ナインテイル⑦
以降の展開は、概ね予想通りのものだった。
ナインテイルのパフォーマンスに心を圧し折られたのだろう。
殆どのグループは歌にも踊りにも精彩を欠いていて、正直無闇に恥を晒しただけだ。
だからまあ、この結果も当然のものなのだろう。
「第一回、帝都アイドルコンテスト優勝は――ナインテイルの御二人です!!!!」
司会のお姉さんがそう告げるや、ワッ! と観客席から歓声が上がる。
死んだ目をした参加者がゾンビのように群れる舞台上とはえらい違いだ。
「三位、二位とはそれぞれ六点、五点差。
しかし、僅差の勝利だったかと言えばそれは否と言わざるを得ません。
何故ならばナインテイルの獲得点数は百点満点――パーフェクトなのですから!
瑕疵一つ存在しない、無欠の存在……正しく彼女らは偶像! アイドルオブザアイドル!!」
ナインテイルへの圧倒的な賞賛の陰に隠れているが二位、三位も十分凄い。
これが七十点八十点ならば心を折られた者らの中で、
ほんの少しマシだったというだけなので見るべきところは何もない。
しかし九十四点、九十五点となれば話は変わってくる。
その数字が意味するところは、ただ一つ。
ナインテイルの蹂躙に心折られず戦い抜いたという揺るがぬ証である。
(いやはや、良いものを見させてもらった)
怖じず恐れず意を示し戦い抜いた二つのユニット。
その一つは言わずもがな――闇色クローバー(仮)だ。
一葉らはナインテイルの虜になりながらも、決して意気を挫くことはなかった。
その結果が準優勝――見事という他ない。彼女たちならば、きっと大丈夫だ。
確信を得た威吹の顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
ちなみ第三位だが、こっちは一葉たちとは少々事情が違う。
戦い抜いたのは同じだが、仮に相手が詩乃でなければそうはならなかった可能性が高い。
と言うのも、だ。ユニット名を聞けば察しがつくかもしれないので開示しよう。
三位に輝いたユニットの名は――幼女戦鬼。
字面で想像がつくだろう。そう、合法ロリな鬼っ娘三人によるアイドルユニットなのだ。
(鬼から嫌われることに定評のある母さんだからなあ……)
幼女戦鬼の三人が心折れなかったのは、九尾の狐に対する敵愾心ゆえだ。
仮に詩乃と威吹が女神か何かならば、恐らくは同じ結果にはならなかっただろう。
「それでは優勝した御二人には……」
「ああ、すいません」
このままトントン拍子で話が進みそうになったので割って入る。
楽しくはあったが、別にアイドルになりたいわけではないのだ。
「? どうかされましたか?」
「えっとぉ、私とお姉ちゃんなんですけど」
「ぶっちゃけ私たち、冷やかしで出場しただけなんで」
顔を見合わせ、
「「アイドルになるつもりはありませーん★」」
てへぺろと舌を出す。
「………………嘘やん」
審査員席から――というか、塵塚怪王の口からそんな言葉が漏れた。
この世の終わりに立ち会ったかのような絶望に満ち満ちた表情をしているが、ちょっと待て。
(アンタは知ってただろ)
威吹自身は直接、塵塚怪王と会ってはいない。
しかし事前に詩乃がこうこうこういう理由で出場すると話しを通していたはずだ。
だからこそ一番槍を担うことが出来たわけだし、何を驚いているのか。
「い、嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃぁあああああああああああああああああああああ!!!!
