威吹道場②

 強くなりたいなら何をするべきか。

 真っ当に鍛える? まあ、それでも強くなれるだろう。

 地道で化け物らしからぬやり方ではあるが、それも一つの選択ではある。

 だが手っ取り早く、尚且つ化け物らしく強くなるならば精神に負荷をかけるのが一番だ。

 より正確に表現するなら“我”を通せないことに対する怒りを掻き立てると言うべきか。


 好き勝手、自己中に生きる化け物だからこそ、そう在れない時のストレスは尋常ではない。

 不甲斐ない自らへの怒り、己をせせら嗤う敵への怒り。

 それらが狂おしい炎となり心身を焼くことで、より強く生まれ変わるのだ。

 二度とこんな思いをしないために。舐めたことをする敵を殺すために。


 ――――と言っても化け物全部がそうやって強くなれるわけではない。


 力に心が屈するような者であればこのやり方では意味がない。

 意味があるのは何にも屈さず己を貫き通すことの出来る傍迷惑な奴ぐらいだ。

 だが、その条件を満たしていてもこのやり方は難度が高い。

 大前提として隔絶した実力を持ち、尚且つ怒りを煽ってくれるような相手でなければいけない。

 運良くそんな手合いに喧嘩を売れたとしてもだ。

 殺されてしまえばステップアップなど意味がない。

 いきなり喧嘩を売ってくる雑魚を殺さない理由がないだろう。

 羽虫を払うように、蟻を潰すように、さっと殺されるのが関の山だ。


(だから俺が選ばれたんだろうなあ)


 意外に思うかもしれないが、威吹が相対した者を手にかけた例は少ない。

 未だ名前も知らない入学式で殺されたカマイタチと、

 紅覇が集めていた有象無象をまとめて消し飛ばした時ぐらいだろう。

 別段、命を奪うことに忌避感は持っていない。

 いたいけな子供ですら友人に喰わせた男に倫理観など期待出来ようはずもない。

 殺さない理由は相対した者らが何かしら威吹の琴線に触れたからだ。

 取るに足らない相手ではないと認識させれば、威吹に殺される可能性はグッと低くなる。

 心が折れない限りは。上手いこと興味を引き続ければ。

 幾つか条件はつくものの威吹はレベリングの相手としては中々好物件と言えよう。


(実際、コイツらの目論見は上手くいってるわけだし)


 威吹自身、自らのスタンスと言うか癖? を誰かに話したことはない。

 が、これまでの戦いを振り返ればそういう傾向にあることぐらいは分かるはずだ。


(気になるのは誰がそれをってことなんだけど……)


 三人共、その手の調査が得意だとは思えない。

 なので第三者に希望を伝えて自分の存在を知らされたのだろう。

 問題は誰がということだが、これに関しても思い当たる節がないでもない。

 自分の性格を自分以上に熟知しているのは詩乃だが、まあこれはあり得ない。

 他二人はともかく蒼覇が九尾の狐に頼ることはないだろう。

 となると候補は一人――劉備だ。


(何か情報通みたいだし、俺のことも色々知ってそうだからなあ)


 まあ、まったく知らない優秀な情報屋という可能性もあるが。

 知り合いの中で思い当たる人物が、劉備というだけで、むしろそっちの可能性の方が高いだろう。


(んー……)


 思惑通りに踊らされているのは、まあ良い。

 むしろ、自身の信条を曲げてまでこんなことをする理由が俄然気になるぐらいだ。

 が、それはそれとして経験値稼ぎに丁度良いレアモンスター扱いされていると言うのは複雑である。


(仕返しに強くなった分、元に戻してやろうかな)


 威吹は時間を巻き戻して生き返らせているが、雑に生き返らせているわけではない。

 肉体の死に引き摺られて魂が死に、完全な死を迎えるまでの間、僅かなタイムラグがある。

 その刹那を狙い撃ち肉体の時間のみを回帰させ生きた状態に戻しているのだ。

 だからこそ、蒼覇の意識は死による断続を挟みつつも未来に進んでいる。

 してやったりと笑えたのがその証拠だ。

 殺され続けていることを自覚し怒れなければパワーアップもあり得ないし、

 パワーアップして目論み通りだと笑うことも出来ないだろう。


 なので精神の方も回帰させて成果を取り上げてやろうと考えたが、


(割と好きな相手にそういう意地悪するのはなあ)


