威吹道場①
週明け月曜日、放課後、公園にて。
「それでは改めて――――デビュー内定、おめでとう!!」
鉄棒に腰掛けた威吹はクローバートリオに向け笑顔で祝福の言葉を送った。
幻術を用いて煌びやかな演出もしたのだが……。
「「「……」」」
「あれれー? 何か反応がよろしくないぞー? 何でそんな地蔵みたいな顔しちゃってんの?」
「それは威吹が糞みてえなサプライズかましたからだと思うよ!!」
勝手に着いて来た無音が元気良くツッコミを入れる。
まあ、言わんとすることは分かる。
しかしこちらにも言い分というものがあるのだ。
まずはそこを聞いて欲しいと威吹は弁解を始める。
「サプライズ参戦は何も悪意があってのことじゃないんだよ。面白そうだったから出てみたかったのと……」
「「「その時点でギルティなんですけど!?」」」
「待って待って。面白半分は事実だけど、もう半分は短い間とは言えコーチを務めた俺の……何て言うの?」
そう、親心的なサムシングがあったのだ。
「……はあ。一応、うちらもうちらなりにあれから色々考えてみたのよ」
「狗藤さんの危惧も、何となくではありますが理解は出来たと思います」
「でも、お狐様を連れて来るのはないでしょ」
溜め息交じりにそう答える三人。
ようやく態度が軟化したことに胸を撫で下ろす。
「はは、何かごめんね? ま、それはさておき」
「「「あっさりさておかれた!?」」」
「本題に入ろう」
何も祝いの言葉を述べるためだけに三人を呼び出したわけではないのだ。
ハードルを超えたご褒美、それを渡さねばならない。
「えっと、本題って? 何? 祝勝会でも開いてくれるの? 二位だけど」
「祝勝会? まあ、晩飯ぐらいなら奢るよ? 俺、金だけは腐るほどあるし」
「あ、それなら私焼肉が良いです。新宿にある叙情怨でお願いします」
「ちょっと待ちなさいよ。何勝手に選んでるの。私と一葉にも選ぶ権利あるでしょうが」
「そーそー。私、銀座で寿司食べたい寿司」
徐々にヒートアップしていく三人娘。
そして議論とじゃんけんの末、結局は三葉の希望である焼肉が通ることとなった。
「と言うわけで叙情怨でお願いします」
「でも夜までまだ時間あるわよ。どこで時間潰す?」
「こっちにもカラオケとかゲーセンあれば良いんだけど、ないしなあ」
「盛り上がってるとこ悪いけど待って。まだ俺の本題、終わってねえから」
最初は威吹に怯え竦んでいたというのに今ではご覧の有様だ。
威吹としてはこれはこれで嬉しいのだが、話が脱線するのは困る。
「君らはメンタルの方はまあ、及第点を取れたが力はそこまででもない。
現世よりも分かり易く暴力が罷り通る世界でアイドルをやるんだ。力もなきゃいけないよね?」
「……それはまあ……分かるけど……」
「ですが私、真面目に陰陽師をやる気がありませんし。楽してずるして強くなるならともかく痛いのとか苦しいのは」
「三葉ってさ。言葉は丁寧だけど性根は割りと糞よね」
一葉は理解しつつも、それを直視したくないという感じ。
三葉は言葉遣いと見た目で勘違いしがちだが結構駄目人間。
三人の中で一番真面目に問題を直視しているのは二葉ぐらいか。
少し心配になったが、
(鈴木さんが居るし大丈夫かな?)
