ヤング妖怪大戦争⑦
巨人の少女が泣き止んだのは大体、三十分ほど経った頃だった。
今は少し落ち着いたようで女の子座りで、じっと威吹を見下ろしている。
「それじゃあ、改めて……こんにちはお嬢さん?」
「はい、こんにちは!」
パン! と鼓膜が破裂する。
本人としては普通に喋っているだけなのだろうが……スケールが違い過ぎる。
恐らく――いや、まず間違いなく彼女は巨人の中でも特別、力に恵まれた存在なのだろう。
威吹は喋る度に鼓膜を破裂させるのも面倒だと肉体を強化し、少女の眼前まで浮かび上がる。
「知ってると思うけど、俺は狗藤威吹。威吹って呼んでくれると嬉しいな」
「いぶきおにいちゃんってよんで……いい?」
「勿論さ」
「わーい! ありがとう、おにいちゃん!!」
大きな手が威吹を包み込む。
キャッキャと喜びを露にする少女の掌の中で威吹が無慈悲に破壊されていく。
どうやらもう一段階、二段階ぐらいは身体を強化しておくべきだったようだ。
「君のお名前を聞かせてくれるかな?」
化け物としての価値観が首をもたげねば、基本的に威吹は子供に優しい。
まあ、首をもたげてしまえば某政治家一族のお嬢さんのような目に遭ってしまうのだが。
「れいかです! ろくさいです!!」
「そっかぁ、六歳かぁ。六歳の片腕ふっ飛ばしたのか俺……」
改めて考えると鬼畜とかそう言うレベルではなかった。
が、これは多分必要なこと。心に棚を作っておこう。
「それで、玲香ちゃんはどうしてお兄ちゃんのところに来たのかな?」
「……あのね、れいかね。おともだちがほしかったの」
「ああ、そう言う」
詳しく聞くところによると、玲香はダイダラボッチの子供なのだと言う。
こちらの世界の紀伊山中にある村落で暮らしているそうだ。
村の規模は小さいが、同年代の子供もそれなりに居るっぽい。
だが、玲香は子供たちとまったく馴染めていないらしい。
その理由は、もう分かるだろう。
威吹をして驚愕を禁じ得ないほどのスペック。
それは同じ巨人の中でも、群を抜いて高かったのだ。
子供どころか、村の大人たちよりも力が強く――そして制御も覚束ない。
子供たちは玲香を恐れ、近付こうとせず。
大人たちは気にかけてくれていたようだが、大人には埋められない寂しさと言うものもある。
(それに、自分より脆い大人に全力で甘えるようなことは出来んよなあ)
大人がどれだけ構おうとしても、玲香からすれば素直に甘えられるものではない。
じゃれつけば壊れてしまうような相手にどう甘えれば良いと言うのか。
「だとしても、何故、我が君に? いやそもそも何故、我が君を知っていたのか」
「それな。玲香ちゃんはどうして俺のことを知ってたんだい?」
「えっとね。おとうさんとかおかあさんとか、そんちょうさんが言ってたの」
威吹の宣戦布告は遠く離れた紀伊の山奥にも届いていたらしい。
そしてどうやら、玲香の住まう巨人の村の住民たちは穏やかな気質の化け物たちのようだ。
そんな彼らにとって威吹の存在は恐怖以外の何ものでもない。
村の大人たちはこぞって噂したのだろう。
まだ子供だと言うのに何て恐ろしいことを考えるのか。
ひょっとしたら自分たちにも害が及ぶのではと。
そして玲香は思ったのだろう。
「なるほど。大人たちが怖い怖いと噂する若様なら玲香さんより強くて怖がらないかもって思ったんですね」
「うん!! ほんとだった! おにいちゃん、すっごくつよかった!! れいかよりちからもちなひと、はじめて!!」
「でもよく俺の居場所が分かったね?」
京都で待ち構えているならまだしも、ピンポイントで目の前に降って来た。
誰か協力者でも居たのだろうか?
