ヤング妖怪大戦争⑧

「ククク、ここを通りたければ西国四天王筆頭たるこの俺を倒して行くが良い!!」

「あの、さっきも同じこと言ってる奴居たよ」

「うっそ……ネタ被りかよ……」


 清水寺へと続く参道――清水坂の入り口で立ち塞がった西の化け物が打ちひしがれたような顔をする。

 少し可哀想だがこっちも食傷気味なのだ。

 玲香と別れて地上から清水寺を目指していたが、

 清水寺のある東山区に突入するまでに既に三十八人の四天王を名乗る者を倒している。

 内、筆頭を名乗ったのは十七人。

 どいつもコイツも自己主張が強い奴ばかりで、多少は楽しめたがそこはそれ。

 一人二人食えば飽きる。

 そろそろ趣向を変えて欲しいと言うのが威吹の本音だった。


「いやでも、四天王ってお約束だし……」

「いやいや、他にも十二神将とかあるじゃん」

「数が増えると一人あたりの質が落ちてる感じしない? あと、化け物が神将を名乗るはありなの?」


 などと話していると、


「狗藤威吹を発見! これより足止めに移行する! 増援求む!!」


 真面目腐った連中に発見されてしまう。

 数はざっと四百。何てことのない数字だが、正直、うんざりだ。

 紅覇やロック、鬼灯が居れば二人と一匹の誰かに押し付けられたのだが生憎、それは不可能だ。

 紅覇は威吹を性的に狙って来た女妖の群れを排除するため。

 ロックは鱧に釣られて。

 鬼灯は化け狸に勝負を挑まれて。

 それぞれの理由で離れてしまったから。


「おい狗藤、行って良いぜ」


 威吹が意外そうな顔をする。

 態度からして自分狙いだと思っていたからだ。


「ネタ被りでテンション下がっちゃったし……何か良いの思いついたらまた仕掛けに行くわ」

「そう? じゃあ、お願いね」


 ひらひらと手を振り、横をすり抜ける。

 当然、何が何でも威吹を足止めしたい連中が追って来ようとするが――――


「行かせねえよ」


 全員が重力の檻に囚われ、地に縫い付けられた。

 名も知らぬアホはかなり強キャラっぽい能力を備えていたらしい。

 少し後ろ髪を引かれる威吹だが、初志貫徹初志貫徹と心の中で唱え清水坂を疾走。

 以降もちょいちょい絡まれはしたが全て蹴散らし、無事清水寺に到着。

 威吹は空の受付に多めの拝観料を置き、ぐるりと寺内を見渡す。


「んー、強そうな気配はあっちかな?」


 パンフ片手に清水寺を観光しつつ、歩を進める。

 気配を頼りに辿り着いたのは清水寺本堂。俗に言う清水の舞台だ。

 そこで威吹は見つけた。

 欄干に腰掛けパラパラと本を捲る少年――いや、少女の姿を。

 腰に刀を差しているし、間違いない。彼女こそが噂の通り魔だ。


「おや? 君は……そうか。フフフ、ようやくか。

彼の話に乗ったは良いが誰も来なくてどうしようかと思ってたんだよ。

はじめまして狗藤威吹くん。僕は土方彩。以前、試し損ねた君が来てくれて本当に嬉しいよ」


 微笑む通り魔改め彩を見て威吹は思った。


「痛い一人称してんなあ」


 性同一性障害ならば分かる。

 が、彩は違う。その手の人間にありがちな肉体と魂の歪みが見えない。

 つまりは素。素で女なのに僕とか言っちゃってる。


「母の影響さ。母がこんなだから僕もこうなっちゃったんだよ」

「子持ちってことは良い歳だろうに……いや、うちの母親に比べたら大分マシだけどさ」


 母親ランキングを作れば底辺トップ争い待ったなしな詩乃。

 あれと比べれば大概の母親は良い母親になる。


「母さんが痛いのは否定しないけど、僕は尊敬してるんだ。あまり悪く言わないでおくれ」

「へえ、どんなお母さんなの?」

「恋に生きて愛に狂った……――言葉を飾るならそんな感じ」

「詳しく聞きたいね」


 と、威吹が社交辞令でそう言うと彩は嬉々として自らの母を語ってみせた。

 話を聞き終えて抱いた感想は一つ――すげえ。

 恋に生きて愛に狂った。その言葉に一切の嘘はない。

