第8話 白雪姫の夕飯

カレーを食べた後の、午後の活動は登山だった。


俺たちは山の山頂にあるコテージに泊まることになっていて、そこから少しだけ離れたところにある食堂で夕飯を食べる。


誰かに傷つけられたことによる精神的な疲れは難しいかもしれないが、肉体的な疲労からくる精神的な疲れを癒すのは、意外と簡単だ。


好きな子に会えば一発でそんなもん吹っ飛ぶ。


疲れとかどうでもいい。こっちの方が大切だ。

サティちゃんが待ってるんだぞ。登山で疲れてるとか関係ないだろ。


俺はコテージの階段をダッシュで駆け下り、50メートル走6.00の俊足で、山道を駆けて行った。


「あ、ルークスくん! 登山お疲れ様!」


サティちゃんは食堂の前で俺のことを待っていた。


「他のみんなも中で待ってるよ。一緒に食べよ!」



食堂に入ると、他の5人はもう準備を終えていて、料理を持ってきていなかったのは俺とサティちゃんだけだった。


今日の夕飯はビュッフェだった。


他の5人は優しいので待っていてくれるとのことで、俺はサティちゃんと料理をとりに行った。

俺の大好物のシチューは…………ない。


「んへへへへへ……」


横にいるサティちゃんのにやにやした笑い声が聞こえる。


「どうしたの? 何かいいことあった?」

「あ、え、えっと……」


サティちゃんは少し恥ずかしそうにこっちを見た。


「あのね、あたし、エビフライが大好きなんだけどね……さっき少しだけ見てきたら、たっっっっっっっくさん置いてあったんだ〜! 今日はいっぱい食べられるかなぁと思って……んへへ」


はい、可愛い。



「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」


俺たちは席について、フォークを手に取り食事を始めた。


「フォンス、右のほっぺにスープついてる」

「え、ティミー、どこ?」

「右のほっぺって言ったじゃん」


フォンスとティミーは家が近所で、幼馴染らしい。


フォンスは身体能力が二位の非常に天然で、文学系の授業が苦手なやつだ。

ティミーはその名前の通り、俺と同じような低身長で、良くクラス内では可愛いってイジられてる。

Eスポーツの次席らしい。


「トレーネ、トマトちゃんと食えよ」

「え、やだ。僕がトマト嫌いなの知ってるだろ?」

「代わりに食べたげるよ」

「え、あ、ありがと!」


お調子者のナーサとトマトが苦手なトレーネは去年のクラスが同じだったらしい。


ナーサは勉強での次席。

頭はいいがうるさいと言われることが多い。

基本的にいいやつだから嫌われることはあんまりないみたいだけどな。

トレーネは音楽部門の主席だ。

このクラスの学級委員をやっている、明るくてうるさいやつだ。


この二人はめちゃめちゃ仲は良く見えるが、教室で喧嘩しているのを結構な頻度で見かける。


トマトを代わりに食ってやったアムールは、他クラスの奴から見れば陰気なやつかもしれないけれど、一緒に過ごしてるとめちゃめちゃいいやつだということがわかる。

推薦をもらって入学した優しさの部門での主席だ。


ナーサと家が近所らしい。


「ナーサ、今日見事にすっ転んでたよねぇ」

「アムお前なんでそういうところばっか見てるんだよ」

「アムだけじゃなくて僕らも見てたけどね〜」

「あれ、超面白かったよw」

「それなw」


この5人はかなり仲が良いようで、ずっと会話が続いているから、俺とサティちゃんは相槌を打つだけだ。


「ねぇ、ルークスくん、あたしね、仲のいい子たち、みんな他クラスでさ。今のクラスの子達、あんまり仲良くなれてなくて……トレーネちゃんが、中学生の頃知り合いで、アムちゃんも去年クラスが一緒だったから、少しだけ会話に入れそうで、ここにいるんだけど、普段は寂しくて……」


会話の流れがずっとあいつらのペースで、ただただ飯を食うだけになった俺に、サティちゃんが、そっと耳打ちした。


「そう、なんだ……」


まぁ、そりゃあそうだろうな。

幼馴染に、近所同士、去年からの仲の友達。

こんだけ既に縁がある奴らが集まってるんだ。

入る隙がなくて当然だな。


「だから、さっき、ルークスくんのことを誘ったの、君が寂しそうだからじゃなくて、あたしが……寂しかったから」


………………


「来てくれてありがとう! 今はもう寂しくないよ!」


サティちゃんは、それだけ言って、大好きなエビフライを齧り始めた。


あんなに明るく振る舞っているけれど、こういう子ほど、本当は孤独なんだな。


「ねぇ、じゃあ、これからは、俺とユータのとこ、来る?」

「……え? いいの?」

「うん。いつでも来ていいよ。こっち側だったら、君のこと嫌うようなやつ、あんまりいないだろうし」




そんな会話をサティちゃんと交わし、夕飯は終わった。


今はもう、さっき駆け抜けた帰り道。

今日の夕飯は早かったようで、西側にはまだ夕焼けが見える。

横には川が流れていて、夜に歩いていたら幽霊が出そうな、雰囲気の塊みたいな道だ。


「エビフライ美味しかったなぁ……んへへへへへ……」


隣には、お腹いっぱいで幸せそうな君の顔。

俺はこの笑顔が見られたので、もうデザートとかいらないです。


「ルークス、宿舎の部屋、確かお前一緒だったよな?」


ナーサが言う。


うちのクラスでは、林間学校中の宿舎での部屋割りを生徒だけで決めをしようとしたときに喧嘩になりかけたたため、先生が日頃の雰囲気を見て、勝手に部屋を決めた。

偶然、今回一緒に夕飯を食べた奴らのうちの男子勢……ナーサ、フォンス、トレーネは部屋が一緒だ。

まぁ、俺とユータは調整で離されたんだけどな……



「じゃあ、また明日!」


サティちゃんが言いながら、振り返った。


その時だった。


「うわっ」


サティちゃんの足元が崩れ、彼女が川に落下しそうになったのは。



俺は咄嗟にサティちゃんのフードを掴み、こちら側に押し戻した。


自分の体重のことなんて、気にせずに。


「ルークスくん!」


道の上に戻ったサティちゃんは、道の上で涙目になっていた。



あぁ。

そうだよな。



川に落ちたのが、俺で良かった。



サティちゃんと俺には共通点があった。


二人とも身体能力を入試で使ったのに、全く泳げないという点だ。


「だめ! やだ!」

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