「きょーとにいくとちゅうでね、さんもとっておねーさんにあったの。それでおはなししたら、おくってくれるって」
「さんもと――山本五郎左衛門か?」
何で関西に、と言うのは愚問か。
恐らくは神野と共に、始めた者として顛末を見届けに来たのだろう。
しかし、
「……野郎、ショタコンだとは聞いてたがロリコンまで併発してやがったのか……救えねえ……」
詩乃曰く、山本五郎左衛門はショタコンらしい。
かつて出会った稲生平太郎なる少年によって山本はショタコンを発症。
昔は翁の姿をしていたのに、彼と出会ってからは性転換をして妙齢の女の姿に変わったとか。
高位の化け物にとって性別などは些細な問題なのだろうが、人間視点で見ると度し難い変態としか思えない。
「……ねえ、おにいちゃん」
「ん? どうしたの?」
「れいかとおともだちになってくれる?」
不安げに揺れる潤んだ瞳。
こんな目で見つめられてお断りするほど、威吹も鬼畜ではない。
「勿論さ。よろしくね、玲香ちゃん」
「~~~! うん! うん!」
喜びのあまり威吹を握り締め、ブンブンと振り回す玲香。
三半規管が一瞬でおしゃかとなり、
振り回された衝撃で愉快なオブジェにチェンジした威吹であるがその顔は笑顔だった。
「でも玲香ちゃん。もっと沢山お友達、欲しくない?」
「……ほしいけど……おにいちゃんのほかには……」
「居るよ。玲香ちゃんよりも、俺よりも強い奴は沢山ね」
「ほんと?」
「ホントさ」
子供の世界は小さい。
だから、想像もつかないのだろう。
だが玲香より強い者など、この国に限定したって幾らでも居る。
が、単に強くて受け入れてくれそうな奴を紹介するのでは芸がない。
「でもね玲香ちゃん。別に強くなくても君を怖がらず、お友達になってくれる人は居るよ?」
「……いないよ、そんなの」
「いいや、居るよ。玲香ちゃんは友達である俺の言うことを信じてくれないの?」
「そ、それは……」
「ンフフフ、丁度ね。俺がこれから向かうところに君とお友達になってくれそうな屑――んん、アホどもが居るんだ」
だから一緒に行ってみない?
その誘いに、玲香はしばし逡巡し……コクリと頷いた。
威吹はそうこなくっちゃと笑い、玲香の肩に腰掛け京都を指差した。
「お友達になってくれそうなアホどもはあっちに居るから……さあ、行こう!!」
「うん!!」
玲香を仲間に加え、一路京都を目指す威吹たち。
襲撃があるかな? と思っていたが特にそんなこともなく、無事京都市内に入ることが出来た。
「おー、おー、おー、盛り上がってんねえ」
(リアル)炎上する京都に威吹もニッコリ。
空でも大地でも、激しい戦いが繰り広げられている。
「玲香ちゃん、思いっきり暴れてご覧」
「え……でも……」
「大丈夫、お兄ちゃんを信じて」
「……うん、わかった!!」
玲香は思いっきり地面を蹴り抉った。
建造物や戦っていた化け物らが紙切れのように吹き飛んで行く。
だが、それだけでは終わらない。
手近にあった家屋を掴み取ってそれを放り投げる。
目に付いた化け物を握り潰す。
何度も何度もジャンプを繰り返すなど怪獣映画も真っ青な幼女の乱行。
東西両方の化け物も、こんなことをされれば流石に意識を向けざるを得ない。
「つくづくふざけた真似を……!!」
「狗藤威吹の手下か? 隊列を組め! 全員であの巨人を仕留めるぞ!!」
「君らはお呼びじゃないよ」
天狗の羽団扇を取り出し、敵意も露に向かって来る羽虫を切り刻む。
「おにいちゃん……」
泣きそうな顔をする玲香に威吹は優しく語り掛ける。
「ンフフフ、そんな顔をしないで。大丈夫だから。
良いかい玲香ちゃん? 考え事をする時は頭を柔らかくしなければいけないよ」
力が恐れや嫌悪を招くから力を振るわず我慢する。
それはちと早計ではなかろうか?
恐れや嫌悪を招くと言うことは、それすなわち友達になれない奴を燻りだせると言うことでもあるのだから。
「アイツらは“友達になれない”奴らだから居なくなっても問題はないよ」
「! いわれてみれば……」
「これが家族や同じ村の人たちならともかく、アイツらは全然関係ない奴らだしさ。どうでも良いじゃん」
「おにいちゃん、てんさい?」
「照れる」
などと言っていると……釣れた。
喜色も露に近付いて来る屑の一団に、威吹の頬が緩む。
「狗藤威吹めーっけ! ちゅーか何やねんその子! 半端ないなあ!!」
「気持ちええ暴れっぷりやねえ」
「お嬢ちゃんも東の化け物か?」
威吹は敵意を以って仕掛けてくる雑魚どもを蹴散らしながら彼らに語りかける。
「はじめまして西の屑ども! 俺は狗藤威吹、そしてこっちは玲香ちゃん六歳だ!!」
「はじめまして東の屑の親玉! ようこそ京都へ! 六歳ってマジか!? 将来有望とか言うレベルちゃうやろ!!」
「せやろ? まあそれはともかく、この玲香ちゃんな! 友達が欲しくて俺に会いに来たんだわ!!」
あまりこう言うのはよろしくないが、玲香の願いを叶えるためには必要なこと。
威吹は集まって来た西の愉快な屑たちに玲香のバックボーンを語った。
「どうだい玲香ちゃん? このお兄さんやお姉さんたちは全然、君を怖がってないだろう?」
「でも……おにいちゃんよりよわっちそうだし……」
建物などではない。
直接、当人を壊してしまえばきっと怖がられる。嫌われてしまう。
そう言って俯く玲香だが、問題はない。
「だってよ! お前らよわっちくてみみっちいって思われてんぞ!!」
「はぁ!? 舐めんなや! 僕の懐はマリアナ海溝並やぞ!!」
「それならうちはコズミックレベルや!!」
予想通りの反応が返ってきた。
それでこそだと笑い、威吹は提案する。
「言うじゃん! だったらどうだい? 真っ向から力比べしてみねえか?
