高校デビュー失敗①
「――――うん、よく似合ってる。男前だよ、威吹♪」
届いたばかりの詰襟に身を包む威吹を見てご満悦の詩乃と、
学ランとはまたクラシカルなと少し呆れた様子の威吹。
入学式当日に制服が届くのはどうなのよ? と思うかもしれないがそこはそれ。
この制服は特注なのだ。デザインこそ相馬高等学院のそれだが、
中身は詩乃が威吹のためにあれやこれやと仕込んだためギリギリまで時間がかかってしまったのだ。
「俺には冴えない男が古めかしい格好してるようにしか見えんけどね」
姿見に映る自分の姿に何とも言えない表情を浮かべる威吹。
「あと、コスプレっぽい……マント――時代的には外套?
この黒い外套もさ。結構恥ずかしいんだけど。
何か大正時代を舞台にした伝奇系作品に出て来る登場人物みたいだもん」
「私も威吹も伝奇もので退治される化け物そのものなんだけどね」
「いやまあ……そうね」
ただ、詩乃はともかく自分はラスボスを張れないだろうと思った。
流れる血はどれも折り紙付きなのだが、それが逆に噛ませっぽい。
精々が中ボス程度だろう……威吹は少し、凹んだ。
「多分、人間たちが私の復活を企んだりするんだろうね」
「母さんを復活させるためなら……殺生石とか集めたりするのかね」
「他に縁のある物も残してないし、多分そうかな」
「というか、アホな話はそろそろ終わりにしよう。良い時間だしね」
チラリと時計を見ると、そろそろ出なければまずい時間になっていた。
「……ホントに一人で行くの? 送ってくよ?」
「これから三年間使う道だし、最初はなるべく自分の足で歩きたいんだよ」
「そっか……ん、それじゃあまた学校で」
「うん」
立てかけていた軍刀二振りを腰に差し、中身の入っていない鞄を手に自宅を後にする。
ちなみにロックはまだ就寝中だ。
詩乃と共に入学式には顔を出すそうだが、
ペンギンが保護者席に座っているのは中々にシュールな光景だろう。
「あ、おーい! 威吹威吹ー! おっはよー!!」
しばらく歩いたところで暢気な声が聞こえてきた、無音だ。
「会えるかなって思って遠回りしたんだけどやっぱり会えたね!
やっぱさー、おれもさー、緊張してるからさー。誰かと一緒に行きたかったんだー!!」
四本足で駆け寄って来た無音は勢いそのままに威吹にじゃれつく。
威吹は抜け毛とか大丈夫かな? などと考えつつも無音の頭を撫でている。
「ありがとよ。しかし……その姿で学校行くのか?」
「うん! おれは化け犬だからね! でもでも、威吹にも言われたしテンポに気をつけるよ!」
「えらいえらい」
「ほんと? やったー!!」
和気藹々と談笑しながら歩く通学路。
一歩、また一歩と歩みを重ねる度に不思議と心が軽くなっていく。
間違いなく無音のお陰だろう。
アイドルだけあって人心に響く何かを備えているようだ。
「前に見学で一回来たけど、やっぱ大きいねー!」
「そうだな……っと、あそこ。あそこの掲示板にクラス分けの紙が貼ってあるみたいだ」
「ホント!? 行こ! 行こ!」
「はいはい」
人垣を掻き分け掲示板を覗き込むと、
「お、一緒のクラスみたいだな」
一年一組と記された下に並ぶ名前の中に麻宮無音と狗藤威吹の名があった。
威吹の声を聞いた無音は雪が降っているわけでもないのに、やったやったと駆け回り始める。
その様子を他の生徒らは微笑ましげな様子で見守っていたのだが、威吹は別だ。
(は、恥ずかしい……)
例えるなら自分の子供が公共の場ではしゃいでいるのを見た親の心境。
申し訳なさとしっかりと躾けられなかったことに対する羞恥が威吹を襲っていた。
「ほ、ほら……はしゃいでないでさっさと行くぞ」
「うん! 行くー!!」
衆目の視線から逃れるように校舎の中へ。
「何か土足って落ち着かないね!」
「まあ、そうだな。でも土足になってるお陰で無音もそのまま入れるわけだしな」
「あー、そうだね。犬用の上履きなんて売ってないもんね、ならしょうがないや!」
「そうそう。まあ、犬にのみ配慮してるってわけじゃないんだろうけどさ」
男女共学どころか、人間か人外かすらも問わぬ共学だ。
中には犬どころではない異形も存在している。
大きさも様々で、一々上履きのサイズや形状を増やすよりは土足にした方が良いと考えたのだろう。
「ところで、今更だけど今日は四足歩行なんだな」
「ん? んー、おれ、基本的には四本足だよ。昨日がたまたま二本足の気分だったってだけで」
「二本足の気分……」
人間にはちょっと分からない気分だった。
「あ、この教室みたいだね! ほら、入ろ! 入ろ!」
「あいあい」
教室の中は……まあ、普通だった。
小学校一年の時、中学校一年の時、高校一年の時、大概の人間は覚えがあるはずだ。
新しい学校、新しい教室。
ワクワクとソワソワが共存するあの何とも言えない空気が室内を満たしている。
幻想世界と言えどもこういう部分は変わらないらしい。
(……大体半々ってとこか?)
