第8話 ガキ大将クラリッサ、フラグをへし折り、新たなフラグを立てる.2




 満五歳を迎えた『ボク』、クラリッサ・クラムベリルの朝は早い。理由は早朝からの魔法修練があるから。


 「クラリッサ、もっと足の裏全てへ薄く均一に魔力を纏いなさい」


 「はい、師匠っ!」


 ゲームのクラリスと同様に魔法の師匠であるアウラ・レンドラーと出会い、(半強制的に)師事するようになって二年の月日が経った。


 ボクは、今、師匠と共に近所の川へ来ている。


 「・・・ふむ。ん、いいでしょう。でわ、一度水面に『立って』みなさい」


 「はいっ」


 師匠から許可されたので、沢から水面に足を踏み入れる。通常なら想像に容易く、ボクの足は水面を突き抜け川の底を踏みしめる。


 しかし。


 「ふわっ!立てる。立てましたよ、師匠ッ!」


 ボクの足はきちんと水面の上を踏みしめている。


 そう!


 クラリッサ・クラムベリル、水面に立つ!!


 ガ●ダムみたいに圧巻の立ち姿ではないけどねー。


 それでも、なんというか、感慨深い。仮にコレを地球で実演したら、外国人は大喜びなのではないだろうか。


 oh!ジャパニーズ、ニンジャ!!HA!HA!HA!HA!HA!


 遍く全ての外国人に失礼な物言いだね、これ。


 しかし、水の上って案外硬いんだ、不思議な感覚。


 「クラリッサ?どうかしましたか?」


 「あ、いえ、水の上の踏み心地が想像と違っていたので・・・」


 ボクの返答で得心がいったのか、師匠は顎に添えていた右手を離しつつ理由を教えてくれた。


 「その理由は簡単です。いいですか、クラリッサ。貴女は今、両足の裏に魔力を纏い展開させていますね?これによる作用は、魔力が水面に足を密着させた状態の時に自身を支えるだけの力場を作り出します。つまり、厳密に言えば、貴女が立っている際におぼえた感覚は力場を踏みしめたものなのですよ」


 「なるほど。では、師匠、質問があるのですが」


 「はい、なんでしょう?」


 「師匠が先ほどおっしゃられていた、力場を作ることについてなのですが、この理論なら中空に力場を作れる場合には空に浮いたり歩いたりできますか?」


 そう!ボクは空を飛んでみたいーっ!!なので、師匠に似た様に使えそうなこの手法の可能性を聞いてみた、というわけ。


 「ふむ。まあ、回りくどく言うまでもない事ですから、手早く答えてしまえば無理です」


 「そ、そうですか・・・」


 「フーン?そ、れ、で?どうしてクラリッサは空を飛びたいのですか?」


 無理だと知って落ち込むボクを師匠がニヤニヤしながら見下ろしている。


 「その、師匠もご存知の通り、ボクは『夢』という形で前世の記憶を見ることができます。その夢で、人が空を飛ぶアニメというモノがあって、それを見てからずっと憧れだったんです・・・」


 「なるほど・・・、空を飛びたいのなら、飛行魔法を覚えることですね。それなら自由自在に見渡す限りの空を飛び回れるでしょう」


 なんと!飛行魔法!!それは是非覚えたいっ!


 「ですが、クラリッサ?貴女にはまだ早いのでお教えできません」


 「ええぇー・・・っ!?師匠ぉ〜っ」


 期待させてお預けだとか、そりゃあないよ、師匠・・・。


 「ご不満のようですが良いですか、クラリッサ。二年前、出会った当初にも言いましたが、貴女はまだまだ魔力制御が甘いのです。飛行魔法に代表される特定の魔法は、非常に繊細な魔力制御技術を求められます。しかし、今の貴女にそれを求めるのは酷というもの。仮に教えたとしても、ろくに制御も出来ず、見当違いの方向に途轍もない速さで飛んでしまうのがオチですね」


 ご丁寧に理由を一から説明されたらぐうの音も出ない。


 「はぁーい。師匠、わかりましたぁ・・・」


 「はい、素直に聞き入れる事ができるのは貴女の美徳ですよ、クラリッサ。さ、今日の魔法修練はおしまいです、帰りましょう」



 

          ◆



「ただいまーっ!」


 師匠と共に我が家の裏口を潜れば、店の倉庫で商品在庫を自ら確認している父さんがいた。


 「おかえり、クラリス。アウラ、今日も修練をしてくれて、ありがとう」


 「クロ、おはようございます。クラリッサへの魔法修練は私から提案した事ですから、貴方が気にしなくても構いませんよ?」


 「それでもだよ。君が家に来てから二年、クラリスは毎日とても楽しそうだからね、感謝しかないよ。まあ、想定外にガキ大将になったのはなかなかに衝撃的だったけどね」


 うぐっ!


 「お父さん!ボクは別にケンカとか弱い者イジメをしてないよ?」


 「はははっ!お父さんもお母さんもクラリスがそんなことをするだなんて思っていないよ。むしろ、まだ五歳の『女の子』なのに、悪戯好きな年頃の男の子達から親分扱いされたことだね」


 うぐぐっっ!!


