トライアングラー③
生贄。
また随分とベタなところを攻めてきたものだ。
しかし、生贄が捧げられたにしては、この刃は随分と清い。
生贄を用いて神でも降ろしたのか?
(いや、違うな)
神仏の気配は一切、感じない。
この刀身からは徹頭徹尾”人の清さ”を感じる。
「若い御方には馴染みのないことですが、かつて日本には徴兵制度がありました。
誰が好き好んで兵隊なんぞに、と思うかもしれませんね。
しかし軍国主義に傾いていた当時では、居たのですよ。護国の志を胸に自ら死地に赴く者が」
そう語るかぐやの表情はどこか悲しげであった。
ひょっとしたら、その時代に何か思い出があるのかもしれない。
「ですが、誰も彼もが兵隊になれるわけではありません。
不具の者を軍人にしたとして、その者は十全に任を務められるでしょうか?
人道的見地からではなく実務遂行の面で兵役を免除される方も多々居ました。
中には命惜しさで免除を狙い自ら……などという者も」
ですが、とかぐやは強く言葉を区切った。
「劫火のように狂おしく氷のように純粋な志を持ちながら徴兵から弾かれた者らも居たのです。
計画の責任者は、そんな彼らの心に目をつけ計画に組み込むことを決定しました。
方法は至ってシンプル。何の変哲もない軍刀に念を込めさせるだけ」
「……でも、ただ念を込めさせただけじゃないんでしょう?」
こうも”暴力的”な清さを備えているのだ。
普通じゃないことをしたのは明らかだろう。
「例えばそう――――徴兵を免除された者たちに刀を用いて自害させるとか」
「御名答。その鋭さは玉藻御前様のそれを思わせますね」
褒めているつもりなのだろうが威吹からすれば微妙だった。
なのでさっさと続きを、と視線で促す。
「これは失礼、話を戻しましょう。威吹様のご指摘通り。
刃を以って自ら心の臓を貫かせ、息絶えるその瞬間まで護国の念を注ぎ込ませたのです」
「…………正方向の感情とは言え、最早怨念ですね」
その表現は的確だとかぐやは肯定する。
計画は上手くいった――いいや、いき過ぎてしまったのだ。
「国だとかそういう括りを飛び越えてしまったのです。
水清ければ魚棲まずという故事そのままに、
人のために生み出された剣でありながら人が振るうことさえ出来なくなってしまいました」
仮に普通の人間が力を解き放たれたこの刃を手にしたとしよう。
柄を握っただけで刃より放たれる浄化の反動により焼き尽くされてしまうだろう。
「そういう意味では威吹様の手に渡ったのは運命だったのでしょう」
「?」
「それは人の剣であり当然の如く、純粋な人外には扱えません。
かと言って普通の人間にも扱えない。しかし、威吹様は違います。
人の要素を備えつつも化け物として頑健な肉体をお持ちになっていますからね。
捻じ伏せて十全に力を振るうことが出来ましょう」
「酒呑や母さんは? あれらなら何かこう、いけそうなんですけど」
ふるふるとかぐやは首を横に振る。
反動を捻じ伏せ刃を握ることは出来ても酒呑童子と詩乃は生粋の人外。
剣が本来持つ力を完全に発揮することは難しいのだと言う。
「さて、この”ジン器”創生計画はこの一振りだけでは終わりません」
「神器?」
草薙剣とかそういうあれだろうか?
