番外編(ラプンツェルとシンデレラ)

第32話 【番外編1】富士渓流茶屋・竜宮門

塔ノ上アルマ=ヤン、24歳。


たくさんの困難を乗り越えて生きてきた彼。

最悪な日々を送っていた彼の、現在の救いになっているのはとある1人の女性。


姫氏原マドカ・リオンという人だ。


彼は、マドカの優しさやしたたかさ、美しさに日々救われていた。


そして、密かに恋心を抱いていた。


あの綺麗な髪、優しい瞳、そして、鈴を転がすような声。


それだけじゃない。


一週間前の7月11日。

この日、マドカは忙しいにも関わらず、手作りのケーキを作ってくれた。


『アルマくん、happy birthday!』の文字が書かれたクッキー付きだ。

今まで家族以外に誕生日を祝ってもらったことのなかったアルマは、思わず涙した。

自室のケーキを前に、嬉しくなっていたら、後ろから「いつもありがとね」と声をかけてくれたマドカは、とても綺麗だった。


そんな、美しい心まで持ち合わせている。


こんな素敵な人が、この人以外にいるだろうか?

いや、いるわけがない。


ちなみに、これをルークスたちに言うと『俺たちもじゃないんですか?』『そうですよ! わたしたちだってアルマさんが帰ってくるの楽しみなんですよ!』『ボクも、塔ノ上さんと話したいし……』とヤキモチを妬くので、アルマは言わないようにしている。



そして、アルマはとうとう、決心したことがある。


『デートに誘おう』






俺とマドカさんがやってきたのは、『富士渓流茶屋・竜宮門』という和風の茶屋。


言伝荘から少し離れたところにある、少し人気の綺麗な茶屋だ。


店の壁は、赤・青・紫といろんな魚の入った水槽でできていて、まさに竜宮といった雰囲気だ。

店の前には一枚の看板。


『店の前でお待ちください。一グループ・一店員で対応させていただきます。お茶を淹れさせていただく店員は紅茶を得意とする大浜、煎茶を得意とする積・ほうじ茶を得意とする生里、玉露を得意とする箱・深蒸し茶を得意とする香田、番茶を得意とする粟島、抹茶を得意とする志々島の7名です』


「すごいわねぇ…………私の履いてるガラスの靴も、お魚さんが住めるスペースがあったりしないかしら?」

「あったらすごいですね。その靴を作った職人は只者じゃないですよ」


「あと、この綺麗な壁も楽しみだったんだけれど、この時代、ちゃんとしたお茶って本当に改まった場所でしか飲まないじゃない? だから、これから一緒にお茶を飲むのも楽しみなのよね」

「それはなにより」


そんな話をしながら門の前で待っていると、浅葱あさぎ色の着物を着た、黒髪で桑染くわぞめ色の目をした男性が出てきた。

無表情すぎて怖い。


「いらっしゃいませ。竜宮門にようこそいらっしゃいました。本日は、わたくし志々島がお茶を淹れさせていただきます。メニューをどうぞ」


メニューには、ほうじ茶、紅茶、煎茶、玉露、茎茶と、たくさんの種類のお茶が並んでいる。


「これ……どんな違いがあるのかしら?」


マドカさんが首を傾げながら言うと、志々島さんが、説明をしてくれた。


「では、全て語っていると時間がなくなってしまうので、一部だけ説明させていただきます。これらのメニューは、ほとんど同じ茶葉で作っております。茶葉を摘み取ったあとで発酵させたものは紅茶となりますが、摘み取った直後に発酵を止めると緑茶となります。緑茶は、お茶の新芽が出てから摘み取りまでの時期や育て方により、名称が異なります。そして更に、摘み取りまでずっと太陽の光を浴びて育ってから6月ごろに摘み取られたものが煎茶で、新芽の頃から、または摘み取りの3週間ほど前から日光を遮って栽培したものが玉露となります。」


「「はぇ〜………」」


お茶の世界も難しいもんだなぁ…………


「そして、私が最も得意とする抹茶は、緑茶の一種である碾茶てんちゃ、玉露のように日光を遮って収穫した葉を蒸して碾茶専用の炉で乾燥したものを粉に挽いたものです。私が淹れさせていただくお茶としては、1番のおすすめですよ 」


そこで初めて志々島さんは笑った。



「マドカさんはどれにしますか?」


マドカさんは、少し悩んでから答えてくれた。


「うーん、難しいお話で、ちょっと、私わからないわ」


奇遇なことに、俺もそうだった。


「そしたら、志々島さんのおすすめ二つで」

「かしこまりました」


志々島さんは、また深々と頭を下げた。


「では、茶室にご案内いたしますので、こちらにいらしてください」

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