日常②

 二時限に渡る戦技の授業を終え放課後。

 楽しい楽しい放課後だと言うのに威吹と無音以外の生徒はお通夜ムードだ。

 まあ、散々自分の大切な人を殺す疑似体験をさせられたのだから当然か。

 だが、決して無駄ではなかったはずだ。

 大切な誰かの似姿を殺せるのならば、知らない――それも自分に悪意を向ける者を殺せない道理がない。

 理性のある人間にとって、この手の“自分に対する言い訳”は重要だ。

 直ぐにとはいかないが、いずれは黒猫先生の思惑通りに攻撃を躊躇うことはなくなるだろう。


「いやでもビックリしたよ。雨宮、君って結構やるんだねえ」

「…………褒められてるけどまるで嬉しくないんだから……私は後何回、あの子とあの子犬を殺せば良いの……?」


 鬱病一歩手前の顔で机に突っ伏す百望。

 ボッチで何かと面倒臭い性格の彼女だが、意外や意外。

 火力で言えばクラスでも上位五指に食い込むほどであった。


「威吹! おれは!? おれは!?」

「強いは強いけど、意外性が欠片もないから正直……」


 無音への評価はぶっちゃけそこまで高くはない。

 だって、ハナっから強いのは分かっていたから驚きや興奮は皆無だった。


「えぇー……」

「お? と思う奴だからこそ良いんだよ」


 詩乃、酒呑、僧正坊は言わずもがな。

 最近出会った真や他の京妖怪のたちのように強い奴らは幾らでも知っている。

 と言うか、そもそもからして妖怪は強くて当然の生き物だ。

 人間より評価が厳しくなるのも已む無し。


「その点、雨宮はこれまでのギャップもあるから九十五点は上げても良いよ」

「だから嬉しくなんて……いやでも、よくよく考えたらお友達から褒めてもらえてるわけだし……」


 若干、気が持ち直したらしい。

 ほんのり頬が赤くなっている。


「ねえ威吹」

「ん?」

「駄目元で聞いてみるけど組織を作って帝都を支配するとか……そう言う野望はないの?」


 加速度的に治安が悪化する帝都。

 現状を治められるであろう帝都在住の大妖怪は誰も彼もやる気なしの放任状態。

 威吹が帝都を支配しようと思えば……まあ、やれなくもないだろう。

 そして以前のような――いや、以前よりも治安が良い帝都にすることは出来る。

 百望はそれを期待しているのだろうが、


「ないっすねえ」


 ノリで魔王軍的なものを結成してみるのは、楽しいかもしれない。

 だが勇者に倒されるか飽きたら放り投げるのは目に見えている。

 事実、新生関東若手組も音楽性の違いと言う名目で解散してしまったし。


「何でよ! 別に日本を支配しろって言ってるんじゃないだから良いじゃない!!」

「いやぁ、しばらくはドンパチは良いかなーって」


 端的に言って満足してしまったのだ。

 才気溢れる巨人の少女、玲香。

 恋に生きて愛に狂った女と人でありながら鬼と呼ばれた男の血を継ぐ半死人の少女、土方彩。

 腹ペコキャラと腹ペコキャラでダブってしまった男、安浦真。

 いずれも滅多に出会えぬ逸材。

 戦闘方面での欲求は完全に満たされたと言っても良いだろう。


「散々引っ掻き回して一抜けとか性質悪くない!?」

「そう言われてもねえ……つか、支配云々言うなら俺よりも適任が居ると思うんだけど」

「誰よ!?」

「うちの学院長」


 相馬小次郎。またの名を平将門。

 かつて東国を支配し、朝廷に弓を引き“新皇”を自称した伝説の男。

 時代の変遷と共に評価は移り変わり現在は関東の守護神として落ち着いている。

 どう言う事情で学院を開き長をしているかは分からないが、統治者としては申し分ないだろう。


「え……いや、まあ……それは、そうだけど……」