「いいえ、神のそれではありません。
確かにこの計画は神の器物の如き力を持つ物を創り出すためのもの。
しかしそれは人のためだけに振るわれるものであり神の器物ではない。
だが”人”と銘打つわけにもいかない。
創生がため鬼畜外道の所業に身を窶さねばならぬのだから」
それゆえに”ジン器”と銘打たれたのだ。
「ではもう一つのジン器についてご説明致しましょう」
ふわりと、取り残されていたもう一振りの軍刀が浮かび上がった。
「こちらも人の剣と大体は同じです。異なるのは」
先ほどそうしたように、かぐやが柄を撫ぜる。
それで封が解かれたのだが、
「…………こりゃまた禍々しいですね」
人の剣は封が解かれたことで刀身が透き通るような蒼に変化した。
だが、今封が解かれたそれは刀身が黒みがかった紅に変わったのだ。
「人の剣が浄化の気を発露し続けているのに対し、こっちは……怨念ですか」
「ええ、となれば予想もつくでしょう?」
人の剣が正しき念を凝縮されて生み出されたのならば、この緋刃はその真逆。
負念のみを煮詰めて生み出されたのだ。
「無辜の人間を斬ったんですね」
「ええ」
「何でこんな物騒な代物を……」
「ジン器創生計画に荒魂・和魂の概念を織り交ぜているからですよ」
つまりは対。
この二振りは二本で一つの刀なのだ。
「ちなみに、これに捧げられたのは?」
「善良で、しかし失われても損失が少ないと目された人間です」
「それはまた……」
「そのような方々を集め刃を用い、兎に角怨念を引き出すよう無惨に殺したそうです」
「そして、人に仇成す怨嗟の剣が誕生したと」
怨嗟の剣を握り締めた瞬間、凝縮された負の念が威吹を蹂躙する。
人の剣を握った際に出来た傷が開いてしまったが、こちらも直ぐに抑えつけることが出来た。
「これもまた威吹様のような御方でなければ扱うことは出来ません」
怨嗟の剣の真骨頂は隅々にまで染み渡った怨念。
だが、その怨念はあくまで人に対するもの。
生粋の化け物が握っても怨念の力を引き出すことは出来ない。
が、人間が扱うのも難しい。理由は人の剣と同じで反動に耐えられないから。
「それにしても……随分とヤバイ代物を生み出したものですね」
刃の形を取っているがその危険性は大量破壊兵器のそれと遜色はない。
何の制限もせずに扱えば一振りでどれだけの命を摘み取れるのか。
誕生の経緯が経緯とはいえ、かなり危険な代物だ。
「ここまで極まってしまったのは設計思想もありますが、時代のせいでしょうね」
神秘と現実の融合。
それは後の世に生まれる完全と称されたOracleと同じ設計思想だ。
人の手だけで生み出されたものゆえOracleの完成度には程遠い。
それでも十分な力が期待出来る。
そこに時代という要素まで加わりこうなってしまったのだとかぐやは言う。
だが、時代とはどういうことだろうか?
「蝋燭の炎が消える間際に強く大きく燃え上がるのと同じことですよ。
世界が分かたれる寸前に生まれた最新最終の神秘ゆえ一層色濃いものが生まれたのです。
後はまあ、当時世界に渦巻いていた空気も影響しているのでしょうね」
様々な要因が複雑に絡み合い生まれたのがこの二振りなのだ。
「かぐやさんはどこでこんなものを……」
「流れ流され最終的にわたくしの下へ、という感じですね。
わたくしの手元に至るまでの来歴については存じ上げません」
ですが、とかぐやが微笑む。
「ようやく収まるところに収まったようでわたくしも感無量で御座います」
「収まるところというのは……」
「無論、威吹様です」
手元に来たは良いが自分にはどう足掻いても扱うことが出来ない。
鑑賞用、というのも悲しい。
道具――特に武器は使われてこそだから。
ゆえ、運命に託すことを決めたのだとかぐやは語る。
「一本だけを見出したのならば普通に許可証を与え刀は回収するつもりでした。
しかし、価値を見抜き両方を手にしたのであれば……ええ、それはもう運命でしょう」
「そんなもの……なの、かなあ?」
収集家の信条というものはよく分からない。
だが、ムキになって否定するような事柄でもないだろう。
心惹かれて手に取ったのは事実なのだしと、威吹は改めて二振りに視線を向ける。
「威吹様、よろしければ銘を与えてあげてくださいまし」
「銘? 元々の名前はないんですか?」
「ありません。名をつけるのは最後の仕上げでしたから」
現実ならともかく、神秘の世界において名とは重要な意味を持つ。
名を得て初めて、本当の意味で完成を見るのだ。
不完全な状態でさえ手に余るのだから、名をつけなかったのは当然の判断だろう。
「ううむ」
一々人の剣、怨嗟の剣と呼ぶのは面倒だ。
それらしい名を与えるのも悪くはない。
が、問題は自分にネーミングセンスがないことだと威吹は唸り声を上げる。
「そう難しく考えずとも、感じたままで良いのですよ」
「感じたまま……ですか」
蒼いの、紅いの。感じたまま名付けるならそれだ。
しかし、流石に蒼いの、紅いの、なんて名付けた刀を振るいたくはない。
