第5話 ラプンツェルの悲鳴

フッ、勝ったな。今日は半日授業だ。

と、謎の勝利を勝利を確信しながら、俺は新居である言伝荘に入っていった。


そういえばサクヤさんが言ってたけど、もともとここは事故物件だから、入居者が少ないらしい。

1人自殺した人がいるんだって。

その部屋がどこかはわからないけど。


まぁ、それは置いといて。


俺の住む一号室には最初から冷蔵庫とかクーラーとか、家具が色々置いてあった。

サクヤさん曰く、前に住んでた人が残していったらしい。


帰ってすぐにサクヤさんがいないなと思っていたけど、机の上に、サクヤさんの小綺麗な字で『ちょっと図書館に行ってきます。誰かが訪ねてきたら教えてあげてくださいね』と書かれたメモが置いてあったから、少し安心した。


課題を片付けつつ音楽を聴こうと、スマートフォンに手をかけたとき……


「だぁかぁらぁ! お前しつこすぎだろうがって! ほんっとめんどくせぇな⁉︎」


外から男性の悲鳴が聞こえた。


……は⁉︎

もしかして、俺の敵がほかの人を襲ってる⁉︎


俺は外に飛び出した。


するとそこには、長い前髪で片目の隠れている、長身の男性がいた。


その人が右手を振り上げ、白に近いほど薄い紫のシャツをひるがえしながら言う。


「あのなぁ! お前らマジで迷惑だからな!」


敵を指差してそう言った声は、低くも高くもない、心地よい声をしていた。


「貴様らの存在の方が迷惑だ!」


おそらく俺のところへ来たのであろう敵が、男性とは違って低いダミ声で、その人を罵る。


男性は静かにニヤついているだけだった。

言動と行動が一致していない。


俺は急いで2人の間に割り込んだ。


「ホントにごめんなさい! 多分こいつは俺を殺しに来た奴らなんです!」


俺が言うと、その人は焦ったように言った。


「いや、早まっちゃダメだ少年! こいつは俺を殺しに来た奴だ! 普通の人間じゃ簡単に命を持ってかれるぞ!」


普通の人間……?




俺が考えているときだった。

あまりにも信じられないことが起こったのは。


その人がポケットからレタスのような、キャベツのような、見たことのない葉っぱを取り出して、口に運んだ。


すると、その人の、黄土色に近い金髪が、がシュルシュルと音を立てながら伸び始めた。


伸びていった髪の毛がその人の足に巻き付く。


すると、そのまま地面を押して、その人ごと空めがけて飛び上がった。


「ハッ! 空中戦闘は私の1番の得意分野だ!」


それに合わせるようにして、敵が地面を蹴り上げて飛び上がり、話し始めた。


それに対してその人は、満面の笑みで応える。


「そうかい、あいにく俺は空中でしか踊れないもんでな!」


どうやらこの人は戦闘を非常に楽しみながらするタチみたいだ。



その人は、足で髪の毛を操作して、近くのビルや家に当て、空中でバランスをとりながらながら、浮いている。


そして、どこから取り出したのかはわからない、刃に薄紫のラインが走る、ツカが紫色の短剣で、敵に切り掛かっていく。


ヤバい、めちゃくちゃかっこいいぞ、この人………


「バカか!髪の毛を切ってしまえば済む話だ!」


敵が、その人の髪の毛を切り落とした。

右足に巻き付いている方の髪の束だった。

だけどその人はまだ笑顔だ。


「あのな〜、こっちは何百回もこうやって戦闘してるんだからさ。対策ぐらいするってことくらいわかるだろ? バカはどっちなんだか……」


その人がそう言うと、切られた方の髪の毛が地面を這って敵の足元を絡めとった。


敵は呆気なく地面に落下していく。


そして、敵の首元に、左側の髪の毛を巻きついていく。


「……ぐッ…………ァ……」


敵は首を絞められており、苦しんで身をよじっている。


その人が髪の毛を敵に巻きつけたまま地上に降り立つと、今までの楽しそうな笑顔を消し、首元に短剣を突きつけて、言った。


「これに懲りたら二度と来るな。次はねぇからな。締め殺されたくなかったら、さっさと帰れ。たわけ者が、調子乗んなよ」


敵は涙目で去っていった。


え……?