 父さんにいじられる日が来るなんてっ!?


 「あなた?あまりクラリスちゃんを弄って遊ばないでくださいね?」


 「おねーたん、おかーりっ!」


 「ねーたん、おかぁりぃーっ」


 救いの主は母さんと二人の幼児。去年産まれた二卵性双生児、ボクの弟と妹だ。


 はい、あのシーサーペントの一件で盛り上がり過ぎた両親の頑張りにより、見事この世に誕生。クラムベリル商会の公式二代目マスコットとして、存分にその愛らしさをばら撒いている。


 双子の兄がウィリアムス、妹の方がマルグリットと名付けられた。とても可愛い今世の兄妹だ。


 「ちなみにクラリスちゃん?」


 「は、はいっ!!」


 「クラリスちゃんは女の子なんだから、二度と『俺』だなんて使っちゃダメですよー?あと、やんちゃもほどほどにするようにっ!分かりましたね?」


 「い、いえす、まむっ!」


 大体、今のクラムベリル家の朝はこんな風景が日常になっている。




          ◆

 

 


 ※以下追加分です(2022.01.12.pm12:00追加)



 はぁー、やっと解放されたよぉ・・・。


 最近、というより、あのシーサーペント撃退案件で母さんはボクが咄嗟に『俺』と叫んだのをしっかり耳にしていたらしく、無事に事が終わった後で猛追求されてしまった。


 結果として、前世が男である事は誤魔化し通すことに成功したけど、代わりに前世ではかなり『男勝りな女の子だった』というなぞ設定が出来た。その影響で一人称はボクとなり、服装も女の子らしさを優先する。髪を伸ばす、スカート等は嫌がらない、女の子らしく身嗜みには気を遣う。将来的に立派な淑女になれるよう、『女性の』礼儀作法も学ぶ。


 以上が母さんと決めた約束事である。でも、まあ、仕方ないかな?とも思う自分が今はいる。イザヨイからのやらかしだったのかは分からないけど、結果として女の子に転生してしまったのは変えようのない現実。もちろん、今も大人になった将来、にじいろプリズムの攻略対象を始めとした男達の誰かと結ばれるとかはあり得ないし、そのつもりは毛頭ない。普通の女の子の幸せを考えてくれているであろう母さんにはとても申し訳ないという気持ちはあるけれど。


 でも、ボク自身は少しずつ、女の子の感覚?のような、ハッキリとは言えない、そんなよく分からない何かを自覚するようには変わってきている。


 たぶん、もっと成長して、それこそ身体の二次成長期を迎え、大人の女性へと踏み出せば更にこの感覚は変わっていくのかもしれない。まあ、正直なところは出たとこ勝負みたいにあやふやなのは間違いないんだけど。


 さて、自宅から遊びに出たボクは、今、とある場所へと向かっている。そこは簡単に言えば、この近隣に住む子供達の隠れ家というか遊び場というか、まあ、そういう子供だけの秘密の場所。だから、向かうボクもキャスケットみたな帽子に背中まで長く伸びた髪を隠し、目深に被っている。


 しばらく・・・二十分程かな?歩いて辿り着いたのは住んでいる商店街の路地裏・・・より気持ち進んだ先にある生垣の隅にある小さな通り道。


 その子供なら通れる道に入る。少しだけ進むとボクより体が大きくて威圧的な男の子が門番のように立ち塞がった。


 「おい、そこのお前、合言葉を言え」


 如何にも悪ガキ、ガキ大将、そんな印象を地でいくような立ち塞がる男の子。まあ、よく知る子なんだけどね。


 被っているキャスケットを外し、軽く左右に頭を振る。金色の絹糸みたいな髪が静かな輝きを纏ってゆらゆらと中空を漂い、やがて重量に引かれて自然と在るべき場所にたどり着く。そんな幻想的な光景でも目の当たりにしたかのよう、目の前のよく知る男の子はそれに見惚れているみたいな顔をしている。


 「ボクにも、それを言うんだ?ナッシュ」


 自分より遥かに大きな十一歳の男の子を見上げる。


 「あ、姐さん!?」


 ボクが素顔を見せた途端に目の前の男の子、ナッシュは一目でわかるほどに慌てふためいていた。


 「そんなに慌てること?ナッシュは、ボクより六歳も上のお兄ちゃんなのにぃ〜っ」


 「姐さん・・・、か、からかわないでくれよ・・・」


 「そーんなに顔を真っ赤にして照れなくてもいいと思うんだけどなーっ」


 全く!厳つい顔した、将来は強面マッチョな、ザ・巌(いわお)っ!って感じになりそうなのに、そんな照れ屋だと惚れた女の子に振り向いてもらえないぞー?


