高校デビュー失敗②

 ひと悶着あったものの入学式は滞りなく行われている。

 いや、威吹にとってはひと悶着どころの話ではなかったのだが。


(学院長が二人を追い出してくれなかったらどうなってたことやら……)


 ちら、と威吹が壇上に目をやる。

 壇上では二メートル近い体躯を持つ偉丈夫が新入生らに向け話をしている。


(割と気安い関係みたいだったけど、どんな関係なのかな)


 一見すれば人間のように見えるが、恐らくは違う。

 禍々しく荒々しい何かを感じる一方で神聖且つ侵し難い静謐さも湛えているように見える。

 属性は定かではないが詩乃や酒呑童子と同じ高位存在であるのは間違いないだろう。


「……――と、説教染みた話はここまでにしておこう。新入生諸君、改めて入学おめでとう」


 相馬学院長がそう締め括ると万雷の拍手が鳴った。

 これで入学式は終わり。

 後は教室に戻り少しLHRをして今日は解散かな?

 などと考えていた威吹だが、どうも様子がおかしい。

 先に在校生らが帰され新入生はこの場に残るよう指示された。


「それでは先生、後はよろしくお願いしますよ」


 相馬学院長にそう言われ、入れ替わりに壇上へ上がったのは黒猫先生だった。


「さて……元々こちらの世界で生まれ育った者らには今更の話だろう。

だが、そうではない現実より訪れた者らも多々存在しているので言わせてもらう。

こちらに来る際、日本政府からも説明を受けただろうが幻想世界はかなり物騒だ」


 黒猫先生の言葉を聞き威吹は思い出す。

 あ、未だに政府の人間と顔を合わせていねえや……と。


「人間社会を模倣しているとはいえ、その安全度は段違いだ。

治安維持のため天狗ポリスなどというものも存在しているが期待はするな。

君らの知る警察ほどの働きは望めないと思ってくれ」


 それでも幻想世界における日本は他所に比べればまだマシだ。

 小さな島国だし、八百万という概念が寛容さを生んでいる。

 なので他所よりはまだ治安が良い。

 まあ、それに胡坐をかいていたら突然乙るのが幻想世界の厳しさなのだが。


「だからこそ、君らは自衛の力を持たねばならない。

現実からの入学者は人間が集まる区画に住まう決まりで、

生活も最低限はそこで賄えるようになっているが絶対に安全というわけではない。

むしろ、そういう者らを積極的に狙う連中も居るからな」


 威吹はちらりと右隣を見た。

 予想通り、百望は青い顔でぷるっていた。


「カリキュラムの中には自衛の力を養うためのものもあるし、我々も指導を惜しむつもりはない。

だがまあ、最初に見ておかねばならぬこともあるのでな。

というわけで、だ。早速で悪いが――――これから諸君らには殺し合いをしてもらう」


 悪いなんて欠片も思ってねえだろ。

 威吹は思わずそう毒づいた。

 だがそのぼやきはどよめきに掻き消され黒猫先生の耳に届くことはなかったらしい。


「安心しろ。本気で死に掛けた時は我々が介入するし優秀な医療スタッフも待機させてある

本気で殺し合ってもまあ……よっぽど運が悪くない限りは死ぬこともないだろう」


 そこは嘘でも良いから断定して欲しかった。

 それが生徒らの共通した思いだろう。

 だが黒猫先生にそれは通じていない――いや、気付いた上で無視しているのか。

 黒猫は不思議そうに首を傾げている。


「どうした? 始めないのか?」


 あまりにも説明不足だし、放任が過ぎる。

 無論、何らかの意図があってのことなのだろうが……。

 生憎と威吹にはその意図が分からないので職務怠慢にしか思えなかった。


「先生! 一つ質問が!!」


 殆どの生徒が困惑で動けずに居る中、

 一人の糸目の男子生徒が立ち上がり声を張り上げた。


「何だ、言ってみろ」

「誰と殺し合ってもよろしいので?」

「ああ、好きにしろ。私は殺し合えとしか言ってないからな」


 舐めたことを抜かす黒猫先生に襲い掛かるのかな?

