第35話 【番外編4】お茶の葉は開いた

「えー……先ほどは、大変ご迷惑をおかけいたしました……」


俺たちの前にスッと差し出される、高級な抹茶。


「心からお詫び申し上げさせていただきます……」


そして、下がる志々島さんの頭。


「いえいえ! そんなそんな! いただけませんよ! こんなお高いお茶!」

「そうよ、顔を上げて! 私たちは何も気にしてないのよ!」


騒ぎがひと段落し、俺たちは、志々島さんと先ほど出会った二人に全力で謝罪されていた。


「私は香田と申します。先ほど、なぜいきなり志々島が暴れ出したかをお教えいたします。志々島には、人一倍……いえ、五十倍ほど強い殺気や気配を感じる力があるのです。それに加えて、激しい癇癪かんしゃくも持ち合わせているので、普段はこんなに無表情な者ですが、自分や親しい人が邪魔をされると、発作的に頭に血が上って、暴走してしまうのでございます」


どうやら、苗色の着物を着て紅梅色の帯を締めた女性は、香田さんと言う名前らしい。

香田さんは、うつむき気味に言った。


「僕は、生里って言います。僕たちの家系は、忍の家系で、よくああいう奴らに狙われるんです」


翡翠色の着物を着て青磁鼠色の帯を締めた少年は生里という名前のようだ。

生里くんも話し始めた。

すると、香田さんが体の向きを生里くんの方へ向けて、

「そういえば、生里には話していませんでしたね。お客様の前ですから、静かに聞いてくださいね」

と言った。


生里くんは、オドオドとした表情でうなずくだけだった。

そして、香田さんが俺たちの方へ向き直ると、目を閉じて付け加えた。


「私たちの家系は、忍の子孫であるだけではないのです」


生里くんも含めた俺たちは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


口を開いたのは香田さんではなく志々島さんだった。


「浦島太郎の子孫でもあるのです」


「「「…………………」」」


俺、マドカさん、生里くんの3人は、顔を見合わせた。そして、一斉に言った。


「「「浦島太郎って………誰?」」」


志々島さんは、無表情のまま額に右手を当て上を向き、香田さんは両手を顔全体に被せて下を向いた。


上を向いたままの志々島さんが口を開いた。


「日本本土古来の御伽噺おとぎばなしでございます。そういうお話があるのです」

「浦島太郎……? 聞いたこともないなぁ」

「私も知らないわ。アルマくんならわかるかしら?」

「いや、俺も初耳です」


誰も知らない御伽噺だ。

もしかしたら、俺の物語の真実はまだしも、嘘の話も、こうやって忘れられていたのかもしれない……


そう思うとゾッとした。


誰しもが忘れてしまっていたら、俺みたいに、悪役ヴィランに追われている仲間で集まることもできないし、周りからの理解もしてもらえない。


「申し訳ありません。生里は別としても、お二人がご存じなければ大丈夫です。説明だけしてしまうと、昔、丹後国という国が日本本土にありました。そこにある神社には、夫婦の明神が祀ってあります。それはご存じなのではないでしょうか?」


まだ学生の頃に歴史でやった内容だ。

それくらいは覚えてる。


「私たちは、その神が二柱とも人間の姿をしていた頃に生まれた子供の子孫なのです。『浦島太郎』と、彼に想いを寄せていた、雌の亀が人間の形をしていたときの女性の子孫なのです」


香田さんが説明をしてくれた。そして、志々島さんが続ける。


「その二人は、一度別れたのですが、その際に亀は『決して開けてはならない』と言って、太郎に一つ、箱を手渡しました。自分の国に帰った後、太郎が箱を開けたとき、亀は怒り狂いました。あれほど開けるなと言ったのに……! と」


……なるほど、その亀の復讐欲を継いだ悪役ヴィランが、ここを襲いにきてるのか。


「この茶屋は、浦島太郎の子孫が全員集まって運営しています。この話は歴史が長いこと、そして、昔は男性の苗字に女性が合わせていたこともあって、『浦島』という苗字こそ無くなってしまいましたが。現在、この茶屋で働いているのは『志々島ししじま 流星りゅうせい』『香田こうた まい』『生里なまり 颯汰そうた』『せき 穂波ほなみ』『そう 暁海あけみ』『粟島あわじま 湖治郎こじろう』『大浜おおはま 泰造たいぞう』の七名でございます。この七名が死ぬときは、浦島太郎の意思が途切れるときです」


俺は、こうして目の前で話している志々島さんの、顔は無表情だけど、雰囲気があきらかに重くなっているのを感じた。

そりゃあそうだよな。

今まで何千年もの間、みんなで繋いできた話が、全部無かったことになっちゃうんだから。


それも、自分の親戚や先祖が繋いできた話だったら、俺も何が何でも繋いで行きたいって思う。

俺がそんなことを一人で考えていると、香田さんが口を開いた。


「志々島さん、お客様がいるのに、重たい雰囲気にしてはいけませんよ。お二人とも、私たちの話はいいのです。このお茶を召し上がってくださいな。祖先の話をするのなら、先祖代々伝えてきたお茶も、私たちが繋いでいきたいことの一つですので、こちらの話をいたしましょう」


お茶は、話すことを見越して高い温度で入れられていたのか、まだ冷めていない。

温かいお茶の香りを吸い込んでから、俺とマドカさんは、お茶をすすった。


「「美味しい………」」


さっきのドタバタで気づかなかったけど、最後の一滴が1番美味しいっていうのは、本当かもしれない。

俺たちは、湯呑みに入っているお茶を一気に飲み干した。


「「ご馳走様でした。」」


志々島さん、香田さん、生里くん。3人とも笑顔だ。


志々島さんはきっと、他のものにはあまり興味を示さないけど、好きなものには一生懸命になれる人だ。

俺の兄ちゃんによく似てる。


「さ、日が傾いて来ましたね。遅くなってしまって申し訳ないです」


香田さんが言った。茶室の外を見ると、確かに日が傾いていた。


「そろそろお帰りの時間ですね。お気をつけて」


生里くんも続ける。


「よろしければ、またいらっしゃってください。今度いらっしゃった際には、通常通りにお茶を淹れられるよう、頑張りますので。一般の方を巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」


志々島さんもお茶のことじゃないのに、笑顔で言った。

そうだ、俺たちは、普通の客だと思われてるんだった。

そう思うと、何だか寂しい気もする。


「ええ、また来るわ。次は志々島さんの抹茶、またお願いするわね」


マドカさんは笑顔だ。

俺は……


「ドタバタが始まる前、志々島さん、お茶の葉が開く話をしてくれましたよね。俺は、少ししか話せなかったけど、お茶っぱ、開いたと思いますよ」


そう言わずにはいられなかった。

俺の言葉を聞いた志々島さんは、静かに笑っていた。


こうして俺たちは、『富士渓流茶屋・竜宮門』を後にした。

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