威吹道場④

「とまあ、そんな感じで明け方までおねだりした結果、見事助力を勝ち取れたわけよ」

「あの女狐……! 我が君に何をさせているのか!!」


 翌、放課後。

 威吹は紅覇と屋上で話をしていた。

 内容は昨日のことについてだ。

 どうやら紅覇は紅覇で蒼覇が威吹に接触を図った情報を仕入れていたらしい。

 以前、手出し無用と言われたので即日動くことはなかったがそれはそれ。

 やはり色々気になるらしく、登校するや即座に事情を聞いてきたのだ。

 別段隠し立てする理由もなかったのだが、明け方まで詩乃と遊んでいたので威吹は寝不足だった。

 なので詳しい話は放課後ということで、今、事情を説明しているのだ。


「しかし……そうでしたか。奴も例の通り魔に襲われていたとは……」

「も、ってことは……」

「ええ、私も襲撃を受けました。まあ、普通に退けましたが」


 以前の紅覇ならばいざ知らず、今の彼女ならばそうそう負けることはないだろう。

 威吹の調整を受けた結果、以前よりもずっとずっと強くなっているのだから。


「へえ、へえ! どんな奴だったの?」

「中性的な容姿でしたが胸が僅かに膨らんでいたので女性でしょう。女性受けしそうな女性という感じでしょうか」

「ああ、ヅカ的なね。蒼覇たちは斬られたって言ってたけど剣士なの?」

「……どうでしょう? 刀は使っていましたが、剣士と言うよりは喧嘩師と言った方が良いかもしれません」


 ただ、剣士としての才覚にも溢れていたように思うと。

 紅覇は戦った際の記憶を思い返しているのか、感心したように何度も頷いている。

 どうやら件の通り魔に対する悪感情はないらしい。


「紅覇とどっちが強い?」


 退けたのならば紅覇の方が強いのでは? 否、それは違う。

 例の通り魔は散々に切り刻んだりするそうだが、誰一人として殺してはいない。

 つまりは手加減しているわけだ。

 ならば殺し合いになった時、紅覇が勝てるかどうかは分からない。


「…………そうですね。殺し合いになっていたのなら、私は殺されていたでしょう」

「やっぱりそんな感じか」

「ところで、我が君の下には?」


 狙われているのは人間、人外問わず若手の実力者だ。

 となれば将来の大妖怪たる威吹が狙われていてもおかしくはない。


「言っただろ? 通り魔事件自体初耳だったって」

「いやしかし、我が君が通り魔であると認識していない可能性もありましたので」

「流石にそれは……」

「ないとは言い切れないでしょう。羽虫が纏わりつくことを通り魔に襲われたと認識しますか?」


 威吹は思った。その発言、自虐じゃない? と。

 通り魔は今の紅覇よりも強いのだ。

 そいつを威吹から見れば羽虫だと言うのなら、紅覇は何なのか。ミトコンドリア?