「今動いてないってことは積極的に何かする気はないんだろうけど、頼むのはタダだし」


 生徒のお願いと言うことなら頑張ってくれるかもしれない。


「…………だって、怖いし」

「そう? あの人、外見は強面だけど気の良いダンディだよ?」

「そうそう! おれもね! 前に肉もらったよ!!」


 何時だったか威吹は学院長に喧嘩を売ったことがある。

 その正体を知ったことで興味が沸いたのだ。

 速攻で襤褸雑巾にされてしまったが、その後でラーメンを奢ってもらった。

 殺しに来た生徒を殺さずに済ますだけでも人が良いのに、その上ご飯までご馳走してくれた。

 かなり出来た大人だろう。


「いや無理だから」

「面倒だな……ああ、じゃあ劉備は? 言わずとしれた蜀の昭烈帝」


 義弟二人の武力は化け物と比較しても見劣りはしない。

 いや、面識があるのは関羽だけだが関羽の強さに少し劣るぐらいなら張飛も十分のはずだ。

 そこに神算鬼謀の大軍師、伏龍諸葛孔明の頭脳が加わるのだ。

 これほど頼りになる面子もそうそう居まい。


「それもちょっと……面識のない人にそんなことお願いするのは……」

「んもう! めんどくせえなあ。だったらもう、新派の妖怪と政府の連合軍に期待しなよ」


 戦争以降、誰が言い出したか妖怪は二派に分けられた。

 新派と旧派。

 字面だけで派閥の性質が分かると思うが一応説明しよう。

 前者が戦争以前から人に近しく、尚且つ人の在り方を真似ていた妖怪たちの派閥。

 戦争を契機に改めて化け物も変わるべきだと痛感したらしく、より人に近しい振る舞いをし始めた。

 後者は化け物は化け物らしく自由気ままにやれば良いと考えている妖怪たちの派閥……派閥?

 性質上、団結力は皆無に等しい上に新派の者らが旧派と呼んでいるだけなので派閥とは少し違うかもしれない。


「むしろ、国民としてはそっちに期待しないでどうするのって言う」


「こんな混沌を齎した非国民が何を言ってるのか……まあそれはともかく。

政府と新派の妖怪――まあ、確かに彼らは強いと思うわ。

人と化け物が心を揃えて立ち向かうって……もう漫画とかなら勝利パターン入ったなこれって思うわ」


 でも! と百望はジト目で威吹を睨む。


「有象無象はともかく……威吹や他の大妖怪。

仮に連合軍の勝利が目に見える段階まで辿り着いたら――手、出すでしょ」


「他の連中はともかく俺は、まあ、そりゃね?」


 百望が言ったように混沌を齎したのは自分だ。

 であれば、それを終わらせようとしている者たちに敬意を払わねばなるまい。

 ボスとして立ち塞がり、我が屍を越えて未来を掴め!! とか言っちゃうのだ。

 そうすればあちらも溜飲が下がるだろうし、こちらも楽しめる。

 死ぬだろうが、まあそこは今更だ。


「ほら! それよそれ!」

「いやでも、漫画だと完全に俺負けパターン入ってると思うよ?」


 愛と勇気の前に悪は破れるのだ。

 それがお約束と言うものだろう。


「ここは現実なんだから! どう考えても最後の最後で理不尽に負けるEDしか見えないわ!!」

「いやぁ、人間を甘く見過ぎだよ」


 彩の母親のように化け物をも凌駕するイカレタ人間は確かに存在する。

 まあ、その手の連中が政府や秩序のために動くかと言われれば首を傾げてしまうが。


「雨宮はもうちょっと人間の可能性を……っと、迎えが来たらしいから俺はこれで」

「? 用事でもあるの?」

「デート」


 短く答え、窓から飛び降りる。

 甘ったるい妖気に誘われるがまま校門まで行くと、


「あちゃー……」


 何とそこには詩乃(E:セーラー服)が!

