青鬼編と桃太郎編

第36話 青鬼のおねだり

「ねぇ、天竹さん」


ドルチェが、洗濯物を乾燥室に投げ込むサクヤに話しかける。


「この前は、文化祭のこと、ありがとう。色々あったけど……楽しかったよ」

「いえいえ! ドルチェさんが楽しめていたならなによりですよ」


「それで、ね」

「どうされましたか?」


そして、ドルチェは、少し恥じらいながらも、言葉を続けた。


「ボク、お願いしたいことがあるんだけど……」




「いってきまーす」


俺はいつも通り、言伝荘の門を潜って、外に出た。

体も、もう完全復活してるから、その辺の悪役ヴィランにも対応できるようになった。

不自由はない。


途中で朝ごはんのパンを買って、それを咥えながら、俺は学校に向かって走って行った。


夏の無駄に熱い風が、俺の頬を撫でる。






「「「「おはようございまーす」」」」


いつも通りの、やる気のない挨拶が教室に響く。


「今日は編入してきた生徒がいるので、紹介するぞー」


担任の声に、みんながざわつく。

……そんな王道の展開ある?


「入ってこーい」


先生が言うと……現れたのは、少年とも少女ともつかない人だった。

ブラウンの髪の毛はボブカットみたいに切られていて、着ている青色の羽織が印象的だ。

背も高い。


え⁉︎ もしかして……


「ドルチェ・シンドロームって言います。その……あんまり人と話し慣れてないから、話すの、下手くそかもしれないんだけど、これから、よろしくお願いします」

「マジかよ⁉︎」


無意識に俺は立ち上がっていたようだ。


周囲から笑い声が聞こえる。


俺は急いで着席する。


「あ、その、実は、白雪くんとは、知り合いです。ちょっと仲良いです。今日からまたお世話になります」


ドルチェが丁寧に頭を下げる。


白雪…………くん⁉︎

俺以外は全員名字にさん付けなのに俺に対してはいきなり呼び捨てだったくせに学校に来たら白雪くん⁉︎

しかも⁉︎ 頭を下げた⁉︎

それに最初は気づかなかったけどこいつ敬語だ!

これは違和感しかない……


「……なんか、変な感じだな」

「本当だよ。ルークスのことを白雪くんと呼ぶ人物は稀有」

「そこかよ」


話しかけてきたユータも、違和感を覚えているようだ。


「じゃあ席は白雪の隣でいいな」

「「本当ですか⁉︎」」


少しザワザワした空気のまま、朝のホームルームが終了した。




「おいドルチェ!」


休み時間になった瞬間に、俺はドルチェに話しかけた。


「お前、いきなりどうしたんだよ! 編入してくるなんて知らなかったし、それに、どうやってこのクラスに……」

「ボク、山育ちですので……身体能力が多分、相当なんだと思います」


…………やっぱ変だ。

違和感しかない。


「別に敬語じゃなくていいんだよ? いつも通りで」

「え? あ、そうなの? 学校ってそういう場所だと思ってた」

「堅苦しくならなくて大丈夫。面白い奴らでいっぱいだから」



それから俺は、S組にどんな人たちがいるのか、名簿を見ながら話してあげた。


……そして、その時、絶対に顔に出さないように頑張ったんだけど、気づいたことがある。


どこを見ても『赤倖美・サティ・ユーリ』の名前が載ってない。

それどころか、彼女の名前がなくなって、ドルチェがその順位にランクインしてる。


…………どこに消えたんだ?

あの人。



「ねぇ、ルークス、ボク、小中学校行ってないから、実はこうやって最低限話せてるだけで奇跡で……漢字とか読めないこと結構あるから、時々助けてほしいんだ。いいかな?」


「え、あ、おう。わかった。話しかけてくれれば教えてやるよ」


今はそんなこと考えてる時間じゃないな。

あと一分でチャイムが鳴る。






4時間分の授業を終え、昼休みになった。


「制服とか……初めて着たし、外出あんまりしちゃダメだから、お弁当も初めて。嬉しい」


教室で1人、ドルチェがニコニコ笑顔で弁当箱を開けた。


「中身はおんなじだな」


俺も弁当箱を開ける。


今日のメインはシチューのコロッケとオレンジ。

ドルチェの登校初日ってことで、アルマさんが作ってくれた。

最高に美味いはず。



「はぁ……白雪くん。僕は残念だよ。知人が編入してきたら、僕のことは等閑視とうかんしですか。今日は一度しか会話してないじゃないか」


あ…………


「ごめんごめん、忘れてた。とーかんしってなぁ〜あぁ〜にぃ〜?」


こういうときはふざけておいた方がいい気がする。

そもそもとーかんしっていう言葉もわからん。


「……アホが移るな」


それだけ言って、ユータは俺の後ろの席に座った。


「まぁ、このアホは置いておいて……僕が話したいのは、君の方だよ。ドルチェくん」

「ぼ、ボク……ですか?」


やめてやれよユータ。

ビビられてるぞ。


「あぁ。名字がシンドロームっていうのは、なかなか耳にしないから。それに、なんだか独特な雰囲気が漂ってて、さっき、一度話してみたいって思ったんだ」


「そうなんだ……えっと、ね。シンドロームまでが名前です。ボク、名字ないの」


ユータこいつ…………地雷踏むまでが早すぎないか……?





こうして、ユータは無駄に頭が良いせいで、色々危なかったけど、俺たち三人は少しだけ仲良くなった。

そもそも、ドルチェもユータも、俺のところしか行くところないしね。


話を聞いててわかったけど、ドルチェは素性を話せないから、身の上話は偽ったみたいで。


『えっとね。ボク、アフリカ領の辺りから来たんだ。あの辺は、結構原始的な生活をしてるでしょ? ちょうど2000年代の日本によく似てるんだけど……植物は天然ものがまだ多いし、クローン技術もまだないし……だから、ボク、実は日本語も初歩的なやつしかわかんないんだよね。しかも特殊な民族の中で育ったから、名字もないんだ。あの辺は……すごいよ。1500年代と同じ生活を続けてるから、身体能力は世界中のどこの民族よりもすごいと思う。だからその……こっちの文化、あんまりよくわからないかもしれないんだけど、氷室くんも、これから仲良くしてくれるかな?』


なんてことを言ってた。


ユータは、他の民族に逆に興味が湧いたみたいで、仲良くできそうだ。





「「「「さよーならー」」」」


やる気のない挨拶は、帰りの時間まで変わらない。



「じゃ、俺部活なんで」

「じゃーなー」「じゃあね」


ユータは離脱。

あいつは運動はてんでダメだから、部活も文化部で、科学部だ。


「部活……か」

「気になる?」

「うん。この前、文化祭見に行ったとき、みんな楽しそうだったから」


この感じだと、ドルチェは文化部希望かな。


「じゃあ、俺別に帰宅部だし、これから色んな部活見に行くか?」

「…………行きたい!」

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