威吹道場⑤

 鬼灯たちとギリギリまでディスカッションを行ってから桃園に赴くと、


「にいさぁああああああああああああああああああん!!!!」


 満面の笑みを浮かべた劉備が迎えてくれた。

 だらしないぐらいに顔を緩ませ抱き付いてきたものだからついボディブローを突き刺してしまった。


「いっでぇ!? ひ、ひでえよ兄さん……」

「ひでえのはアンタの顔だよ。つか、俺が動いたからこの程度で済んだんだぞ」


 後ろに控えている紅覇が凄まじい形相をしているであろうことは想像に難くない。

 仮に紅覇よりも先に動いていなかったら……確実に首を捻じ切られていただろう。

 まあ、死人を二度殺せるかどうかは分からないのだが。


「それよりどうしたのさ? 何か良いことでもあったのかい?」

「良いことも何も……いやぁ、兄さんは福の神だ!!」

「? ああ、そう言うアレね。そんなに儲かったのかい?」

「おうとも。具体的な金額は――――だ」


 ボソボソと耳元で囁かれた額に威吹は目を剥いた。

 九尾の狐が主演を務めるショーとは言え、そこまでの稼ぎが出たのかと。


「七日で億以上たぁ……確かにボロい商売だわ」

「いやいや、違うぜ」

「?」

「今のは今夜の分の収益さ」


 絶句した。

 一体どれだけ強気な値段を設定をしたのかこの男は。


「孔明先生の助言さ。いや、俺も最初は常識的な額にしようと思ってたんだぜ?

でも、姐さんの人気を考えれば引くぐらいの値段をつけるのが逆に良いって言われてな」


「あー……高額さと言う付加価値か」


 あるラインを超えると支払った金額それそのものが価値を持つようになる。

 庶民にはイマイチピンと来ないかもしれないが、富裕層を狙うのならば間違いではないかと頷く。

 無論、だからと言って提供する商品がイマイチで良いわけがない。

 下手なものを提供すると後に続かない。逆に信用を失い大きな損失に繋がる。

 だが、商品の価値を見極めた上での判断ならば問題はなかろう。

 特に、提案したのが孔明だと言うのなら信に値する。


「そう言うこった。しかし、現世の御偉方ってのは金払いが良いねえ」

「現世……?」

「そ。先生が伝手を使って政府高官やら財界の御偉いさんに売り込みかけたら……もう入れ食い状態よ」


 劉備はケラケラと笑っているが、日本国民の威吹としては笑えない。

 国を動かす者らがそんなことに金を使っていると言うのは如何なものか。

 世直しと言う口実で天誅かましたらどうなるのかな?