「いやでも実際、ないんだって。ホント、普通に日々を過ごしてたよ」


 通り魔事件が始まったのは例の暴走事件の数日後。

 つまりはやる気ないない期間から始まったわけだ。

 そんな時に絡んで来る奴が居れば流石の威吹も忘れはしない。

 糞鬱陶しい奴として記憶に刻まれていたはずだ。


「紅覇は気を遣って俺と会うのを避けててくれたみたいだから知らないかもだけどさ。

変わったことと言ったらアイドル志望の同級生にレッスンつけてたぐらいだよ」


「アイドル……何故そのような状況になったのかが私には……」

「ま、それはそれとしてだ」


 気になることがある。


「通り魔とは多少、会話もしたんでしょ? 目的とかは聞いてないの?」

「ああ、一応そこら辺についても問い質してはみましたよ」

「どうだった?」

「要領を得ませんでしたが……何かを探しているようですね」

「?」

「“実力は及第点”。“でも違う”。“この人じゃない”。そのようなことを言っていました」

「ふむぅん?」


 確かに要領を得ない発言だ。

 何かしらの条件に見合う者を探すための通り魔的犯行のようだが、その条件が分からない。

 実力の他に、何を見定めているのか。


「あっさり退いたのは見極めが終わり、私がお眼鏡に適わないと判断したからでしょうね」

「なるほどなー。一体、どんな奴を探してたんだろう」

「さあ? ですが、随分と大事になっているようですし……どうするのでしょうね」


 どうもこうもない。どうとも思っていないだろう。

 何せ理由があったとしても通り魔なんてする奴だ。

 どう考えてもまともな神経をしているとは思えない。


「そう言えば、紅覇のとこには例の東国若手組は来なかったの?」

「来ませんでしたよ。ですから、東国若手組が口止めしていることも今日初めて知りました」


 恐らく自分が被害者であるという情報を知らないのだろうと紅覇は言う。


「無関係の第三者がボロボロの被害者を発見し通報することで事件が発覚と言うパターンが多いようですし」

「なるほど、確かにそれなら紅覇のことを把握してないのも不思議じゃないわな」

「ところで我が君、蒼覇らに協力し若手組を潰すとのことですが……」

「うん、何か問題が?」

「いえ、我が君のなさろうとすることに異を挟むつもりはありませんが潰して何をするおつもりなので?」

「戦争」


 ハッキリと言い切る。


「東国若手組もさ。落とし前をつけるために一戦交えはするんだろうけどさ」


 それだけだ。

 戦争と呼べるほどの規模にまでには発展しない。断言できる。

 その証拠が蒼覇ら口止めをされた被害者たちの存在だ。

 事を必要以上に大きくしないため。

 自分たちの制御下に収まるようにするため。

 そのために若手組はわざわざ被害者たちの下を訪れたのだ。


「それじゃつまらない。それじゃ面白くない」


 折角騒げそうな口実があるのに。

 折角大火になりそうな火種があるのに。

 どうしてそれを利用しないのか。


「火事と喧嘩は江戸の華――東の化け物だって言うなら粋ってものを理解して欲しいよね」


 やるなら派手な方が良い。

 退くに退けない状況を作って東西若手大決戦ぐらいやってみせろと言うのだ。


「……なるほど。私はさして興味はありませんが、我が君が西に殴り込みをかけると言うのならば是非もなし」


 御供し、降り掛かる火の粉を払ってみせると意気込む紅覇。

 忠誠大いに結構。

 しかし、そうじゃない。そういうのは望んでいない。


「火の粉を浴びながらお祭り騒ぎを楽しむんだから余計なことはしなくて良いよ」

「しかし……!」

「俺のためにと言うのなら盛大に暴れて祭りに花を添えてくれる方がよっぽど嬉しいよ」

「…………分かりました。ご期待に応えられるよう、粉骨砕身の努力をお約束致します」

「そこまで大きく受け取られるのも困るんだけど……」


 そう言えば、と威吹は胸ポケットから懐中時計を取り出す。


「そろそろ約束の時間だな」

「?」

「紅覇も一緒に来る? 面白いものが見られるぜ」

「よく分かりませんが御傍に居ても良いと言うのであれば、是非に」

「……何か重いけど……まあ良いや。じゃ、着いて来て」


 屋上を蹴り付け空に舞い上がり、東京湾目掛けて飛んで行く威吹。


「我が君、どこに行かれるので?」

「まあまあ。行けば分かるよ」


 海上に飛び出しても降りる気配はなく、そのままドンドン進んで行く。

 そうして陸が見えなくなった頃、威吹はそれを視界に収める。


「…………我が君、あれは……」

「うん、メガフロート。母さんに頼んで設置してもらったんだが、いやはや凄いね」


 幻想世界に似合わぬ現代的な建造物だが、中身は変化の産物だ。


「お、居た居た」


 メガフロート上空を飛んでいるとお目当ての者らを発見。妖狐の集団だ。

 威吹は高度を下げ、彼らの傍へと降り立つ。


「…………彼らは?」

「母さんに紹介してもらった二百歳以下の化け狐たちさ」


 と言っても、ただの化け狐ではない。

 遊び心を解する、楽しい化け狐たちだ。


「えーっと、代表者の鬼灯さんは」

「はいはい、私が鬼灯ですよぅ」


 ひょこっと人垣を掻き分けて橙色の髪をした小柄な女性が姿を現す。


「どうもどうも、狗藤威吹です。此度は急に呼びつけちゃってすいませんねえ」

「いえいえ。構いませんよぅ。私含めてどいつもこいつも暇人ですからねえ」


 面白いことがあると言うのならば喜んで付き合う。

 鬼灯がそう言うと、他の妖狐らもコクコクと頷いてくれた。


「若様は随分と楽しい青春を送っておられるようで、

私らとしましても一緒に遊べないかなーと思ってましたから今回の呼び出しは渡りに船。

さてはて、若様。性悪狐をこんなに集めて一体何をされようと言うので?」


「いやちょっとね。船が欲しくてさあ」


 船? と威吹以外の全員が首を傾げる。


「近い内に、ちょっと京都を火の海にするべく戦争仕掛けようと思ってるんだ」


 京都を火の海に。

 普通は冗談だと思うか、顔を引き攣らせてドン引くかの二択だろう。

 しかし、集まった妖狐らはむしろ興味津々と言った顔をしている。

 それでこそだと機嫌を良くしつつ、威吹は話を続ける。


「で、そのために船が必要なんだけど、普通の船じゃつまらないでしょ?

