第7話 ガキ大将クラリッサ、フラグをへし折り、新たなフラグを立てる.1



 「貴女は何者ですか?私はとても貴女に興味が湧きました。さあ、答えなさい!!」



 まだ幼い俺の手を力一杯握りしめる、この大人げない女は一体何者か?


 問うまでもない、ただの変人だ。


 喜色めいた顔付きで新しい研究対象を見つけたマッド気味な研究者みたいな女。



 しかし、敢えて問いたい。



 どうして、こうなった?



 思い返せば三十分ほど前に事は起こった。




          ◆




 ふむ。パパ上、ママ上、思う存分イチャイチャしてくれたまへよ。


 真っ青な海が映える、よく晴れたとある一日の港の岸壁。そこに幾つも設置されている木製ベンチに座り、肩を寄せ合う若夫婦が一組。後ろ姿の時点で様になりすぎている。そんな若夫婦は、きっと美男美女なんだろうと意味不明な確信を視る者に与えるのかもしれない。


 まあ、俺の両親なわけですが。


 そんな二人に夫婦水入らずの時間を用意しようという粋な計らいーなわけもないが、前世同様に両親の夫婦仲が良いのは子供にとっては良いことだ。


 ・・・仲が良すぎて子作り率が高かったな、前世の両親は。おかげ様で長男の俺が高校三年生の時点で一番下に数え年二歳の妹がいたよ。弟妹合わせて七人とか凄くね?俺、何回オムツ替えとかしたか思い出せないくらい替えてるわ。


 おかげで今すぐにでも母親やれる自信あるし、なんせ今世じゃ女なんだし・・・って、ねーよ!それって=貫通結合連携の被害に俺が合うってことだろっ!?


 あー、やだやだ。ないない!


 俺は絶対に男になんか相手にしないっ!恋人?ハッ!恋愛脳とかどっかいけっ!結婚なんて論外だっ!!


 そんなことですっかり意味不明の苛立ちを抱えた俺は、ノシッ!ノシッ!とでも擬音が付くような歩き方で両親から離れ始めた。



 ゾクン!と背筋に悪寒が走り、慌てて背後を振り向いた。



 だった今まで静かだった港が、瞬間の静寂の後に悲鳴と怒号に支配される。


 「シーサーペントだぁーーっ!!逃げろ!逃げろぉーっ!!」


 港に停泊中の大型商船に居る一人の水夫が声を荒げ叫んでいる。


 父さんと母さんが居た場所のかなり近くに巨大な海蛇がその姿を海上に顕していた。顕れた部分だけで体長十メートル近くはあるかもしれない。


 「父さんっ!母さんっ!!」


 まずいっ!二人のいる場所に近すぎるっ!


 慌てる俺を尻目に周囲にいる人々が騒ぎ立てた。


 「街の衛兵や警護に雇われてる冒険者あたりはどうしたんだ?」


 「どうやら、この近海に蔓延る魔物の群れを討伐する依頼を受けていた冒険者達がしくじったらしい」


 「マジかよ!?討伐ミスするにしても、街に被害出すとか責任問題では済まんだろっ?」


 そんな問題じゃないだろ?それより被害が出ないように早く衛兵や冒険者を呼びに行くのが先だろう。


 「何やってんだ、お嬢ちゃんっ!ここは危ない、早く避難するんだっ」


 「でも、父さんと母さんがっ!?」


 「クロなら大丈夫だ!アイツだって生半可に危険な行商人をしてきたわけじゃないっ」


 こんな事している場合じゃない。なるはやで父さんと母さんを助け出さないと!


 ・・・ニールの言いたいことも分かる。普通は僅か三歳児の娘っ子なんかに、こんな緊急事態への対応は不可能だろう。


 しかし、俺は違う。俺には、『あの』イザヨイ由来の無意味なほど盛られに盛られたチートな能力がある。


 「うだうだやって、取り返しのつかない事に後悔するくらいなら、『俺は』この力を使うっ!!」


 「うおっ!?お、おい!お嬢ちゃんっ!?」


 幼い俺の手を掴むニールの手を強引に振り解くと、勢いそのままに岸壁へ向かい駆け出した。


 「あーっ!?ワシの船がぁっ!?」


 足に魔力を纏わせ走る俺の耳に数多の激しい破壊音が響いてくる。シーサーペントが次々と商船を破壊して暴れ回っていた。見ればシーサーペントの体には多くの傷痕が刻まれている。


 ・・・例え魔物であろうが誰だって死にたくはないだろう。いや、それよりもやられた腹いせをしているのかもしれない。どちらにしても、肉親の危機を黙って見逃すほど俺はバカでも間抜けでもない。


 「!?・・マズイっ、父さんと母さんの方に注意が向いた!」


 怒り狂うシーサーペントの巨体が父さんと母さんに襲いかかる!


