そうだ、京都で殺ろう⑥

 抉り抜いて与えた右眼が完全に紅覇のものになったのを確認。

 再生能力を発動して欠損した右眼を復元する。

 紅覇に馴染んでいない状態で発動すると、

 折角与えた右眼が消失しかねないから律儀に待っていたのだ。


(しかし……アイツ、何でぷるっぷる震えてんの?)


 妙な表情でぷるぷると震える紅覇は、ちょっと……いやかなり不気味だった。

 が、拒絶反応とかではなさそうだし別に良いかと威吹は気持ちを切り替える。


「さて、と」


 改めてリタ(とオマケの大西)に視線を向ける。

 前者は変わらず鉄面皮。後者は苦虫を丼いっぱい噛み潰したような苦い顔だ。


「最初に言っておく」


 そう切り出したのは威吹だが、彼は今、軽い驚きを得ていた。

 悠長に喋ってる間に襲い掛かって来れば良いのに――と。

 思えばさっきもそうだった。

 紅覇と駄弁ってるところで、何故仕掛けて来なかったのか。


「紅覇と同じようなことはしないから安心してよ」


 借体形成の術で相手の肉体を乗っ取るだとか、

 その他の精神干渉系の術で兵隊をそっくりそのまま頂くだとか、

 そういうことをするつもりは毛頭ない。


「それでは“つまらない”から、もしくは“芸がない”から――か?」

「へえ」


 言おうとした言葉をそっくりそのまま大西に取られてしまう。

 薄々勘付いてはいたが、彼の化け物に対する理解は深いようだ。


「馬鹿らしい。だから貴様らは人間に負けるのだ……まあ、ありがたいことだがな」

「ククク……馬鹿らしい、か。そうだよなあ。馬鹿らしいよなあ」


 抑え切れぬ衝動に負けて、いやハナから戦いもせず一時の快楽に流されて死ぬ。

 馬鹿らしいことこの上ない。

 だが、それが良いのだ。それが面白いのだ。

 断崖の端をフラフラするような生き方を心から楽しめるのは化け物だけなのだから。


「フン……冥途の土産に精々楽しませてやる」


 嬉しいな、と威吹が笑う。


「ゆえ――――安心して死ぬがよい」


 大西の号令と共に兵卒が四方八方から威吹に襲い掛かった。


「お」


 四人が威吹に抱き付いた瞬間、

 どろりと溶けるように少女らの肉体の一部が拘束具へと変化した。

 やはり手札を制限していたなと感心する威吹を無数の刃が襲う。

 一切の躊躇なく味方ごと刃を通す無機質さは実に人形らしい。

 感心しつつ、威吹は肉体を軟体に変化させスルリと拘束具から抜け出す。


 が、


「ごほ……ッ! これ、毒か……? しかも、はは……芸が細かい」


 抜け出し距離を取った瞬間、威吹が吐血する。

 毒だ。しかし、ただの毒ではない。

 霊刀で貫かれた傷を癒そうとOFFにしていた再生能力を働かせた瞬間、毒が活性化した。

 化け物の再生能力を阻害することに特化した毒というわけだ。

 指向性のある限定的な毒素、それゆえに生半なものではない。

 呼吸をするだけ臓腑が腐っていくのが、手に取るように分かった。


「次はチャンバラか? 良いよ、付き合おう」


 蒼窮と常夜の二刀を抜き放ち、わらわらと向かい来る兵卒とリタを相手取る。

 化け物の身体能力と僧正坊由来の技術。

 二つが合わさった剣技、リタはともかく兵卒程度では相手にもならない。


 ――――などということはなかった。


「…………大西さん、さっきはごめんね。馬鹿だとか言って」


 アンタすげえよ、威吹は偽らざる想いを口にした。

 というのも、兵卒らの剣術があまりにも見事だからだ。

 先ほど、紅覇相手にもチャンバラを繰り広げているのを見た。

 それで兵卒の腕は大体、理解したつもりだった。

 いや、実際の実力は変わっていない。

 威吹との戦いを視野に入れて力を秘めていたとかそういう事実はない。

 実力はそのままで、違うのはあくまでその運用方法。


