第11話 白雪姫の周囲の人々は

「おら起きろ、着いたぞ。ブランケット返せ」


氷室ひむろユータは、親友である白雪・ルークス・フォンダンのそんな声で目を覚ました。


「んぁ……あーもう到着したのか。刹那の安眠だったな……」

「難しい言葉を使うな、全くわからん」


なぜこんな簡単な言葉がわからんのだ。

ユータは頭の中でそう呟き、ブランケットをルークスに返却した。




一人、重い荷物を背負って電車に乗り帰宅したユータは『氷室』と書かれた表札のある門を開ける。

広い庭に、大きな門。

進んだ先には西洋風の屋敷。

誰が見ても文句のないであろう豪邸だが、彼の表情は暗かった。


中には、誰もいない。


「まぁ、いつも通りだな」


彼の家族は、日頃から仕事に追われていて、顔を合わせることの少ない母親だけだ。


小さい頃、父が結婚指輪を投げ捨てて出て行ったところを見たきり、その姿を見ていない。

祖母や祖父には会ったこともない。

もちろん兄弟はいない。


あるのは、一応『氷室家』と言う裕福な血筋に生まれたことによって受け継いだ、大きな屋敷と財産だけ。


ユータは孤独を感じながら生きてきた。

自分の親だけが授業参観に来なかったり、いい成績を取ったって見せることができないぐらい忙しかったり。


だから、褒めてもらいたい一心で、とりあえず勉強を頑張っていた。

母親が忙しいなら、自分も勉強で忙しくなってしまえば、寂しくならなくなるんじゃないかななんて考えも、頭の片隅にあった。

おかげさまですっかりインドア派になり、逆上がりができなかったり、跳び箱は3段までしか飛べなくなったりしてしまったが。



孤独な部屋の中で、ユータはバカみたいに大きいベッドに倒れ込んだ。


「疲労だ」


小さな声で呟く。


彼は、一人、夕飯も食べずに、泥のように眠ってしまった。





ユータから剥ぎ取られたブランケットは、サティの元に行った。


それを見た、時雨しぐれアザミは、無意識にサティを睨め付けてしまう。


(赤倖美さん……いいなぁ…………)


ルークスに思いを寄せるアザミだが、相手の心はこちらに向いていないことには、実は気づいていたのだった。


若干の嫉妬と大きな羨ましさを感じながら、アザミはバスから地面に降り立った。


「アザミ! 帰ろう!」


大好きなお母さんが、外でこちらに手を振っている。

運転席ではお父さんが小さく手を振っている。


「ただいまー!」


アザミは母の胸に飛び込んだ。


(…………いつかは……私だって、お母さんみたいに……!)




そして、皆が帰ったあとで先生に起こされサティは目覚めた。


(そっか……確か、ルークスくんが見つかったのを知って、すぐに寝ちゃったんだっけ…………)


体を起こすと、何かが落ちる音がした。


下を見ると、赤色のブランケットが落ちていた。


「これは…………」


ルークスの字でメッセージが書かれている。


(あとで返さないと……)


サティはブランケットを拾い上げ、荷物を背負ってバスから降りた。

先生たちに降りるのが遅くなってしまったことを謝り、『さようなら』と言ってから、サティは校門を出た。



もう辺りは暗くなっていた。

山奥で彼を探していたときの景色とは違って、星が全く見えない。

けれどそんな真っ黒な空に、親分のように佇んでいる月は、見ていた時と変わらない、優しい笑みを浮かべてこちらを見ている。


サティは遠いところから青高に通うために引っ越してきたため、一人暮らしをしている。

鍵を取り出し、家の中に入る。


ドアを閉じて、鍵を閉める。







































































「なんでだよ」


暗い声でそう呟いた。


その瞬間に部屋の中身がごちゃごちゃになる。


本棚からたくさんの本が落ち、壁にはジュースのシミができ、側にあった芳香剤が粉々になる。


「あんな川、落ちたら普通、死ぬじゃん」


途端に、彼女の姿は変貌した。


茶髪のツインテールが頭から消え、その下から、美しく光り輝く、短い銀髪が現れ、綺麗に整った、少し幼さのある男性の顔が現れた。

身長も変わり、先ほどまでルークスよりも低かったはずの身長が、一気に伸びた。


「死体があるの確認しなきゃいけないから探しに行ったってのに……」


そう言ったサティの声は、普段のものとは全く違った。

少しだけ高いけれど、それは明らかに男性の声だった。


「さっさと死ねよ、白雪姫」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る