第33話 【番外編2】お茶の葉が開く
志々島さんに茶室に案内された俺とマドカさんは……
「こちらへ座ってください」
座布団の上で正座をしていた。
洋風の式場に勤めている俺たちには、正座は向いていない。
「現在では文化が薄れ、特別なところでしかしなくなった正座も、現在では改まったところで飲まれるだけになったお茶を飲むための準備の一つです」
志々島さんは、そう言いながら湯呑みにお湯を入れた。
「こうしてお湯を先に入れるのは、お湯を冷ましてちょうどいい温度にするためでございます」
説明しながらも、志々島さんは淡々とお茶の準備を始める。
「次に、急須に茶葉を入れさせていただきます。今回は、抹茶を淹れさせていただきます。よろしいでしょうか?」
俺とマドカさんが頷くのを確認してから、志々島さんは、さっき湯呑みに入れたお湯をゆっくりと急須に注いだ。
「では、約1分ほどお待ちください。お茶の葉が開くまで静かに待ちます」
志々島さんは目を閉じていたけど、俺とマドカさんは無言で自分の急須を覗き込んで待った。
段々とお茶の葉が開いてきて、いい香りが漂ってきた。
正座のせいで気持ちいぐらいに足が痺れてきた頃に、志々島さんは顔を上げた。
「約1分、経ちましたね。お茶の葉が開いたら、お好みの濃さに合わせて急須を3~5回廻して、複数の湯呑みに均等につぎ分けます」
志々島さんが急須の蓋に手を置き、上品な手つきでお茶を淹れていく。
「これは、つぎ始めは薄く、後になるほど濃くなるので、交互に淹れることでお茶の濃さを均等にするためです」
すごく考えられてる……昔の日本人は天才だったのかもしれない。
「そして、注ぐときには急須に残らないように、必ず最後の一滴までしぼるように注ぎきります。この、最後の一滴が、実は1番美味しいのです。それに、こうすれば2煎、3煎まで美味しく頂けます」
最後の一滴が湯呑みに入る瞬間まで、俺とマドカさんは、それに釘付けになっていた。
「どうぞ、出来上がりました。お飲みになってください。こうして、正座で少し苦労をし、お茶の入る工程を見た後だと、より美味しく感じるはずですよ」
志々島さんが差し出したお茶からは上品で香ばしい香りと、志々島さんのお茶への愛が感じられた。
俺は、湯呑みを手に取り、初めて飲む抹茶に物珍しさを覚えながら、
「美味い………」
志々島さんがニヤッとした表情になる。
何も言わなかったけれど、マドカさんも笑顔だ。
「満足いただけて光栄です。少しの時間でもお茶の葉が開くように、このお茶を淹れる一瞬で、お客様との縁が開いたようで、大変喜ばしい限りです」
志々島さんは、最初の無表情を忘れるくらいの優しい笑顔で言った。
ただ、そんな時間は長くは続かなかった。
俺たちがお茶の世界に魅せられているとき、不意に障子がビリッと音を立てて破れた。
「「何っ⁉︎」」
俺とマドカさんは驚いていたけど、志々島さんは冷静……と思ったのもつかの間だった。
「全く、本当にしつこい輩ですねぇ……こうしてお客様の前でお茶を淹れる楽しみさえ奪っていこうとするのですか、あなた方は」
志々島さんが、肩を震わせながら小さい声でぶつぶつと呟き始めた。
声こそ小さかったけど、迫力はすごかった。
段々と志々島さんの声が大きくなっていくと同時に、段々と障子に入った裂け目も広がっていく。
どうやら、障子が破れた原因は、志々島さんの声にあったらしい。
俺とマドカさんが何が起こったのかわからず、ただただ動揺していると、志々島さんが、いきなり立ち上がった。
「なぁ、そうだろう?乙姫の犬どもがよォッ!」
志々島さんは、鬼のような形相で破れた障子を蹴り倒し『死ねェッッ!』と叫びながら茶室を飛び出していった。
「何が起こってんだ⁉︎」
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