ヤング妖怪大戦争⑥

「艦長!!」

「んぅう……何だよぅ……」


 艦長席でうつらうつらと船を漕いでいた威吹はクルーの慌てた声に意識を浮上させる。


「艦の進路上五十八キロメートル先に突如、巨大建造物が出現! モニターに映します!!」


 モニターに映し出されたそれを目にし、眠気が一瞬で吹き飛ぶ。

 進行を一時止めるよう指示し、威吹は皆に問う。


「…………おい、あれ何だと思う?」

「何って……ねえ?」


 場を盛り上げるためそれっぽい演技をしていたクルーらが素で顔を見合わせる。

 宇宙戦艦を建造するための資料にと取り寄せた映像媒体が事の外面白くて、

 同ジャンルの他作品にも手を出していた妖狐たちは“それ”についての知識も持っていた。


「あれ、どう見てもさあ」

「うん」

「OK。それじゃあ、いっせいのーで言おう」


 そう提案し、クルーたちが頷く。


「いっせいーのーで!!!!」


 全長三百十二メートル。

 全幅四百九十六メートル。

 全高千二百十メートル。

 雄雄しく聳えるその名は――――


「超時空要塞!!!!」


 超時空要塞二条城マ●ロス


「……いやぁ、たまげたなあ」


 わざわざゆっくり飛んでいたのは宇宙戦艦を見せ付けるためでもあった。

 馬鹿でもなければコイツを放置するわけがない。

 さあ、西の連中はこのボケに対してどう言うリアクションをしてくれる?

