第3話 360歳のお姉さん

「兎にも角にも、人殺しによって人類の夢が守れるなんて、そんな馬鹿げた話はありません!」


今では本当に珍しい和服を着ている、藤色の髪をした、俺より少し身長が小さい女の子が言った。

和服は青と緑のアシンメトリーのデザインをしており、ミニスカートのような丈の長さだ。

コスプレ以外で和服を着ている人は初めて見た。


「馬鹿げているだと⁉︎いいだろう、その減らず口、叩き切ってやろう!」

「上等です!」


そう言い放つと、そのサクヤという女の子は手が隠れるほど長い袖を振り上げた。

するとどこからか俺を守ってくれたものとそっくりな竹が現れた。

その竹は敵の腹のあたりを捕らえ、どんどん遠くへと追いやっていく。


「このガキども………許さないからなぁッ!」


敵は、そう言いながらどこかへ飛んでいってしまった。


「誰がガキですか!360歳のお姉さんの間違いです!」


………360のお姉さん………?

どう見たって中学生だろ………てか、お姉さんって感じでもないし360歳ってババアなんじゃ………

なんかこう、みた感じ可憐な少女って感じしかしないんだけど………


そんなことを考えている俺に、その人はスッと手を差し出した。


「大丈夫ですか?怪我とかされてないですか?」

「えっ?あぁ、大丈夫……ですけど…………」

「よかった。さっきも言った気がするのですが、わたしは天竹サクヤっていって、その、かぐや姫の子孫です。えっと、さっき言った歳なんですけど……ほんとのことなので……忘れて欲しくて……」


ほんとのことって………マジか。

どういうことだ……?

この人、人間じゃないな。

それに気がついた瞬間、俺はこの人に対して興味が湧いた。


「でも、なんでそんなに生きていられるんです? あなた、人間じゃないですよね?」

「え? あ、やっぱり人間って寿命が短い生き物なんですね……」


はい? やっぱりそうか。


「じゃあ、えっと、そうですね。わたしのこと、話しますね。バレちゃったならまぁ……あ、でも……ここじゃなんですから……」


……そうだった。

戦闘で忘れてたけど、ここは果物屋の前だ。

さっき俺に威勢よく『まいど』と言ったおっちゃんも、オレンジを抱えたまま固まってる。


「わたしは人間ではないですが、とって食ったりは致しません。もし嫌でないのなら、うちに寄っていってください。すぐそこですので。さっき買ったお菓子もご馳走しますよ」


その言い方をされるとどことなく不安になるな。

大丈夫か、この人(人じゃないけど)。



ということで、サクヤさんのうち、もとい『言伝荘』というアパートにやってきた。

このアパートは、外から見ると洋風でとても綺麗にされているが、どことなく幽霊屋敷のような雰囲気も漂っている。

しかし、中に入ると部屋は広く、暖色系の灯りが灯っている暖かそうな空間になっていた。


咲夜さんの部屋である3号室に案内され、正座をすると、俺はサクヤさんが出してくれたフルーツゼリーに手をつけ始める。


「いやぁ、ここのアパート入居者が少なくて、と言いますか、わたししかいないのですが……あ、わたし、実はここの大家なんですよ」

「はぁ……」


見た目からしてだが、この人は取引をしに行ってもガキだと思われて取り扱ってもらえなそうだな。


「あ、そういえば、お名前を聞いていませんでしたね。お名前は?」


サクヤさんはお茶を淹れながら俺に質問する。


「白雪ルークス・フォンダンっていいます。ちょっとかわった名前で、苦労してます」

「いえいえ、とってもいいお名前ですよ」


満面の笑みでサクヤさんは俺の言ったことを否定してくれた。

うん、ありがとうございます。


「えっと、わたしについて、ですよね? んーと……ちょっと長くなるんですが……」


そう言って、サクヤさんは話し始めた。





前提として、私は人間ではなく月面人です。

皆さんと見た目は似ているので、バレたことはありませんよ。

個人情報も80年ごとに偽装してどうにかしているので。

波風立てずに、普通で平凡な生活をしています。


そんな顔しないでください。

私は人間ではありませんが、人間と同じようなものを食べて生きているんですから。

危害は加えませんよ。基本ね。

よほどのことがないかぎり、私は暴れたりしませんので。


じゃあ、改めて、月面人たる私が、なぜこの地球にいるのかについてお話しいたしますね。


わたしはかぐや姫の子孫なのです。

これは先程お伝えしましたね?


ルークスさんはかぐや姫のお話の内容をご存知ですか?