 二人に向けて駆けていた足を止めて右手を突き出す。それと同時に体の内から魔力の奔流を覚醒させる。


 俺の体を金色に輝く粒子が包み込む。


 頭の中では、まるで百科事典のように分厚い書籍のような脳内魔法メモがものすごい速さでスクロールする。


 これなら、父さんと母さんを無傷で守れるハズ!


 「プリズムベールッ!!!」

 

 体を離れた金色の粒子は魔法の始動に伴い、その輝きを七色に変化させつつ父さんと母さん二人を包み込んだ。


 だが。


 一番驚いたのは体当たりをしたシーサーペント自身なのは間違いないだろう。


 耳をつんざくような悲鳴を上げて吹き飛ぶ巨体。直後、百メートル以上吹き飛ばされたシーサーペントは爆音と巨大な水柱を巻き起こして海水へ激突した。


 「可哀想な気もするけど、悪いな?お前を見逃せば、また違う人達が傷付くから・・・」


 再び魔力を解き放つ。


 今度は何かを守るためではなく、何かを滅ぼすために。


 先程より激しく明滅する魔力光に全身を浸し待つ。


 キシャアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!


 海水にぶつかったよりも激しな水音を撒き散らして、シーサーペントが再び海上へと勢いよく姿を見せた。


 その瞬間を穿つ。


 「・・・じゃあな」



 リィーンと澄んだ鈴のような音が響いた。



 「・・・まあ、こんなものか」


 シーサーペントは再出現した際に発生した、激しい水柱ごと完全凍結して絶命した。


 「あー・・・、ちょっとだけやりすぎたかな?」


 威力が強すぎたみたいだ。これはあるか分からないけど、次の機会の課題かな。


 たぶん、後々に思い返せばこの瞬間、俺は完全に気が緩んでいたんだと思う。


 だから。


 不意に見知らぬ誰かに腕を掴まれてしまったんだ。




          ◆




 「改めて聞きますが、貴女は何者ですか?何故、あれほど高純度の澄んだ魔力を扱えるのでしょう?見たところ貴女は精々が三歳辺り。どんなに才能溢れる子供であっても、貴女の年齢で下級以上の魔法を使えるなどありえません。第一、根本的に基礎魔力量が圧倒的に足りませんからね。仮に使えるとしても思考領域内の魔法制御神経系が未発達なため、よくて不発動、最悪、死に至ることすら珍しくありません。ですが、貴女はそれにも拘らず光上級魔法、水超級魔法を容易く扱いました。私が今まで学び積み上げてきた常識では考えられない現象です。ああっ!気になります!貴女の身体が!調べたいのですが、解剖しても宜しいですか?あ、いけませんね、解放は最後にすべきです。先ずは、高魔力透視から始めるのが基本でした!基本を疎かにする者は正に愚か者。そうです、そうです。えーっと、それから、何でしたっけ?」


 いや、何でしたっけ?と聞き返したいのは俺なんですが。


 うん、この女(ひと)は間違いなく、あの変人で間違いない。


 乙女ゲーム『にじいろプリズム』において、天『災』の名を欲しいままにし、この大陸で三本の指に入る『魔導使い』アウラ・レンドラーその人だ。うわー、ゲーム本編でもエキセントリックな人だったけど、リアルなら倍増しだな。そんな変人魔導使いは、悲しい事ながら、ゲームにおいて、クラリスのお師匠さんになる。


 あれ?


 でも、おかしいな。確かクラリスがアウラに師事する出会いがあるのは五歳・・・、あと二年後のはずだ。


 なんで今出会うんだ?


 「さあっ!貴女の秘密を私が詳らかにしてあげましょうっっ!!」


 「ひっ!?」


 「この、ド貧乳魔法バカ女っ!!なに、他人様の幼い娘さんを毒牙にかけようとしてんだっ!?」


 スパァーーーンンッ!!と小気味良い音を鳴らして変人はチャラ男に頭をすっ叩かれた。


 「〜〜〜〜ッ!?なにするのよ!このチャラ男っ!!痛いじゃないのっ!?」


 「お前、普段はあれほど頭が切れる才女系キャラなのに、知的好奇心を刺激する何かと出会った後の残念な壊れぶりはなんなんだよ!?貧乳だけど、せっかくの美人が台無しだろっ!?貧乳な時点で最初から残念・・・ブベラッ!?」


 「黙って聞いてれば、さっきから貧乳、貧乳、貧乳、貧乳、貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳貧乳、うっさいのよおっっっ!!!!!」


 おー、すげー、早口で見事に言い切った。さすがは大陸で三指に入る『大』魔導使い。お見それいたしました(棒)。


 「・・・なんですか?」


 「いいえ、何にも思っていません。何にも言っても、考えてもいません。まだボクは命が惜しいのでっ」


 こっえええぇーっ!今のが視線だけで人が殺せるというやつか?めっちゃ、背筋に怖気が走ったわ・・・。


 「クラリスちゃんっっ!!!」


 「ぅわっ!?」


 真面目にアウラに恐怖していたら、いつの間にか駆け寄っていた母さんに思いっきり抱きしめられてしまった。


 母さん巨乳だから、こんなにきつく抱きしめられると苦しいんだよ・・・。


 「・・・・・^_^」


 うわぁ・・・、見知らぬ『巨乳』美女ってだけで、これだけ絶対零度の微笑をできるアナタは本物だと思いますよー?