 静岡上空で仕掛けられた際は、手堅くつまらないことしかしねえなと威吹は落胆していた。

 だが違った。敵もやるものだ。

 一度落胆させておいて超時空要塞をお出ししてくる手腕に、威吹は舌を巻いていた。


「しかもあれ、多分、化け狸どもの作品ですよぅ」

「マジ?」

「こっちと似たようなことして作り上げたんでしょうが……いやはや、これはちょっとカチンと来ますねえ」


 西にも化け狐は居る。

 だが、あちらは純度百パーセント化け狸どもの作品だと鬼灯は語る。


「私ら狐よりあのデブどものが有能だとでも言いたいんでしょうかねえ?」

「ああそうか。そういや昔から言うもんね。狐七化け狸八化けって」

「若様? 若様は狐派の若手筆頭なんですよぅ? そんな根も葉もない諺使わないでください」

「えぇー……そこまで敏感になるの? いやまあ、俺自身狐でもあるから狸には負けたくないけどさあ」


 あと、どうでも良いがデブは酷い。

 リアルの獣を見れば、ぶっちゃけさして大差はないのだから。


「クワー! クワー!!」

「ん? ああ、そうだね。分かってるよ」


 この距離で姿を現した理由。

 それが分からないほど、馬鹿ではない。

 未だ何のアクションも起こしていないのは何故だ? 誘っているのだ。

 互いの大砲を撃ち合おうぜ、と。


「主砲、発射用意。それと艦内放送を」

「了解――いやまあ、発射の準備するのは艦長なんですけど」

「照準と引き金はそっち任せなんだからちゃんと仕事しろよ」

「はーい」


 足元の床が開き、戦艦と接続された常夜の柄がせり上がる。

 何故常夜が? 答えは簡単、常夜は動力源だから。

 この戦艦は常夜から吐き出される怨念と威吹の妖気をミックスしたもので動いているのだ。


「艦長、艦内放送の準備が整いました」

「結構」


 常夜の柄に手をかけ主砲を充填しつつ、威吹は語り掛ける。


「お乗りの屑どもにお知らせします。

当艦はこれより敵艦との砲撃戦に移行致します。初っ端から全力全開。

出し惜しみなしで主砲をぶっ放す予定ですので避難の準備を始めてください」


 あの超時空要塞を一撃で沈めるのであれば余力など残してはおけない。

 勝つにせよ負けるにせよ、十中八九宇宙戦艦の維持は困難となるだろう。

 乗員一丸となって特攻をかますのもそれはそれで面白そうだが、これはあくまで前座だ。

 戦争をしにやって来たのだから、始まる前に全滅なんてアホらしい。

 なので一応、アナウンスをしたのだ。


 ちなみに、時間操作を使えば妖気の問題は解決出来るので維持も滞りなく行える。

 が、時間操作を用いた回復をする気はさらさらない。

 時間操作をものともしない相手であればカードの一枚として数えても良い。

 しかし、そうでないなら使わない。だってつまらないから。

 威吹は別段、最強だとか無敵になりたいわけではないのだ。


「ふぅぅ……!!!!」


 空間を軋ませ、歪みが生じるほどに妖気が練り上げられていく。

 艦内の誰もが息を呑んでいた。

 中にはその性格に共感を示しはしたが、その実力については“安く”見ていた者らも居る。

 だが、ただ妖気を高めると言う行為一つで納得させられた。

 これが、これが天職大妖怪と言われた男の力かと。


「うっは……出力だけで言えば、まだあっちの方が上だけど……」

「あっちは複数人でじゃん。百か? 千か? 艦長が化け物過ぎて草生えるわ」


 超時空要塞もまた宇宙戦艦と同様、主砲のチャージを始めていた。

 純粋な出力では僅かに前者が勝っている。

 が、あちらは合算だ。複数の化け物が主砲のため妖気を供給している。

 対してこちらは威吹だけ。

 個として優れているのがどちらかなど、考えるまでもないだろう。


「……――――チャージ、完了」


 ポツリと呟く。

 多分、このまま撃てば確実に砲身が溶解する。

 妖怪の妖気で溶解してしまう。

 だから一発コッキリの勝負だ。


「……これ、僅かに撃ち負けません?」

「まあ見てなって」


 銃口は既に互いを捉えている。

 一つ、二つ、三つ呼吸を重ね、


「撃ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 号令と同時に砲手が引き金を引く。

 砲身から放たれた怨嗟と妖気の奔流が真っ直ぐに蒼天を駆け抜けていき、敵の砲撃と衝突。

 余波で地上を吹き飛ばしながら鬩ぎ合う二つの大きな力。


「うぉ!? 艦が砲の衝撃でめっちゃガタついてる!?」


