シンデレラとの出会い編

第13話 ソルティドッグとモヒート

「依頼したものは、もうできてるかしら?」

「はい。磨き上げておきました」


アルマが、物体の質量を調節する機械にのせて、大きな布に包まれた楽器を運んできた。

天井につきそうなほど背の高い楽器だ。


「やーん、素敵ねぇ! 演奏してもらうのが楽しみだわ!」


マドカと呼ばれたその女性は、腰まであるウェーブした金髪を揺らしながら言った。


「オーダーメイドなので、きっといい音が鳴るかと」


楽器を、設置場所に転送するための装置に乗せながら、アルマは話す。


「でもアルマくんに頼んでよかったわ。あの日、間違えて相談ダイアルに電話したのは、やっぱり正解だったわね!」

「いえ……うちの楽器店にかけていただいたことに変わりはないですから」


そう、このお客様は、アルマと知り合いである。


先日、こんなことがあった。


「はい、村島楽器店です。お客様相談係の塔ノ上が対応いたします。」

『ちょっとお前さん! この店、おかしいんじゃないかい⁉︎』


アルマは今日もクレーム対応に追われていた。


この仕事の一番嫌なところは


『なんで買ったギターにピックが付いてないのよ!』


こういうよくわからない客にキレられることだ。



「申し訳ございません、この店ではピックを付属させるサービスは行っていないのです」


アルマはいつも通り、下に回って話す。


『そんなの関係ないじゃない! ピックを付けておくぐらいの気遣いもできないのかい⁉︎ アンタの店は!』


何が気遣いだ。

ピックって意外と高いんだぞ。


なんてことは、お客さまに向かってだから言えない。


「申し訳ございません。そのギターの値段は、非ピック付属のギターの値段でして。どうしてもピックが欲しいというのであれば、またこちらにいらしてください」


それだけ言って、アルマは電話を切った。

こうやって無理矢理でも電話を切らないと、いつまでも続くことになってしまう。


こうしてストレスが溜まっていくアルマだが、このストレスは、基本、居酒屋で夜中まで飲んで発散している。

この、いくらでもストレス発散方法のある3760年代に、酒でストレス発散する者はあまりにも少ない。

でも、アルマはジムで運動をしたら次の日は筋肉痛で動けなくなるし、基本的に運が悪く、プレイスキルも低いのでゲームをしても面白くない。

けれど何故か酒には強いため、いつも居酒屋で飲んでくるのだという。



アルマはこうしてストレスの溜まる仕事を1日中やっつけて、その日も、行きつけである『居酒屋山崎』の暖簾のれんをくぐった。


今では珍しい、フルネームの全てが漢字の店主、陽一はるかずの『いらっしゃっせェッ!』という声が店に響く。


「大将、いつもの一杯」「あいよ〜!」


『いつもの』というのは、この店では客がいつも飲んでいる酒ではなく、店主が気まぐれに作って出す酒だ。

『俺はやりたいようにやる』というのが、店主の『いつものスタイル』であることから、これをみんな『いつもの』と呼ぶのだ。


作っている店主以外は何が出てくるのかわからない『いつもの』を待っている間に、隣の席にひとりの女性がやってきた。


とても美しい人だった。

他にも何人かお客はいたが、全く居酒屋の似合わないその風貌は、その誰もが何故か目で追ってしまう魅力を持っていた。


「大将、いつもの一杯」「あいよ〜!」


その女性も『いつもの』を頼み、ボーッとし始めた。

このお店で女の人が『いつもの』を頼むのは珍しく、アルマは驚いた。


「珍しいですね。女性の方が『いつもの』を頼むのは、初めて見ました」

「あら、そうなの? 私はよく頼むわよ? 落ち込んでたりしてても、ちょっとワクワクするじゃない?」


その女性は、長い金色の髪の毛を弄りながら、アルマの方を見て、言った。


「落ち込んでらっしゃるので?」


アルマが問うと、女の人が小さい声で『えぇ』と呟きながら頷いた。


「ちょっと、仕事でヤンなっちゃたのよねぇ……」

「それは…………僕もですよ……」

「それで、こうやってイライラした後に頼む『いつもの』って最高だと思わない? 人間の心は、いくら予想しても絶対に正解はできないし、正解がなんなのかすらわからない。けれど、このお酒たちなら、何が出てくるのか、絶対に正解があるじゃない?」


