威吹道場③
夜、威吹は約束通りに叙情怨でクローバートリオを盛大に祝った。
当事者三人もそうだが、同席していた無音も楽しそうだったので概ね成功と言えよう。
「はー……食べた食べた。伝票が見たことない額になってたけど狗藤くん、あっさり払ったよね」
「言ったでしょ? お金は腐るほどあるって」
詩乃からは高校生が貰う常識的な額しか支給されていないし、そちらは毎月使い果たしている。
だが政府からの支給金は手付かずのまま口座に貯まり続けているので、威吹は結構な金持ちだった。
(と言うか、貯金額がおかしいことになってたな)
最初、政府から提示された月ごとの支給額は百万円だった。
そんなに要らねえよと言ったが押し切られてしまったのだ。
しかし、帝都銀行でお金をおろす際に記帳も行ったのだが――千五百万円が口座に振り込まれていた。
どう考えてもおかしい。
最初、三月の時点は生活基盤を整えるためにと支給額の百万プラスもう百万で二百万があるとは聞いていた。
そこに四月五月六月分を足しても千五百万円には逆立ちしたって届かない。
明らかに増えている。恐らくは五月あたりから。
(思い当たる節はあるけど、ガキの顔色窺い過ぎだろう……)
申し訳ないとは思っている。
しかし、これは正しく税金の無駄遣いだ。
ご機嫌取りをしていようがいまいが結局は気分次第でやらかすのが化け物なのだから。
GWの時と似たようなことが今後一切ないとは約束出来ない。
「狗藤さん、今日はご馳走様でした」
「良いって良いって。君らのお祝いなんだし。それより、良い時間だからね。送ってくよ」
三本、毛髪を引き抜き狼に変化させる。
それなりに力を込めたので自宅までのボディーガードとしては申し分ないだろう。
「ありがとう。けど、一体で大丈夫よ。この後、一葉の家で女だけの二次会やるつもりだし」
「それに狗藤くんから力も貰ってるしねー」
「そうかい? ならそうしよう」
三体を合体させて三つ首の狼に変える。
「いや、一体で大丈夫ってそういう意味じゃないんだけど……」
「無音はどうする? 必要なら何かつけてあげるけど」
「んーん! 大丈夫! おれは一人でも帰れるよ!」
「そか。じゃ、今日はこれで解散ってことで」
四人を見送った威吹は小さく溜め息を吐き、その足で桃園へと向かった。
他所は店仕舞いを始めているが、この店はこれからが本番。
丁度、店を開けたばかりのようだった。
「おや、貴殿は……」
戸を潜り中に入ると、スーツ姿の厳しい店員が迎えてくれた。
二メートルを超える長身もさることながら、その
単に鍛えて出来上がった身体ではない。
長い年月風雨に晒され出来上がった巌のように。
多くの戦いを経て無駄が削ぎ落とされ、最適化した一流の“武人”の肉体だ。
威吹は一瞬、我を忘れるほどに見惚れた。
見惚れたのだが、一つ、気がかりなことがあった。
この店員は人間――いや、正確に言うなら僵尸。つまりは劉備と同じと言うわけだ。
この時点でもうこの店員が何者か予想はつくのだが……。
「狗藤威吹殿ですな」
「ああ、劉備に会いに来たんだが……アンタ、ひょっとして……」
「某、関羽雲長と申します」
恭しく一礼する店員、いやさ関羽。
予想通りだった。
この桃園において劉備と同じような存在で、尚且つ武人系の者。
ここまで条件を絞れば以前ちらりと触れられた義兄弟二人のどちらかだと考えるのが普通だろう。
その上で感じる印象などを加味すれば関羽である可能性が高い。
ゆえに威吹は関羽と予想したのだが、一つ見逃せない点がある。
「…………アンタ、髭は?」
そう、髭がないのだ。
目の前に居る関羽は口も顎も頬もツルッツルだ。
どこからどう見ても爽やかなマッスルガイにしか見えない。
「え? ああ……鬱陶しいのでとうの昔に剃りましたよ」
「それで良いのか美髯公!?」
「いや、某別に生前から髭にこだわりがあったわけではありませんし」
「そうなの!?」
「ええ。剃るのが面倒だと放置してたら、何時の間にか周りが美髯美髯言い始めて剃る機会を逸し……」
むしろ気を遣って手入れするようになって面倒なこと極まりなかったと関羽は笑う。
結構ショックな事実だった。
「まあでも某、もう死んだわけですし。心機一転ってことで剃っても良いかなって」
「ああ、そう……そうなんだ……」
「それはさておき狗藤殿、今日は……」
「うん、劉備に会いに来た。会わせてくれるかい?」
「無論。狗藤殿は兄上から特にと言われている御方々の御一人ですからな」
関羽に連れられ、奥へと向かう。
劉備の部屋まで数分だったが、この関羽。
