そうだ、京都で殺ろう④
京都旅行三日目。
初日、二日で京都市内にある有名観光スポット、
八坂神社、清水寺、伏見稲荷などをある程度回り終えた威吹は福知山市を訪れていた。
目的は大江山を訪れるためだ。
「へえ、ここって“酒呑童子駅”なんて呼ばれてるんだ」
駅構内にあるパネルによれば福知山市鉄道利用増進協議会が使う愛称らしいが、
「…………我が君、これって……大丈夫なのでしょうか? だって、飲酒運転……」
「それな」
乗り物に関わる施設で酒呑童子。
ちょっとよろしくないイメージが浮かんでしまう威吹と紅覇であった。
「ねね、それよりさ。あれ見てよあれ。うぷぷ」
「あん?」
含み笑いをする詩乃の視線の先には、一体の像があった。
傍らに瓢箪を置き、盃を手に座る鬼。
説明するまでもなく酒呑童子を象ったものなのだろうが……。
「ンフフフ……何、何あの表情……うぷぷ……フレーメン反応か何か?」
実物を知っていると、その像は色々シュール過ぎた。
目を見開き、ポカーンと口を開ける何とも言えない間抜け面。
詩乃がツボるのも無理はない。実際、威吹も頬をヒクつかせている。
「体型もだらしないし……ンフフフ、もうあれ角ついてるタダのオッサンじゃん」
実際の酒呑童子もオッサンではあるがイケてるオジさん。略してイケオジだ。
野性味滲む男前という形容がピッタリの顔立ち。
隆々としていて、しかしむさ苦しさを感じさせない彫像のような肉体。
総合するとワイルドなオラオラ系イケメンといったところか。
鬼の姿に戻ってもそう。肌の色が変わり角が生えるだけで、さして差はない。
視線の先で鎮座する鬼の像とはまるっきり別人である。
「……おい女狐、そこまでにしておけよ」
「いやでも……というか紅覇くん、もうあの酔っ払いには見切りをつけたんじゃないの?」
「勘違いするな。最早、父であることを望むことはないが尊敬する大鬼であることに変わりはない」
でなくば大江山行きに同行するものかと紅覇は吐き捨てた。
「ふーん、ところで威吹。アレに尊敬出来る部分とかあったかな?」
「肝臓が強い」
威吹は迷わず断言した。
「我が君、それって尊敬出来る部分なのでしょうか……」
「酒好きからすれば羨望の的だと思うよ。それよりほら、鬼瓦公園行こう」
二人を促し駅を出て、直ぐ近くにある公園へと乗り込む。
鬼瓦公園。
その名の通り全国の鬼瓦を作る鬼師の鬼瓦が数多く野外展示されている公園だ。
鬼の酒噴水などもあり、正に鬼一色。
酒呑童子に肖っているのだろうが、
「当時の人間からすれば憤懣ものだよね」
「それな」
酒呑童子と愉快な仲間たちの被害に遭っていた当時の人間からすれば、
憎き化け物どもを持て囃すような現状にブチ切れてもおかしくないだろう。
「まあでも死人に口なし。観光のため存分に使い倒そうって気概、俺は嫌いじゃないよ」
「同感。女体化させてシコれるようにしたりとか、人間ってホント凄いと思う」
「シコるとか言うな」
アホなやり取りをしつつ、園内の鬼瓦を見渡す。
職人が精魂込めて作った物だけあって、どれもこれも迫力がある。
とりあえず写真撮っておこうと威吹はスマホを取り出し周囲を撮影し始めた。
「……」
「ん、どうした紅覇、黙り込んじゃって。あれかい? 鬼としてこの光景は複雑だったりするわけ?」
厳つく、妙な方向から牙が生えていたり毛がモジャモジャしていたりという、
鬼瓦のデザインにも使われている“らしい”鬼の姿に思うところがあるのかもしれない。
特に紅覇は歩いているだけで婦女子の注目を集めるイケメンだから尚更。
「まあ分かるよ。俺も一応鬼だしね」
そりゃ確かに醜悪な姿をした鬼も居る。
というか総数で言えば圧倒的にそちらの方が多い。
とはいえ、高位の鬼は違う。
素で人間と近しい姿をしており、人間から見ても整った容姿をしている者が殆どだ。
ここに居るブサメンどもと一緒にされるのは面白くないよなと威吹は紅覇の肩を抱くが、
