第6話 規格外なお嬢ちゃん、爆誕・後編




 目の前に現れたのは、この街で四番目に大きなダランテラン商会を牛耳る会頭ブラマニール。


 「やあ、クラムベリルさん。今日も買い付けですかな?いやいや、流石お若いだけあって精力的ですなぁ〜っ」


 ニヤニヤしながらこちらに歩み寄ってくる。正直、嫌悪感しか湧かないんだが。


 「ブラマニールさん、こんにちは。貴方も買い付けですか?」


 「ええ、この辺りに東南大陸から入った珍しい品があるとの噂を耳にしましてな。こうやって足を運んだわけです」


 なーにが、噂を耳にしてだよ、白々しい。朝からずっと俺たち家族を下っ端に監視させていたのに気付いてなかったと思っていたのか?生憎だが、しっかり魔力感知を利用して把握してたよ。


 「いやはや、まさか、このような卸屋がまだ静かに商いをしていたとは!勿体ないですな。店主、是非に我がダランテラン商会と独占取引をお願いできませんかな?」


 「ダランテラン商会といえば、王国でも十指に入る大商会。こちらとしても取引していただけるならば願ったり叶ったりです」


 こんな碌でもないヤツが長をしている商会が国で有力だとか世も末だな。つーか、ニールはコイツとマジで取引する気か?


 「我が商会ならば、あなた方が仕入れる品を全て市場の二倍・・・いや、三倍で取引しましょう!」


 「・・・っ」


 ブラマニールが高々と宣言する中、父さんが悔しそうに歯をくいしばる姿が見えた。


 なるほど、コレがブラマニールのやり口というわけだ。


 ブラマニールは、美しい人妻シャーロット・クラムベリル・・・母さんに目をつけた。そして、手に入れる為にその持ち得る権力を最大限に利用する。


 父さんが長い信用と人柄、それ故の歪んでいない真っ直ぐな商道から取引のあった仕入れ先、果ては足を使い探し出した有要な商材を今日のように金という暴力で横から掻っ攫い自らの物にしていく。


 そうして父さん・・・というか、まだ幼く大商会の後ろ盾もないクラムベリル商会は、羽ばたくための新しい羽根をもがれ続ける、飛べなくなるまで・・・。


 やがて、首が回らなくなった時に颯爽とホワイトナイトのように現れ、窮地に手を差し伸べる。代償に妻であるシャーロットを失うことを条件に。


 恐らくはそういう筋書きなんだろう。クズの考えそうなことだ。


 最悪、俺が力づくで解決は可能だろうけど、多分、きちんと解決するハズ。何故なら、にじいろプリズムにはそんな過去描写は存在しない。更にいえば、『あの』イザヨイが、『クラリッサ・クラムベリル』という存在は、この世界にとって代え難い歴史上の重要人物と言い切った点。


 ならば、クラリスがこの幼少期に路頭を彷徨う可能性は存在しない=ブラマニールの企みはなんらかの介入により潰える。そう予測できる。


 しかし、だ。


 大人しくそんなことを待ってやるほど、俺は我慢強くない。


 よし、ぶっ飛ばしてやるか。


 「と、まあ?アンタが?『まともな』商人なら、確かに独占取引しても構わない。だが?俺もこう見えて商人の端くれだ。なら、分かるよな?」


 む?話の流れが変わった?


 ニールは、チャラ男らしい外見によく合ったニヤケ顔で、ブラマニールからの商談に応じないと暗に回答した。


 「・・・なんの話ですかな?我が商会は真っ当な商売をしていますぞ?」


 あ、ウシガエルの顔が一瞬引き攣ったな。アレはイラッとしたからに違いない。


 「真っ当な商売ねぇー。真っ当なら恫喝や商売の妨害行為、不正な品から、国で禁止されている品まで扱ったりしないだろ?」


 「なっ!?し、失礼なヤツだっ!!大人しく黙って聞いていれば、若造如きが調子に乗りおってっ!せっかく、このワシがうまい汁を吸わせてやろうと便宜を計ってやるものをっ!!」