 加えて最終的に付き合うと決めたのは自分なのだ。

 意地悪をするかどうかは諸々の事情を聞いてから判断しよう。

 そう決意した威吹は殴る手を止め、掴んでいた胸倉からも手を離す。


「!」


 それを反撃の好機と捉えたのだろう。

 蒼覇は即座に威吹の顔面に向け、拳を放った。

 そして威吹は耐久度を極限まで下げた上で無防備に拳を受け、吹き飛んだ。


「な……は……え?」


 蒼覇は分かり易く動揺していた。

 あり得るはずのないことが起きたからだろう。

 そして、その動揺が次の行動を阻害していた。

 目論見通りだと内心でほくそ笑みつつ威吹は口を開く。


「…………ショックだわ……俺、結構蒼覇のことを買ってたのにさ……」


 心底傷付いてます、と言った風にボソボソと、愚痴るように小さな声で呟き続ける。


「きっと、真正面から俺に喧嘩を売りに来てくれるんだろうと思ってた。

本気で俺を倒そうと向かって来るんだと思ってた……でも……そっか……俺の片思いだったか……」


 涙声でそう呟く威吹だが、流石の面の皮の厚さである。

 他二人はともかく、蒼覇に対して最初に嘘を吐いたのは威吹だ。

 それをこうも綺麗に棚上げしてしまえるのは紛うことなき毒婦の血筋。


「う、あ……い、いや……それは……」


 ここに至って蒼覇も自らの目論見がバレたことに気付いたらしい。

 怒るならそれで良い、いやむしろそうして欲しかったに違いない。

 だからこそ自らに対する信ゆえに悲しむ威吹を見て、

 罪悪感がこれでもかと刺激されているのだ――顔を見ればそれは一目瞭然だ。


「そっちの二人もさ……名前も知らないけど……ああ、気持ちの良い奴らなんだなって一目で分かったよ……」

「「う゛」」

「真っ直ぐ、俺の首を狙ってくれるんだろうなって……楽しい戦いになるんだなって……」

「「はぅあ!?」」

「ううん、分かってる。悪いのは俺さ。俺が勝手に期待して勝手に裏切られただけなんだからさ」


 蒼覇と違い二人とは大して言葉も交わしていないが矜持が高いことぐらいは察せる。

 そして、その矜持の高さがどちらかと言えば陽性寄りなことも。

 だからこそ威吹は一番効くであろう振る舞いをしている。


「何かもう……萎えちゃった……これ以上やる気出ないし……ごめんね。

思い通りにいかなくて腹立つなら三人で袋叩きにしてくれても良いからさ……」


 身体を丸めて傷付いてますアピール。

 三人の表情を見れば分かる。彼らはもう、レベリングどころではなくなってしまった。


「…………す、すまない」


 蒼覇の口から漏れた搾り出すような謝罪の言葉。

 しかし、威吹は動かない。


「戦いを挑んでおきながら勝ちを狙わず、相手を見つめず。

言い訳のしようもない。最低だ。最悪だ。我がことながら……どうしようもない」


 彼ら自身、その自覚がなかったわけではないのだと思う。

 ただ、それを上回るレベルで無視出来ない理由が何かがあったのだ。

 しかし、威吹の舌鋒で切り裂かれみっともなさが上回ってしまった。


(良い感じだな。これなら素直に事情も話してくれそうだ)