半々、というのは自分たちのように新たに外から来た者と元からこの世界に住んでいる者の比率だ。
ワクワクとソワソワ以外に少し濃い目の不安や恐怖が窺えるのが前者。
割と落ち着いている者らが後者。
態度を見れば大体、判別がつく。
中でも特別目を引くのは、
「ねえねえ! 見てみて! あの魔女みたいな三角帽子の子!!
すっごくぷるぷるしてるよ! 大丈夫かな!? お腹痛いのかな!?」
「こら、やめなさい!!」
馬鹿犬をひっぱたいて黙らせる。
が、無音が気になるのもしょうがないだろう。
それだけ魔女っ子(仮)の態度は露骨なのだから。
(無音が注目集めちゃったせいで気の毒なぐらい震えてる……)
しっかり謝罪するべきだろうが、その前に。
「無音、今から教卓の上にのぼって皆に自己紹介しておいで」
「え、何で!?」
「これから一緒にやってく学友じゃないか。自己紹介ぐらいは当然だろ?」
「それもそうだね! じゃ、行って来る!!」
特に疑問も挟まずに駆けてゆく無音。
人間の姿を取っている時との深刻な知能差は大丈夫なのだろうか?
少し心配になる威吹だが、今は他にやるべきことがある。
「みんなー!!」
教卓に飛び乗った無音が大声を出し、生徒らの注目がそちらに向く。
それを見計らい威吹はコッソリ魔女っ子(仮)の下へと駆け寄った。
「あの」
「えひゃう!? な、何ぞ……何ぞ!? ま、ままま魔法使いぞ! 我、魔法使いぞ!?」
警戒も露に杖を向けてくる魔女っ子(仮)。
流石にショックを受けるが、我慢我慢。
ここまで彼女を追い込んでしまったのは自分のツレなのだから。
「俺は狗藤威吹。さっきはツレが失礼な真似をしたね。本当に申し訳ない」
名を名乗り、その上で謝罪を口にする。
「信じてもらえないかもしれないがアイツ――無音にも悪気はないんだ」
ただちょっとおバカさんなだけなのだ。
「勿論、それを理由にして許せとは言わないし言えない」
悪気が無かったから許せ。それほど身勝手な言い分はない。
それでも、余地を残したいのだ。
何時か関係が変わるかもしれない余地を。
「ただ、ほんのちょっと頭の片隅にでも置いといてくれると嬉しい」
そこまで言って、また改めて謝罪の言葉を口にする。
最低限、これで筋は通せただろうか?
威吹はじっと魔女っ子(仮)を見つめる。
「あぅ……」
壇上で散歩の楽しさについて語っている無音を見て、威吹を見て。
二人の間で視線が行ったり来たり。
魔女っ子(仮)が何を考えているのか、威吹にはとんと見当がつかなかった。
「べ、別に? 気にしてないし? どうやって私がビビったって証拠だよ!!」
失礼な真似をしたと言ったが、ビビらせてなどとは一言も言ってない。
が、これは彼女の本音だろう。
注目を集められたせいでさぞや怖い思いをしたのだと思われる。
だって何か文法が変なことになってるし。
「そうか。寛大な処置に感謝するよ」
これ以上、会話を続けるのも酷かな?