 砲撃の反動もそうだが、それ以上に撃ち合いの方が問題だった。

 徐々に、徐々にだがこちらが圧され始めているのだ。


「艦長! これ、大丈夫!?」


 ブリッジに居るクルーの多くが不安がっているが、そうでない者らも居た。

 威吹は当然として威吹に揺るぎなき信を置く紅覇、ロック。

 そしてこれから起こる光景を予期していた鬼灯だ。


「……は? え? ほ、砲撃を喰ってる……?」


 黒と赤が混ざった禍々しい光。

 宇宙戦艦側の砲撃が敵の蒼い光を喰らい、膨れ上がり始めたのだ。

 徐々に、徐々に押し返す速度が速くなり十秒ほどで完全に均衡が崩れる。

 阻む者なしと言わんばかりに直進し、敵のバリアに衝突。

 だがそれも一瞬のこと。数秒でバリアをぶち抜き超時空要塞は完全に消し飛んだ。

 そして多分、京都市内にも結構な被害がいった。


 つまりはまあ、


「いえーい! 俺の勝ち~♪」

「流石です我が君」

「クワー! クワー!!」


 キャッキャとはしゃぐ威吹だが、今の彼は妖気をすっかり使い果たしてしまっている。

 艦の維持になぞ微塵も力を割いていない。

 つまりはまあ、


「若様、そろそろ艦が崩壊しますよぅ」

「あ、やべ……最後に自爆……いや待て。まだミサイル残ってたよな? 在庫処分がてら全部ぶっぱしといて」


 そして五分後、宇宙戦艦は空の藻屑と成り果てた。


「相手に沈められるよりはマシだけど、結構……クるね」


 威吹はしみじみとそう呟いた。

 宇宙戦艦を再現するために重ねた仲間たちとの努力の日々。

 それが一瞬で消えてしまうのは、中々にショックだった。

 どうせなら清水寺あたりに特攻させて自爆したかったと言うのが本音だ。


「おい艦長改め大将。こっからどうすんべや?」

「どうもこうもない。後は自由行動だ」


 位置的にはここはまだ京都ではない。

 だが、府内――ひいては敵の本丸がある京都市内までの距離はそう大したものではない。

 ちょっと本気で飛べば彼らなら(鈍足な者は除く)十分もすれば京都市内に突入出来るはずだ。

 急いで行っておっ始めても良いし、行楽気分でまったり向かっても構わない。


「各々、好きにやれば良い」


 ひらひらと手を振ると血の気の多い奴らが真っ先に飛び出して行った。

 それに釣られるように一人、また一人と京都市内目掛けてこの場を去って行く。


「若様はどうするんです?」

「俺? そうだねえ。ここまでは空路だったから、ここからは陸路で行くつもり」


 空の旅もあれはあれで好きだが、どうにも落ち着かない。

 少し、地に足をつけてゆっくり歩きたい気分だった。


「では、御供致します」

「クワワ!!」

「それじゃあ、私も御一緒しますよぅ」


 紅覇、ロック、そして鬼灯もこちらに付き合ってくれるらしい。

 残りの面子はまったりと空を往くらしいので、ここでお別れだ。


「それじゃあ大将、向こうで!!」

「ああ、なるべく生きて帰って来なよ。面子が減れば減るほど打ち上げがしょぼくなるから」


 資金的な意味で。

 事前に徴収する形にしておけば良かったと少し後悔していた。


「糞みたいな激励」

「でも打ち上げのグレードが下がるのは嫌なのは確かだよね」

「打ち上げ用の金だけ死体から徴収しねえ?」

「それ良いな!!」


 キャッキャと騒ぎながら遠ざかる背中を見送り、地上へ。

 踏みしめた大地の感触がやけに懐かしく感じ思わず頬が緩んだ。


「若様、京都市内に着いたらどうされるので?」

「んー」


 化け物らしく無分別に暴れ回るのも良いが、


「やっぱり通り魔かな」


 全ての発端。

 未だ行動原理がよく分かっていない、通り魔が気になる。

 報復と言う名目を掲げているのだし一先ずの標的としては十分だろう。


「…………我が君、例の通り魔は蒼覇らに譲るはずだったのでは?」

「え? 俺そんなこと言った?」

「早い者勝ちで競えば良いではないかと言っておられたような……」

「そうだね。でもその競争に俺が参加しないとは言ってなくない?」

「言われてみれば」


 ちなみに蒼覇、トウゴ、マキの三人だが彼らもこの戦争に参加している。

 よーいドンで始めるために都合が良かったらしい。

 まだ顔は見ていないが真っ先に飛んで行った者らの中にはきっと彼らも居たはずだ。


「でも若様。競争とやらに参加するのであればのんびりしている暇はないのでは?」

「うさぎと亀の話を知らないのか? 最後には亀が勝つんだよ亀が」


 正確には勤勉な亀が詰めの甘い兎に勝つ、である。