 まだ画面の向こうのアイドルに恋をするファンのがワンチャンあるだろう。

 なのに、彩の母はそれ以上の偉業を成し遂げてみせた。

 既に歴史の一ページとなった人間に恋をし、それを実らせるために生きた。

 それはやがて愛へと転じ、その狂気が願いを結実させた。

 凄い、本当に凄い。


 でも、


「凄いけど、とんでもない地雷女だよね」

「否定はしないよ」

「ま、それはともかくだ。やる前に聞いておきたいことが三つある」

「何だい?」

「まず一つ、一緒に居る西の大将は?」


 清水の舞台には彩だけしか居なかった。

 隠れているのかと軽く探ってみたが何も感じない。

 西の大将はどこに行ったのか。


「ああ、彼は仕込みがあるとかで少し席を外してる」

「仕込み?」

「うん。彼、小さな居酒屋を経営してるんだよ」


 そう言う意味での仕込みかと威吹は若干肩透かしを食らう。

 が、一応疑問は解消された。ならば次は本題だ。


「じゃあ次だ。通り魔をしていた理由と、俺を狙わなかった理由について聞かせてもらいたい」


 特に後者。

 最初から標的ではなかったと言うのなら分かる。

 だが、先の発言から察するに自分も標的に含まれていたらしい。

 なのに手を出さなかったのは如何なる理由があってのことか。


「んー、まず後者について答えるけどさ。君――いや、君ら忙しそうだったし」

「は? それってまさか……」


 時期的に考えれば答えは一つしかない。

 一葉たちのことを言っているのだろう。


「何か君、指導者っぽいことしてただろう?」

「ああうん」

「尊い汗を流しながら夢のために頑張ってる女の子たちから、先生を取り上げるのはどうかと思ってさ」


 だから後回しにしたのだと彩は言う。


「ちなみにあの女の子たちはどうなったか聞いて良い? オーディションはもう終わったんだろ?」

「無事、アイドルへの道を歩み始めたよ」

「……そうか。それは良かった。うん、頑張ってる子が報われるのは良いことだ」


 うんうんと、我が事のように喜ぶ彩。

 威吹を避けた理由と言い、割と良い奴なのかもしれない。


「でも、それなら何でオーディション終わった後に来なかったんだ?」

「いや、路銀が……」

「あ、そう言う……」


 何とも世知辛い話だが、仕掛けて来なかった理由は理解した。

 ならば次は根本的な疑問についてだ。

 威吹が視線で答えを促すと彩は小さく頷き、こう答えた。


「僕はね――――恋をしてみたいんだ」

「……………………ん、んんんん?」


 ちょっと何を言ってるか分からないですね。

 疑問符を浮かべる威吹に彩は続ける。


「母さんはさ、本当に幸せそうに日々を生きてるんだ。正直、羨ましいと思ってる」

「……だから、恋をしようと?」

「うん」

「いや待って」


 母のように素敵な恋をすれば、それだけで人生は輝き始めると。

 そう思ったのだとしてもだ。


「――――被害者の中には女も居たよね?」

「――――僕は二刀流バイなんだ」


 実に簡潔な答えだった。


「性欲の対象として考えた場合、僕はどっちでもいける。

女の子の色気にクラっと来たこともあるし、男の子の可愛さにムラついたこともあるからね。

だからきっと、僕は恋愛対象も性別は問わないんだと思う」


「曖昧な物言いだね」


 問わないんだと“思う”。

 それではまるで、


「ああうん、察しの通り僕は恋愛感情と言うものが分からないんだ」

「なるほど……いやまあ、俺も偉そうなことを言えるほど恋愛に長けてるわけじゃないけど」


 初恋は画面の向こうの少女。

 二度目は……あれは恋心だったのか、友情だったのか。

 今を以ってしても分からない。


「理由は分かった。でも何で恋をしたくて通り魔をするのさ?」


「いやほら、僕は女の子だからね。女の子はパートナーに強い相手を求めるものだろう?