 そう期待する威吹であったが、どうやら違うらしい。


「ありがとうございます。では、狗藤威吹くん――君と一手死合いたいのだが構わないかな?」


 ん? と首を傾げる。

 威吹という名が自分のものであることは……不本意ながら周知されてしまった。

 だが姓に関しては誰も言及していなかったはずだ。

 同じクラスならまあ、知っていてもおかしくはないのだがあの顔は見たことがない。


「何せ君は酒呑童子様、白面の御方、僧正坊殿の血を引くサラブレッドだからね」


 どよめきが大きくなり、新入生の視線が威吹に集中する。

 やばげな保護者が居るとは思っていたが、

 まさか誰でも知っているビッグネームの息子だとは思っていなかったのだ。

 面倒なことになったと顔を顰める威吹を他所に糸目くんは続ける。


「君に比べれば僕など木っ端の妖怪に過ぎないが、しかしだからこそ指南願いたいのだよ」


 挑発的な物言い。明らかにこちらを見下している。

 多分、知っているのだ。

 血を継いでいるとは言えその力を引き出すことが出来ないと。


「やれやれ」

「ちょ、ちょっと威吹!? あ、あんた……」

「良い。大丈夫だ」


 威吹は外套と学ランの上、腰に差した刀を抜き取りそれを百望に押し付ける。

 百望は何か言いたそうにしていたが、威吹の腹は既に決まっていた。

 力の使い方は分からない。

 だが、大妖怪を志すのであればじゃれついて来た雑魚から逃げるのは違うだろうと。


「へえ」


 糸目くんがどこか不愉快そうに目を見開く。

 大方、自分の態度が気に入らないのだろうとあたりをつけ威吹は中央へと向かう。


「光栄だよ」

「そりゃどうも」

「フン……ああ、名を名乗っていなかったね。僕は――――」

「いや良い。覚えるつもりもないしね」


 こんな性格悪そうな奴と関わるつもりはないし、

 何より小物の名前なんて聞いたところで覚えていられるとは思えない。

 口にこそ出さなかったが、癪に障ったらしく糸目くんが顔を顰める。


「…………準備は?」


 シャキン、と糸目くんの両手首から刃が飛び出す。

 鎌のような形状――妖怪だと言っていたし、カマイタチか何かなのだろう。


「殺し合いなんだろ? 一々聞くまでもないと思うがね」


 小馬鹿にしたような物言いだが威吹にそのつもりはない。

 極々当然のことを口にしているだけだ。

 まあ、逆にそれが火に油を注ぐ結果へと繋がるのだが。


「そうかい――――それなら遠慮なく!!!!」


 ブン、と糸目くんの姿がブレたかと思うと威吹が全身から血を噴き出した。

 突然の流血に呆気に取られていたギャラリーだが、

 何が起こったかを認識するや現実世界出身の女生徒らが悲鳴を上げる。


(痛いな……や、斬られたから当然なんだが)


 全身を駆け巡る激痛。

 突然の大量出血による眩暈。

 しかし、威吹は冷静だった。

 別に優秀な医療スタッフとやらが控えているので安心しているわけではない。

 ただ何となく取り乱すほどではないなと思えてしまうのだ。


「防ぐこともなければ躱しもしない――ああ、反応が出来なかったわけだ」


 背後から嘲りを多分に含んだ声が聞こえる。

 振り向くと予想通り、糸目くんは小馬鹿にするような顔で自分を見ていた。


「血”だけ”は優れているようだけど、それだけか。僕の買い被りだったようだね」


 肩を竦める糸目くんを見て威吹はつい、こう言ってしまう。


「――――阿呆かお前」


 心底からの呆れを滲ませる声と表情。

 意識してやっているわけではない。これは威吹の自然な感情の発露だ。


「……何だと?」

「お前、見たいのか?」


 小物の攻撃を一々防ごうとする大妖怪を。

 小物の攻撃に一々逃げ回る大妖怪を。


「勘弁してくれ、俺にだって恥ってものがあるんだ」


 未だ大妖怪成らずとも。

 いずれそこへ至る者としてその道に背くようなことをするのは御免だ。


「きさ……ッ!?」


 憤怒の表情が一変、恐怖も露に糸目くんが後ずさる。


(ああ、やっぱり俺は間違ってなかった)


 習うものでも、学ぶものでもない。

 鍛えるなぞ言語道断。

 今、威吹は自ら裡に宿る”化け物の血”を明確に認識していた。

 操り方も何となく分かる。分かってしまう。

 威吹は意識して他二つの血を抑え、鬼の血のみを解き放つ。


 するとどうだ?

