第15話 シンデレラの思惑

「私、一つクレームをつけるわ」


マドカが、何故か笑顔で言った。


「あなた方のお店の相談係さんは、仕事を背負いすぎているわ。とっても頑張り屋さんなのはいいこと。けれど、押し付けられたことまで必死にやって、傷ついてしまうっていうのは、少しやりすぎじゃなくて? だから、こんな破損を見落としてしまうのでしょう?」


「え…………っと……それは……」


アルマは困惑していた。

すると、マドカが、アルマの耳元でつぶやいた。


「頑張ってくれてありがとう。全部わかってるわ。あなたのことを悪く思ってるわけじゃないの。だから、店長さん、呼んでくださる? 『どうしても店長に話さないと気が済まないって聞かない、めんどくさい女がいる』って、言っていいわよ」




アルマは、演奏者と楽器職人を一斉に目指していたため、音楽大学でこの世界のありとあらゆる楽器の構造と奏法を学んだ。

そのため、37世紀における『楽器職人の資格』を持っているので、胸を張って職人と名乗れる。


居酒屋で、その話はしたことがある。

もしもマドカが酔って忘れていなければ、そのことは覚えているはずだ。



そんなことを考えながら、アルマは店長室へマドカを案内した。


ノックは3回が正式なマナーだが、アルマは店長が嫌いなので失礼に値する、トイレをノックする時の回数である、2回でノックをすることにしている。

もちろん、学のない店長はそんなことを知らないので、ただのアルマのクセだと思い込んでいるようだ。


いつも通り2回ノックをして、思ってもいないが「失礼します」と声をかけてから店長室に入る。


「これはこれは……お客様、どうなさいましたでしょうか?」


客の前でだけ猫撫で声出しやがって。

アルマは、そんな声を飲み込む。


「ちょっと聞いてくださるかしら?」

「はい、もちろんでございます」



「この方、クビにしてくださる?」


「「はい⁉︎」」


アルマはひどく動揺した。

ついでに、店長の方も。


転職しちまいたいと言ったことはあったが、まだ準備はできていないし、次の職に着くまで食い繋ぐための資金もない。


「えー……お客様……それはどういった経緯があって、そんなお話をされているのでしょうか?」

「私見たの。私、パイプオルガンを一台頼んだ者なのだけれど、このお店、楽器の扱い、なってないわね。パイプが一本見事に壊れていたの。それも、故意にやったような跡のつき方よ」


「………………」


「お客様に渡す商品に破損箇所を作るなんて……不躾だと思いません?」

「大変失礼いたしました! こちらの店員が見落としていたようで……」


笑顔で頭を下げる店長に、アルマは、そんな店員に仕事全部押し付けたのはお前だろうがと思ったが、マドカの言葉に少しだけショックを覚えていたので、黙っていた。


「あー、そういうのはいいわ。とにかく、この店の口コミ、最悪だったって書き込ませていただくわ。実は私、一応フォロワー3000人のアカウント一個持ってるのよ。燃やそうと思えばすぐに燃やせるわよ。『商品に故意にやったようにしか見えない破損箇所・監督責任を負う気のない店長』。そんな見出しをつければ一発で燃えるでしょうね。あ、そういえば、今録音してあるから。私の声は……編集でどうにかできるから、被害者面して投稿させていただこうかしら」


「そ、そんな……」


「どっちがいい? 破損箇所の一つも見つけられない、っていうかおそらくこの人が傷つけたんじゃないかしらって私は思ってるんだけれど……まぁ、そんな店員一人と、会社全体の信用、知名度、株の売れ行き。天秤にかけたら……どちらが重い?」


正直、アルマは今までの発言でかなり心が疲弊していた。

マドカが本当は、自分に対してそんなことを思っていないのも、わかっている。

ただ、信用している人間の口から、こう言った言葉が出てくるのは、辛い。


若干の沈黙が走った後、店長が口を開いた。



「そうは言われましても、この店員の生活もありますので……」


……


「こんな、育ちのなっていない店員ではありますが、わたくしどもの大切な仲間でありますので」


……は?


「苦しい思いはしてほしくないのです」


……はぁ?


「どうか、今回はお見逃しいただけませんでしょうか」


…………


「私の、大切な後輩なのです」


……………………


「ほら、お前も頭下げろ!」


「…………………………………………はぁあ゙ぁぁぁあ⁉︎」


とうとうアルマが、今まで閉じていた口と心を全開にし、少し弱気だったこともあり、今までに出したことのなかったような類の声を出した。


「店員の生活だの大事な後輩だのなんだのって思ってもみねぇ言葉ばっかり並べやがって! いつもの様子をこの方に見せてやりてぇよ! あぁ、俺だって散々な育ちかもしれねぇけどよ! どっちかっていうと育ちがなってねぇのはお前の方だな! ノックの回数のことにすら気づかねぇんだもんな! あっはははははは! いやぁ、クレーマーさん、誠にありがとうございます! 喜んでクビになるよ辞めてやるよこんな店! バーカ・バーカ・バーぁあああカ‼︎」



                   ⭐︎



楽器店のドアについたベルが、カランコロンと音を立てた。

2人が店から出てきたのだった。


「ごめんなさいねぇ………あの人が投げたナイフのせいでできた傷だっていうことはわかってたんだけど………さっきの言い方じゃ、まるでアルマくんが悪かったって言ってるみたいよね………」


マドカが、心から申し訳なさそうに言った。

実は、アカウントの話も、録音の話も、実はハッタリだったらしい。


ただ、アカウントに関しては、本当は30000人のアカウントだったらしい……恐ろしや。


「いえ、ちょっと………っていうか、かなりスッキリしました。ありがとうございます。今まで、散々だったので」


その場で退職届を提出し、もう2度とこの店には来ないと心に決めたアルマが、微笑して言った。

先程叫んだことで、今まで溜まっていた鬱憤が綺麗になくなったのだろう。


そして。


「あの、マドカさん。俺、さっきあなたが言ってくれた言葉のおかげで、心が決まりました。何度かお話ししたことですし、今日も、それを実行するために、言ってくれたんですよね?」


「あっ、本当⁉︎ じゃあ今すぐ……」


そこまで言ったマドカの口元に、アルマが人差し指を添える。


「今まで、冗談まじりな言い方になっちゃってましたけど、ちゃんと言わせてください。あなたの働いてる式場で、『演奏者』やらせてください」

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