一人一人ならともかく、彼女らはトリオなのだ。
足りないところを補い合いながら進む姿はこれまでも見て来た。
ならば、これからもきっと大丈夫だ。
威吹はそう判断し、憂いを捨て去った。
「ンフフフ、大丈夫だよ田中さん。今回に限っては楽してずるして、だから」
「「「ひぇっ」」」
「……何その反応?」
「威吹から上手い話を持ちかけられると悪魔の契約にしか思えないからじゃないかな?」
「馬鹿犬は黙ってろ」
フリスビーを投擲すると、無音は一目散に駆け出して行った。
「ごほん……今回に限っては特に何もないよ。ハードルを超えたご褒美に力をやるってだけだから」
これ以上、会話を重ねるのも面倒だしさっさとやってしまおう。
威吹は時を操る力を用い、三人の力のみを加速させ成長を遂げさせる。
「「「!?」」」
何をされたかは分からない。
だが、その身に起きた変化は分かったらしく三人がギョっとした顔をする。
「リスクやデメリットは特にないから安心して良い。
ちょっと時間に干渉して君らの成長を先取りしただけだからね」
「「「さらっと時間に干渉したとか言う……」」」
「とは言っても経験の伴わないパワーアップだからね。そこらは各々で補ってくれると嬉しいかな」
どの口で言っているのかと思わないでもない。
何せ、自分自身が経験の伴わないパワーアップを繰り返しているのだから。
(まあでも、俺の場合はなあ)
強くなるための努力をしない――それが威吹の信条だ。
その信条が怠惰によるものならば話は変わってくるが、威吹の場合は違う。
化け物として、大妖怪として、そう在るのが一番しっくり来ると考えているから何もしないのだ。
だからこそ彼は、狗藤威吹は経験の伴わないパワーアップを繰り返せている。
その在り方が正しいものであると証明するかのように。
「えっと……ありがとうって言うべきなのかなこれ?」
「別に? だってこれは正当な報酬だもん。君らが示すべきものを示したからこそ勝ち得たものだ」
だから自分に礼を言うのはお門違いだと威吹は笑う。
「…………狗藤さんが、狗藤さんが筋骨隆々でエネルギッシュな御老人なら惚れてたかもしれません」
「ごめん、化けるならともかく素の容姿が君の好みに合致するようにはなりたくないかな」
何にせよこれでやることはやり終えた。
後は良い時間になるまで三人+無音とどこかで遊ぼう。
ああ、その前に今日の晩御飯は夜食に回してくれと詩乃に連絡を入れねば。
そう考えたところで威吹は剣呑な気配を感じ取る。
自分にとっては障害にもならないものゆえ気付くのに遅れたが、
三人娘とフリスビーを探しに行ったまま戻って来ない無音にとっては十分な脅威になる。
「三人とも、ちょっと俺の後ろに居てくれるかな?」
柔らかい口調ではあったが、そこには有無を言わせない圧があった。
三人はコクコクと頷き、鉄棒を潜って言われた通り後ろに回る。
それを確認した威吹は蒼窮を三人の傍に突きたて、公園の入り口に視線を向けた。
数秒ほどで、その者らは姿を現す。
「おや」
現れたのは二人の少年と一人の少女。
内一人、深い蒼の髪をオールバックにした少年には見覚えがあった――蒼覇だ。
(以前言ってたように俺の首を獲りに来たのかな? だとしたらあの二人は……)
顔の半分を覆い隠す長髪と、露出している右目の下に刻まれた深い隈が印象的な陰気な少年。
そして白髪をショートカットにした、左耳につけられた大量のピアスが特徴的な少女。
この二人は何者なのか。
配下? いや違う。見たところ三人の力は大体同じようなものだ。
ならば単純な同盟関係? 手を組み自分を袋叩きに? これも違う。
蒼覇はそういうタイプではない。
群れを率いていても本命への邪魔者を排除させるぐらいだろう。
「久しぶりだな麻宮静」
「ええ、お久しぶりです蒼覇殿」
麻宮静? という呼びかけに三人が背後で首を傾げているがスルー。
「今日はどうされたのです?」
「……ここに狗藤威吹が居ると聞いて来たのだが、知らんか?」
他二人の表情を窺う。
関係性は見えないが、どうやらあの二人も自分が目当てらしい。
そして、蒼覇と同じく自分が狗藤威吹であると気付いていない。
名前だけで顔を知らない人間が威吹を威吹だと見抜ける例は稀だ。
威吹は基本的に力を抑え人として過ごしているからだ。
ゆえに蒼覇らがそうと気づけないのも無理はない。
「狗藤威吹ですか」
「うむ」
威吹は首を傾げ、次いで花咲くような笑みを浮かべ――告げる。
「それは――――あなたの視線の先に居る奴のことでは?」
言葉と共に妖気を解放。