 威吹の中で好奇心がムクムクと育ち始めていた。


「姐さんから用意しとけって言われた小道具代を差し引いても黒字も黒字。

いやー、ホント良い話を持って来てくれたよ兄さんは! もう……大好き♥」


 中年のオッサンから甘い声で大好きと言われる。

 これは中々に堪える精神攻撃だった。

 何なら魔女に記憶を踏み荒らされた時よりもキツイ。


「……良かったな劉備。俺の理性がもう少し脆ければここら一帯は更地になってたぞ」

「そこまで言う?! 酷くね!?」

「酷いのはアンタだよ……それより、ショーは何時からの予定なんだい?」

「九時からさ。リミットは午前二時までだが……どれぐらいに終わるかの予想はつかねえや」


 今夜から始まる見世物の憐れな犠牲者は蒼覇、マキ、トウゴの三名だ。

 彼らの心が折れない限りはリミットまでショーは続くが、折れてしまえばその日はそこまで。

 なので正確な終了時間についてはどうとも言えないのだと劉備は肩を竦める。


「兄さん的には、どう見る?」

「最後まで続くと思うよ。あの三人、結構タフだし」


 特に蒼覇。

 鬼である彼は九尾の狐に良い様にやられて膝を折るようなことはしたくないはずだ。

 それに加えて詩乃の手管もある。


「それに三人に問題があっても母さんなら生かさず殺さずで上手くやってくれるでしょ」

「なるほど、そりゃ道理だ」


 威吹としては今日を含めた七日で蒼覇らがどこまで強くなれるか、その点にしか興味はない。

 面白い話を持って来てくれたから顔を立てるつもりだが、

 三人でどうにか出来ないと言うのであれば威吹は手ずから若手組を潰すつもりだ。


「ところで兄さん、例の御三方。もう来てるけど会いに行くかい?」

「……まだ二時間ぐらいあるのに?」

「身体を温めておきたいんだってよ。会うなら控え室まで案内するが……」

「ん、そうだね。じゃあ頼むわ」

「あいよ、そいじゃあついて来ておくんな」


 劉備に案内され控室に足を運ぶと、如何にも不機嫌です! と言った顔が威吹を迎える。

 よりインパクトが強くなるようにと仔細は話していなかったからそれだろうか?

 と思ったが、どうやら違うらしい。

 ちなみに劉備は話の邪魔になると気を利かしたのか、部屋には入らずそのままどこかへ行ってしまった。


「…………狗藤威吹“これ”は何だ?」


 蒼覇の視線の先には真新しい防具やアクセサリーが鎮座していた。

 デザインの良し悪しなどは分からないが、かなり力を秘めた代物だと言うのは一目瞭然だ。


(けど、何だとか言われても――――ああ、そう言うことか)


 関わったのはあくまで大枠。

 細かい部分は全て丸投げしていたので知らない。

 そう言おうとしたが……ピンと来た。

 これは先ほど劉備が詩乃に言われ用意していた小道具の内の幾つかなのだろう。

 だとすれば、その用途にも察しはつく。

 威吹は小さく唇を歪め、詩乃が期待している援護射撃を始める。


「御三方のためにと用意させて頂いたものですが?」

「私らを見世物にして、より強く我を刺激するのが目的なんでしょ?」

「ええ」

「ならば必要ないでしょォ、これらの品々はァ」


 彼らの言も間違いではない。

 本音は道具に頼りたくないだけなのだろうが、それ以外の面でも理はある。

 思い返して欲しい、彼らの目的とそのために取った手段を。

 威吹に戦いを仕掛けた蒼覇はどうなった?

 手も足も出ず、蒼覇はただただ惨めに殺され続けていただろう。


 だが、それで良いのだ。

 抑圧と鬱屈を自身に与えることで、少しずつ――亀の歩みよりも遅いが、成長し始めていた。

 成す術なく殺され続けていたのは同じだが、最初と最後の方では明確な違いがあった。

 最初は抵抗する素振りさえ見せられなかったが、最後は攻撃をするなどして抵抗の意思を示せていた。

 まあ、威吹には微塵も通用していなかったわけだが……それはおいといてだ。

 下手な道具を使って実力を底上げして抵抗出来るようになったところで意味はない。

 表向き彼らが言いたいことも分かるし、その通りだと思う。


(でもねえ、そういうことじゃないんだよなあ)


 馬鹿正直に真実を話すわけにはいかないので、テキトーな理由を話すしかない。


「言わんとすることは分かりますよ? でも、お忘れですか?

御三方にはあまり時間が残されていないんですよ?

実際の戦闘での立ち回りを見直す必要もあるんじゃないですか?