みーたんとむったんにもう会えないとか嫌なんじゃぁあああああああああああああああ!!!!!」
一言、ただ見苦しい。
駄々を捏ねる老人というだけでも酷いのに、そいつは大妖怪でもあるのだ。
ここまでの見苦しさ、そうそうお目にかかれるものではない。
(……むったんの方は九尾の狐だって分かって……るんだろうなあ……)
九尾の狐自身はどうでも良い。
しかし、尾上陸月を演じている九尾の狐は惜しい――多分、そんな感じだ。
それはさておき、と威吹は思案する。
(……この様子だと、無理矢理引き止められそうだな)
ならば、と威吹は塵塚怪王に念を送る。
気が向けば詩乃と一緒にアイドル活動をするので、それで我慢してくれと。
でなければ二度とナインテイルは結成しない――例え殺されようとも。
塵塚怪王はこれでもかと渋面を作るが、小さく頷いた。
威吹の本気具合が伝わり、機嫌を損ねるのは悪手だと判断したのだろう。
「「それじゃ、バイバーイ♪」」
愛想たっぷりに手を振り、ナインテイルはその場から消え去った。
だが、そこは化け狐二匹。当然、消え方にもこだわった。
足元から舞い上がった無数の花弁が覆い尽くし、花弁のカーテンが消える頃には……と言った感じだ。
「――――完全復活、ってところかな?」
詩乃は笑顔でそう切り出した。
頷きつつ、周囲を見渡す。
詩乃任せの転移だったが――どうやら、どこぞの電波塔の上らしい。
ちなみに電波塔と言ってもテレビのそれではなく、ラジオのものだ。
「珍しく引き摺ったよね。こんなの“志乃”さんの時を除けば初めてじゃない?」
「……アンタ、ホント良い根性してるよ」
だがまあ、否定は出来ない。
一つの事柄に長く影響を及ぼし続けられたのは志乃の一件を除けばそうそうありはしない。
その場で深く想い悩むようなこともあったが、
割と直ぐに答えが出るかどうでも良くなるかでスッパリ糸が切れてしまうのが常だった。
「直接の元凶でなくても志乃さんに関わりがあることだからかな? 気に入らないなあ」
ニコニコ笑顔で毒を吐く詩乃。
これは本音なのだろう。
まあ、だからと言って何をするつもりもないけれど。
「いつになったら“シノ”は私だけを指す名前になるのかな?」
「さあね。一生、そんな日は来ないんじゃない?」
ただ、と威吹は続ける。
「志乃には先がない。もう終わってる、完結してしまった存在だ。
俺と志乃の関係は未来永劫変わりはしない――でも、詩乃は違う。
例えば恋人として、或いは妻という関係性になる可能性も零じゃない。
ならば愛する女を指す“シノ”という名は志乃でなく詩乃だけを指すことになるんじゃないかな」
初めて、初めて詩乃を詩乃と呼んだ。
『これから私の名前を呼ぶ度、過去の女を思い出して胸が痛む』
予想通りと言うか、詩乃自身も言っていたことだがズキリと胸が痛んだ。
ただまあ、不快感はない。
「……――――」
「ハハ! 何だい、その顔は」
狐が狐につままれたような顔をするなんて間抜けにもほどがあるだろう。
誰でもない詩乃がそんな顔をするものだから、威吹は思わず笑ってしまった。
「いや……ここに来て急激に好感度上がったなって」
「そりゃまあ、ね」
当然のことだ。
「その全てを理解出来たとは到底思えないけど、少しは母さんのことが分かったもん」
深淵にも似たその心の裡を推し量るのならば時が足りない。
それこそ、永遠に等しい時間が必要だろう。
だが何一つ理解出来ないかと言えば、そうでもない。
心の奪い合いを演じた――と言うには自意識過剰か。
あまりにも隔絶した実力は、どう下駄を履かせても対等とは言えない。
それでも、正しい交わりの形を見出し触れ合えたことは事実だ。
少し、ほんの少しぐらいは詩乃を理解したと言っても良いだろう。
「へえ、威吹は私の何を理解したのかな?」
「母さんが案外、純だってこと」
からかうようにそう告げると、すっと詩乃の目が細まった。
「前々からさ、気にはなってたんだよ」
詩乃が自分に向ける好意は嘘じゃない。
いや、これまでの男たちに注いでいた愛が嘘と言うわけではない。
それはそれで本物だ。ただ、根本的に性質が異なっている。
紂王や鳥羽上皇らのこともちゃんと愛してはいた。
重ねて言うがそこに嘘はない。しかし彼らを愛することがメインになったことは一度もない。
あくまでゲームの中の一要素。が、だからと言って注ぐ愛情に嘘はなかった。
例え遊びが終われば泡沫の如く消え去るものだとしても終わるまでは本物で在り続けたはずだ。
