第24話 青い子供の初めて
「これが……文化祭か」
青色の羽織を旗めかせながら、ドルチェが呟いた。
いつも少し虚な瞳に、今日は光が灯っている。
「いやー久々だなぁ。学生の知り合いとかいなかったし、母校に行く気もあんまりなかったから、学生の時ぶりだよ」
どうやら、ドルチェを連れてきたのはアルマらしい。
「着いてきてもらっちゃって、よかったの? 忙しいんじゃない?」
「いや、今日はちょうど暇だったんだ。サクヤちゃんが用事あるみたいで、よければ連れて行ってあげてくれって、あの人から頼まれたんだ」
「相変わらずお節介だなぁ……」
ドルチェの言葉は投げやりだけれど、表情は嬉しそうだった。
実は、この2人は初めて会ったあの日から、少し仲良くなっていた。
これは、あの日の夜の会話。
『……ねぇ、楽器って見たことないんだ。時々あんたの部屋から聴こえてくる音、聴いてたら気になっちゃって……今は夜だからダメかもしれないけど、そのうち、聴かせて……くれますか?』
『……おう! もちろん!』
そのあと、何回かギターとヴァイオリンの演奏や、好きなバンドの映像を見せてあげたとのこと。
なんならギターは少し弾かせてあげたらしい。
「ねぇ、これ……って何?」
「おー、それは見せたことないな。吹奏楽って言ってな、お前と同い年ぐらいの子たちが、結構な大人数で演奏するんだよ」
「へー、面白そうだね。見に行ってみたいな」
「そしたらちょっと時間あるみたいだし、先にルークスの店とか、そっちの方に行くか」
「うん」
そして、世間のことをあまり知らないドルチェは、音楽に少しだけ興味を持ったようだった。
それに、サクヤが文化祭に連れて行ってあげて欲しいと言ったのは、ドルチェが『もっとルークスと仲良くなりたい』と言っていたのを聞いていたからである。
「ルークス……どんなことしてるんだろう」
「こ、こんにち……は?」
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
なんということだ。
ルークスはこの中で働いているのか?
女装している人間がうじゃうじゃいる。
こんな光景初めて見た。
そもそも、カフェというものに来たのも初めてだが。
「うはははは! さすが学生って感じだな! 俺はもう割とおっさんになっちまったから、絶対にこれは無理だなぁ」
「24歳はまだギリギリお兄さんじゃない?」
アルマは楽しそうだが、ドルチェは正直『ここに入るのはちょっと……』と思っていた。
「確か……ルークスは前に夕飯の時にメイド服が嫌だって嘆いてたな」
「えっ、そうなの?」
それを聞いたドルチェは、面白そうだと思ったのか、店の中に入って行った。
すごくカッコいい執事のお姉さん。
明らかに女装の、筋肉がある人たち。
綺麗に執事の衣装を着こなしているお兄さん。
その隣にいる美人なメイドと、その隣にいるちょっと可愛らしい執事。
なんだか、段々面白くなってきた。
「ご主人様、こちらメニューになります」
「あ、ありがとうございます……!」
カッコいい執事のお姉さんが、ドルチェにメニューを手渡す。
「……ごめん。読めない。ボク、ひらがなとカタカナは大丈夫なんだけど、漢字、ちょっとしかわからなくて……」
「え、そうなのか? あ、これはクラスの人たちの名前のリストだ。指名したければどうぞっていう感じみたいだな」
「へ〜……」
「なんか食べていこうぜ」
ドルチェはメニューを次のページにめくる。
フラッペ、カヌレ、タピオカ……
「ごめん、読めるけど、全部何言ってるのかわからない」
「マジか⁉︎ お前……ほんとにどんな環境で育ったんだ?」
「まだ教えてあげない」
「まぁ、それはそれでいいんだけどよ……」
こうして、注文をするだけでも悪戦苦闘しながら、2人はS組の教室を後にした。
「ルークス、今はいなかったみたいだな。メニューにも休憩中って書いてあったし、きっと何処か歩き回ってるんだろ」
「そうだね。道中で見つけたら、話しかけてみよう」
「他に気になるところはあるか? まだ吹奏楽のステージまでは時間あるぞ」
「そう……だな……塔ノ上さんは?」
「ん〜、お化け屋敷とかかな」
「お、お化け?」
「あ、嫌か?」
「ん〜と……内容によるかな。とりあえず、その部屋の前まで行ってみて、嫌だと思ったら戻りたいな」
「そうするか」
2人が行ったのは、2年B組だった。
「これは……」
「い゙らっしゃいまぜぇぇぇぇ……」
幽霊や山姥の姿をした、悍ましい見た目の女子生徒が、ドルチェの肩を掴む。
この時代は、クローン技術が発達しているため、血液型は関係なく、誰にでも輸血できる人口の血液が100円ショップで防災グッズとして売られている。
おそらくそれを塗りたくったであろう壁。
そして、大昔の昔話に出てくる、あまりにもリアルで巨大な鬼のホログラム。
「ごめん。無理。ボクはこれは無理」
「そうか〜……あ、じゃあ、あっちの方の展示とか見るか?」
「うん。そうしたい」
それから2人は、吹奏楽のステージが始まるまで、周囲の展示や店を見たりしながら過ごした。
「これが、高校の体育館……」
体育館の前に立った状態で、ビックリしながらドルチェが言った。
青林はスポーツ推薦の生徒が多くいるので、体育館がとても大きく作られている。
「本当はちゃんとしたホールが近くに設備されてるらしいが、吹奏楽がやってる間、あっちじゃあ演劇がやってるらしいな」
「なんか……すごいね」
そんな会話をしながら、体育館に入っていく。
席は満席で、後ろの方で立って見るしかないようだった。
2人は体育館の後方にある、体育倉庫の前のあたりまで移動する。
すると。
「………………なんだろう。すごく、すごくいい匂いがする」
ドルチェが、ふらふらと体育倉庫に向かって歩いているのだ。
「おい、どうした? そっちは多分何もない……っていうか、多分入っちゃダメだぞ?」
アルマが声をかけるが、反応がない。
「ごめん、ちょっと、久々に、ご馳走にありつけそうなんだ」
そう言いながら、ドルチェの姿は体育倉庫に消えていった。
ドルチェの、いつもは光がなくて穏やかなブラウンの目が、いつもとは違う。
「……何を言ってるんだ?」
アルマが追いかけると、体育倉庫の中から『ガタンッ!』という音が響く。
「おい、お前ほんとにどうしちゃったんだよ!」
アルマが急いで体育倉庫の中を見ると、そこには異常な光景が広がっていた。
体育用具が散らばっていて、一部は破損している。
壁にも所々傷がついている。
脱ぎ捨てられたメイド服。
床が一面血だらけだった。
けれど、アルマが恐怖を覚えたのは、そんなことじゃない。
血濡れた床を、笑顔で舐めるドルチェ。
「おっ、おまっ……何してっ…………」
その姿が。
「……クローンじゃない。これは、本物の人間のやつ。久々のご馳走だなぁ……」
昔の人が着ていたような青い羽織を身につけた、目の前の少年が。
「この様子なら、きっと、近くにもっとあるかな」
鬼のように見えることだ。
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