威吹としては少し、箍を緩めただけのつもりだった。
しかし、暴走を経てから更に妖気が膨れ上がったせいだろう。
物理的な質量を伴い、周辺に放出された。
蒼窮の結界によって保護された背後の三人とは違い、前面の三人は諸にそれを浴びてしまい膝を突く。
「ッッ……そう、か……お前が、狗藤威吹であったか……ふ、フフ……俺の目は随分と節穴らしい」
おや? と首を傾げる。
蒼覇の性格的に考えて、まずは怒りを露にすると思っていたからだ。
どうにも、様子がおかしい。
「だが“良い”。これなら“十分以上”だ。狗藤威吹、俺と戦え」
蒼覇が一歩前に出ようとするが、残る二人がそれを制止する。
「待てよ青鬼。たまさか同道することになりはしたが一番槍を切る権利が手前にあんのか? ああん?」
ピアスの少女がそう言うと、陰気な少年も口を開く。
「あなたにもその権利はありませんよォ?」
「ならばどうすると言うのだ」
「私よりあなた方が二番、三番で良いじゃないですかァ」
陰気な少年のネットリとした喋り方がツボり、威吹が頬をヒクつかせる。
「あ? 抜かせやキモメン。冗談は見た目だけにしなよ」
「貴様らは引っ込んでいろ。邪魔をするなら潰すぞ」
「出来ないことを口にするものじゃァ、ありませんよゥ?」
自分そっちのけで睨み合う三人。
おいおいと威吹は呆れつつ声をかける。
「俺の事情は無視かい? この後、用事があるんでね。面倒だから三人同時で良いだろ?」
これがリタのようなそそる相手であればクローバートリオとの約束を優先することはなかった。
が、睨み合っている三人はそうではない。
蒼覇のことは個人的に好いてはいるが、この後の予定に影響を及ぼしてまで付き合うほどではない。
「ああいや、返事は要らないよ。アンタらがどうであれ俺はそうするだけだしね」
言うや、
「「「がっ……ァ!?」」」
蒼覇らは地面に磔られた。
何てことはない。ただ妖気で三人の身体を押さえ付けただけ。
技と呼べるほどではないし、攻撃と呼ぶには遠過ぎる。
その証拠に三人の身体には傷一つ、ついていない。
「どう言うことか、分かるだろう?」
戦いの土俵にすら立てていないのだ。
一対一で勝負しろなどと言う資格はないと、威吹は暗にそう言っているのだ。
蒼覇たちのようなプライドの高いタイプなら、これで終わりだ。
戦いの形すら取れないのだと思い知らされれば、これ以上ジタバタすることはあるまい。
再度、立ち会う時は彼らが今よりずっと強くなってからになるだろう。
このままで済ませるような軟弱な性根ではないので、その時がひじょうに楽しみだ。
(まあ、かなり先のことになるだろうけど……)
などと考えていた威吹に予想外の言葉がかけられる。
「……頼む……!!」
「えぇ……言いたいことは分かりますよォ……しかし、私はあなたとォ、戦わねばならないのですよォ……!!」
「恥知らずは百も承知さ。ただ、私も引けないんだよ!!」
まさかの事態に目を丸くする。
気位の高い彼らが、こんな“みっともない”言葉を吐くとは思ってもみなかった。
(誰かに強いられて俺を――いや違う……ああ、そうか。そういうことか)
考え方がズレていたのだ。
プライドに悖る発言の根底にこそ、彼らの矜持があるのだ。
(単純に俺に勝つとかそういう感じではなさそうだな)
好奇心に、化け物の嗜好に火が灯る。
ちろちろと燃え始めた炎に水をかけて消してしまうのは勿体ないと感じている。
ならばもうやることは決まった。
威吹はちらりと後ろに視線をやり、告げる。
「七時に新宿の叙情怨で待ち合わせをしよう。それまで無音と一緒にテキトーに時間潰してて」
「別に良いけど……その、大丈――いや、要らない心配だわどう考えても」
「それな。どう考えてもさっさと退散するのが吉でしょこのシチュエーション」
「ええ、ロクでもない場に居合わせるようなドマゾ趣味はありませんしね」
三人は大きく頷き、じゃ! と手を挙げカサカサと公園を去って行った。
いや、去ったと言うより逃げて行った。見事な逃げっぷりだった。
「さて、と。誰からやるかで揉めてたんだよね? じゃあ俺が指名する」
それぐらいは呑めと威吹は有無を言わせず先約のあった蒼覇を指差す。
既に三人の拘束は解いているが、陰気な少年とピアスの少女も異論はないようだ。
「感謝するぞ」
「良いよ別に。前から気になってたのは事実だからねえ――さ、おいで」
小馬鹿にするような口調で手招きする。
未だ鉄棒から降りてすらいないことも含め、完全に舐めている。
蒼覇の顔面に血管が浮かび上がるが――――
(おや?)