「じゃあ俺は? 当然、疑問に思うよね」
遊びの一要素として愛情を注がれているのならば納得出来る。
これまでの男たちと同じで、自分も詩乃が作る大きな流れに組み込まれているのだろうと。
むしろ、ワクワクする。どう立ち回ってやろうかと漲ってくる。
だが違う。そうじゃないと威吹は首を振る。
「俺を愛し、俺に愛されることがメインになってる」
勘違いなら、自惚れならばそれで良い。
ちょっと恥ずかしい思いをする程度だが……しかし、どうしてもそうは思えなかった。
「考えたよ。糞つまんない授業中、風呂でボーっとしてる時、寝る前の一時とかにね」
「それ明らかに他にやることないから何となく思いを巡らせてただけだよね?」
「いやだって……別に何が何でも知りたいってほどでもなかったし」
「もっと私に興味を持って?」
詩乃の抗議はさておき、だ。
「ようやく分かったんだ。母さんと初めて触れ合うことでね」
詩乃が求めているものが何なのか。
ようやく、その形が見えた。
「何時頃、どういう理由で、それらは分からない」
チラリと詩乃の反応を窺う。
「良いよ、続けて」
頷き、威吹は答えを口にする。
「――――人間のように愛されたかったんだろ?」
特別なことは何もない。
愛し、愛される――詩乃が欲したのはそんな有り触れた営みだ。
「でも、問題がある」
一方通行ではない、双方向のそれを求めるのであれば、だ。
相手に自分の愛情を受け止めてもらう必要がある。
ああ、詩乃ならばどんな愛情でも受け止められるだろう。
が、男の側は違う。
「人間にアンタの愛は受け止め切れない」
基本的に化け物の愛情は毒なのだ。
木っ端の化け物ならばそれでも、呑み込めなくはない。
しかし、強大な化け物であればあるほどその毒は強くなる。
人間如きが呑み込めるそれではなくなるのだ。
「酒呑が良い例だよな。アイツの親子愛、イカレてるよ」
我が子に自分が手も足も出ぬまま無惨に殺されたい。
そんな未来を純に想い、親子の形なのだと信じて疑わない――正気か?
「俺もそう。俺が好意を向けたリタちゃん。あの子、どうなった?」
散々心を掻き乱された挙句、親とも言える師を自らの手で殺すことになり片腕も失った。
しかし、威吹に悪意はない。
そしてそれは酒呑も同じ。
人間にとっては毒だし、悪意だが、化け物からすれば普通の愛情なのだ。
「人間が受け止めるには苛烈が過ぎるってものさ……身体も、心も、もたないよ」
もし、詩乃の愛情を受け止められる人間が居たとしてだ。
彼女の願いは叶うのか? 否、決して叶いはしない。
九尾の狐の剥き出しの愛情を受け止められる時点でそいつはもう、人間じゃない。
肉体が、ではない。精神の構造が人間のそれではなくなる。
化け物のそれになってしまう。
「なら化け物に? いや無理だ。化け物にアンタの願いは叶えられない」
双方向に見えても、致命的に噛み合わない。
99%そうだとしても、残る1%は決して埋められない。
「母さんなら人の愛情を真似ることは出来るだろうさ。でも、それだと母さんの求めるものは得られない」
人間でも受け止めきれるように矮小化する。
そんなことをして真の意味で愛し、愛されていると言えるのか? 言えるわけがない。
ただ詩乃が尽くしているだけだろう。
それもまた一つの愛情ではあるが、詩乃の求める双方向の対等な愛情とは言い難い。
「――――だから、俺なんだろう?」
“人間”の大妖怪、それが狗藤威吹の本質だ。
化け物ではあるが、根本の性質からして“人間”が切っても切り離せない。
だからこそ、埋められる。1%の欠落を満たすことが出来るのだ。
「矛盾してない? さっき、威吹自身がリタちゃんのことを例に挙げたじゃない」
「いいや、してないよ」
化け物の愛情の例でリタを挙げはした。
しかし、それしか与えられないなんて言ったか? 言ってないだろう。
「リタに向けられた好意がああなったのは、あの子が“化け物”狗藤威吹の好感度を稼いだからだ」
“人間”狗藤威吹の好感度を稼いでいたのなら別の形になっていたはずだ。
もっとも、今のところ色恋沙汰に関心は欠片もないのだが。
「俺はさ、母さんからすれば酷く都合が良い存在なんだろうね」
詩乃が注ぐ剥き出しの愛情。
それが孕む人では受け止め切れない毒を化け物としての部分で受け止めながら、
同時に人間としての愛情を詩乃へと注げる――これを都合が良いと言わずして何と言うのか。
歪で変則的、しかし確かな双方向の可能性だ。
「だから俺が暴走した時、酒呑と組んでまで止めようとしたんだろう?」