珍しいことを言う人だなぁと、アルマは思う。


こうして話している間に、アルマの前のカウンターでグレープフルーツの果汁が注がれ、グラスの淵に塩が付けられて、ソルティドッグが完成した。


「そうですね。でも、苦手なお酒が出てきた時は、ちょっと不満ですね」


グレープフルーツが苦手なアルマは、少し目を細めた。

そうしていると、今度は女性の前のカウンターで、グラスの中にミントの葉が入り、モヒートが完成した。


「そうね。それに関しては私も同感だわ。私、どうしても………ミントは好きになれないの」


二人は無言でお互いの前にあるグラスを取った。


「お名前は?」


モヒートのグラスを口に運びながら、アルマは聞いた。


「私? マドカ……姫氏原マドカ・リオンっていうの」

「そう、姫氏原さん……」

「マドカでいいわよ。あなたは?」


ソルティドッグの入ったグラスを揺らしながら、マドカは言う。


「僕は、塔ノ上アルマ=ヤンっていいます。すいませんね。もしかして、気を使わせてしまいましたか?」


「いいえ、私はミントの入ったお酒、というか、ミント自体が苦手なの」


こうして話しているうちに、あっという間に1杯目が終わってしまった。

「2杯目、いきますか?」

「えぇ、喜んで」


お互い、先ほど出会った仲。

これから会うことも、きっとあまりないだろう。

だからこそ、親しい人には話すことができないような、色々なことを話すことができた。

愚痴も、楽しかったことも、昔のことも。



こうして2人で飲んだ次の日、またアルマは仕事でクレームに追われていた。

そこに、不思議な電話が一本かかってきた。


「はい、村島楽器店です。お客様相談係の塔ノ上が対応いたします」


『え、塔ノ上⁉︎下の名前は⁉︎』


「アルマ………ですが?」


『あらぁ、凄いわねぇ! 私よ、姫氏原マドカ・リオン!』


昨日一緒にお酒を飲んだあの人ではないか。

もう会うことはないと思っていた。


「え⁉︎マドカさんですか⁉︎」


アルマは正直まずいと思った。

昨日、初対面でもあんなに親しく話していただいた人からクレームが来るなんて……



『昨日初めて話したばかりだけれど、アルマくんの店なら安心だわ!』


……え?



『あのね、私、昨日仕事でやっちゃったって言ったじゃない? 覚えてるかしら? それで、何をやっちゃったかっていうとね、自分の働いてる結婚式場のパイプオルガンが壊れちゃったのよ。正直言って、あのオルガンは変な音しか出ないから変えた方がいってみんな言ってたくせに、いざ壊れたら、何故か私のせいにされて、怒られちゃって……もう、ヤンなっちゃうわね!』


「は、はぁ」


『あれはもう、修理しても使い物にならなそうだから、オーダーメイドのパイプオルガンを1台依頼をしようと思って、お電話させて頂いたのだけれど……大丈夫かしら?』


「はい、ちょっと待ってくださいね! 確認をとってきます!」


アルマは爆速で上層部に確認をとり、手配を店長にお願いすると、電話に戻った。


「OKみたいです! 後日受け取りにいらしてください。」

『わかったわ。ありがとうね!』


マドカは電話を切ろうとしたが、


「あと、ひとつだけいいですか?」


アルマが引き止めた。


「あなたの声を聞けるのは……とても嬉しいんですが、ここは相談窓口でして…………楽器のご依頼は、他の番号があるので、そちらにかけていただきませんか?」


少し遠慮がちに、アルマが言った。


『えッ、あらそうなの? もう、ヤンなっちゃうわね! ごめんなさい! これからは、そっちにお電話かけさせていただくわね』


これがことの始まりであった。


やはり次の日もアルマはストレスで居酒屋に行った。

そして、そこにはマドカがいた。


こうしてマドカと話しているうちに、アルマのストレスは、ほとんどなくなっていた。


アルマは、酒ではなく、マドカと話すことを目的に『居酒屋山崎』に行くようになった。

ひとり寂しくガブ飲みするより、マドカとゆっくり一杯飲む方が、アルマにはよかった。


そうやって二人で話しているとき、アルマは色々なことを教えてもらった。


結婚式場でブライダルコーディネーターという仕事をしていること。

学生時代は恋愛に全く縁がなく、まだ一度も恋人ができたことがないこと。

肩ぐらいまでの、黄色に近い金髪は、本当は管理が大変だけれどとても気に入っていること。


他にも、色々。



そして、マドカのとある話を聞き、アルマは一つ、思いついたことがある。


『うちの式場、昔ながらの雰囲気を大事にしてて、2200年ぐらいまで当たり前だった形式で結婚式をやっているんだけれど、今、ヴァイオリンの奏者さんが足りないのよねぇ……あ、ほら、あの頃は、音源を流すんじゃなくて、生で演奏してたのよ? その方が気持ちがこもるし……』


転職、しちまおうかな。

マドカさんの式場に。


ヴァイオリンなら昔、少しだけやったことがあるから、多分俺でも弾けるだろう。

プロを目指すのは厳しいかもしれねぇけどな。



そんなことを考えていても、忙しいアルマは手続きをする暇はない。


マドカに話をすることはあっても、実行に移すことはできないうちに、着々と日々が過ぎてゆき、それに伴ってパイプオルガンも完成した。


「いやぁ〜、あの日はびっくりしたわ。電話をかけたら塔ノ上だって言うんだから」


顔に手を当てながらマドカは言う。


「そうですね。僕もまさかあなたがパイプオルガンの依頼をしてくるなんて、思っても見ませんでしたよ」


パイプオルガンを乗せる作業を終え、休憩中のアルマが言う。


こうして話している時だった。


固定してあるはずのパイプオルガンが……


『ガンッ!』

音を立ててアルマの方へ倒れてきたのは。



そして、驚いて声も出なかったアルマが、受け身を取った時だった。


「ちょっとあなた! 危ないじゃない! 関係のない人を巻き込まないでくれるかしら?」


たった2羽の鳩が、何トンもあるパイプオルガンを支え、アルマを守ったのは。

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