第29話 白雪姫は苦労人 (後編)
「私はこんなにもルークスくんのこと愛してるのに……」
あっけなく……
……そんな軽い言葉じゃ表現できないかもしれないが、俺の
「ねぇ、私の何がいけないの? どこが不満なの? 全部教えて? ルークスくんのためなら……私、どんなふうに変わったっていい」
「………………」
俺は今自分に何が起こったのか認識することで精一杯だった。
ただ目を見開くことしかできない俺をよそに、アザミさんは続ける。
「ねぇ、なんで受け取ってくれないの? 私は、ルークスくんの言うことならなんでも受け入れるよ? 私のことが嫌いなら、それでいいんだよ?」
俺は背筋が凍った。
最初こそ正直に話そうと思っていたけど、今そのことを言ったら、多分ダメだ。
アザミさんは今、全部を受け入れるって言ってた。
俺が『君のことなんて大嫌いだ』って言ったとしても、それすら受け入れようっていう話なんだろう。
もしかしたら……自分の死すらも受け入れてしまうかもしれない。
「……ごめん、俺には……」
俺はそれだけ言って首元のアザミさんの手を振り解いて走り去った。
どうしよう……アザミさん……そんな感じだったんだ……
多分、これはあくまでも俺の予想なんだけど、恋愛じゃなくても、愛情に関しては注がれる側で、自分から注ぐことが少なかったから、ああいう風になっちゃったんだと思う。
でも……アザミさんの慣れない愛情を注がれる相手が俺でよかった。
実は……彼女は……
アザミさんは、俺に次ぐ、学年内での強さは二位の、おそらく、日本一強い女性だ。
なぜかというと……みんな殴れないんだ。
アザミさんは美人だから。
試合が始まる前、一言よろしくお願いしますと言うだけで可愛いから、みんなそこで
そして、それを差し置いても、アザミさんは強かった。
戦う相手の見た目を気にしない相手もいたけど、アザミさんは容赦なく楽しそうに『ごめんなさいね』と言いながら薙ぎ倒していった。
青高の入試は基本男女混合で行われる。
俺がアザミさんの強さの秘訣の一つが美貌であることを知ったのは、自分の順番が来るまで観戦してて、なんとなくで気づいたときだった。
遠くから見てたから、詳しく知ったのはそれが終わったあとだったけど。
そして俺は、入試で一位を決めるときに一度アザミさんと
でも、入試のとき、俺がこの人に勝てたのには理由がある。
俺は小さい頃から命を狙われてきた。
そのせいで、相手の顔を見ずに体だけを見てどんな動きをするかを考えて戦闘する癖がついちゃったんだけど、そのおかげで容赦なくアザミさんを蹴り飛ばしちゃったんだよね……
けれど、今は違う。
俺はあの人が綺麗で強いことは知ってたけど……新しく、もう一つ。
怖いってことに気づいた。
ついでに、好きな人に関しては引くほど真っ直ぐだっていうことも。
必死に走って教室にたどり着くと、そこには、見るからに機嫌が悪そうなユータがいた。
「あ゙! お゙ま゙え゙! どこにいたんだよ! 中庭になんて人っ子ひとりいなかったじゃねぇか! ふざけんなよ!」
……こいつは変わらねぇな。
さっきのことは、こいつにだけは話さないほうがいいだろう。
無駄に夢を壊したら、それこそ俺の元にやってくる
「騙して悪かったな。俺なりのアザミさんへの気遣いだ」
「僕への気遣いは微塵もないんだな」
こうしてしばらく経った後、昼休みが終わってからすぐの、5限目の技術科の授業になったときだった。
やっぱり、クラスが同じなこともあって、アザミさんは技術室にいた。
「まず、音声合成ソフトの調教をするには音をそのまま入力するだけではなく……」
いつもなら眠くなるような授業だけど、今日は眠くなってなんていられなかった。
そのくらいアザミさんの目が俺の体に刺さってきた。
今まではおとなしかった……っていうか俺が気にしてなかっただけかもしれない。
意識し始めちゃうとここまで視線を感じるもんなんだな。
ただ、さっきの一瞬でタガが外れたのかな?