「ああいえ、そういうことではなく」
「あ、違った? じゃあ何?」
「いえ……その、私たちがここに居て良いのかなと」
は? と威吹が首を傾げる。
「ほら、鬼瓦の目的って魔除け厄除けなわけですし」
「あー……」
よくよく考えればその通りだ。
自分も紅覇も詩乃も、例外なく除かれる側だ。
除かれる側が鬼瓦見てイイね! などと言うのは、作った側からすればさぞや複雑だろう。
「意図せず、職人たちに中指おっ立ててるようなものですよねコレ」
「そうね……お前らの仕事なんざ大したことねえぜ! キャハハハ! って言ってるようなもんだよね」
何だか居た堪れなくなった威吹は、そそくさと公園を後にする。
「どうする? このまま山に行くの?」
「や、その前に弁当買ってこう弁当」
折角、山に登るのだ。
どうせなら山頂でお弁当とかを食べてみたい。
「それなら昨日の内に言ってくれれば、旅館の台所借りて作ったのに」
「や、それも良いけど近くの商店街に評判の弁当屋があるらしくてさ」
鬼盛りMIXなる弁当が有名らしい。
肉、肉、肉、肉の小宇宙!
といった感じのラインナップで、これがまた実に美味そうだった。
普段は特別、肉を好んでいるというわけではないが偶にあるのだ。
無性に肉を食べたくなる時が。
丁度、その時期に入った威吹にとって鬼盛りMIXは特攻極まる代物であった。
「何なら俺としてはこっちがメインと言っても過言ではないからね」
「酒呑様の足跡を辿るために来たのでは……」
「何かもうそっちはオマケで良いかなって」
弁当を求め駅前商店街へ。
一時期は存続も危ぶまれていたらしいが、
今はそれなりに活気があり歩いているだけでも何だか楽しい気分になれた。
「うっわ」
ふと、あるものが目に留まる。
酒呑童子フェアと銘打たれた酒屋のノボリなのだが、
「あれは……どうなんだろう……」
酔っ払って犯罪行為に走る(拉致、強盗、殺人等)。
アルコールが間接的な死因になっている。
酒の負の面を凝縮したような男を宣伝に使うのは如何なものか。
駅の時もそうだが、大江町はちょっと酒呑童子に依存し過ぎである。
「まあでも、山から下りた後に寄ってみるのも悪くないか」
既にお土産用の酒は購入してあるが、地元? の酒を買うのも悪くない。
そんなことを考えながら酒屋の前を通り過ぎようとした威吹だが、
「まー! お客さん! 凄まじい飲みっぷりやねえ! 酒呑童子も顔負けやわあ」
「ガッハッハッハ! いやいや、この程度どうってこたぁねえぜ」
「それにおつれさんも」
「クワーッ!!」
「お前もイケる口だなあ……店員さん、おかわりおくんな!!」
知ってる。この声、すっごく知ってる。
だって、
「ロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオック!!!!」
「我が君、そっちですか!?」
紅覇のツッコミをよそに威吹は即座に酒屋の中に飛び込んだ。
すると、やはり居た。
赤ら顔でかぱかぱ酒を呷る酒呑と、干物を齧る腹にお札を貼り付けたロックが。
「んお? 威吹? お前、何でこんなとこに居るんだ?」
「そりゃこっちの台詞だよ……つーかロック! ロック! ロォック!!」
「クワワ!?」
溢れる感情そのままに威吹はロックを抱き上げ頬ずりをした。
「相変わらず良い毛並みしてやがるぜ……!」
「クワー……」
ちょっと鬱陶しそうだが、なすがままのロック。
ひとしきりロックを撫で回した後、威吹は改めて酒呑に向き直った。
「アンタ、何で現実世界に居るの? しかもロックと一緒って……」
お腹に貼り付けてある札は見た者の認識を阻害するものだろう。
でなければ白昼堂々、イワトビペンギンが現実世界を歩けるはずがない。
「いや、学生連中は連休に入るって茨木に聞いてよぉ。
それなら親父らしく息子連れて出かけようかなって思ってな。
家に行ったんだが、もぬけの殻。
どうしたもんかなって街をブラついてたらバイトしてるロックを見つけてよ」