見かけによらず社交的で地味にトークが巧い男だった。
それこそ、一度じっくり腰を据えて駄弁りたいと思うぐらいには。
「お! 威吹の兄さんじゃねえかよ! 全然来てくれねえもんだから寂しかったんだぜぃ?」
「そりゃ未成年だもん。酒場になんぞそうそう足を運ぶものかい」
部屋に入るや劉備が人懐こい笑みを浮かべ近寄って来た。
もう飲んでいるのか、かなり酒臭い。
威吹はしっしっと劉備を追い払いつつ、本題に入る。
「――――じゃ、そういうわけだから頼むわ」
用は済んだ。
さっさと家帰って風呂に入ろう。
速攻で踵を返す威吹に劉備がおいおいおい! と声を上げる。
「え? 何? 何今のやり取り? 何も伝わってねえんだけど?」
「……またすっとぼけてさあ」
「いやいや、兄さんが何言ってるか全然分かんねえよ。だから、な? とりあえず座りなって」
普通ならば白々しいと鬱陶しく思うのだろう。
だがこの劉備相手にはそういう感情が……どうにも抱き難い。
天性の人誑し。
九尾の狐とはまた別の意味で厄介な手合いである。
「飲み物はラムネで。焼肉食べたばかりで口の中がまだ微妙に脂っこいんだ」
「あいよ」
ラムネを受け取り、軽く喉を潤してから話を切り出す。
既に承知のことをわざわざ説明するのは面倒臭いが……まあ、劉備に付き合ってやろう。
(そう言えば……)
蒼覇は鬼だが残る二人は何の妖怪だったのだろうか?
協力を承諾した後は考えることがあるからと後日また会おうと別れたのだが、種族ぐらいは聞いておくべきだった。
そんなことを考えつつ、今日あったこと劉備に伝える。
「へえ……その若え奴らの気持ちも分かるが、兄さんを利用しようとするたぁ怖い者知らずだねえ」
「怖い者知らずなのは彼らに俺を紹介した奴だと思うよ」
具体的に言えば目の前のオッサンだ。
「何だい何だい。そいつらが兄さんのとこに行ったのは俺の差し金だってのかい?」
「差し金ってよりは、普通に対価貰って情報渡しただけだろうよ」
何もかもが劉備の思惑によるものではないだろう。
蒼覇らが通り魔に襲われたのも、東国何ちゃらに屈辱を強いられたのも、
その結果情報を求めて桃園を訪れたのも全て偶然だ。
劉備は傑物だが、そう何もかもを思い通りに出来るような黒幕的資質は備えていない。
「別に蒼覇らはどこで情報を仕入れたとか言わなかったし、俺も聞かなかったよ」
「じゃあ何でおいらを疑うんだよ。正直、泣きそうだぜ」
無視して、続ける。
「ただ、俺が三人の話を聞いて思いついたことを考えるとお前以外にはあり得ないんだよなあ」
蒼覇らの望みに適う者として自分を紹介したのは誰か。
そう考えた時、劉備の存在が頭をよぎった。
しかし、その段階では自分も知らないまったく無関係の誰かという可能性もあると思っていた。
だが、蒼覇らの話を聞いた上で。
どう彼らを強くしようか考えたところで、劉備以外の可能性はなくなった。
「短期間で強くするのなら、蒼覇らが考えたやり方は正しい。
ああ、方向性そのものは間違ってない。
我を通せない自らへの怒りによるパワーアップは正しいと思うよ、うん。
でも、詰めが甘いんだよな。もっともっと追い込まないと、怒りの炎に油を注がないと駄目でしょ」
より効率的に屈辱を与える方法として威吹が思いついたのは――見世物だ。
衆人環視の前で恥をかかされ、弱さゆえに嗤われる立場に甘んじなければいけない。
それは彼らのような気位の高い化け物にとっては耐え難いことだろう。
その精神にかかる負荷は尋常ではないはずだ。
そして、負荷が大きければパワーアップする際の上がり幅も比例して大きくなる。
「その舞台として思いついたのが桃園だった。丁度、闘技場もあったからね」
でも駄目、それだけじゃ駄目。
自分が直接、心を鬼にして三人を嬲っても良いが効果と効率の面でもっと相応しい者が居る。
蒼覇らが事情を話して頼み込んでも、その者らは動かない。
かと言って今回自分にしたやり方も通じない。
無視されるか蟻を潰すように殺されるかの二択だ。
「けど、俺が間に入れば“そいつ”は喜んで協力してくれる」
そして、望む役割は完璧以上に演じ切ってくれるだろう。
「――――“九尾の狐を主役”にした連日連夜のショー、こりゃ金になるよねえ?」
弱者を甚振る、辱める。
そういうものを好む化け物も多いし、桃園でもその手のショーはやっていると聞く。
しかし、長く続けていれば当然マンネリになってしまう。
一定の需要はあるが、それ以上となると中々難しいだろう。
だが、主演が九尾の狐なら?