ちなみに俺は真っ向から拳を拳で受け止めて片腕ふっ飛ばしてやったぞ!!」
その提案に俺が、私が、僕がと希望者が殺到する。
これまた予想通りである。
「じゃあそこのお姉さん! 女の子のお友達も欲しいだろうし、付き合ってやってよ」
「ええよ。ほな玲香ちゃん、お姉さんとやろか。遠慮せんとかかってきい!!」
玲香の正面に移動した女妖がくいくい、と手招きをする。
玲香は本当に良いの? と不安げにこちらを見つめて来るので頷きを返す。
「じゃ……じゃあ……えい!!」
威吹の時よりも手加減はしているが、それでも十二分以上の破壊力を秘めた拳が打ち出された。
女妖は笑顔で自らの拳を打ち出し――――四散した。
「ぁ」
悲しげに顔を歪める玲香だが、
「あははははは! 強い、強いなあ玲香ちゃん! 本気でやったけどあかんかったわ!!」
四散した肉塊が集い女妖が再生する。
再生した彼女はケタケタと笑いながら玲香を褒め称えた。
その顔には恐怖も嫌悪もない。あるのは好意だけだ。
「ダハハハハ! 啖呵切っといてそれありかよ!?」
「情けないのう……いや、玲香ちゃんが強過ぎただけか?」
「玲香ちゃん、飴ちゃん食うか?」
それは他の者らも同じで、皆、笑っている。
「え……え……」
「ね? 力は玲香ちゃんに及ばないかもだけど、気にしない奴らも居るんだよ」
君のお友達になってくれる奴は沢山居る。
だから怖がらずに自分の世界を広げてみよう。
そう諭す威吹に、玲香はポロポロと涙を流しながら頷いた。何度も何度も頷いた。
そして、
「あ、あの……おねえちゃん……れいかと、おともだちになってくれる?」
「勿論や! 玲香ちゃんみたいな可愛い子と友達んなれて、うち嬉しいわあ」
「待て待て! 兄ちゃんも友達なったるわ!!」
「俺も俺も! んで、どうせなら今日で友達百人やってみようや!!」
「今日、京で友達探しとか激ウマかよ」
わちゃわちゃと集って来る化け物たちに、あわあわとする玲香。
だが、戸惑いの中に確かな喜びが見えた。
これならもう、大丈夫だろう。
「玲香ちゃん、お兄ちゃんは用事があるから一旦ここでお別れだ」
「え……」
「大丈夫、終わったらまた会いに来るからさ。それまでこのお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに相手してもらいな」
良いだろう? と視線を向けると、
「ええよー。戦争よりこっちのが楽しそうやし」
「ああでも、俺は戦争も気になるからまた後で合流するわ」
「僕は元々狗藤威吹狙いだったし、ここで相手してもらったら後はフリーだし付き合うよ」
全員が全員とはいかなかったが、それなりの人数が承諾してくれた。
「ありがと。お礼に俺が目当ての奴は相手してやるよ。勝ったら情報くれ情報」
「余裕かましおって……! 上等や、そのニヤケ面、ぐっちゃぐちゃにしたるわ!!」
「待て! 先約は俺だ!!」
「いや、先約とかあらへんやろ。今会ったばっかなんやし」
そして、三分ほどかけて自分が目当てだと言う化け物全員を相手取った。
強い奴もそれなりに居たが、長々と付き合うほどでもないのでさっさとのしてやった。
「じゃ、情報ね。一応この戦争の発端である通り魔探してんだけど、どこに居るか知らない?」
「あぁ? 通り魔――……ああ、あのお嬢さんか。確か大将と一緒に清水寺に陣取ってるとか聞いたような……」
「清水寺、ね。OKOK。情報提供感謝するよ」
威吹は玲香たちに別れを告げ、清水寺へと向かった。
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