは、人に会うのが怖かったから。
食べたくなっちゃったら……ね。
傷つけちゃうから。
本能をコントロールできるようになるまでは、出来るだけ人と会わない方がいいっていうことで、今まで学校に行ったりもしてなかったんだ。
「さっきお化け屋敷に入りたくないって言ったのも、そのせいか?」
「そう。別に、怖いものは嫌いじゃないんだけど、鬼と血は、見たくなくてね。鬼は単純に自分が嫌いだからなんだけど、血液はちょっと……抑えられなくなっちゃうかもしれないから」
非常に大きな業を、1人の子供が背負っている。
その事実に、アルマはなんと声をかけたらいいか、わからなくなった。
「でも、今日、血を見なければ抑えられるってわかった。学校に行ってる人たちが、羨ましくなった。みんな、いいなって思った」
「ドルチェ…………」
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