 「ハッ、友人知人に不義を働いてまで、俺は商売にも金にも執着したかないねぇ〜っ」


 「小僧っ!その減らず口を必ず後悔させてくれるっ!!」


 そんな捨て台詞を残して、ブラマニールは肩を怒らせながらニールの卸屋を後にしていった。


 「ニール、済まない。迷惑をかけてしまったね」


 「何を言ってるんだ、クロ。俺とお前の仲だろう?気にすんなよ。それに、ウチの自慢の品々は是非にクラムベリル商会で取り扱って欲しい。ガキの頃の俺たちみたいな子供の口に届くようにっ!お前なら、それが出来ると俺は信じているからな、クローシュ・クラムベリル!」


 「ッ!・・・ああっ!勿論だ、ニール。僕に任せてくれ、かつて孤児だった僕らの様な子供達にこそ届くように努力するよっ!」


 二人はなんだか暑苦しい青春劇のように硬く握手を交わした。


 なんだかなぁ。


 まあ、まだ懸念材料はあるけど、コレで悪い方向には向かないだろ。


 「良かったね、お母さん!」


 「ええっ!本当に、良かったわ。ね、クラリスちゃん!」


 満面の笑みで振り返る俺を、母さんもまた満面の笑みを浮かべ応じてくれる。


 「それにブラマニールも、もう終わりだしな。近いうちにハインスリン侯爵閣下から商い証文を取り上げられてご破産だろうよ」


 ん?


 「ニール、今回はダランテラン商会のことを調べていたのかい?」


 んん??


 どういうこと?


 「いや、別件だったんだがな?ただ、目的の情報を得る際に、一部の貴族による不正の温床と密接な関わりを噂されていた、ダランテラン商会の不正取引の証拠を押さえれたんだよ。今頃、部下が侯爵に報告している頃だ」


 あー、まさか、ニールって。


 「ニール。君の本来の業務をペラペラ喋るべきではないと僕は思うよ」


 ・・・やっぱり。


 「はははっ、まあ、ここには俺以上の上役いないし、平気、平気♪」


 右手をひらひらと振りながら、気楽に答えるその姿を見て思ったのは、まさに昼行灯だった。ニールの正体は分かった。まさかのお国に仕える諜報員。それなら、確かに看破の魔眼持ちは重宝されるんだろうな。


 そして、正体を隠す為に商人の身分というのはうってつけなんだろう。


 「ニールさん、私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました・・・」


 「シャーリー・・・」


 「あなた?」


 父さんはニールに感謝を述べる母さんの肩を優しく抱いた。


 「・・・僕が情けないばかりに、君に要らない心配と精神的な負荷を与えてしまった。本当にごめんよ・・・」


 「え?・・・え?・・・もしかして、あなた、全て・・・」


 「シャーリー、少し二人きりで話そう。話しにくい事だってあるだろう?大丈夫、僕はちゃんと聞くからっ」


 「あなた・・・、うん・・、うん。ありがとう・・・」


 「ニール、少しあっちの方で話してくるよ。悪いんだけど、クラリスのことを少しだけ見ていてくれるかな?」


 「あー、構わねーよ。しっかり聞いてあげろよ」


 そうして、母さんを連れ立って父さんは離れて行った。


 「お嬢ちゃん、やっぱり普通のお子様とはかなり違うな。普通、お嬢ちゃんの歳頃なら両親と離れるのはやたらと嫌がるもんだ」


 腕組みして語るチャラ男、ニール。まあ、勝手に語れ。コイツは放置だな。パパ上とママ上がいちゃらぶするのを見てこよう。



          ◆



 父さんと母さんは、二人並んで港の岸壁付近にあるベンチに座り話をしている。


 たぶん、父さんは母さんがブラマニールから愛人になれ!と、恫喝されていた事を把握していたんだろう。


 「お嬢ちゃん、こんなに離れたところで見守らなくても平気だって。あの二人なら大丈夫。今回の件をネタにまた独身が腹立つくらいイチャイチャするんだぜ?」


 独身のアンタが幸せ夫婦やリア充カップルの様を見て、涙で枕を濡らそうが俺には全く関係ないしなぁ。


 つーか、俺は別に我がパパ上、ママ上の夫婦仲に亀裂が入るとか無い無い。逆にニールが愚痴っていたように、いちゃらぶしすぎて子作りに励まれたりする可能性すらある。


 あんな草食系優男なパパ上なんだけど、あれで中々に性豪でして、俺がまだ生後半年未満の時なんてさー。人が全く夜泣きしない子供だからって、毎日毎日ずっこんばっこんしようぜっ!!とか、どうなんよ。


 いや、確かに、なんていうか、母さんの艶声がガンガン響いて、うるさいのなんの。


 悲しいのは、俺が赤ん坊だからなのか、女の子に転生したからなのか、全くそういう気持ちにならないのが虚しかったの一言。


 とある無職NEETが異世界転生する話では、赤ん坊♂に生まれ変わった主人公が両親の夜の生活に悶々とスケベ心全開にする一幕が描かれていた。


 けど、実際にこの身に降りかかってみれば、そんな気分になるわけでもなかった。まあ、転生した俺は女だし?男だったら違ったのかな。とか?