そう判断し踵を返そうとする威吹だったが魔女っ子(仮)の、
「ぁ」
という寂しそうな声に足を止める。
どうやら構ってもらえないのもそれはそれで嫌なようだ。
正直に言えばかなり面倒臭かったが、魔女っ子(仮)には負い目がある。
威吹はああそうだと思い出したように手を叩く。
「ところで君の名前を聞いてなかったね。よければ教えてくれないかな?」
「雨宮
別に何もねえよ。
と言いたいがグッと我慢。
魔女っ子(仮)改め百望はコミュニケーションに難がある人間なのだ。
そこを配慮してやらねばなるまいと威吹は自らに言い聞かせる。
「雨宮さんって呼ばせてもらうよ」
「す、好きにすれば良いと思うんですけど?」
「うん、ありがとう。雨宮さん、さっき魔法使いだって言ってたけど」
「わ、悪い? 代々続く魔女の家系に文句ある!?」
いや、ねえよ。
そろそろ面倒になって来たと内心うんざりしつつ威吹は会話を回す。
「由緒正しい魔女の家系ってことは……雨宮さんは元々こっちの世界の住人なのかい?」
テンパり具合から出身は同じだと思っていたのだが、
実際に話をしてみるに現実世界の住人が紛れ込んでいることにビビッていたのかもしれない。
そう考えた威吹であったが百望はそれをハッキリと否定し、こう続けた。
「し、神秘に関わる存在は向こうにだって居るわよ。
表に出て来ないから知らないだけで裏の社会ではそう珍しい存在ではないわ」
「……言われてみれば、そうかも。神崎さんも魔法使いの勉強してるって言ってたし」
立場的に一々、こちらに来て勉強をするわけにもいかないだろう。
威吹は神崎に貰った名刺に書かれていた肩書きを思い出し納得を得る。
「じゃあ何でこっちに?」
「……家訓。一人前になるためにはこっちでの修行が必要不可欠なの」
「それはまた……大変だね」
何の気なしに打った相槌だったが、
「そう! そうなのよ!!」
百望はえらい勢いで食いついてきた。
それこそ、軽く威吹が仰け反るぐらいに。
「パパも居ないママも居ない。お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも居ない!
ひ、一人暮らしなんて信じられないわ……別に家事とかは問題ないけど安全保障!
こんな世界に一人で放り込まれてどうしろって言うのよ……だ、誰も助けてくれないし!」
そこから先は百望の独壇場だった。
堰を切ったように流れ出す不満と不安に威吹はただただ相槌を打ち続けることしか出来なかった。
しかし、百望にとってはそれが嬉しかったのだろう。
話が終わる頃には、
「も、百望で良いんだから……私も威吹って呼ぶから……呼んで良いのよね?」
などと仰るぐらいには懐かれてしまった。
「好きに呼んでくれたら良いよ」
「そ、そう? じゃあ威吹って呼ぶんだから」
嬉しそうな百望を見て思った。
幻想世界では当然として、現実世界でも友達が少なかったのだろうなと。
「ところで威吹は……」
「ストップ、先生が来たみたいだ。席に戻ろう」
廊下の向こうから一際、違う圧を感じた。
威吹は何となくそれが教師だと思い、実際それは正しかったのだが……。
「お喋りはそこまでだ。お前たち、廊下に並べ。ああ、順番はどうでも良いから」
教卓の”上”でそう指示を出す先生。
その姿は紛れもない――――黒猫だった。
使い魔を通して声を出しているという可能性もあったが、
尾が裂けているところを見るにまず間違いなく化け猫だろう。
「ねえねえ威吹! 見た? 見た!? 先生猫だよ! 猫! 可愛いねー!!」
「ちょ、ちょっとアンタ! 威吹は今、わ、私と話してるんだから邪魔しないで!」
「え、何で!? 三人で話せば良いじゃん!」
前門の陽キャ、後門の陰キャ。
二人に挟まれた威吹はぐったりしていた。
もうちょっと良い塩梅の奴は居ないのか。
「よし、並び終わったな。お喋りはそこまでだ。体育館へ向かうぞ」
黒猫先生の助け舟(意図せず)に安堵する威吹。
しかし、穏やかな時間も長くは続かなかった。
体育館に入った瞬間、威吹はある一角を見て真顔になった。
ある一角とは――――そう、二つしか埋まっていない保護者席である。
「威吹ー! 制服似合ってるぜ! よ、色男ォ!!」
パシャパシャとシャッターを切る酒呑童子。
「威吹ー! こっち見て、ほらほら、お母さんだよー? あーん、可愛い! カッコ良い! もう、大好き」
ビデオカメラを回す詩乃。
マナーをガン無視している大妖怪二匹。
他に保護者が居ないのはどう考えてもアレらが原因である。
積極的に排除したわけではないだろうが、恐らくは耐えられなかったのだ。
大妖怪二匹がただそこに存在するだけで感じる圧に。
「はー、こりゃ一生もんの記念だな。帰ったら茨木の奴に現像させなきゃ」
「ちょっと酒呑?」
「ああ、分かってるよ。おめえにも焼き増ししてやる。だが……」
「分かってる。私が撮ってるのもダビングしてあげるよ」
周囲の視線など気にせず語り合う無法者たち。
酒呑童子は素でやっているのだろうが、詩乃の場合は計算だろう。
無音の言葉を借りるのならば一種のマーキング。
威吹は自分のものであることを示すためにあのような振る舞いをしているのだ。
(さ、最悪だ……最悪の目立ち方してる……)
威吹はもう、今直ぐにでも逃げ出したかった。
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