第3話 俺、クラリッサ。3歳になりました。前編



         第三話

   俺、クラリッサ。3歳になりました。



 「いあっしゃいましぇ♡」


 「「「ハァ〜♪クラリスちゃん、今日も天使♡」」」


 よ、そこ行くお兄さん、寄ってかねえか?可愛い天使みたいな女の子がアンタを待ってるぜ?


 まあ、俺のことなんだが。


 さて、麗しのマダム、君たちを虜にしているのは俺だよ、俺。


 いや、オレオレ詐欺じゃねーよ!


 この世界にそんな斬新な詐欺はまだ生まれてねー。というより、電話みたいなのもないから生まれようもない。


 マダムにモテモテな愛らしい天使、俺!こと、めでたく先月に三歳になったクラリッサ・クラムベリルちゃんですミ☆


 ちなみに、このエルファーラムという世界における一般的なヒト族の子供は、出生から成人までの生存率がまだそれほど高くはない。


 比較的に治安が安定して且つそれなりの街の一般家庭で五〜六割といったところらしく、これが裕福なお貴族様や商家の子供になれば八割強、貧しい寒村などに産まれてしまえば、なんと三割に満たない生存率だそうな。


 そういう環境だからか、人々は子供を大切にしていて、毎年誕生日も祝うが、特に大きな病気にかかりやすいとされる三、五、七の数え年になると、大々的に誕生日を祝う文化があるようだ。


 俺は無事に今年、数え年で三歳。近々この商店街をあげて大々的に誕生日を祝う企画が進行中みたいでとても楽しみにしている。


 あー、我が家であるクラムベリル商会の経営は、まあまあ上手くいっている。ただ、目立った新商品等があるわけでもないためか、やはり古参の大きな商会にチャンスを攫われていく場合がほとんどみたいだ。よく父さんが悔しそうにしているのを、母さんが優しく支えている様子を狸寝入りしながら観察している。


 子供にも妻にも優しく、慈悲深くて努力家な父をなんとか手助けしたい。


 幸いなことに俺は元異世界人だ。この世界より遥かに文明文化の発達した所からきた。だからこそ力になれることが幼い今でもあるはず。


 それに懸案事項もある。それは・・・。


 「やあ、やあ、シャーロットさん。今日も精が出ますな!」


 ・・・来やがったか。


 店番をする母さんとマスコットたる娘の俺に話しかけてきたのは、この街で四番目に大きな商会、ダランテラン商会を取り仕切る会長である。


 「おはようございます、ブラマニールさん。いつも夫共々お世話になっております。本日は如何なる御用向きでしょうか?生憎、夫のクローシュは買付のために港へ出払っておりまして・・・」


 「ああ、いやなに、用がありますのは奥方であるシャーロットさんなのですよ」


 「私に・・・でしょうか?」


 「ええ、ええ。シャーロットさんに以前ご提案させていただいた件をどうなされるのか、ついでがありましたので『こうして訪ねて』来たのですよ」


 ニチャア・・・という、気味が悪い笑みを浮かべたブラマニールは母さんに語りかける。そして、その内容に心当たりのある母さんは身体を強張らせつつ自らの手でかき抱いた。


 「そ、その件は、まだ、決めて、おりません。申し訳ありませんが、まだ、お客様もいらっしゃいますので、お帰り願えないでしょうか?」


 震える身体と心に鞭打つように自身を奮い立たせて、母さんは健気にまた真摯に向き合って返答した。


 「ふむ。ワシは余り我慢強くはありませんのでな。お互いにまだ旨みがある間にご決断していただけると嬉しいのぉ〜♪」


 睨む母さんを満足気に眺めつつ、その身体、特に顔と胸周りを舐めまわすように眺めてから、ブラマニールは店から離れていく。それから直ぐ表通りに停めていた豪奢な馬車に乗り込み去って行った。


 「っ!・・・はぁ、はぁ、はぁ」


 ブラマニールが完全に去った後、気力だけで立っていたらしい母さんは力を失くして座り込んでしまう。


 「シャーリーちゃん!?大丈夫かい?」


 「は、はい。ご心配をおかけして申し訳ありません、エルナさん」


 お隣にある大衆食堂の若女将、エルナさんが慌てて近寄り母さんを抱え起こした。


 「まだ、クロには言ってないの?」


 「はい・・・。だって、あんな提案を夫であるクローシュには話せません!話したく・・・ありませんっ」


 「シャーリーちゃん・・・。全く、あのスケベウシガエルめっ!いくら商売敵だからってやっていい事と悪い事の区別もつかないのかねっ!?成金のくせにさっ!!」


 スケベウシガエルとかw確かにエルナさんの表現はまさしく!といえる的確な人物表現だと俺も思う。ブラマニールのあの脂ぎってぶくぶくに太り散らかした様は、正にウシガエルそのもの。