これからはきっと容赦が無くなるだろう。
「おいルークス、ペアワークだって! 一緒にやろうぜ!」
「ひぁっ⁉︎」
こいつに脅かされて変な声を出すのは本日2回目だ。
「そ、そうか! 今回の課題は?」
「1ヶ月以内に音声合成ソフトがボーカルでラブソング一曲だって」
「ら、らぶそんぐね!」
「なんか精神的に性別違う人と作らなきゃダメらしくて、僕がアンドロジンでお前がシスジェンダーだから大丈夫だよな?」
「まぁいいんじゃね?」
このタイミングでラブソングは心臓に悪すぎる。
作詞はこいつに任せよう。
そして授業が終わった後……
「ちょっとお手洗い行ってくる」
「行ってらっしゃー」
ユータ……ひとりにしないで……
「あの、ルークスくん?」
ああああああああああやっぱりだあああああああ
……なんて叫んだらもっと面倒なことになりそうだから俺は冷静に『どしたの?」とだけ返した。
正直、さっきあんなことが起こったばかりだから、色んな意味で心臓の予備を準備しなきゃダメだなって思ってしまった。
「えっと、さっきはごめんね?」
「あ、いや……その……俺は……」
「うん、わかってる。私ね、わかったの。」
え…………
「ルークスくん、好きな子がいるんだよね?」
「え……っと……」
うーんと……間違ってない。図星だ。
けど、伝えたかったのは違うことだから、盛大な勘違いをされてしまったことになる。
「さっきルークスくん『俺には』って言ったよね? っていうことはつまり、ルークスくんには好きな子がいるんじゃないかって思ったの。」
よし、これは真実を言わないほうがいい。
アホな俺でもそれくらいはわかる。
「そうなんだ……俺、好きな子がいるからアザミさんの花は受け取れないなって思って……」
俺がそう言うと……
「あああああ……私はなんてことを……」
アザミさんは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「本当にごめんなさい……好きでもない子とあんなこと……」
「あ! いや! そんなに気にしなくても!」
本当は俺自身めちゃめちゃに動揺してたけどね。
「てなことがあったんですよ!」
俺は夕飯を食べながら、みんなに話していた。
「あらぁ……青春してるじゃない」
ニコニコ笑顔で言うマドカさん。
「お前本当罪な野郎だな」
ニヤニヤ笑顔で言うアルマさん。
「全くです」
『けしからん』といった様子のサクヤさん。
「……まぁ、楽しそうでなにより」
楽しそうなドルチェ。
今日の夕飯は、退院&復学祝いで、俺の大好きなシチューだ。
「まぁ、何はともあれ、元気そうでよかったよ」
実は、復学までの間は実家にいた。
言伝荘の方が学校に近いということで、学校に行くようになってからはこちらに帰ることになっていたんだ。
「いや、ほんと見つけてくれてありがとう、ドルチェ」
「いや、お礼はいいよ。一瞬美味しそうとか思っちゃった自分が情けなくてしょうがないんだもん」
百均の血液パックを飲みながら、ドルチェが嬉しそうに言った。
青鬼の子孫らしいってことを、入院中に本人から教えてもらった。
血の匂いがしたおかげで、俺を見つけられたらしい。
「じゃ、おやすみ〜」 「おやすみなさい!」
「また明日!」 「おやすみ」
俺たちは夕飯を食べ終わったし、たくさん話して満足したので、自分の部屋に帰った。
俺はものすごいスピードで風呂に入り、歯を磨き、パジャマを着て、ベッドに倒れ込んだ。
そして、いい具合にうとうとし始めたときだった。
[アルマぁ……もう、久々に来たっていうのに、なんで一号室にこんな女の子が住んでるんだよぉ………]
どこかから、俺のことを女の子呼ばわりする失礼な声が聞こえたのは。
「うわぁああああああああああ!」
びっくりして目を開けると、目の前には、体育座りで愚痴をこぼしている、前髪で目の隠れた、少し茶色の混じった金髪の男の人がいた。
[あ、起こしちゃったかな? 君は誰?]
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