怖すぎ…………?


「あ、少年」


そう言って、その人が下を向いたまま近寄ってきた。

俺は体がゾワっとする感覚を覚えた。


だけど、顔をあげたその人は、とても優しい笑顔だった。


「怖い思いをさせちまったな」


そう言いながら、その人は頭を撫でてくれた。

怖い人じゃないのかもしれない。


「俺は『塔ノ上アルマ=ヤン』ってんだ」


段々と笑顔が真顔に変わっていく。

あれ? この人やっぱり怖い……?


「見ててわかったかもしれないけど、俺、ラプンツェルの子孫でな」


そして真顔が険しい表情に変わっていく。

えこれ、本当に怖い人なんじゃ……?


「それで……」


アルマと名乗ったその人が、そこまで言ったときに腕を振り上げた。


…………っヤバい殺られる!


そう思って反射的に防御をしたけど、アルマさんの手が当たることはなかった。

恐る恐る顔を上げると、そこには、気を失って倒れているアルマさんがいた。


「…………はぁ⁉︎」


俺は運び方がわからなかったから、とりあえずお姫様抱っこで俺の部屋のベッドまで運んだ。


「え……えーっと…………とりあえず……救急車、だよな……?」


俺がワタワタしていると………

「……んぁ……大丈夫だ、少年……」

「うわああ⁉︎」


アルマさんが起き上がった。


「ははは、ごめんなぁ。俺は昔から体が弱くてなぁ……こうやって倒れたりとかはよくあることなんだけど、それを知らない人が見たらビックリするよな。心配かけちゃったな」


さっきとは少し違った苦笑いで、アルマさんが言った。

非常に顔色が悪い。


「いやもうホントに申し訳ない」

「は、はぁ………」


なんなの……? この人。


「君の名前は?」

「あ、はい、白雪ルークス・フォンダンって言います」

「そうか、ルークス」


アルマさんは3回ぐらい頷きながら言った。


「いや〜、俺はここに入居希望で来たんだけど、さっきここに来たときに襲われてよ。あいつらは『悪役ヴィラン』っていう組織でさ、『世界の夢を壊させはしない!』とか言って、いっつも俺のことを襲いに来るんだよ。俺の兄貴もそいつらに殺されちゃってな……ほんと、変な奴らだよなぁ。マジでムカつくぜ」

「え……」


もしかしたら、俺のことを襲いに来るのも、その悪役ヴィランって奴らなのかもしれない。

兄貴を殺されたって言ったときの悲しそうな顔も、きっと本物だ。

この人は、ちゃんと信用できる。


俺が白雪姫の子孫だってことも、言って大丈夫だろう。


「あの、実は俺、白雪姫の子孫で……」

「えっ⁉︎ほんとか⁉︎」


アルマさんが、さっきまでの顔色の悪さが嘘のように、満面の笑みを浮かべた。


「そのうえ、ここの大家もかぐや姫の子孫の人で……」

「そうなのか! うわ〜、ラッキーだなぁ! あ、その大家さんってどこにいる? あと、大家さんの名前は?」

「大家さんは天竹サクヤさんっていって、今は図書館にいますよ」

「そうか、わかった! 今から挨拶してくる!」

そう言ってアルマさんはさっきまで倒れていたのが嘘のように起き上がって走っていった。

どうなってんのマジで………



「––––––––––––ってわけなんですよ。」

「なるほど……実際に戦ってるのを見たんですね。」

ほんとびっくりだよ。

一般人だと思ったらめちゃめちゃ髪の毛伸びるわ、飛び始めるわ、倒れるわ、倒れたと思ったら復帰するわで……


「てことで、今度からここに住ませてもらおうと思ってる、塔ノ上=アルマ=ヤンです! 多分、すぐ風邪ひくし、倒れるしで、たくさん迷惑かけるかもしれないけど、よろしくな!」

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