そう、知っていらっしゃるんですね。

日本で一番古い物語ですし、伝わっていないのではないかと心配していましたが……ちゃんと受け継がれていってくれていて良かったです。


皆さんが知っているかぐや姫と、ひいおばあさんである、かぐや姫本人が私に教えてくれた物語は、ほとんど同じ物語です。


かぐや姫が月で罪を犯し、赤ん坊の姿で地球に送られ、翁に見つけられる。

何人もの男たちに求婚を迫られますが、かぐや姫は彼らに無理難題を突きつけ、追い返してしまいます。

ただ一人、帝を除いて。

帝にだけは少しの恋愛感情があったのです。

でも月から迎えが来て、かぐや姫は、これを着ると感情を失うと言われている、天女の羽衣を着て、月に帰ってしまう。



皆さんがご存知なのはこういった物語でしょう。



問題はそのあとです。


かぐや姫が帝に不老不死になる薬を渡していたのをご存知ですか?


天女の羽衣を羽織る前、月面人たちはかぐや姫に『こんなに汚いところにいたんだから口の中が気持ち悪いでしょう?』と、不老不死の薬を渡したんです。


でも、かぐや姫はその薬を自分で飲むことはありませんでした。


感情を失うなら、せめて、人間と同じように死にたいと思ったのです。


だったら、愛しい人に長生きをしていただこうと、かぐや姫はこっそりその薬を帝に渡しました。



こうして、かぐや姫は月に帰るのです。



そして気付きました。


『なぜ、いつまで経ってもわたしの感情が無くなっていかないの……?』


そう、天女の羽衣だけではダメだったのです。

不老不死の薬と天女の羽衣を組み合わせることによって、感情を失うのです。


月面人たちは、こっそり薬を飲まなかったことに気づかなかったので、かぐや姫の感情は無くなっているものだと思っていたんですよ。

そこだけは抜かりましたね、あの方々。



そして、気づかれないまま過ごして、約80年。


月面人なのに、とても感情豊かなかぐや姫は、亡くなっていきます。


彼女は、亡くなる直前に地球で過ごした、美しい日々のことを思い出しました。


その頃のわたしはまだ幼く、感情の欠片もなかったんです。

ひいおばあさんが死ぬっていうのに、何も思わなかったんだから薄情ですよね。


そんなわたしは、ひいおばあさんに言われました。


『帝もきっと、今頃こうして亡くなっていくのかしら。サクヤ、あなたの母のサクナや、おばあさんのカグラはもう、あなたの何倍も生き、いろいろなことを知っています。今頃感情のある者の世界に行ったとしても、この汚い世界で生きるなんて嫌だと思うだけでしょう。だから、あなたにお願いしたいことがあります』


わたしは、うなずくだけでした。


『あの方たちの住む世界で、生きて欲しいのです。きっと、あなたが行き着く頃には、あの方たちの生きる時代の2000年後ぐらいでしょうか……だけど、この無情な月の都で生きるよりも、感情に溢れ、美しい愛に満ちた人間の世界で生きる方が、必ず幸せになれます。お願いよ、サクヤ。無感情なこの世界を知る前に』


こうしてわたしは、3500年頃に、誰にも何も伝えずに、この地球の日本本土にやってきました。


わたしは、その時にはもう不老不死の薬を飲んでいたので、こうして生きているわけです。




「これが、わたしが何年も生きている理由です」


なんつー話だよ…………


「じゃあ、わたしの話はここまでにして、あなたの話もお聞きしたいです」


サクヤさんは俺の目を真っ直ぐに見つめて、こう言った。


「見たところ、あなたは白雪姫の子孫の方ですね?」


え………………⁉︎


「なんで分かったんですか?」


「ふふっ、だって、あなたの周りに小人さんが7人いらっしゃいますから。」


言われて気づいたけど、俺の膝の上には水色と緑が座っていて、周りには赤、青、桃色、黄色、そして何故か目が赤くなっている紫がいた。


……なるほど、フルーツゼリーだ。

話に集中していて気づかなかったけど、林檎が入っててもおかしくない。


「えっと……これは……すみません…………?」


こういうとき、どうしたらいいかわからない。


「いえいえ、お気になさらず」


そう言いながら、サクヤさんは水色の手を取った。

水色は少しだけ焦っている。


「とっても可愛い子たちですね。わたしとも仲良くしてくれますか?」


サクヤさんが笑顔で言うと、小人たちはうんうんとうなずいた。


「ふふふっ、嬉しいです」


……普通に可愛い。360歳だとは思えない笑顔だ。

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