 そんなスケベウシガエルに母さんが提案・・・もとい、恫喝同然に提示された内容は簡単明瞭だ。


 大切な大切な夫とこの店を守りたいなら、愛人になれ!そう、迫られているのだ。


 こんな過去設定があるとかゲームでは語られなかった。憂慮すべき緊急案件である。しかし、どうしたものか?母さんがスケベウシガエルに愛人になれと恫喝されたのがもう三週間ほど前になる。

 

 そのあとからご丁寧にわざわざ毎週通ってきては、母さんに迫る様子から見て、直ぐ力付くで手籠にしようとまでには現段階では至っていないと思う。


 だからといって悠長に考える時間もそれほどあるとも思えない。ならば、俺が動くしかないだろう。


 母さんと我が家を守るためにすべきことは三つ。一つは後ろ盾になるべき貴族なり、ブラマニールのダランテラン商会より格上の商会が必要だ。次にウチだけの武器がいる。うちの実家が独占販売できて、尚且つ圧倒的な人気を生み出していく商品。最後は単純、この事実を父さんに伝え、戦いの陣頭に立ってもらうことだ。


 むしろこれこそ必須だと思う。


 母さんだって、父さんに迷惑になると黙って一人対処しようとしたのだろうけど、それは間違いだ。


 何故なら、この問題は夫婦の俺達クラムベリル家の懸案事項なのだから。ならば、一家の長たる父さんが矢面に立ち、妻である母さんを守らなければならない。俺はそう思う。


 さて、先ずは武器作りと父さんに母さんが恫喝されている事を教えることからだな。


 父さんに直接言うのはまずダメだ。三歳児の言うことをどこまで信じてくれるが未知数だし。


 それならば・・・。



          ◆



 「ごちそうさまれしらっ!」


 「はい♪今夜も残さず綺麗に食べて偉いわね〜、クラリスちゃん♪」


 そう言って母さんは夕食を食べ終えた俺の頭を優しく撫でてくれる。これが今の俺のささやかな日々の楽しみの一つだ。


 「えへへ、おかーさん、毎日、おいしいごはんをあいがと!」


 滑舌の悪さはかなりワザとだったりする。


 実は、生後半年を少し過ぎた頃にうっかり普通に喋るというやらかしをしでかした。結果、父さんは天才だ!と騒ぎ立て、すっかり商店街の人たちに生後半年で喋り始めた天才児だなどと思われる始末。


 あんなやらかしは二度としないと己に堅く誓った。しかし、いま、この時の俺は、再び自分が盛大にやらかす未来をまだ知らない。


 そして、知らないからこそ、自らそのやらかす舞台を着々と作り始めていた。


 「ねー、ねー、おとーさん、おとーさん!」


 「お?どうしたんだい、クラリス」


 「あのね、あのね、くらりす、みなと、いきたいのっ」


 まずはクラムベリル商会の看板商品を見つけ出す!幸いにもこの街は港町、ほぼ毎日彼方此方から様々な品物が入ってくる。そして父さんは、その港に日々買付に出向いていた。


 ならば、それを利用しない手はない。


 「港かぁ。海が見たいなら漁港や浜辺でもいいんじゃないかい?」


 「や!おとーさんがおしごとしてるのみたいのっ」


 「あらあら、クラリスちゃんはお父さんがお仕事を頑張る姿を見たいのね」


 「うんっ!」


 「やれやれ、仕方ないな。それじゃあ、明日は商店の方は臨時休業にして、家族みんなで港の卸に行こうか」


 母さんからの援護射撃もあってか父さんは諦めたようだ。


 「やった、やったぁー!おでかけ、おでかけ〜♪」


 無邪気な愛娘を演じる側としては、これでいいのか疑問に思わなくもない。しかし、これは家族の危機対策として必要なこと、パパ上、苦労をかけるね。



          ◆



第四話 俺、クラリッサ。3歳になりました。後編は、明日12時公開予定です。

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