 威吹はその惨状に思わず目を覆う。


「酷くない!? 第一声はお待たせ、とか似合ってるね? とかでしょ!?」

「いやまあ、外見年齢的には相応だよ? 腹立つぐらい似合ってるのも認めるよ」


 問題は中身だ。

 想像して欲しい。

 四千歳オーバーの化石を通り越したハイパー後期高齢者のお婆ちゃんがだ。

 年甲斐もなくセーラー服を着ている姿を。

 あまりにも、いたたまれない。よく分からない罪悪感が沸くレベルだ。


「それ言うなら六月に着たアイドル用の衣装も大概じゃない?」

「まあそうだけど……何て言うのかな。セーラー服とかブレザーってやっぱり特別感あるんだよ」


 少年少女の頃にしか袖を通せない。

 やがては思い出の中で眠る刹那の幻想。

 過ぎ去りし時を振り返った際、ふっと香る青春の残滓。


「上手くは言えないけど学生服は制服の中でも特異な位置に居ると思うんだ」

「何? 威吹って制服フェチだったりするの?」

「いや、特にそんな性癖は持ってないつもりだけど……」


 威吹のメイン性癖はスレンダーな金髪碧眼の少女だ。

 そこについては強いこだわりを持っているが、それ以外について考えたことはない。

 しかし、詩乃の言うように制服にも心惹かれるものがあるのかもしれない。


「セーラー服やブレザーも少女のシンボルと言えなくもないし……いやでも……」

「威吹威吹。振っといて何だけどこんな場所で性癖の思索は止めよ?」

「ああ、ごめんごめん」

「よろしい。じゃ、行こ?」

「ん」


 抱き付くように腕を絡めてきた詩乃と歩幅を合わせ、歩き出す。

 さて、何でこんなことをしているのかについて改めて説明しよう。

 端的に言うならご機嫌取り、もしくは家族サービスだ。

 蒼覇らの特訓、鬼灯の紹介やメガフロート建造と戦争に至るまで詩乃には随分と世話になった。

 なのに、戦争が終わるまで家にも帰らず放蕩三昧。

 そのせいで詩乃が拗ねてしまったのだ……まあ、演技だろうけど。

 なので一つ、デートでもしようと言うことになったのである。

 諸々の事情で直ぐにとはいかず七月中旬近くまでずれ込んでしまったのだが……まあそこは置いておこう。


「そう言えばさあ、母さんは鬼灯とどこで知り合ったの?」


 ふと、気になっていたことを話題に上げる。

 詩乃と鬼灯。同じ妖狐だがその年齢差に三千年以上の開きがある。

 接点がイマイチ見えないのだ。


「やだ……この子、デートの最中なのに普通に他の女の話振ってくる……」

「これぐらいでもアウトなの!?」


「冗談冗談。で、何だっけ? 鬼灯ちゃん?

あの子はうちの会社によくご意見の手紙を出してくれてたからその縁だね」


 さらりと言ったがちょっと待って欲しい。


「会社? うちの会社って何よ?」


「ああ、そう言えば威吹には言ってなかったかな。

私、こっちでシャンプーとかリンスとか化粧品。

パーソナルケア用品を開発、販売してる会社の経営者兼開発チーフやってるんだよね」


 初耳だった。


「ちなみに威吹が使ってるシャンプーとリンスもうちの商品だよ?」

「マジでか!? そもそも何で会社なんて……」


 金銭目的、ではないだろう。

 九尾の狐が糧を得るため真面目に働くとかシュールが過ぎる。


「基本は人間の姿で暮らしてるけど私って狐でしょ?

たまーに元の姿に戻ってシャンプーしたり、リンスしたり、毛繕いしたりとケアしたくなるの。

別に手を入れなくても汚れたり毛の質が悪くなったりはしないんだけど……何て言うのかな? 癖?

兎に角、時々本来の姿に戻って手入れしてるんだよ」


 詩乃の本来の姿を見たことはない。

 だが、相当に巨大であろうことは想像に難くない。

 一度の手入れで一体、何百本ボトルを開けるのだろうか。


「大昔は天然由来のものを使ってたんだけど近代に入ってからは人間の作ったものを使ってたの。

でも、言うて人間用でしょ? 良いは良いけどしっくり来ないんだよね」


 動物用のを使えば良いのでは? と思ったが口にはしなかった。

 それぐらいのデリカシーは威吹にもあるのだ。


「だからまあ、自分で満足のいく物を追求してみようかなって。

最初は自分のためだけに作ってたんだけど、これが中々楽しくてさ。

凝り始めると個人じゃ、どうしても限界があるからね。それで会社を立ち上げたの。

妖狐専用のだけじゃなく人間や他の妖怪用のも開発してて……ってのはどうでも良いか」


 そこらも詳しく聞きたくはあるが、聞きたいのは鬼灯についてだ。


「鬼灯ちゃんは妖狐専用の新製品出す度、熱心にご意見のお手紙をくれてね?

これがまた、中々に的を射てるわけ。

良いセンスだなーって思ったから一度話してみようと思って会いに行ったの。

そこからプライベートでもお付き合いが始まって、時々お茶したりするようになったんだよ」


「へえ……」


 意外な接点ではあったが、納得だ。

 美容に関する感性が優れていると言うのは毒婦的にも好印象だろう。

 同じ妖狐ともなれば、目をかけるのも不思議ではない。


「と言うか、会社の話聞いたらデートよりも工場見学がしたくなって来たんだけど……」


 威吹は地味に工場見学とかでテンションを上げるタイプなのだ。

 ベルトコンベアーとか何時間でも眺めていられる。


「それは今度。今日はお母さんをめいっぱい楽しませてくれるんでしょ?」

「楽しませられるかどうかは保証できないけどね」


 何せデートなんてこれが初めてなのだから。

 と、そう言ったところで威吹は気付く。


「……ファーストキスも、初デートも……母親…………」


 詩乃のことは嫌いではない。

 むしろ好意を抱いている。

 幻想世界に来た当初はともかく九尾の狐との正しい交わりを演じたあの日からは普通に好きだ。

 それが異性に向けるものかはさておくとして、好意自体は普通にある。

 だが、初めてのキスも初めてのデートも母親を名乗る存在とだなんて……どうなのだろう?


「この調子だと最後の“ハジメテ”もお母さんになっちゃいそうだねえ」


 なっちゃいそう、だなんて言ってるが目は正直だ。

 する、と断固たる決意が見える。


「怖いなあ……いや、冗談抜きで」

「ンフフフ♪」

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