だからとりあえず襲ってみて強さを確認しようかなって。まあ、前提条件だね前提条件」


 いやそれはどうだろう?

 常識的な者が居れば口を挟んでいただろうが、生憎とこの場に居るのはアホ二人。

 威吹はなるほどと何度も頷いている。


「疑問は氷解したよ、答えてくれてありがとう」

「良いさ」


 フッ、と笑い彩は刀を抜いた。

 彼女の来歴。そして刀身に絡みつく目には見えない無数の怨嗟や期待。

 それらから察するに、アレはほぼ間違いなく和泉守兼定だろう。


 威吹もまた笑みと共に蒼窮を引き抜く。

 普通に刀を振るうのはリタの時以来だ。

 あの時は使わなかったものも使ってみよう。


「おや、刀が振れるのかい?」

「ああ、俺の中に流れる僧正坊の血が教えてくれるのさ」

「僧正坊――彼の義経公が学んだと言う鞍馬流が見れるのかな? それは楽しみだ」


 鞍馬流、鞍馬流か。

 僧正坊が義経に教えを授けたのは事実だ。

 しかし、一つ勘違いしている。


「鞍馬流は妖怪の“剣術”だよ」


 義経が学んだそれは、正確には鞍馬流ではない。

 強いて言うなら鞍馬流の雛形と言うべきものだ。


「――――へえ!」


 それ以上、言葉は要らなかった。


「シッ……!!」


 最初に仕掛けたのは威吹だった。

 神速の踏み込みを以って距離を詰め、右に刃を薙ぐ。

 中途半端な者であれば今の一撃で首を飛ばされていただろう。

 しかし、彩は僅かに上体を逸らすことでそれを回避。

 ニヤリと笑い、上体を戻す勢いで逆に踏み込もうとした。

 ああ、正しい判断だ。


 “人間”が相手であれば。


「!?」


 彩の表情から笑みが消え、焦りも露に方針転換し大きく上体を逸らす。

 刹那、刃が彩の首があった場所を通り過ぎて行った。


「駄目だよ彩。アンタが戦ってるのは人間じゃないんだからさ」


 無茶な回避行動ゆえ、隙が生じる。

 威吹は体勢を立て直させてやるため、敢えて蹴りを叩き込み彩を吹っ飛ばした。


「づぅ……ああ、なるほど……鞍馬流ってのはそう言うものなんだ」


 吹き飛ばされた彩は舞台に片手をついてクルリと回り、体勢を整える。

 彼女の視線の先では威吹がグルグルと肘から先を“回転”させていた。


「最初に言っただろ? 妖怪の剣術だってさ」


 最初の首を狙った一撃。

 刃を振り抜いた状態は人間であれば確かに隙であっただろう。

 次の行動に移るまでの間に刃を返すアクションを挟む必要があるから。

 だが、威吹は違う。

 攻撃を外すや、彩の視界の外で肘から下を回転させ刃を返していた。

 そして彩が踏み込んで来るタイミングに合わせて再度、首を薙ごうとしたのだ。


「妖怪の肉体を人間のそれと一緒にしちゃあ、いけないよ」


 人間が編み出した剣術の理。

 それをベースに妖怪ならではの動きを取り入れたものが真の鞍馬流だ。

 だから人間の肉体ならば構造的に不可能な動きだって平気でしてくる。


「はは、理解したよ……いや、させてくれたのかな?」

「後者だね。ほら、化け物って基本舐めプ上等な生き物だからさ」


 だからほら、遠慮せずかかっておいで?

