第6話 ラプンツェルの引っ越し事情

「冷えピタ緩くなってませんか?」

「あぁ、大丈夫。いや〜、悪いな……」

「いえいえ、わたし、すごく暇な者ですから」


ここのところ、アルマは風邪で寝込んでいる。

風邪で寝込むこと自体はよくあることで、大した問題ではないのだが、今回はいつもより酷くて立つこともできない。


サクヤが氷枕を交換しながら続ける。


「きっとストレスでしょうね。クレーム対応係なんて辞めちゃえばいいのに……」

「それが……俺に向いてる仕事がそれしかないから降りたらクビだよって、上司が言ってきてな。純粋に音楽が好きだから楽器店員やってるんだけどな……」


アルマは、楽器店でクレーム対応係をやっており、毎日のように理不尽なクレーマーの対応をしており、ストレスの塊のような生活をしている。


そのストレスは、基本、居酒屋で飲んでどうにかしている。

しかし、それはなんの意味もない一時的に心を誤魔化すための時間。

酔っても記憶が残るタイプのアルマには、誤魔化した分の感情が蓄積されていくのみだ。

二日酔いで頭も痛いし。

そして、その感情が体を支配した結果、こうして体調を崩すのが、いつもの流れである。


「他の楽器店に雇ってもらえたらいいのになぁ……」

「その方がいいですよ。せっかく引っ越してきたんだし、心機一転してみたらどうですか?」

「ん〜………引っ越してきた理由が仕事関係じゃないからなぁ………」

「あれ?そうなんですか?」

「そう。ちょっとした私情で」


アルマは語り始めた。


俺には兄貴がいてさ、名前はユーラっていうんだけど、すっげぇ優しい兄ちゃんだった。


兄ちゃんは、ラプンツェルの血が薄いのか、能力がなくてな。

その分ってことなのか、俺が自分で制御できないレベルで強い能力を持っちゃって。


だけど、兄貴は空手で黒帯で、ボクシングが全国トップクラスに上手くて、そのくらい自分自身の力が強くて、体格にも恵まれてた。


それに対して。

俺は、髪の毛に能力があるだろ?

今となっちゃ自由自在だけど、昔はうまくこの能力を使いこなせなかった。


髪の毛に必要な栄養を全部持ってかれて、仮死状態に陥ったときもあったんだぜ?

倒れるなんてしょっちゅうのことだったしな。


そんな時に『大丈夫か⁉︎』って、全力で心配してくれて、その広い背中で運んでくれた、兄ちゃんのあったかさは、今でも忘れることはない。


兄ちゃんには能力がない。


だから、俺が守らなきゃいけなかった。

お袋にも『体の弱いアルマが必死にお兄ちゃんを守ってあげる代わりに、とっても強いユーラが弟をおんぶして歩くのよ』って言われてた。


俺が倒れるまで戦って、兄ちゃんにおぶってもらうって日々。


これはずっと続いたわけじゃない。


俺たちは、普通の兄弟と比べて、めちゃめちゃ仲が良かった。だから、2人とも社会人になって、同じアパートの隣の部屋に住み始たんだ。


けど、ある日、兄ちゃんが自殺してね。


信じられなかったよ。

本当に。


だから、誰かに殺されたんじゃないかって思って、警察に捜査を依頼したんだ。


それから6年くらいかな。

ここに来るちょっと前の話なんだけど、犯人が見つかってね。


警察の人に、この顔に心当たりがないかって写真を突き出されたとき、すぐにわかった。


そいつは俺たち兄弟を昔からしつこく狙ってくる悪役ヴィランだった。

だけど、普通そんなこと言っても信じてもらえないだろ?

だから、俺は、それに関しては何も言わなかった。

『知ってますよ。ずっと兄は追われていました』とだけ言って、すぐに帰ってもらったよ。



ようやく兄ちゃんを殺したやつが見つかって、ある程度気が済んだけど、こうやって大事な人を失う人がたくさんいるのかもしれない。


俺はそう思ったから、悪役ヴィランを逃すとき、必ずもう来るなって脅すようにした。


それと……2人で住んでたアパートに帰りたくなった。


で、調べてみたらそのアパートがここ、言伝荘だったんだ。


兄ちゃんの自殺が噂になって、事故物件扱いだって知った時はびっくりしたなぁ。

他殺だったことは誰も知らなかったんだ。


兄貴が昔住んでた一号室には、もうルークスが住んでたから、俺は昔自分で住んでた2号室を選んだ。


「つまり、兄ちゃんと住んでたところに戻りたくなったってわけ。ただの甘えん坊だよ」


「……そうなんですね…………」


亡くなっていたのはアルマの兄であったことも、前の大家から聞いた自殺の話が実は他殺事件であったということも、何も知らなかったサクヤが申し訳なさそうに言う。


「でも、今は君らがいるから、かなり楽になった。やっぱり、1人寂しく食う飯より、みんなで囲んで食う飯の方が、何倍も美味いもんだな」


そう言ったアルマは、風邪をひいているのにもかかわらず、屈託のない、心からの笑みを浮かべていた。

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