 ほくそ笑みつつ、むくりと身体を起こし三人を見る。


「どうしてアンタたちほどの化け物がそんな……いや、その前にそっちの二人は名前教えてよ」


 ピアスの少女と陰気な少年。

 前者はともかく、後者は実際に口にしたらアウトだ。

 喧嘩を売っているようにしか思えないだろう。


「そうだよね……何の事情も話さずこのままハイ、さよならじゃ……屑が過ぎるわ」

「ですねェ」


 二人は消沈しつつも名を名乗った。

 ピアスの少女はマキ、陰気な少年はトウゴ。

 生粋の化け物で相馬とは別の高校に通っているらしい。

 ちなみに、威吹よりも年上で二人は三年生だそうだ。


「まずは何から話すべきか……麻――狗藤……えっと……」

「威吹で良いよ。蒼覇さん」

「……良いのか?」

「あなたほどの男がこんなことをした。よくよく考えればおかしいですからね」


 何か事情があったのだと遅まきながら気付いた。

 ならば一旦、先ほどまでのことは棚上げにしようと威吹は笑う。


「……ありがとう」


 照れ臭そうに顔を背ける蒼覇は嘘吐きからすれば体の良いカモである。


「では威吹、最近話題になっている通り魔事件は知っているか?」

「通り魔事件……知りませんねえ。最近、アイドル関連のあれこれで忙しかったので」

「「「アイドル……?」」」

「まあ俺のことは置いといて。その通り魔事件ってのは?」


 その問いに答えてくれたのはトウゴだった。

 曰く、少し前から人妖問わず若手の実力者が何者かの襲撃を受けているのだと言う。


「まァ、何者かって言うか犯人は知ってるんですがねェ」

「私ら、当事者だからな」

「俺もコイツらとは別の学校だから詳しくは知らんが……まあ、俺同様、あの半死人に散々切り刻まれたんだろうな」


 半死人、と言うのは形容の言葉ではないだろう。

 ゾンビ――いや、ゾンビは半どころか完全な死人だ。

 ならば生者と死者のハーフ? かと威吹は首を傾げる。

 何とも妙な感じだが、この世界ならばそういう存在が居てもおかしくはない。


「じゃあ、そいつへのリベンジのために俺を?」

「……いいえ。ええ、あのお嬢さんにもいずれ借りは返しますよォ?」

「だが、その前にケジメをつけるべき奴らが居るのよ」

「俺を襲った通り魔に関しては正直、悪感情はないのだ」


 普通に戦い、普通に負けた。

 敗北という事実が許せぬからリベンジを果たすつもりだが、そこに怒りや怨みは一切ない。

 だから後回しでも構わないのだと蒼覇は言う。


「ふぅん。なら、その先にケジメをつけなきゃいけない相手ってのは?」

「特定個人と言うよりは組織だな。東国若手組――名ぐらいは知っていよう?」

「つーか、よく考えたらアンタも若手組に名を連ねてるんじゃ……」

「……ですねェ。今の若手のトップは誰だと言われたら彼でしょうしィ」

「言われてみればそうだな」


 じとっとした視線を向けられるが、とんだ見当違いである。


「いや、知りませんよ? 東国若手組って何?」


 幻想世界を訪れて早三ヶ月。

 そのようなダサい名前の組織と関わり合いになったことなど一度もない。

 威吹がそう告げると、三人は目を丸くするも……直ぐに納得したような顔で頷いた。


「納得したの?」

「うむ。何故接触がないのかは知らんが、その顔を見るに本当に関わりはないのだろうよ」

「嘘を吐く意味もありませんからねェ」


 関わりがないのは事実だがトウゴの言は些か軽率だろう。

 意味もなく虚言を弄するのは化け狐の十八番なのだから。


「二百歳以下の実力者で構成された若い化け物の集まり、それが東国若手組よ」

「その説明だけでもう香ばしい臭いが漂ってくるんですけど」


 具体的に言うなら洗っていないかませ犬の臭いだ。

 確かに名の通り、若い者らの中では相応に強い奴らが集まってはいるのだろう。

 しかしもう、それ自体が負けフラグ臭い。

 威吹は簡単な説明だけで、ここまでの敗北臭を漂わせることが出来るのかと戦慄していた。


「何かこう、漫画脳で考えるならですよ?

輪の外に居るヤバイのにあっさり潰されそうじゃないですか?