「ロック、お前バイトしてたの?」
「クワ!!」
飲食店で給仕をやっていたらしい。
食い扶持は何とかすると聞いていたが、バイトだとは思わなかった。
「てっきり川か海にでも行って野性ライフを送るものだとばかり……お前、すげえな」
「クワワ♪」
照れ臭そうに右羽根で頭をかくロック――とても可愛い。
「おめー何してんだって事情を聞いたら現実世界に行ったって聞いてな」
「それでこっちに来たと……でも何でロックを?」
「や、コイツ一人だけお留守番ってのは可哀想じゃん」
な? とロックの頭を撫でる酒呑童子。
血の繋がった実の
(吹っ切れたと言っても複雑は複雑よなあ)
ちらりと紅覇を見やれば、何とも言えない表情をしていた。
とはいえ、見所のあるなしで言えば、さもありなん。
ロックは酒呑が威吹の子分にとスカウトしたイワトビペンギンなのだ。
見所がなければ声をかけ、連れ帰ることはなかっただろう。
「事情は分かったけど……それなら何でこっちの家に来ないのさ」
「いや、よくよく考えたら住所知らねえもん」
「それならこっちで神秘を担当してるお役人にでも聞けば良いじゃんよ」
「やー……俺のこと知ってる人間って、どうも堅苦しくてなあ」
馬鹿丁寧な扱いが煩わしいんだと酒呑は首を振る。
が、そんなの当たり前だ。
機嫌を損ねたらヤバイことになるのが明白な相手に軽く接しろとか無茶振りにもほどがある。
「だからまあ、予定変更して二人でこっちを楽しもうってことになってよ」
「クワッ!」
「おう、昨日までは北海道に居たんだぜ俺ら」
新鮮な海産物は酒のツマミに最高だったと酒呑は笑う。
「北海道かあ……良いなあ。でも何で北海道から京都に?」
「ああ、駄弁ってる時に大江山の話が出てな。
コイツがいっぺん見てみたいっつーから連れて来たのよ」
つくづく、気に入った相手には面倒見の良い男である。
「クワー……」
「ん?」
ロックがコッソリ、服の袖を引いてくる。
何かと思えば、謝罪だ。
詩乃を止められなかったのに加え、酒呑まで……と申し訳なさそうに項垂れている。
威吹は気にするなとロックの頭を撫でてやる。
「で? そういう威吹は何だって京に?」
「観光。主に神社仏閣やアンタや母さん、僧正坊縁の場所を回ってる。
ちなみにこないだ母さんの幻術で茨木が綱に腕を斬られたとこを見学して来たよ」
「綱か……懐かしい名だ。アイツ、やべえだろ?」
「うん、やばい」
酒呑から見ても綱はヤバイ人間だったようだ。
「他はそうでもないんだが、アイツ一人だけおかしかったからなあ。
普通に俺とやり合っても結構、良いとこまでいけたんじゃねえのかアレ?」
「でも、他にも敵は居たしやっぱ騙まし討ち安定でしょ」
人間なのだ、わざわざ危険な橋を渡る必要はどこにもない。
「それでも、一度はやり合ってみたかったなあ……ってのはともかくだ」
杯の酒を飲み干し、酒呑は問う。
もう山へは行ったのかと。
「いや、まだだよ。弁当買って、それから向かうとこ」
「そか。それなら、いっちょ俺がガイドしてやるとしようか」
どっこらせっと親父臭いことを言いながら立ち上がり、
酒呑はパンパンの財布から札束を取り出し店員に押し付けた。
「お、お客さん?」
「美味い酒を飲ませてもらったからな。釣りは要らねえ、とっときな」
軽く店員の背を叩き、行こうぜと酒呑は威吹らを促し店を出た。
「財布丸ごと押し付けたけど、大丈夫なの?」
「おう。まだまだ金はあるからな」
酒呑は手鞄を開き、中身を見せ付ける。
鞄の中には札束がギッシリと詰め込まれていた。
「こっちに行くっつったら茨木が持たせてくれたんだ」
酒呑の金遣いの荒さというか、大雑把さを考慮してのことだろう。
威吹は額を抑えながら、マジトーンでこう告げる。
「アンタさ、一回本気で茨木を労ってあげた方が良いよ。いやマジで」
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