怒りを呑み込んだ。
強者への敬意だとか、そういうものではない。
そこに如何なる理由が潜んでいるのか、ますます好奇心を擽られた。
「ゆくぞ!!!!」
雄雄しい角が飛び出し、肌が青く染まり、
人化を解除し、鬼へと戻った蒼覇が拳を打ち出す。
技も飾りもない、力任せのド真ん中ストレート。
威吹はそれに合わせるように拳の進路上に右足を真っ直ぐ突き出す。
蹴りではない、ただの障害としてそこに置いただけだ。
蒼覇の拳は最強の矛と呼ぶには不足が過ぎる。
威吹の足裏は最硬の盾と呼ぶには不足が過ぎるが前者よりは硬い。
であればどうなるか。
「あららー? 痛そうだねえ。大丈夫?」
足裏に激突した拳を基点に蒼覇の右腕がひしゃげていく。
矛盾は発生せず。
当然の帰結として、矛が砕け散った。これはそれだけの話だ。
「憤ッ!!」
が、矛の強度はさておき心の強度は中々のものらしい。
靴一つ破壊出来ず右腕がおしゃかになった事実も、痛みですらもどうでも良い。
そう言わんばかりに間髪入れず左拳が打ち込まれた。
威吹は、後出しで再度右足を障害物として設置。再度、腕が使い物にならなくなる。
だが右腕の再生は終わっていたようで歯牙にもかけず蒼覇は拳を繰り出す。
「うぉらぁああああああああああああああああああああ!!!!!」
「よ! ほ! は! 元気だねえ、若さかな? いや、俺の方が若いけどね」
嵐のような連打を。威吹は鉄棒に腰掛けたまま右足だけで受け止め続ける。
同じことの繰り返し。
並みの者ならもうこの段階で心が折れてしまうだろう。
だが、蒼覇は苛立ちこそ滲ませているものの心が折れるような兆しは一切見えない。
「おや? どうしたんだい?」
連打が終わる。
諦めたようには見えないが、さてどうしたのか。
「……お前からすれば俺なぞ取るに足りぬ羽虫のようなものなのだろう」
「いや別に強さでその人の価値が定まるとは欠片も思ってないけど?」
威吹の言葉を無視し蒼覇は続ける。
「弱い俺にそんな資格はないと重々承知。だが、既に恥はかいた。
ならば更に恥を重ねることも厭うまい――――戦え、俺と戦ってくれ。
じゃれつく愛玩動物をあしらうような気軽さではなく。
人でありながら俺よりもよほど化け物らしい、その悪なる性を以って俺と戦ってくれ」
痛いほどの懇願。
重ね重ね、一体どうしてこうなったのやら。
更に好奇心を掻き立てられながらも、威吹はへにゃりと笑う。
「悪意を以ってと言うのなら尚更、アンタの願いを聞くべきではないと思うんだが」
ひょいっと鉄棒から飛び降りる。
「ま、良いよ。望み通りにしてあげる」
両目から涙のように頬へと伸びる紋様が浮かび上がる。
何かがまずい、蒼覇にもそれが分かったのだろう。
距離を取るでもなく、これまで以上の苛烈さで攻撃を仕掛けようとするが――遅い。
「な!?」
認識する間もなく懐に潜り込まれてしまう。
威吹はひょいと胸倉を引っ掴み、
こともなげにその巨体を持ち上げ、無造作に拳を振るい――その頭部を吹き飛ばした。
「え……は?」
が、死んでいない。消失した頭は即座に元の状態へと戻った。
再生能力が働いた? 否、先の一撃は蒼覇の再生能力ではどうにもならない絶死のそれだ。
蒼覇の顔に浮かぶ困惑の色からもそれが読み取れる。
彼は自分が死んだと思い、しかし生きている自分に戸惑っているのだろう。
だが威吹は知ったことではないと再度拳を振るい、再度頭を消し飛ばす。
そして時間制御を用いて時を巻き戻し生き返らせる。
「戦って欲しかったんだろ? 俺が攻撃に出てもアンタが何もしないなら戦いにはならないよ」
蒼覇が自らの死を認識出来るギリギリの速度で彼を殺し彼を生き返らせ続ける。
こんなもの、ハッキリ言ってどうにもならない。
十分、二十分、三十分。
精密機械のような正確さで殺して生かしてを繰り返す。
続けようと思えば、何日だって続けられる。
威吹が自らの意思で止めない限り、これは夜の七時前まで続くことだろう。
「おや」
変化が現れたのは一時間ほど経過した頃。
蒼覇は頭を殴り飛ばされながら威吹に攻撃を仕掛けてきたのだ。
無論、効いていない。攻撃の手を僅かに緩めさせることも出来ない。
だが、紛れもない変化だ。
しかし、変化はそれだけではない。蒼覇の妖気が少しばかり強くなっているではないか。
(――――ああ、そういうことか)
吹き飛ばされる刹那、威吹は確かにその表情を焼き付けた。
してやったりという笑顔。
だがそれは威吹に向けられたものではない。
まるで、思い通りの展開がようやっと訪れたぞと言っているように見えた。
(……俺、レベリングに利用されてるわけだ)
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