見目麗しい悪辣なる大妖怪が主演、脚本、演出、監督、全てを担うなら?
「蒼覇らを嗾けたら俺が何をするか」
事情を聞こうとするだろう。
「彼らから事情を聞いてどう思うか」
西国との化け物とのお遊びに興味を惹かれるだろう。
そして邪魔になりそうな東国若手組を潰そうとする。
蒼覇らの意に沿うような形で。
「彼らを強くするために俺が何を計画するか」
計画については先に述べた通りだ。
「他にも彼らの望む条件を満たす者は居たんだろう。
でも、俺以外だと情報の対価以外の利益は得られない。
だからその後の利益も見込める俺を紹介した――――そうだろう?」
バン! と指鉄砲を突きつける。
しかし、
「………………あ、あの……そのぅ……」
「???」
「すげえ悪いと思ってるんだけど……ごめん……おいら“は”そこまで考えてなかった……」
恥ずかしそうに劉備が顔を背ける。
薄っすらと頬が赤いのは酔いによるものではなく――――
「は?」
ポカーンと大口を開けて固まる威吹だが、劉備にも言い分があった。
「いや……その、兄さんは随分とおいらを買ってくれてるみてえだけどよぅ。
おいらぁ、割と行き当たりばったりっつーか、長期的な計画となると……なあ?」
「ええ、兄上はそういうとこあります」
自分や張飛がどれだけ振り回されたかと関羽は笑う。
心温まる義兄弟の絆だが、そんなことよりもだ。
「…………やだ、すっごく恥ずかしい」
ドヤ顔で推理してた自分がこの上なく恥ずかしい。
思わず両手で顔を覆ってしまう威吹なのであった。
「いやいやいや! 兄さんの予想も当たっては居るんだと思うぜ? ただ、考えたのがおいらじゃねえってだけで」
「?」
「まあ、兄さんの言う通りその蒼覇ってあんちゃんらは確かにうちに来たよ。それぞれ別だったがな」
そして威吹の指摘通り、レベリングに利用出来そうな者の情報を求めて来たと劉備は言う。
「ただ、最初に来たマキってお嬢ちゃんには兄さんじゃない別の奴を紹介しようとしたんだよ」
「そう、なの?」
「ああ。そしたら孔明先生が威吹の兄さんにしておきなさいって言うんだわ。
何でかなーって思いながらも……まあ、先生の言うことに間違いはねえからなあ。
特に疑うこともなく兄さんの情報を渡したんだよ。
ああそうだ、他にも同じ理由で誰か訪れた場合は兄さんを紹介しとけとも言われたっけ」
あれ、そういうことだったんだと劉備はしきりに頷く。
「いやぁ……確かに九尾の姐さんが主役を張るショーはデケエ利益になるわなあ。
それでー……あー……何時からやりゃあ良いんだい?」
「やめて、気を遣わないで。今めっちゃ恥ずかしいから」
劉備の気遣いが逆に辛かった。
と言うのはさておくとして。
「明日の夜から七日間。お願いして良いかな?」
「また急な話だが……良いぜ。こっちとしても美味しい話だからな。孔明先生に手配を頼んどくよ」
「よろしく。それじゃ、俺はこれで」
「? もう行くのかい? どうせならもうちょい……」
「ああいや、母さんにも話を通しておかないといけないからさ。それに、明日もまた来るんだし」
「ん、それもそうか。そいじゃあ、また明日」
「うん、ありがとうね劉備」
劉備に別れを告げ桃園を後にする。
腹もこなれて来たし善は急げだと、威吹は急いで帰宅。
そして居間でクロスワードをしていた詩乃に事情を説明して頼み込むが……。
「んー、どうしよっかなあ」
反応はあまりよろしくない。
いや正確にはやっても良いとは思っているがただでやるのは面白くないと言う感じか。
「可愛い我が子のお願いだから、ついつい聞いてあげたくなっちゃうけどさ。
けどほら、あんまり甘やかすのも……ねえ? 教育的によろしくないかなって」
つい、と詩乃は威吹から顔を背けポツリと呟く。
「……でも小さい威吹が可愛らしくおねだりして来たら母さん、きっと陥落しちゃうんだろうなあ」
なるほど、それが今回の対価か。
威吹は小さく頷き、五歳ぐらいの自分に変化する。
そして息を大きく吸い込み、
「ママぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
勢い良く詩乃の胸に飛び込んだ。
「あらあら、どうしたの威吹?」
「あのね? あのね? ママにお願いがあるの。良い?」
「うーん、お話を聞かないとママ何にも言えないかなあ」
「えっとね――――」
この後、滅茶苦茶おねだりした。
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