「これは……何て言うべきか……」


 多人数で囲い、一人を袋叩きにする。

 紅覇相手のチャンバラ戦はザックリ言ってしまえばそれだけだ。

 まあ、一糸乱れぬ素晴らしい連携で言葉で聞くより、よっぽど見応えがあるのだが。

 しかし、威吹をパートナーに繰り広げているそれは違う。

 紅覇とやっていた常識的な戦い方ではなく、もっと異質なものだ。


「そう、スイミーだ」


 一対多数で戦っているのに、一対一で戦っている。

 矛盾しているようだが、そうとしか言いようがないのだ。


 例えば、今もそう。

 後方から攻めてきた兵卒の首を刎ねようと刃を振るった。

 しかし、それを阻むように四人が刃を挟み込み防御。

 その間に別の者が攻撃を。

 文字にしてみれば普通に連携しているだけのように思えるが、実際に戦うとそうとは思えないのだ。

 一糸乱れぬ連携とかそういうレベルではない。

 最早、一個の生命体と呼ぶべき領域に彼女らは達していた。


 クローンとオリジナルなのである意味、戦っているのは一人の人間と言えなくもないが……。

 それにしたって異常だ。

 ここまでの連携を仕込んだ大西の手腕、見事という他ない。


「個の力がものを言う化け物とは違う。群の力を活かした戦法……いやすげえ、マジすげえよ」


 あちらもまったくの無傷ではない。もう五十人近くは切り伏せただろう。

 しかし、トータルで見れば不利なのは威吹だ。

 あちらの兵力にはまだまだ余裕があるし、

 威吹は再生もできずひたすらダメージが蓄積されているのだから。

 化け物の肉体ゆえ、まだ生きているが人間なら何百回死んでいたことか。


 正しく窮地。

 それでも尚、恐怖なぞは微塵もなく、ただただ歓喜だけが胸を満たしていた。

 大西はそういう化け物の習性を熟知し、化け物を殺すためだけに心血を注いできたのだろう。

 そう考えると、愛おしささえ覚えてしまう。


「なあ威吹ー! お前ぐらいに力抑えっから、俺も混ざって良いかなー!?」

「ざけんな禿! これは俺んだ! やるなら俺が殺されてからにしろ!!」


 滾る気持ちは分かるが、渡してなるものか。

 因縁はこっちの方があるし、彼らの目的は自分なのだから。


「……忌々しい……ああ、実に忌々しい」


 戦局が有利に運んでいるのに、大西の顔色は優れない。

 彼は、心底化け物が嫌いなのだろう。


「リタ、次の段階に移行しろ」

「……御意」


 次は何を仕掛けてくる? 期待に胸が高鳴ってしょうがない。

 自然と威吹の笑みが深まっていく。


「お?」


 ぽう、と身体のあちこちに光が灯る。

 攻撃の最中、何かされていると思っていたがいよいよお披露目らしい。


「こう来たかぁ」


 何かに引き寄せられるように斬り捨てていた死体が凄まじい勢いで飛来する。

 術式は磁石のような役割を果たしていたらしい。


「っぐ……がぁ……!?」


 彼女らの体重が四十五キロだとしよう。

 四十五キロの物体がえらい速度でぶつかってくれば当然、その衝撃は尋常ではない。

 一つ、また一つとぶつかり、貼り付き、あっという間に威吹は肉の檻に閉じ込められた。

 だが、それだけでは終わらない。

 ズン、ズン、と次々に衝撃が肉を伝い威吹の身体を軋ませる。


(まだまだおかわりを……か。このシチュエーションは多分――――)


 その思考ごと粉微塵にするかのように、肉が“爆ぜた”。

 自爆特攻、大昔の日本人の御家芸が今、ここに再誕したのだ。


「おっほ、綺麗な花火じゃねえか。酒が進むねえ」

「埃が舞うから勘弁して欲しいんだけど」


 仮に現実世界でやっていたら大江山が更地になるほどの威力だが、ここは異界。

 周囲の木々が根こそぎ吹き飛び、巨大なクレーターが形成された程度で済んだ。

 では、爆心地に居た威吹はどうだろうか?


