第14話 シンデレラのパイプオルガン
「関係のない人を巻き込むのは許さないんだから!」
そう言ったマドカの肩には、白い鳩が2羽止まっていた。
アルマは何が何だかわからないといった様子である。
自分のところに倒れ込んできたパイプオルガンは、今のところ2羽の鳩が必死で支えている。
15トン近くあるパイプオルガンを、たった2羽で支えているという現実に、アルマの背筋は凍った。
「アルマくん、ごめんなさいね! この人たちは、いつも私のことを殺しに来る人なの! ちょっと危ないから、離れていて!」
そう言うと、マドカは脚に履いていたハイヒールを飾っている、赤色の紐を解いた。
すると、その中から、ガラスの靴が現れた。
「そういえば、言ってなかったわね。私は、ロドピスの靴……今でいう、シンデレラの子孫なの。信じられないかもしれないけれど、そのうち説明するから、今はちょっと待っててね」
そう言ったマドカの周りには、たちまち無数の白い鳩が現れた。
その鳩たちは、マドカが敵の方向に手を伸ばすと同時に、敵に向かって、甲高い鳴き声をあげながら飛んでいく。
マドカは、敵が投げてくるナイフを避けながら『右! 上! 避けて!』と、鳩に指示を出している。
アルマよりも黄色に近い金髪が、体の動きと共に荒ぶっている。
徐々に本数が増す敵のナイフを軽やかにかわすマドカの姿に、アルマは見入っていた。
しかし、ふと我にかえり、パイプオルガンが自分の真上にあることを思い出し、急いでポケットに入れておいたラプンツェルを取り出し、口に運んだ。
アルマがラプンツェルを食べた場合、髪の毛は1束分でアルマ自身と同じ力を発揮できる。
その髪の毛をパイプオルガンに押しつけ、鳩と共に『オラァッ!』と一声あげて、パイプオルガンを装置の中に押し戻した。
そうしている間も、マドカは戦っていた。
敵の投げるナイフは、徐々に勢いを増していく。
「あなたたち、ホントしつこいわね! ヤンなっちゃうわ!」
鳩のいく方向を腕で指示しながら、マドカは嘆いた。
「あなた方からしたら、僕の存在は悪役なのでしょうが、あなた方も、僕達からしたら悪役なんです。物語の悪役は、排除しなければ。これが
敵は、自らの投げるナイフの刃と同じ色をした、綺麗な銀髪を輝かせながらそう言った。
そのとき、意外な音が周囲に響き渡った。
敵のポケットから、レシーバーの着信音が鳴り響いたのだ。
敵は2連続のバック転で、マドカたちと距離を取った。
「これはこれは……失礼ですが、今日はこのくらいで。お二人とも、また僕が殺しにかかりますので。次は……どんな姿であなたたちの元へ現れようか……どんな武器を使おうか……お互い、楽しみにしていましょう」
そういうと、敵はまた、アクロバティックな動きで、どこかに飛び去ってしまった。
「もう、今日の人は、変な人だったわね!」
マドカは、腰に手を当て、頬を膨らませながら言った。
その一方で、アルマは、パイプオルガンに壊れた箇所がないか、必死に探していた。
楽しみに待っていてくれたマドカに、壊れたパイプオルガンを渡すなど、アルマのプライドは許さなかったからだ。
それに、もし、このパイプオルガンが壊れていたら、マドカがもう自分に会ってくれなくなるような気がしたのだった。
(あのとき最初に聞こえた、ガンッていう音、音量からして破損箇所があってもおかしくない……直さないとダメだ……直さなきゃ………………)
アルマは、必死でパーツを一つ一つ確認し、破損箇所を探す。
アルマが本来持っている三白眼は、むしろ四白眼に近いほど見開かれている。
「あ………………」
そしてアルマは、見つけたくないものを見つけてしまった。
パイプが一本、ナイフで貫かれていたのだ。
逆さまにしてみると、パイプの中から、持ち手が赤色のナイフが落ちてきた。
「あら………? これって……もしかして……」
マドカは、言葉を曇らせた。
アルマは、唇を噛み締めていた。
悔しい気持ちで胸が張り裂けそうだった。
実はアルマの働いてい会社では、大型楽器を扱っていなかった。
けれど、アルマは。
『どうしても、完成させたいんです。必ず笑顔にしたい人がいるんです。パイプの一本でもいいんです。お願いします』
上層部に電話を入れた。
そして、電話を受けた社長は快くそれに許可をくれた。
『新しい試み、実にいいことだと思う。君も制作に携わっていただこう』
という言葉も添えて。
しかし、性格が良かったのは、社長だけだった。
アルマが勤めている楽器店は、支店であり、旧北アメリカの辺りに本店がある。
そこから材料を転送し、日本にあるいくつかの支店で、分業で制作をすることとなった。
もちろんアルマたちが勤めている支店にも仕事が回ってくる。
そこに回ってきた仕事は、パイプオルガンのパイプ56本を磨く作業である。
アルマが大嫌いな、あの店長は、クレーム対応の仕事も怠らないことも条件に、普通であれば異常な月日のかかる、パイプオルガンのパイプ56本を磨く作業を、アルマ1人にやらせた。
『お前がやりたいって言った作業だろ? 責任持ってやりなよ』
アルマは、電話をスピーカーモードにしてクレームの受付をし、口ではネガティブなことをたくさん言ったが、心の中では、いつだってマドカの笑顔を思いながらパイプを磨く作業をしていた。
実は、なぜアルマがこんなにも毎日クレームの電話の対応をしているかというと、全ての店舗のクレームを、まとめてこの店舗の電話で受けているからである。
創業当初は、この店が本州支店の中で一番大きい店舗だったのだ。
今となっては職人と名乗れる人間がアルマしかいない、小さな店舗となってしまったが。
そして今日というこの日。
それが今、目の前でマドカの表情が暗くなってしまった。
少なくとも、アルマはそう思っていた。
「この楽器は……不良品だった…………そうでしょ? お客様相談係さん?」
「え…………? 今なんて?」
「この破損しているところは、作っている過程でできてしまったもの、なんじゃない?」
「え、そんなことは……」
焦るアルマの口元に、マドカは人差し指を添える。
「だーめ、そういうことにしておいて。私、ちゃんとわかってるから」
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