 さっきのやりとりを見る限り、まさかこの変人、あのチャラ男に惚れてんのかな?趣味悪・・・あ、いや、なんでもないない。


 「クラリス、良かった。無事だったかい。というよりも、すっかり助けられてしまったね?まだ幼い愛娘に守られるのは父親としては複雑なんだけど、ありがとう、クラリス。君は僕達夫婦の大切な宝物だよッ!」


 あらら、ママ上だけでなく、パパ上までそんなにキツく抱きしめなくても・・・。


 「いちちっ!ったく、アウラッ!お前はいつもやりすぎなんだよっ!」


 「う゛っ!ふ、ふんっ!いつもいつも、私を貧乳貧乳と小馬鹿にするからですっ!私は毎回アレでガラス細工の様に繊細な心が傷ついているんですっ」


 あー、あー、痴話喧嘩するなら、他所でやって欲しいんだけど。


 「はははっ、相変わらずニールとはそんな感じなのかい?アウラ」


 はいぃっ!?


 ・・・パパ上。あなた、王国最強のはぐれ魔導使い、アウラ・レンドラーとお知り合いなんですか?




          ◆




 「フーン。フン、フン。なるほどねぇ〜。クラリッサ、貴女はとても興味深いわ」


 あれから数時間が経過している。もう日も傾き、自宅の窓から差し込む陽光はすっかり茜色だ。


 あの騒ぎはみんなで示し合わせた結果、全て大陸屈指の魔導使いであるアウラが手早く解決した、という事になっている。


 流石に僅か三歳の可愛い、可愛い女の子がシーサーペントをあっさりと始末した、などと吹聴されれば、俺は十二神教団によって、文字通り『神の子』扱いをされ、両親から『保護』を言い訳に引き離される羽目になる。そんなことを父さんも母さんも、更には王国情報局所属のニール、王国内外に強い影響力を持つ大陸屈指の魔導使いアウラは望まなかった。


 俺はアウラの弟子という立場になり、彼女により才能を見出された才媛となった。


 まあ、これ自体をアウラが非常に乗り気で個人的には不安しかない。


 「お師匠さま、やっぱりボクは、普通の子供とかなり違いますか?」


 「それは間違いありませんね。大体、創世十二神の加護を得るのはとても稀です。クラリッサ、貴女はそれを全て得ている、その事実をきちんと把握しなさい」


 「はい、お師匠さま」


 「ふふん!良い返事です。しかし貴女は」


 「はい、なんでしょうか?」


 「可愛すぎではありませんか?」


 「ハイ?」


 「クラリッサ、貴女は母親であるシャーロットさんによく似ています、将来的には凄まじい美貌をほこる絶世の美女となり、多くの殿方を魅了してまわるでしょう。・・・やがて貴女は多くの罪ないチェリーボーイズを弄ぶ悪虐の魔女と呼ばれるようにっ!」


 いや、アンタの中で俺はどんだけ悪女路線行ってんだよッ!?


 「お師匠さま、ボクは別に男に興味はありませんよ?」


 「・・・クラリッサ・・・よく覚えておきなさい」


 「・・・はい」


 ゴクリと緊張から生唾を飲み込んでしまう。


 「貴女みたいな女の子がですね!大人になったら、その、将来的にボイン♪ボイン♪のバイン♡バイン♡とたわわに育った魅惑の果実で世の中の男という男を誘惑するものなのですっ!!!!」


 巨乳に極大敵対心を持ちすぎだろう、この人・・・。


 「お師匠さま。それは完全にただの逆恨みですよ・・・」


 巨乳許すべからず、貧乳に夢を、洗濯板に希望を、とかなんだろうか。


 「おほん。まあ、冗談はさておき、貴女には他者を圧倒する脅威的な才能があります。しかも、まだ貴女自身の成長幅さえ。クラリッサ、貴女さえその気になれば、世界の覇権を掴むことすら可能かもしれません」


 いやいや、お師匠、俺はそんな器に見合わない欲は抱きませんよ?


 俺は普通に男から求愛されても全部断って、処女のまま年老いて逝くんですよ!



 「クラリッサ?たぶん、今、貴女が思っていることは叶いませんよ?」



 アンタはエスパーかなんかかぁーっ!?




 こうして、我が家には新たに変人だけど、天災魔導使いという食い扶持が住み込む事になった。



 そして、それから、二年の騒がしい月日が流れた。


          ◆


 次話、2022.01.11.更新予定

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る