なら、ただただやられ続けるだけって言うのは……多少は戦いの形になるようにしないと」


 今でっち上げたばかりの新鮮な出まかせ。

 理があるようにも聞こえるが、これはこれで割りと穴だらけな理由である。

 だが気にしない。受け入れさせるのが目的ではないのだから反論されようとも問題はないのだ。


「……気遣いは分かった、その必要性もな。ありがたく思う」

「なら――――」

「自分で必要だと、そう思った時に使わせてもらう」


 これは蒼覇なりの妥協点だろう。

 自らを慮ってのことだから強く跳ね除けることが出来ず、折衷案を出したのだ。

 しかし、威吹からすればこれは好意でも何でもない。

 後々の演出のために必要な単なる一工程だ。

 残る二人も同意見のようで頷いている。


(結構結構。まあ、素直に受け入れられてても問題はなかったけどさ)


 それならそれで詩乃が別のやり方で彼らをイジメていただろう。

 所詮は数ある内の一つでしかない。


「ところで狗藤さァん。御聞きしたいのですが、今回私たちは誰と戦うことになるので?」

「俺も聞かされてないですね。ただ、劉備――いや、諸葛孔明の手配なので間違いはありませんよ」


 諸葛孔明? と三人が首を傾げていると、


「……ものを知らん奴らだな。三国時代の名軍師だ」

「! 紅覇、貴様も来ていたのか」

「我が君の供としてな。安心しろ。お前たちには欠片も興味はない」

「去年の一年戦争の覇者か。目上の相手に対する言葉遣いがなっちゃいないわね」

「目上? たかだか歳が一つ違うだけだろう。私は貴様らを目上だなどと思ってはいない」

「元気の良い方ですねェ。ですが、少し血の気が多過ぎる。よければ抜いてあげましょうかァ?」


 一触即発の空気が流れる。

 やっぱり紅覇を連れて来たのは間違いだったかもしれない。


「はいはいそこまで。紅覇も余計なことをしない。俺の顔に泥を塗りたいのかな?」

「! そ、そのようなことは……申し訳ありません」

「それは俺にじゃなくて蒼覇さんたちに言うべきだが、まあ良い。すいませんね、うちの子が」


 紅覇の代わりに頭を下げると三人はいや別に、と直ぐに退いた。

 昨日の負い目がまだ後を引いているらしい。


「話は変わりますが、関東若手組について聞きたいんですが構いませんかね?」

「む? ああ、良いぞ。俺に分かることであれば何でも答えよう」

「ありがとうございます。では早速、若手組のトップってどんな奴なんです?」


 トップは誰でその右腕は何者か。

 組織として構成員はどれほど居るのか。

 威吹は関東若手組について何一つ知らない。

 いや、尋ねる機会はあったのだ。ただ、優先順位としてはそこまで高くなかったから後回しにしてしまった。

 ここらで聞いておかなければ忘れてしまいそうだと思い、話題に出したのだ。


「明確なトップは居ない。その時々の若手で一番強い者が十三人、選抜され合議によって方針が決定している」


 ……らしい、と蒼覇は自信なさげに答える。

 今回絡まれたから標的になったものの、それまではさして興味もなかったらしい。


「蒼覇さんはものを知りませんねェ。僭越ながら、私が詳細を語りましょう。

トップが居ないのはどの時代でも傑出して一番強い! と言う者が居なかったがゆえのこと。

今もそう。団子状態で、個々の実力と言う意味ではそこまで差がないようですねェ」


「偉そうに言ってるけどコイツも又聞きだからね。騙されちゃ駄目よ」


 などとマキは言ってるが、彼女も同じだろう。

 気質的に若手組のような集まりに興味を持つとは思えない。

 強かろうとも、くだらないのであれば興味を持てないのは当然だ。


「じゃあ、若手組への報復は……」

「とりあえずその十三人を潰せば良いかなって」

「うむ。下の構成員まで含めれば数はかなりものだろうが……所詮は烏合の衆よ」

「向かって来るのであれば相手は致しますがァ、そこまでの気概があるとは思えませんねェ」


 結構大雑把だった。

 しかし、十三人を三人で割るのは問題がある。


「一人頭四人潰すとして一人余りますよね?」

「「「当然、俺(私)が」」」


 ハモった三人は即座に睨み合いを始めた。


