第12話 考える犬
言伝荘では、一匹の犬が飼われている。
名前は『ヒカル』。
ヒカルは、サクヤが月から地球に来る際に連れてきた、月の犬である。
見た目は黒の柴犬のようであり、首にはローマ字で『hikaru』と書いてある名札がついている。
ヒカルは考える犬だった。
電車が通るたびに思うのだ。
『どうして人間は大きな車輪のついた、空気を汚す箱に乗って移動をするのだろう?』
サクヤを殺しにやってくる
『どうして人間は俺たち犬に対しては優しいのに、同じ人間同士で殺し合うのだろう?』
街の中をスマホを見ながら歩く人々を見るたびに思うのだ。
『どうして人間は、文字が並んでいるだけの四角い箱に見入っているのだろう?』
そして、いつもいつも思っていることは、もっと違うことだった。
『どうして人間は、夢なんてものを創り上げてしまったんだろう?』
ヒカルは毎日毎日考えていた。
自分の主人が襲われる理由は、人類の夢を壊すからだという。
それだったら、夢というもの自体を、昔の人が作らなければよかったのではないか。
他にも同じように思うことはあった。お
金だって、最初から作らなければ貧困なんて存在しないし、御伽噺だって考えなければ誤解を生むことにならなかった。
それがヒカルの持論である。
そんな、哲学者のような犬、ヒカルは、今日も一人で散歩をしながら考える。
日曜の昼間というだけで、どうしてこんなに人が集まるのだろう?
どうしてあのルークスとかいうちんちくりんの少年は、果物の前田で林檎ばかり買うのだろうか?
どうしてあのアルマとかいうおじさんは嫌いな仕事をやり続けているのだろう?
そして、どうして自分が家に帰ってくると、ご主人は四角い箱に向かって一人で喋っているのだろう?
「はい、ええ…………なるほど、わかりました。そのまま続けていただいて結構。わたしはこちらの方を管理しますので……そうね。そちらの方は任せます。それでは。」
本当に誰と話しているのだろうか?
そしてこの四角い箱に話しかけているご主人の頭は大丈夫なんだろうか?
まだ自分の方が頭がいいのではないか?
「もう、ヒカルったら! 丸聞こえですよ! これはお仕事です!」
あ、いっけね。
「今日はどんなことを考えていたんですか? 商店街に行っていたんでしょう?」
ヒカルは今までに考えたことを全て思い返した。
「へぇ〜、ヒカルは面白いことを考えるんですね。やっぱり想像力が宇宙一の犬なだけあります」
サクヤが言ったことから、また疑問が生まれる。
そもそも、なんで俺たち犬が考えたことがご主人にはわかるのだろうか?
ヒカル、この犬は賢かった。
だから、周りの犬が考えたことを、サクヤが理解しているということに気づいている。
なぜか犬たちが考えたことがサクヤにはわかるのだ。
自分が月の犬だからだろうか? と最初は思っていたが、他の犬の考えも理解していることから、ご主人はどんな犬のこともわかると悟った。
ヒカルが、『どうしてだろう? どうしてだろう?』と考えていると、サクヤがヒカルを抱き上げて言った。
「さぁ、なんででしょうか? 全てに理由が必要なわけではないのですよ、ヒカル」
よくわからないもんだな。ヒカルは思いながら、また、ふらふらと散歩に出かけた。
今度は、あのアルマとかいう紫のおじさんの働く楽器店に行こう。
「あれ、ヒカルじゃないか。今日も散歩か?よく来たな。まぁ、アレルギーの人とかいるかもしれないから、店の中には入れてやれないが、ゆっくりしてけよ」
偉そうなおじさんだなぁ。
ヒカルはそう思いながらも店の横にある草の上で寝転んだ。
ふと、甘い匂いを感じて顔を上げると、
「あら?ここのお店って、ワンちゃん飼ってたのね?」
水色の肩が露出した服を着た女の人がこちらを見つめてきた。
その一方で、アルマは現在ルンルン気分で働いていた。
少し前にベテランの店員がこの店を辞めたこともあり、人手不足となったお陰で、クレーム対応の係を今日だけ外されたのだ。
今のアルマほどウキウキとした気持ちでレジ係をできる人は、この世のどこを探してもいないだろう。
そして、この気分には、もう一つ理由があった。
「あら?ここのお店ってワンちゃん飼ってたのね?」
アルマは、この人が来ることを待ち望んでいたのだった。
「い、いらっしゃいませ!お待ちしておりました!姫氏原マドカ・リオン様でよろしいでしょうか?」
「えぇ、そうよ。私よ」
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