 まあ、分からん。


 お、肩なんか組んで、存分にいちゃらぶしておくれよ。



 さて、あのスケベウシガエルが、何かしら実力行使に訴えてくるかを懸念していたけど、それも無さそうだし、大人しくニールの卸屋で待っていますかね。


 そう思い、両親に背を向けた時だった。



       ◆other side◆


          


 「まったく、ニールのやつ、なんなのよ」


 私は、あの馬鹿が仮の姿として営む仕事場に向かい、歩を進めている。


 「この天才大魔導使いを呼びつけるとか何様だってのよっ!」


 あー、もう!口から次々と不満が湧き出る自分がちょっぴり嫌になるわね。これじゃ、私、ただの我儘な女じゃん。


 はぁ・・・、久しぶりに逢えるんだから、少しは私も素直になって、あいつの胸に飛び込んだりするとか?そしたら、あいつも珍しくデレて・・・。


 「えへ!えへへ、ウヘヘヘ・・・」


 「ねー、ねー、お母さん、お母さん。あのおねーちゃん、変ーっ」


 「シッ!見ちゃいけません!!!」


 ・・・・・・いくら港の卸屋地区とはいっても、こんな往来で気を抜きすぎていたようね。


 さ、早く、あのバカの寝ぐらに向かいましょ。そして、あのニヤけ面の顔に獄炎魔法でも打ち込んで、気分を一新させるのっ!!


 そうよ!


 あの母子に変な人認定されたのもぜぇーーーーーーんぶ!あいつが悪いっっっ!!!


 とても身勝手な怒りが頂点に達した時、岸壁近くが急に騒がしくなった。


 「シーサーペントだあーっ!!領都兵の詰め所に大至急向えぇーーっ!!!」


 反射的に海側を向けば、確かに凶暴な海の魔物であるシーサーペントが海上に現れていた。


 出現場所の岸壁すぐ近くに若い夫婦もいた。アレはかなりやばいわね、標的にされてしまう。


 少し距離があるけど、私なら問題ない。


 魔力を平時から戦い時の状態へと高める。


 !?


 何っ!?なんなの、この凄まじい魔力はっ!!


 私はあろうことか、海にいる魔物から目を離して凄まじい魔力の奔流がある方向を見る。


 そして知った。


 ただ一人、金色の髪をした幼い少女がいる。


 その全身から、純白に輝く圧倒的な魔力をあふれさせていた。少女が腕を振り上げ何かを口走る。


 その途端に少女が解き放った魔力は、荒れ狂う凶暴な魔物から、若い夫婦を守る光り輝く透明なベールへとその姿を変える。


 直後、当然のように全身全霊で体をぶつけてきたシーサーペントは、若い夫婦を守る光のベールによりかなり後方へと弾き飛ばされていた。


 「今の魔法、プリズムベールよね。上級物理反射魔法の・・・っ!?」


 続けざまに再び解放された強力な魔力が、先程弾き飛ばしたシーサーペントへ直撃する。


 そして。


 直撃を受けたソレは、次の瞬間、巨大な氷塊へと変わり果て絶命していた。


 「超級氷結魔法・・・コキュートス」


 私は目の前で幼い少女が魅せた強力な魔力に魅せられた。あの子は何者だろう?とても気になる!


 気がつけば、その規格外の少女を逃がさないように、全力で近寄っていた。





 「貴女は何者ですか?私はとても貴女に興味が湧きました。さあ、答えなさいっ!」





 まだまだ幼いその小さな手を私に掴まれた少女は、誰が見ても天使だと評しそうな愛らしい顔を引き攣らせながら、紅玉のように深紅の瞳を瞬かせていた。




         ◆◆



 next ep.07 ガキ大将クラリッサ、フラグをへし折り、新しいフラグを立てる に、つづく。

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