 ま?元男で、いわゆる普通の男女の恋愛や結婚に興味がないボクには関係ないから、別に構わないんだけどねー。


 「はぁー。ハイハイ、これ以上弄っても可哀想だから、許してあげる!さ、さ、中に入れてよっ♪」


 大袈裟な身振り手振りでため息を一つ吐いた後に、イタズラ小僧のような満面の笑みを意識してナッシュに笑いかけた。


 「!・・・っ、わ、わかった。い、行くぞっ!?」


 「にひひっ!だ、か、らっ!なーに照れてるんだよっ!ほら、いこいこーっ!!」


 笑いかけたらナッシュはすぐに顔を背ける。そんな様に変なむず痒さを感じなくもないけど、その時は特に気にせずナッシュの大きな背中を小さな掌でパチン!と叩いて一緒に中に入っていった。



          ◆




 「おっはよーっ!諸君!今日も元気かねー?」


 「姐さん!おはようございます!」


 「姐さん、今日もお美しいです!」


 「姐さん、今日はどこのヤンチャ会をしめやすかっ!?」


 「姐さん!匂いをくんか、くんか、かいてもいいすかっ!?」


 「姐さん、ちっこいおててをペロペロしてもいいすかっ!?」


 ・・・以下略。


 直後、物凄い速さで移動して、不埒な願望を口にした馬鹿ども全員にデコピンをして回った。


 「ったく、お前ら、全員ボクより年上なのに、もうちょっとまともな事考えられないの?」


 プンスコ!怒ってますよ!!的なアピールとして両拳を腰に当てて、前屈み気味にデコピンの痛みに疼くまるおばか達に睨みをきかせる。


 「「「「「「姐さん、むしろご褒美です。ありがとうございます!」」」」」」


 ・・・ダメだこりゃ。


 「お前らぁっ!!姐さんがいくらお優しいからって、あんまり調子に乗ってるとオレが黙ってないぞっ!!!」


 一人呆れかえる中でナッシュが怒りの咆哮のように叫んだ。あー、うん、ありがとな、ナッシュ。


 「分かった、分かった。ナッシュがあまり出ると後が面倒くさいから落ち着いて。どう、どう・・・」


 「姐さんがそう言うなら」


 たったそれだけですっかり大人しくなるナッシュ。チョロすぎない、お前。ボクはいまお前の将来が不安に思えてきたよ。


 「ナッシュがいいなら、それでいいとしてー?」


 ボクは、隠れ家の奥にまるで王座のように鎮座している、オンボロの皮椅子に座り足を組んだ。


 気分はまさに支配者のよう!


 ・・・随分、情けない規模の支配者だけど。


 「・・・ん」


 「どうぞ」


 左手をスッと上げれば、掌の上には袋包された棒付きの丸いお菓子が鎮座した。


 その袋をペリペリと剥がし、出現した透明に澄んだ赤色の球体部分をアーンっ!と口の中に放り込む。


 「ん〜〜〜〜〜ッ♪」


 あまぁーいい♡


 まあ、口に入れたのは、飴である。ちなみにフルーツ味。今日は大好きなイチゴ味♪うむうむ、しあわせ♡


 コレは、ボクが前世の記憶を頼りにこの世界で再現した物だ。元ネタは一時期流行らなかったかな?チュッ●チャッ●スだよ。


 「で、今日は?なんか面白いネタはある?」


 飴を美味しく堪能しながらも支配者としての職務は忘れてはならない。


 足を組み直す。なんか、一部に視線が集中した気がしたけど、たぶん気のせいだろう。


 匂いたつ花の十代後半女子ならいざ知らず、いくら天使のように愛らしい美貌の女の子とはいっても、こんな五歳児のパンツなんて好んで見たがるバカがどこにー。


 スッとまた足を組み直す。


 集まる視線。


 「・・・・・」


 ボクの視界が高速で切り替わる。その度に右手の人差し指に軽い衝撃が走る。


 それを何度も繰り返して、再び皮椅子に戻って座り直した。もちろん、足を組むのは忘れない。支配者のポーズには必要な事なのだ(個人差があります)。


 周囲を見渡せば、『全員』額を抑えて蹲っている。そう、今回はナッシュも含んでいる。


 「・・・ナッシュもそんなにボクのパンツが見たいの?」


 「あ、いや、姐さん、ち、ちがうんだ。これはっ」


 だから、この世の終わりみたいな顔して、なにを狼狽える。


 「はぁ〜、お前ら、そんなにボクのパンツ見たいの?見たいなら減るものでもないし?正直に言えば見せてあげるよ?」


 立ち上がりスカートの裾を両手で掴んでから、焦らす様にそーっと引き上げていく。


 チラッと見てみると、蹲っていたハズの野郎ども全員が顔を上げてお目目をスケベに染めて爛々と輝かせていた。


 「はぁ・・・」


 なんだかバカバカしくなったなぁ。今日はやんちゃ活動は中止かな。


 「よーく、みてなよ。ロリコンスケベどもっ!」


 スカートをガバッと捲り上げると同時に目眩しの瞬間発光魔法をぶち撒けた。




 『ギャアーッ!?目がっ!?目がぁーっ!?』




 ム●カみたいなことを叫びながらゴロゴロと転がりまわる、情けないロリコンどもを放置して帰宅の途についた。




          ◆

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