 外見的な変化は肌の色と触角にも似た二本角だけだが纏う空気は先ほどと明らかに異なっている。


「ま……!!」


 威吹はゆっくりと糸目くんに歩み寄り、羽虫を払うように軽く腕を振るった。

 瞬間、パァン! と破裂音が鳴り響き糸目くんは肉塊へとジョブチェンジした。


「あちゃあ……”運が悪かった”みたいだな」


 小物でもイキってみせたのだ。

 この程度の……攻撃とも呼べぬ動作だけで死ぬとは思わなかった。

 いや、ここまで脆い癖にイキってみせたのは逆に度胸があるのかもしれない。

 まあ、死んでしまったのでこれ以上は何もないのだけれど。


「あーらら。息子が弱い者イジメしてる。母親としては叱るべきなのかな?」

「いや、悪いのはあっちだろ。あんな態度取っといてあそこまで弱いとは思わんだろ、普通」


 嫌な声が聞こえ、保護者席に視線をやる。

 そこには追い出されたはずのモンスターペアレントがニヤニヤしながら座っていた。

 何故……と思ったが、詩乃の正体を思いだし納得する。

 幻術幻惑は狐の十八番だ。それでこっそり戻って来ていたのだろう。


「しかしまあ……ククク、嬉しくなるねえ」


 立ち上がった酒呑童子がゆっくりと威吹に向かって歩き始めた。

 はよ追い出せとの思いを込めて壇上の黒猫先生を見るが、手を出す気はないらしい。

 それなら、と隅で見学していた相馬学院長を見やるがこちらも楽しそうに笑うだけ。

 威吹の味方はどこにもいなかった。


「威吹」


 威吹の眼前に立った酒呑童子が嬉しそうに口を開く。


「”好きにしろ”」


 言うやギュッ! と拳を握り締め分かり易く身体を捻った。

 誰の目にも分かるだろう。酒呑童子は今から拳を打ち出そうとしている。


(あ、これやべえな)


 そう思いはしたが、避けるつもりはなかった。

 結果、酒呑童子のテレフォンパンチが威吹の無防備な腹部に突き刺さった。

 通常、殴られればその衝撃は進行方向へと抜けていく。

 だが、酒呑童子の拳はそうではなかった。

 拳の着弾点から衝撃が全方向へ”爆ぜる”のだ。


「~~!~!!!?!!?!!~!!!!」


 全身を駆け巡る衝撃が肉と骨を破壊していく。

 目、鼻、耳、口、威吹の穴という穴から鮮血が噴き出す。

 それでも、ああ、それでも威吹は倒れなかった。

 倒れそうになったがグッと踏み堪えた。


「何故防がなかった? 何故避けなかった? 俺は小物か?」


 同級生らの悲鳴はどこか遠く聞こえるのに、酒呑童子の声は嫌にハッキリと耳に届く。


「な、わけねえだろ……このザマ見てから……ほざけや……ごふッッ!!」


 喉を圧迫する血の塊を吐き出す。

 誰がどう見てもくたばりかけだ。

 この有様を見て、よくもそんなことが言えると悪態を吐く。


「なら何故、無防備に受けた」

「あん……たが……誘ったんだろ……比べっこしようぜってな……」


 それから逃げ出すのは”違う”だろう。

 そんなのは大妖怪じゃない。化け物のやることじゃない。


「へえ!」

「だから……ッッ!!!!」


 グン、と身を屈め身体を捻る。

 そしてめいっぱい反動をつけて跳ね上がり、力いっぱい握り締めた拳を叩き込む。


「ヅゥッ……!?」


 酒呑童子の顎目掛けて打ち込んだアッパー。

 攻撃したのは威吹だ。しかし、ダメージを受けたのは威吹だった。


(生き物を殴った感触じゃあねえ……!

打ち込んだ拳を基点に修復しかけてた骨と肉がまた破壊されやがった……!!)


 酒呑童子が何かをしたわけではない。

 自分と同じように無防備に拳を受けた。

 だからこれは、単純に強度の問題。

 酒呑童子が硬過ぎるがゆえに逆にダメージを負ったのだ。


「ククク……良い……良いねえ、良いじゃあねえか!!」


 口の端から血を垂れ流しながら酒呑童子が笑う。

 ぺっと吐き出したのは折れた数本の歯。

 まったくの無傷ではなかったようだが、この程度は誤差だろう。

 比べあいは酒呑童子の圧勝。威吹の完全敗北だ。


「やっぱりお前は俺の息子だ。俺の息子はお前だけだよ」


 そう笑って酒呑童子は腰から提げていたカメラを手に取り、


「記念に撮っとこう」


 パシャパシャとシャッターを切り始める。


「息子との初めての触れ合い。こりゃあ、一生もんの記念になるぜえ」


 茨木に自慢しなきゃ、などとほざく酒呑童子に威吹は青筋を立てる。

 何かノリでやってしまったが、今は授業? の真っ最中だ。

 いきなりしゃしゃり出て来るな、とっとと帰れと叫ぶ。


「へいへい。まったく、シャイな息子だぜ」

「コイツ……!!」

「ねえ威吹、私はセーフだよね?」

「アウトだよ!!」


 そもそも一度追い出されたのだから大人しく追い出されておけという話だ。

 威吹は血と唾を撒き散らしながら叫び、二人を体育館から叩き出す。


「ったくあのモンスターペアレントども……ん?」


 と、そこでようやく威吹は気付く。

 自分を見つめる同級生たちの目に明らかな恐怖が浮かんでいることに。

 が、それも当然だろう。

 大妖怪の血を継いでいるからというのを差し引いても、だ。

 初日からいきなり同級生を殺す奴なんて危険過ぎる。


(あ、これはもう……駄目みたいですね……)


 体育館に入った時点でもう八割方終わっていたが、ダメ押しだ。

 威吹は自身の高校デビューが失敗に終わったことを悟った。

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