「ここで揉めずとも早いものが……いや、それなら一人は俺にくださいよ」

「「「え」」」

「十三人の雑魚の集まりだとしても、一人ぐらいは当たりが居るかもしれませんし」


 なのでそいつをください。

 威吹は笑顔でそう言い切ったが、三人の反応は渋い。

 しかし、


「それを今回の迷惑料兼報酬ってことにして頂ければ。

いえ、恩など何も感じていない、負い目も一切ないと言うのであれば別に構いませんけど」


 そんなことを言われてしまえば蒼覇たちも言葉に詰まる。

 威吹が終始、非友好的だったならともかく、その真逆だ。

 あれこれと骨を折ってくれる威吹相手に三人は強く出られない。


(人好しだなあ……詐欺師に騙されないか俺、心配)


 その心配は無用だ。

 現在進行形で詐欺師いぶきに騙されている真っ最中だから。


「ま、まあ……そういうことなら……」

「ありがとうございます。俺としても不完全燃焼だったものでとても嬉しいです」

「「「う゛」」」


 不完全燃焼の原因になった三人が胸を抑える。

 どうやらあの時の、凹み切った威吹(演技)を思い出しているらしい。


「そ、それで……他に聞きたいことはないのかしら?」

「あります。若手組って何時頃、そもそも何のために組織されたんです?」


 気の合う者同士でつるむ、これならば分かる。

 しかし、若手組はそうではない。

 気が合う合わないだけなら二百歳以下の実力のある妖怪なんて条件は要らないだろう。


「「「……」」」


 三人がすっ、と目を逸らした。

 まあ、そうじゃないかとは思っていたが知らないらしい。


「い、いや……一応出来た時期ぐらいはまあ……こないだ調べた時に……えーっと……」

「四……いや五百……?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいねェ。今、思い出しますからァ」


 三人が三人とも、子分や友人などに調べてもらったのだろう。

 しかし、自分に必要のない情報は殆ど聞き流していたようだ。


「大戦争終結間もない頃ですから、大体六百年ほど前のことですよ」


 紅覇が呆れたようにそう教えてくれた。

 失態を犯したことを恥じ、今まで黙っていたようだが三人の様子を見て口を挟むことにしたらしい。


「六百年……現世が暗黒期に突入する少し前か」

「ええ。そして創設の理由ですが、それは今を以ってしても明らかになってはいません」

「口外を禁じられている?」

「と言うより知らないのでしょう」


 紅覇の言葉に一瞬、目を丸くするが直ぐに理解する。

 若手組は若手の妖怪らが自ずから集まって出来た組織ではないのだろう。


「大妖怪が?」


「ご明察です、我が君。山本五郎左衛門が噛んでいると言う噂があります。

そして同時期に西でも若手組のような組織が結成されています。

そちらには神野悪五郎が関わったと……まあ、これもあくまで噂ですが」


 山本五郎左衛門、神野悪五郎。

 いずれも名高き大妖怪だ。当然、若手ではない。六百年前も千はとうに超えていたはずだ。

 そんな者らが何のためにこの組織を結成したのか。


(手駒……違うな。面識はないが母さんらと同じ大妖怪ロクデナシなんだ)


 腑抜けた連中を使うとは、とても考えられない。

 ならば他に理由があるのだろうが……まるで思い浮かばない。


「…………裏に大妖怪が関わっている可能性がある。それでも貴様らは喧嘩を売るのか?」


 紅覇が三人にそう忠告するが、


「虚仮にされて黙ってる理由があるのか?」

「やり返した後で殺されるならそれでも良いさ。舐められたまま生きるよりはずっと良い。ただまあ、抵抗はするけどね」

「私、煩い事があると夜眠れないタイプなんですよォ。ですから……ええ、消えてもらわないとォ」


 三人の返答に紅覇は一瞬、顔を顰めた。

 化け物らしからぬ自分と比べでもしたのだろう。


「ところで紅覇、俺には聞いてくれないの?」

「我が君が山本や神野に劣るなどとは微塵も考えておりませんので」


 そう言い切る紅覇の目には揺るがぬ忠と信、愛が滲んでいた。

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