 やる気のある兎と怠け者の亀では勝負にならないだろう。

 まあ、それはあくまで徒競走の話だが。


「と言うわけで俺の当面のターゲットは通り魔だけど……紅覇も競争に参加する?」

「いえ、私はさして興味がありませんので」

「ふーん、そう言うなら――――……ん!?」


 ズン! と空から飛来したそれが土煙を巻き上げた。

 威吹は粉塵を手で吹き飛ばし、それを見上げる。

 白いワンピースに身を包んだ五十メートルを優に超える巨人の少女が血走った目をこちらに向けているのが見えた。

 怨み? いや違う。何だろう、あの感情は。

 鼻を利かせれば分かるかもしれないが不思議と気が進まない。


「おぉう……すっごいなあ……」


 膝まで届く長い長い黒髪。

 人間サイズならまだしも、巨人のスケールで考えればその長さは尋常ではない。

 何本シャンプーボトルを空にすれば満足な洗髪が行えるのか。

 威吹はそれがどうしても気になった。


「くど……くど、くどう……いぶき……!!」


 血管をピキらせながら前に出ようとする紅覇を手で制し、威吹は答える。

 はいそうです、私が狗藤威吹ですと。

 すると巨人の少女は顔を真っ赤にしながら、ぶんぶんと首を縦に振る。


「うぅぅ……! ううううう!!!」


 大きく身を捩じらせ拳を振りかぶる少女に威吹は一瞬目を丸くするも笑顔で頷く。


「良いよ」


 言葉はなかったが、何を望んでいるかは分かった。

 巨人の少女、見かけよりもずっと幼いのかもしれない。

 だから先ほどは嗅覚を使うことに気が進まなかったのだろう。


「三人は空にでも避難してて」

「……分かりました。御武運を」


 一度に妖気を全消費した弊害か、未だ一割も回復していない。

 だが、挑まれた真っ向勝負から逃げるつもりは毛頭なかった。

 威吹は久しぶりに鬼の血を励起させ、少女と同じように大きく身体を捩った。

 奇しくも先ほどと同じ、大砲の撃ち合い。

 だが今度は生身だ。また違った良さがある。


「うぅぅぅぅ……――あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 少女の雄叫びでパン! と鼓膜が破裂した。

 放たれた拳が暴風を纏いながら迫り来る。

 人一人を簡単に潰してしまえる巨岩の如き拳が迫って来ると言うのは中々に絶望的な光景だろう。

 しかし、威吹は笑みすら浮かべてそれを迎え撃った。


「づぅ……!?」


 上空から振り下ろされた大きな拳と地上から打ち出された小さな拳がぶつかり合う。

 インパクトの瞬間、広範囲に吐き出された衝撃で地面が捲れ上がり、大地が無惨に陵辱される。


(お、重い……! え、何これ!?)


 成長期を経て妖狐形態の尾が増えたように、鬼形態の力も当然の如く上昇している。

 今が万全の状態でないことを差し引いても、巨人のそれと遜色ない膂力になっているにも関わらずだ。

 重い。重いのだ。

 気を抜けばこちらが押し潰されてしまいかねないほどに。

 だが、負けるつもりはない。


「憤怒ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 力みに耐えられず筋繊維が、血管が破裂していく。

 しかし、一顧だにせず更に力を込め――――拳を振り抜く。

 振り抜かれた拳の衝撃は少女の片腕を吹き飛ばし、雲を穿って消えた。

 血の雨が降りしきる中、少女は呆然と喪失した片腕を見つめ……。


「……ッ……ふぅ……ふぅ……~~~~!!!!!!!!!!」


 泣いた、ワンワンと泣いた。雨のように涙を降らせながら泣いた。

 だが、それは痛みや悲しみからではないように思えた。

 嗅覚のステージを引き上げなくても分かる。

 今、彼女は喜んでいるのだ。


 だから、


「若様、これ良い歳した高校生が子供泣かせてるようにしか見えませんよぅ?」

「それな」


 絵面が最悪でも気にしない。

 気にしないったら気にしない。

 兎にも角にも、泣き止むまで待とう。

 泣きやんだら事情を聞こう。

 明らかに戦争とは関係なさそうなこの子が、何故ここに来たのかを。

 何故、自分に襲い掛かって来たのかを。

 そして事と次第によっては、親御さんの下まで送り届けてあげよう。

 無視することも出来るが、流石にそれは気が咎める。


(ううむ、何か妙なことになっちゃったなあ……)

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