「…………じゃあ、人の剣は”蒼窮”。キュウは弓の穹ではなく窮するの窮で」
幼少の頃、雲ひとつない夏の空を見上げた時のことだ。
高く遠い蒼天に幼い威吹は見惚れると同時に恐怖した。
どこまでも広がっているはずなのに、まるで自分に向かって押し寄せて来ているようで。
そこで初めて威吹は知った。綺麗なことは、怖いことでもあるのだと。
人の剣はその時の気持ちを思い起こさせた――ゆえに蒼窮。
「ジン器・蒼窮……良き銘です。では、怨嗟の剣は?」
うんうんと頷きながら、かぐやは続きを促す。
「
怨嗟の剣を生み出すために犠牲となった者たち。
彼らは当たり前にやって来るはずだった明日を奪われ夜に繋がれた。
月も星も見えぬ無明の夜に囚われ怨みに喘ぐ者らの存在を示す意味も含めて常夜。
「成るほど、では早速銘を刻みましょう」
かぐやは自らが傷付くのも厭わず蒼窮と常夜に触れ祝詞を唱え始めた。
詠唱が進むにつれて二刀から放たれる光がドンドン増していき、
「ちょ……!?」
かぐやの両腕が吹き飛ぶのと同時に作業は終了した。
「あ、あの……」
「ご心配なさらず。この程度……あ、そこの戸棚の小瓶を取って頂けますか?」
「え、ええ」
「では、それを断面に振りかけてくださいまし」
指示通りに小瓶の中身を振り掛けると、逆回しのように腕が再生する。
「……ええ、問題はなさそうです」
「な、何かすいません」
「いえいえ。この子たちが正しい担い手の下に辿り着けたのですから、これぐらいは致しませんと」
ニコニコ笑顔のかぐやを見るに、本心のようだ。
余ほど、二刀の主が見つかったことが嬉しいらしい。
「威吹様、無理に使えとは申しませんが……時々はその子たちを振るってあげてくださいな」
「分かりました」
立ち上がり、蒼窮と常夜を腰に差す。
「今日は色々ありがとうございます。お茶、ご馳走様でした」
「もう、行かれるのですか?」
「? ええ。かぐやさんもお忙しいでしょうし」
社長を何時までも拘束するのは忍びない。
だから話も終わったし、場を辞そうとしたのだが、かぐやはそうでもないらしい。
「大丈夫ですよ。それに、わたくし、刀のことを差し引いても威吹様に興味がありますので」
「興味って……」
「威吹様は御自身の特異さに気付いておられないようですね」
どうやら、これは話を聞いた方が良さそうだと威吹は再度、腰を下ろす。
「純血の妖怪の中から大妖怪へと至る者が居なくなって久しい昨今。
人間でありながらそこへ至れると、あのOracleが太鼓判を押したのですよ?
そのような御方、気にならないわけがないでしょう」
「……俺、自分で思うよりもレアな存在だったんですね」
「それはもう。仮に物であったなら、わたくしも心血を注いで手に入れようとしたでしょう」
口元を隠し上品に微笑むかぐや――目がマジだった。
「と言っても特別聞きたいことがあるわけでもないのですが」
「ないんですか……」
「ええ、だから普通にお喋りを致しませんか? それで見えて来るものもあるでしょうし」
「まあ、時間はありますし構いませんよ」
「ふふ、ありがとうございます。ああそうだ、威吹様は何かわたくしに聞きたいことなどは御座いませんか?」
可能な限り答えると言われ、威吹は思案する。
聞きたいことは山ほどある。主に彼女の人生について色々と。
だが、いきなりそこに踏み込むのも無粋だ。
となればまずは軽いジャブ。
「あの、何で讃岐屋って屋号なんです? 全然かぐや姫とも関係ないじゃないですか」
「…………いえ、ありますよ?」
「え」
「父――ええっと、物語で言うと竹取の翁。その名前が讃岐造なのですが……」
「し、知らなかった……竹取の翁は竹取の翁が名前だとばかり……」
それからしばしの間、威吹はかぐや姫と談笑をしていた。
もうそろそろ待ち合わせの場所に向かった方が良いかな?
と言ったところで話を切り上げようとしたのだが、
「かぐやさん?」
突然立ち上がるや窓の方へ向かってしまう。
一体どうしたのかと首を傾げていると、かぐやはガラリと窓を開けそれを招き入れた。
「どうやら威吹様に御用がおありのようで」
開かれた窓の向こうからやって来た烏がかぐやの腕に止まる。
かぐやは軽く烏の頭を撫で、括り付けられていた手紙を解き威吹に差し出した。
「………………はぁ」
緊張した面持ちで手紙を覗き込む威吹であったが、
読み進めて行く内に心底呆れたといった表情へと変わっていく。
「内容は、お聞きしても?」
「”麻宮無音と雨宮百望は預かった。返して欲しければ屍の森まで来られたし。
大人しく赴けば人質は無事解放することを父の名において誓う”……とのことで」
白ける、ああ、心底白ける。
まさか、まさか、こんな手段を取るとは。
人質を取るという非道に憤っているわけではない。
ただ、あまりにも”ズレ”ている。
ここまで来るともう、憐れみを覚えるレベルだ。
「とりあえず……早速、刀を振るう機会が来たみたいです」
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