「――――っかぁ、効いたぁ……たまんないね、これ」


 爆炎の中から現れた威吹は半身がゴッソリと欠けていた。

 全身は血だらけで、臓物もまろび出ている見るも無惨な有様。

 だというのに、その顔は、その瞳は、悦び一色。


「……やはり死なぬか、化け物め」

「わざわざ言葉にするまでもないだろ。それより、これだけじゃないよなあ?」

「当たり前だ」


 瞬間、威吹が崩れ落ちる。


「……ば、爆破……は……め、目くらましかよ……」

「貴様の妖穴ようけつを破壊させてもらった。それではロクに妖気も練れまいよ」


 妖穴とは化け物にとっては第二の心臓のような箇所だ。

 化け物の生命線である妖気をどうにかするには打ってつけである。

 とはいえ簡単に破壊出来るようなものではないし

 露骨にそこを狙っていれば芸がないと威吹も防いでいたことだろう。

 それゆえの大爆破。

 目くらましのためにあそこまでするのも賞賛に値するが、

 あの爆破の中、的確に妖穴を破壊してのけたリタの腕も素晴らしい。


「とはいえ、油断はせん。貴様らはそういう存在だか――――」


 嗚呼、


「“もっと見たいな”」

「!?」


 蒼窮の力を用いれば毒は浄化できる。

 そうすればロクに妖気を練れずとも再生が始まり、数分で妖穴も修復できるだろう。

 が、それでは芸がない。

 あそこまでやってのけた彼らに対して、そんなせせこましい真似をするのは失礼が過ぎる。


「爆破には爆破だよねえ」


 妖気を練る。

 妖穴を破壊された状態では自ら十三階段を昇るに等しい行いだ。

 グズグズと溶け始める肉体、削ぎ落とされていく魂魄。

 それでも威吹は笑っていた。


「さあ、どうする!? 止めるか!? 俺を!?」


 威吹の目的は自爆だ。

 盛大に自爆して毒に侵されている肉体と魂魄を一気に吹き飛ばし、

 まだ毒に侵されていない無事な部分を基点に再生を始めるつもりなのだ。

 しかし、これは確率の低い賭けだ。

 まず第一に自爆に辿り着けるかどうかが分からない。

 その前に肉体と魂が自壊し消滅する可能性の方がよっぽど高いだろう

 第二に、自爆出来たとして毒に侵されていない部分も諸共に吹っ飛ばしてしまわないか。

 今やれる全力の自爆だと、正直、怪しい。

 無事な部分を保護しながら自爆するつもりだが護り切れる可能性は低い。

 もし諸共に吹き飛ばしてしまえば再生は行われず、ハッキリ言って自爆損だ。


「ぬ、ぐ……ッ」


 下手に止めようとすれば安全な手を打つかもしれない。

 ならば手を出さず放置して勝手に死ぬのを待つのが確実か。

 そんな考えが大西の脳裏を駆け巡っているのだろう、即座の判断を下せなかった。


 その僅か数秒が――――彼の運命を大きく変えることになる。


「一つ目の賭けは俺の勝ちだ」


 ニヤリと嗤い、


「たぁああああああまやぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 威吹は盛大に自爆した。

 先ほどの爆発とは比較にならない、規模の爆破。

 異界そのものを破壊して余りあるほどの威力だったが、威吹は信じていた。

 きっと、詩乃や酒呑がロックと紅覇、そして異界を護ってくれると信じていた。

 だってそうだろう? 子供が愉しそうに遊んでるのだ、邪魔をする親は居まい。


(嗚呼……ちょー、気持ち良い――――……)


 白い、白い光が見える。

 ああ、これが死か。

 加速度的に薄れ行く意識。

 だが、あるラインを超えた途端、夢から醒めるように意識が鮮明になっていく。


「二つ目の賭けも俺の勝ち、と」


 暴風が粉塵を薙ぎ払い、掠り傷の一つもない万全の状態で威吹が姿を現す。


「さあ、次は何を見せてくれるのかな。さっきのよりも面白いのを見せてくれるんだろ?」


 朗らかな笑みと共に放たれた問い。

 それを受けた大西の顔色は、決してよろしいものではなかった。


「……ッ」


 戦法が尽きた、というわけではないだろう。

 対化け物を視野に入れた戦い方は他にも無数にあるはずだ。

 しかし、ただ闇雲にそれを使えば良いというわけではない。

 この局面において必要なのは効力と威吹を破滅に導く面白さで、

 今ある手札の中には前者はともかく後者を満たすものがないのだ。

 威吹もそれを察したのか、小さく溜め息を吐いた。


「……よっぽど俺を殺したかったんだな」


 冷静に詰ませにかかっているようで、その実急いていたのだ。


「カードを切る順番を間違えたね、大西孝通」


 本人としてはなるべく迅速に、さりとて慎重に事を進めたつもりなのだろう。

 だが、蓋を開けてみればそうではなかった。

 中途半端に盛り上げるだけ盛り上げて、最後の最後に肩透かし。

 エンディングでどっちらけさせる二流三流映画を観させられた気分だ。


「しかしまあ、そういうことならもうアンタに用はないよ」

「クッ……リタッ!!」

「駄目駄目、ここまで来てそれはないだろ」


 撤退しようとしたのだろう。そういう匂いがした。

 威吹は大西がアクションを起こすよりも先に彼を拘束し、無力化させる。

 口を開くこと以外はもう、何も出来ない。


「次は、君だ」

「ッッ」


 大西にはもう、十分……とは言えずとも楽しませてもらった。

 なら、次はリタの番だろう。

 怪異殺しの本領をそろそろ見せてもらおうではないか。

 威吹は念力を用い、大西をリタの眼前に突き出す。


「さあどうする怪異殺し。このままむざむざ殺されるのかい?」


 それとも、


「“枷”を外してまだ見ぬ自分に賭けてみる?」

「……」


 羽化の瞬間はもう、すぐそこまで迫っていた。

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