 クイクイ、と手招きをしてやると彩は笑みを深めて再度、距離を詰めて来た。


「ぷっ!!」


 さあ、どう出る? と受身の姿勢で居た威吹。

 そんな彼の顔面に彩が打った初手は目潰し。

 口の中に含んでいた血を弾丸のような勢いで叩き付けたのだ。

 とは言え、さして意味はない。


(喧嘩殺法が本質みたいなことを紅覇は言ってたけど……)


 視界が塞がれたまま刃を、拳足を、繰り出される彩の攻撃を悉く捌いていく。

 地力だけを語るなら、彩はリタのそれより数段上だ。

 妖気を削るとか言う反則染みた技こそ持っていないが、十分以上に強い。

 だが、物足りない。


(うーん、知らぬ間にハードルを上げすぎてたかな)


 関節を増やしたり減らしたり。骨の形を変えてみたり。新しい腕や指を増やしたり。

 秒単位で肉体を変化させながら刃を振るう。

 正しく変幻自在の剣術に彩は瞬く間に追い込まれていった。

 もう少し、自身の性能を落とすか?

 そう考えた正にその時だ。


(うん?)


 背後に無数の強い気配を感じる。

 隠れていたわけではない、突然出現した。まるで今召喚されたかのように。

 一瞬の戸惑い。その代償は激痛だった。


「づ……!?」


 斬られた。

 突かれた。

 抉られた。

 毒も仕込まれた。

 一種類じゃない。複数だ。


「駄目だよ狗藤くん。何で僕一人を相手取るつもりで居るのさ」


 首を刎ねられた。


「僕が誰の娘か忘れたのかな? 袋叩きは狼の十八番だぜ」


 残された肉体に蹴りが叩き込まれ、吹き飛んで行く。

 追撃は来ない。先ほどのお返しと言うやつだろう。

 舐めプには舐めプを――気持ちの良いことをしてくれる。

 威吹(生首)は肉体を再生させ、目を拭い、改めて清水の舞台を見渡す。

 彩と、そして十数人の鎧武者。

 鎧武者は恐らく式神だ。


(……最初の目潰しはこれが目的だったわけだ)


 視界を塞ぐと同時に気付かれぬよう背後へ式神の符を投擲。

 直ぐに実体化させなかったのは更に油断させたかったからだろう。

 事実、彩のやり方は効果的だった。

 何せ今正に手を抜こうとしていた瞬間だったのだから。

 あのタイミングで式神を実体化させ奇襲を仕掛けたのは見事と言う他ない。


 これならもう一段階ギアを上げても良い――と、そこまで考えて気付いた。

 自分は彩と戦い、楽しみたい。

 しかし、あちらの目的はそうじゃない。

 彼女にとってこの戦いはあくまで恋愛対象になり得るかを見定めるもの。

 そのあたりの齟齬はどうするべきか。


(いや、無視して俺の都合を押し付けることは出来るけど……)


 尊敬する母のような恋をしてみたい。

 彩の願いが成就して欲しいと言う気持ちがある。

 なのでこのまま続けてうっかり殺してしまったら……。

 そう考えると少し、迷ってしまう。

 そんな威吹の迷いは彩にも伝わっていたのだろう。彼女は小さく微笑んだ。


「ハッキリと分かった。僕より君の方がずっとずっと強い」

「なら……」


 これで終わりか?

 その言葉を遮るように彩は続けた。


「でも、不思議だね。今までは優劣がつけばそこで終わってもどうとも思わなかったのにさ。

今回は最後までやりたいと思ってるんだ。負けるとしても全てを出し尽くしたいってね」


 どうしてか分かるかい? 彩は笑った。


「さあ? でも、アンタがそう言ってくれるのは嬉しく思うよ」

「ありがとう――――……ああ、準備が整ったね」


 ん? と首を傾げる威吹。

 彩は懐から手の平サイズのスイッチを取り出した。


「ッッ!!」


 ぞぞぞ! と悪寒が走った。分かる。これは命の危機だ。

 尋常ならざる再生能力を持つ自分すら殺し得る何かが起ころうとしている。

 そうか、そうだったのか。舐めプなんかじゃなかった。

 わざわざ自分の再生を待っていたのは舐めプ返しと誤認させるためだったのだ。

 まんまと勘違いした自分は彩の仕込みを見逃してしまった。

 誰がやった? 恐らくは式神だ。

 実体化させた式神の内、幾らかは別方面に散っていたのだ。


「もし、君が僕を認めてくれていると言うのならばお願いだ」


 彩の指がスイッチに触れる。


「――――全霊を以って凌いでくれ」


 目を焼かんばかりの光が清水寺を包み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る