そいつの実力を証明するためだけに用意されたようなアトモスフィアが尋常じゃないです。

あ、いや待てよ。だとしても中には数人、本物が居る方が展開的に美味しいかもしれませんね」


 妄想を加速させる威吹だが、ふと気付く。

 三人がこれでもかと苦い顔をしているではないか。


「「「……」」」

「えー……あー……ひょっとして……」

「……そうだよ。私らがケジメをつけたいのは、その“かませ犬”連中なの」


 威吹は知らぬ間に地雷を踏んでいたらしい。


「えーっと」

「いいえ、良いんですよォ。狗藤さんの実力からすればァ……取るに足りぬ雑魚でしょうしねェ……」


 気まずい。酷く気まずい。

 悪意を以って他者の心を嬲ることに罪悪感は抱かない。

 しかし、意図せず、特にそんなつもりもなくやってしまうとかなり気まずい。


「気にしなくて良いよ。事実、私らはそんな噛ませ犬にすら負けた雑魚なんだから」


 余計に気まずいわ。

 そう言いそうになるが、威吹は何とか堪えた。


「件の通り魔はどうやら西の化け物らしくてな。それで若手組が出張って来たのだ」

「???」


 何故、出張って来ると言うのか。理由が分からない。

 首を傾げる威吹に蒼覇は苦笑しつつ、説明する。


「……現世出身だからこちらの事情には疎いのか。

同じ妖怪とは言っても西と東で縄張り意識と言うか、帰属意識のようなものがあってな。

まあ、端的に言って仲が悪いのだ。西と東は。まあ、俺は西とか東とかは正直どうでも良いんだがな」


 そう言われて得心がいった。

 今回被害に遭ったのが東の若い化け物や人間ばかりだから若手組とやらが動いたのか。

 となれば、この三人の事情にも何となく予想はつく。


「この件は我ら若手組が落とし前をつける。

東の化け物の面子は我らが護るので手出しは無用だと言われた。無論、噛み付いたさ。

ふざけるなと俺の前に現れた若手組の化け物に挑みかかり――――」


「無様にやられた?」


 その通りだと三人は頷く。


「それだけならまあ、こんなことをするつもりもなかったんだがな」

「でしょうね」


 ただ負けただけなら件の通り魔と同じような対応になっていただろう。

 矜持を曲げてまでレベリングするようなことはなかったはずだ。

 だから、傷付けたのだろう。その矜持を。若手組に。


「“弱いお前は何もするな”――去り際に奴はそう言った」

「あぁ……それはまた」


 正論だ。しかし、それは矜持を傷付ける発言でもある。

 屈辱の度合いで言えば通り魔にやられたことなど気にもならないほどに。


「気が狂いそうになるほどの屈辱だった」


「文言は違いますがァ、私もォ……似たようなことを言われましてねェ。

同じ屈辱を味合わせてやらなければ気がすまないんですよォ」


「舐められっぱなしは性に合わないのよ」


 蒼覇は分かり易く憤怒の形相を。

 トウゴは薄ら笑いの下にざらつく憎悪を。

 マキは平常心を装いながらもその裏に荒れ狂う激情を。

 威吹は思う。この感情を自分に向けていてくれたのならば良かったのにと。


「何一つ奴らの思い通りにはさせたくない」

「なるほど」


 完全に理解した。

 何一つ奴らの思い通りにさせたくない。

 つまりは西への報復行動も阻止したいと言うわけだ。

 だが、あまり時間が残されていない。

 悠長に鍛えていたら事が終わってしまう。

 だから矜持を曲げてまでこんな方法を選んだのだ。

 同じ曲がるにしても他人に強いられて曲げるのと、自分の意思で曲げるのではダメージも違う。


「自分の矜持を曲げた敵への報復を優先したわけですね?」


 三人は苦い顔で頷いた。

 威吹が呑み込んでいたみっともなさを増幅したせいで、かなりダメージを負っているようだ。


「そうですか――――そういうことなら俺も全面的に協力しましょう」

「「「え」」」


 恐らく、謝罪をして帰るつもりだったのだろう。

 三人は威吹の言葉にポカーンとしていた。


「御三方が強くなるため存分に俺を利用してくださいな。

ええ、ええ。東国……何でしたっけ? そんなしょーもない組織潰れれば良いんですよ」


 自分の面子を護るためならば良い。

 我の強い化け物らしくて結構結構。

 が、東の化け物の面子を護る? アホらしいにもほどがある。

 本気で言っているのでなければ、まだ救いようはあるが……恐らくはマジだ。

 だとすれば、つまらないにもほどがある。


「思い知らせてやりましょう。二度と白けるようなことが言えないよう徹底的に」


 西だの東だの、そんな枠組みに興味はないが、

 西の化け物と事を構えると言うのは興味をそそられる。


(面白くなりそうなイベントを白けさせそうなアホどもにはご退場願わんとなあ?)

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