華も遊びもない船に押し込まれて遠足……んん、戦争に行くんじゃ萎え萎えじゃない?

だからまあ、ちょっと派手な船を用意しようと思ってるんだ」


 そこで説明を区切り、紅覇と妖狐らに空に上がるよう指示する。


「あー、もうちょっと上。百メートルぐらい……それでこう、両脇に四十メートルぐらい……そうそう」


 全員が“見易い”位置に散ったのを確認し、威吹は妖狐の血を励起させた。

 五本の尾を宙に泳がせながら威吹は大きく息を吸い――“全力”で妖気を練り上げる。

 そしてイメージを頭に描き、変化の術を発動。


「――――」


 紅覇も、鬼灯も、その他の妖狐らも皆一様に言葉を失っていた。

 “それ”があまりにもこの世界に不釣合いだから。

 “それ”に化けてみせる威吹の出鱈目具合に。

 理由は様々だが、どれもこれも当然のリアクションだ。


 だって――――目の前に宇宙戦艦が現れたのだから冷静で居られるわけがないだろう。


 全長280m。

 全幅34m。

 全高77m。

 メガフロート上に出現した漆黒の宇宙戦艦。

 普通に考えて意味が分からないだろう。


「…………いやぁ……狐にあるまじきことですけど……見事に、度肝を抜かれましたよぅ」


 頬をヒクつかせながらの言葉。

 しかし、それは引いているからではない。

 隠しても隠し切れない“ワクワク”が頬のヒクつきという形で表れたのだ。

 それは他の狐も同じようで、皆、一様に楽しそうな顔をしている。


 手応えあり。

 そう確信した威吹は変化を解除し、再度皆を呼び寄せた。


「船で乗り込むってことは決まってるけど、それ以外の演出はまだ白紙だ」

「…………つまり、私らであれやこれやと考えても?」

「勿論」


 わっ! と妖狐たちから歓声が上がる。

 そりゃそうだ。

 悪戯が好きで好きでしょうがないのが化け狐というもの。

 宇宙戦艦で戦争を仕掛けに行くなんて派手事に遊び心を擽られないわけがない。


「ただ、それは後だ。まずは大前提たる宇宙戦艦をどうにかしなきゃいけない。

さっきのアレは皆なら分かると思うけど、ぶっちゃけガワだけなんだよね」


 飛べるし、攻撃も出来る。だがオリジナルからは程遠い。

 オカルトの力を使えば未だ空想とされる科学の部分ですら補えるのだが、威吹単独では不可能だ。

 妖気の問題については、まあリソースを全て注げば解決出来るだろう。

 だが妖気さえあれば完璧な変化の術が出来るかと言えばそれは違うのだ。


「……あの規模ですからね。細部まで再現、維持しようと思ったらイメージの部分に難ありって感じです?」

「そうなんだよ。ほら、やるからには徹底的にこだわりたいじゃない? でも俺一人だとねえ」

「単なる連携ならともかく協力して一つのものに化けると言うのは経験がありませんが……」

「無理かな?」

「いいえー。やりますよぅ。やらせて頂きますよぅ。折角、お誘い頂いたわけですからねえ」


 やる気に満ち満ちた表情をしているのは鬼灯だけではない。

 他の妖狐らも活き活きとした顔をしている。


「全部を全部こっちで受け持つより、用意出来る資材は現物で使った方が良くない?」

「そうね。有り物を変化させる方が妖気の消費も少なくなるし」

「金と、用意するための伝手は?」

「あ、俺現世で重工業系の企業と繋がりあるよ」

「マジでか。やるじゃん」

「それよか、細部まで詰めるなら資料が欲しいんだけど」

「ああ。あの船、元ネタあるっぽいしそこらも取り寄せないとね」


 それでこそ、それでこそだ。

 この後先を考えていない享楽的な愚かさこそが自分たちの持ち味だ。

 和気藹々と話し合いを始める妖狐たちに威吹も大満足だった。


「それと、今のところ戦争に参加するのが十人にも満たないんだけど……」

「はい、はい。分かりますよぅ。私や若様と同じアホ連中に声をかければ良いんですね?」

「頼めるかい?」

「勿論ですよぅ。ええ、話を持ちかけたら一も二もなく飛びついてくるでしょうよぅ」


 何て頼もしい阿婆擦れなのだろうか。

 威吹は少し、涙ぐみながらもそっと手を差し出した。


「改めて、これからよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いしますよぅ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る