あのまま大妖怪に至っていれば、まず間違いなく人間としての威吹は消えていた。
純粋な化け物として生まれ変わっていただろう。
ゆえに詩乃は酒呑と組んでまでそれを阻もうとしたのだと威吹は指摘し更に続ける。
「化け物の時間は永劫とは言え、千年が無駄になるのは割りと凹むよねえ」
「……千年?」
「アンタが言ったことじゃないか――――“千年前から愛してる”」
自分のような存在が生まれたのは詩乃の計画通りなのだろう。
どうやって知ったのかは分からない。
予知能力を使える誰かの力を借りたのか、或いは未来予知にも等しい演算能力を持つ何者かの助力か。
考えられる可能性は幾つもあるが、正直そこは重要ではない。
重要なのは詩乃の目論見が千年の時を経て狗藤威吹という形で結実したということ。
「千年後に俺と出会うために、かつてアンタは人と子を成したんだろう?」
とは言え、全てが全て詩乃の掌中というわけでもないはずだ。
恐らく分かっていたのは自分の望みを叶えてくれる可能性を持つ子が生まれるということぐらいではなかろうか。
「楽しそうだね。威吹の言葉通りなら威吹は釈迦の掌で転がされてたようなものだよ?」
「ん? ああ……まあ、そう受け止められなくもないか」
生まれる前から与り知らぬ運命の鎖に絡め取られていた。
そう捉えられなくもない。
ならば、
「これが物語なら俺が
定められた運命から脱却し白紙の未来を手にするとか、何かそういう感じ。
が、威吹は別段、その手の不快感は覚えていない。
「でも、そう言うのはね。キャラじゃないってか、やる気が出ないよ」
釈迦の掌の上であったとして何か問題があるのか?
楽しく踊れるのならそこがどこであろうと些細なことだろう。
「つーか、むしろ俺は嬉しく思うけどね」
「って言うと?」
「子は親を選べない。でもね、親も子供を選べはしないんだよ」
威吹はかつて父母だった者らを疎んでいる。
しかし、同時に憐れだとも感じている。
「もしも俺が鎹になれるような子であったのなら、あの人たちにも別の未来が待ち受けていたかもしれない」
威吹が親を選べなかったように、親もまた子を選べなかったのだ。
そういう意味ではどちらも被害者と言えよう。
「でも、母さんは俺を選んだ。千年も前から俺は選ばれていた。
俺は親を選べなかったけれど不満はないよ。
だって自分を選んでくれた母親なんて――ああ、最高の母親じゃないか」
ただまあ、と苦笑が浮かべ威吹は言う。
「それはそれとして毒気はマシマシだよね」
詩乃のそれは嘘偽りない純な愛情だ。
しかし、その愛が孕む猛毒もまた嘘偽りない真実だ。
普通にやばいし、頭おかしい。
「……それで?」
「ん?」
「名探偵さながら、朗々と乙女の心を暴き立てて――――威吹はどうしてくれるのかな?」
蕩けるような邪悪さと甘やかな期待が滲む笑顔。
クラリとする。このままイカレてしまいそうだ。
酩酊にも似た気分のまま、威吹は答える。
「どうもしないよ」
「あら」
「そういう展開を望むなら人間狗藤威吹の好感度をもっと稼いで、どうぞ」
今回、詩乃と交わったことで好感度は上昇した。
それは揺ぎ無い事実だ。
しかし、人間としての愛情を喚起させられたかどうかはまた別の話。
「まあでも」
「?」
「――――これぐらいは、良いかな?」
すっと距離を詰め、一切の逡巡なく詩乃の唇を奪う。
目を丸くしている詩乃が、酷く面白い。
今日はよくよく、珍しい顔を見られるものだ。
威吹はクスリと笑い、詩乃が乗り気になるよりも早く唇を離した。
「……嬉しいけどさ」
自身の唇をそっと撫で付けながら詩乃は言う。
「せめて、変化は解いて欲しかったかな。自分の2Pカラーとキスするのはちょっと……」
「そこらも含めてまだ好感度が足りませんってことで」
「あらあら、そんなに意地悪して良いの? 母さん、これからもっと過激なアピールしちゃうよ?」
「おお、怖っ」
ぷっ、と二人して噴き出しケラケラと笑う。
何だかもう、おかしくておかしくてしょうがなかった。
そうしてひとしきり笑った後、詩乃は手を差し伸べこう告げた。
「それじゃ、帰ろっか」
「うん」
差し伸べられた手を握り答える。
繋いだ手から感じる温もりが、何だか特別なものに思えた。
「ああそうだ、冷蔵庫空だし買い物してかなきゃ。威吹、今日の晩御飯は何が良い?」
「グラタンかなあ。チーズマシマシで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます