「ママは淫乱♥」「パパは酒乱★」「家庭崩壊かな?」③

 ひとしきり威吹の力を確認した後、酒呑童子は満足そうに頷いた。

 威吹はようやっと帰ってくれるのかと安堵したが、


「っし! じゃあ、街に出るか!!」

「…………何で?」


 頬をヒクつかせる威吹。

 酒呑童子は詩乃に比べればとっつき易い方だ。

 自分のことを疑いなく当然のように息子だと認識しているし父親と呼ぶのも吝かではない。

 が、得意か苦手かの二択で言えば酒呑童子は苦手なタイプだった。

 威吹は陰キャ寄りのぼんやり系男子なのだ。

 酒呑童子のようなオラついた陽キャの押しの強さはどうにも……。


「そりゃおめえ、ご褒美よご褒美。

息子が良いもん見せてくれたんだ。親父としては応えてやるのがフツーだろぃ?」


「いや、ロックという癒しと引き合わせてくれたしそれで十ぶ……いや、分かった」


 多分、こっちの話は聞いてくれない。

 流されるままに何もしなければ、また詩乃といざこざが始まってしまう。

 ならば素直に着いて行った方が面倒は少ない。威吹はそう判断したのだ。


「ねえ威吹、嫌なら……」

「嫌と言った後で起こる面倒事の方が煩わしいんでね」

「……ちぇ」


 予防線を張っておけば余計ないざこざは避けられるだろう。

 これでも始まってしまった場合は……もう知らん。

 威吹は小さく溜め息を吐き酒呑童子に向き直る。


「一応、聞いておくけど金はあるんだよな?」

「……威吹よ、おめえの言いたいことも分かるけど流石にそりゃ失礼だろ」


 幻想世界の社会構造は人間のそれと近しいものになっている。

 そしてわざわざ人の姿に化けているところを見るに、

 酒呑童子も現行の体制に対しては一定の理解を示していると考えて良いだろう。

 だがその本質が化け物であることを忘れてはいけない。


「俺は案外こういう暮らしも”楽しんでる”んだぜ」

「逆に言えば楽しくなくなったら止めるってことじゃないか」

「でも今は楽しんでるんだから問題はねえだろ?」

「それは……いや、まあ、そうだね。うん、そういうことにしとこう」


 将来のことを今考えてもしょうがない。

 少なくとも今、自分に迷惑がかからないのならそれで良い。

 威吹は素直にそう割り切った。


「でも、それはそれとしてアンタどうやって金稼いでんだ?」


 詩乃はまだ良い。

 その頭脳と美貌があれば幾らでも財を築けるだろう。

 だが酒呑童子は……正直、奪う以外で財を成す光景が思い浮かばない。


「政府の上納金と酒造だな。こう見えて俺、経営者なんだぜ?」

「マジかよ……」


 前者はまだ良い。

 力ある者らを大人しくさせるために供物を、というのは理解できる。

 だが、まさか酒造会社を経営しているとは思わなかった。

 いや、ある意味らしいっちゃらしいのだが。


「まあでも、そういうことなら安心したよ。存分に甘やかしてくれ」

「ハハハハ! おう、おう。親父に任せときな!!」

「あ、ちょ……暑苦しい……肉が、筋肉がうるさい!!」


 肩を組んで来る酒呑童子を押し退けようとしていたが、

 ふと感じた湿り気のある視線に気付き顔を向けると……詩乃だ。

 詩乃が不機嫌そうな表情でじっとこちらを見つめていた。


「…………お母さんにも、そうやって素直に甘えて良いんだよ?」

「アンタのは毒気が強過ぎるんだよ」


 普通に甘やかしてくれる分には別に良いのだ。

 そういうのに憧れがなかったわけでもないし、甘えよう。

 しかし詩乃に甘えるのはイコール取り返しのつかない堕落ではないか。

 流石の威吹もそう軽々と道を踏み外す気はなかった。


「あ、そうだ。どうせテメェも一緒に来るんだろうがテメェの分はビタ一払わねえぞ」

「要らないよ。というか、総資産で言えば私のが上なんだけど?」

「はいはい、良いからとっとと出かけようぜ。あ、ロックも一緒だからな」

「クワ!」


 こうして威吹にとっては初めてとなる家族での外出が幕を開けた。

 言いだしっぺは酒呑童子だが、当然の如く彼にプランらしいプランはない。

 詩乃もそれは同じだが、彼女の場合は幾らでもアドリブを利かせられる。

 とは言え、それでは角が立つ。

 酒呑童子の機嫌が悪くなるのは目に見えているので却下。

 となると、威吹自身が舵を取るしかなくなるわけだ。


「どうせなら現実世界に存在しないような店とか覗いてみたいんだけど」

「つっつてもなあ、具体的には?」

「呪いの武器とか魔法のアイテムとか、そういうのを売ってる店が良い」

「それなら讃岐屋だね。学院に通い始めたら利用することも多くなるだろうし、先に顔を通しておこうか」


 言うや詩乃は自身の毛髪を一本引き抜き、フッと息を吹きかけた。

 するとどうだろう? 宙に舞っていた毛が自動車に変化したではないか。

 しかもよく見れば運転手付き。


「…………母さんは、何時でもシンデレラの映画に出演出来るね」

「じゃあその時はガラスの靴を持ってちゃんと迎えに来てね?」

「魔女役でだよ!」


 言いつつ先手を取ってロックと共に助手席へ乗り込んだ。

 残された二人は少しの間睨み合っていたが、やがて観念したように後部座席へ。


「ねえ母さん、母さんがさっき使った……変化の術? みたいなのは俺にも使えるの?」


 威吹は自分から積極的に話を振るようなタイプではない。

 しかし、今日ばかりはそうもいかなかった。

 狭い車内で隣り合う仲の悪い二人が居るからだ。

 それなら一緒に座らせるなよと思うかもしれないが、

 どちらかを選ぶ方がよっぽど角が立つのでこうするしかなかったのだ。


「意識して妖怪の血を励起させるようになれば、直ぐにでも」

「マジで?」


「勿論。ほんの少し血が騒いだ程度でも既に尾は三本もあったしね。

これぐらいは成り立ての化け狐……ではちょっと難しいかな。

でも、三本も尾がある妖狐なら余裕でやってのけるよ」


 これは素直に嬉しかった。

 大妖怪が天職だと言われても今のところまったくの一般人。

 密かに妖術や口から火を吐いたりすることに憧れていたのだ。

 だが一つ、気になることがあった。


「ところで既に三本……って言ってたけどあれ、増えるの?」

「逆に何で増えないと思ったの? 君のお母さんは誰?」


 ”九尾”の狐である。


「ただ私の血を引いただけの狐ならともかく、威吹はOracleに大妖怪の素養を認められたんだよ?」

「マジでか……」


 若干凹んだ威吹を見て詩乃がムッとした顔をする。


「……何か、不満でも?」

「そりゃ不満だろ。お前とお揃いとか想像しただけで酔いが醒めて死にたくなる」

「お前には聞いてないんだけど?」


 まあ、そういう理由が無いわけではない。

 とは言えそっちは些細なもの。

 威吹が気にしているのは、


「あのさ、尻尾が九本もあるとか邪魔……邪魔じゃない?」


 これだ。

 翼を含めて後方の圧が凄いのだ。

 フッサフサのモッフモフの大きい尻尾。正直、一本だけでも邪魔に感じるレベルだ。


「どうやって座れば良いわけ? 尻尾の上に座るの?

つかそもそもあんなデケエ尻尾を屋内で放り出すとか宮殿でもなけりゃ……まさか!」


「いや違うからね。尻尾を屋内で伸び伸びさせたいからなんて馬鹿な理由じゃないから」


 そんな具合に馬鹿話で間を繋ぎ、十数分。

 ようやっと目的地へと辿り着く。

 実際にかかった時間はともかく、体感ではかなり長かったのだ。


「…………デパート……いや、百貨店か。この時代風に言うなら」

「どっちでも良いだろ。ほら、行こうぜ」


 ずるずると酒呑童子に引き摺られて向かった先は武器コーナー。

 清廉な気配を漂わせるものから一目見ただけでアカンやつやと思わせる武器類が所狭しと並んでいる。


「何でいきなりここへ?」

「男だし好きだろ? こういうの」

「う゛……そ、それは……まあ……」

「恥ずかしがんな。俺だって使うのは好きじゃねえが眺める分には好きだからな」


 それに、と酒呑童子は続ける。


「小次郎んとこの学び舎に通うんなら刀は必要だろ。

使うかどうかはともかく、あそこのガキどもは大概腰に一本は差してるしな」


「小次郎?」

「相馬小次郎。お前が通う学院の頭目だよ」


 へえ、と頷く威吹は知らない。

 相馬小次郎という名がどれほどのビッグネームなのかを。

 とは言え不勉強だと罵るのは酷だ。

 存在自体は歴史の授業で触れるかもしれないが、小次郎はあくまで別名。

 一番通りの良い名以外について言及する教師は稀だろう。


「俺のコレクションから出してやっても良いんだが……」

「が?」

「お前は大丈夫だろうが他のガキどもがなあ。漏れ出る瘴気でくたばりかねん」

「おい、アンタ何渡す気だったんだ。止めろ、気軽に危ない物を渡そうとするな」


 周りの人間が死ぬのも問題だが、

 酒呑童子のお前ならば大丈夫という根拠のない信を恐ろしく感じる威吹であった。


「私も財宝の量と質には自信があるよ? うん、妖刀の類が嫌なら霊剣なんてどうかな?」

「それで童子切とか渡すんだろ? 騙されんぞ」


 霊剣と言うなら確かにその通りだ。

 だがその由来が最悪だ。

 酒呑童子を斬った刀を渡すとか嫌がらせ以外の何ものでもない。


「……勘の良い子は、ちょっと嫌い。ううん、嘘、威吹のことは好き」

「そういうのは良いから。つか、この会話良くない。少なくとも店の中でやるもんじゃない」

「それもそうか。で、威吹よ。お前さんどんな一振りが欲しいんだ?」

「どんなって言われてもな。よく分からんし、とりあえず色々見てみるよ」


 その中で気に入った物があればそれを買ってもらおう。

 そんなことを考えながらふらふらと店内をうろつく。


「うーん……やっぱりよく分からん……」


 あれこれと手に持って確かめてみたりもするが、どれもこれもイマイチだ。

 分かる人間には分かるのかもしれないが生憎と審美眼などは持ち合わせていない。


「! 酒呑様、酒呑様ではありませんか!!」


 ふと、喜色に満ちた声が店内に響き渡った。

 酒呑童子の知り合いかと視線をやると、


(…………おぉ、イケメンだ……歳は、十六、七ぐらいかな?)


 さらりと流れる真紅の御髪。

 男前、というよりは綺麗という形容が似合う顔立ち。

 細身ではあるが、しっかりと引き締まった肉体。

 男前というよりは美男子という形容がよく似合う少年が嬉しそうに酒呑童子に駆け寄って来た。


 が、


「誰だっけお前?」


 酒呑童子本人はこの有様だ。

 心底不思議そうに首を傾げている。

 だが少年もそれは分かっていたのか苦笑を浮かべるだけ。


「伊吹紅覇こうはに御座います」

「ほーん」


 酒呑童子の顔を見れば直ぐ分かった。

 少年――紅覇が名を名乗ってくれたが、まず間違いなく思い出してはいないだろう。

 威吹は呆れたように溜め息を吐き刀剣の物色に戻った。

 初対面の人と積極的に絡むようなキャラではないのだ。


「ところで酒呑様、酒呑様は何故このような場所に?」

「あん? 買い物だよ買い物、息子と買い物に来ただけだ」

「――――」


 何を言っているか分からない。

 そんな表情の紅覇が震えながら口を開く。


「ご、ご子息……で御座います…………か」

「おう! 自慢の息子さ」


 グイ、と威吹を引き寄せる酒呑童子。

 その表情は紛うことなき親バカのそれだった。


「名前は親父のあやかって威吹ってんだ」

「いや、ちげーから。アンタの幼名とは一切関係ないから」

「照れるな照れるな」

「いや……もう良いよ。そういうことで良いよ。だから離してくれないかな」

「だぁから照れるなってー! 可愛い奴だなおめえは!!」


 ワッハッハと上機嫌に笑う酒呑童子とげんなりした表情の威吹。

 そんな二人を見て紅覇はポツリと呟く。


「…………仲が、よろしいのですね」

「ったりめえだ。手前の血を引く息子を可愛がらねえ親がどこの世界に居るよぃ」

「別にアンタの血だけじゃないんだがね」

「え、何? 聞こえない?」

「こ、このアル中……!」


 べしん、と酒呑童子の手を払い近くの刀剣を見定め始める威吹。

 つれない態度を取られたが酒呑童子は気にせずシャイな奴だと笑っている。


(っとに……困った酔っ払いだぜ)


 威吹は気付かない。

 紅覇が感情のない瞳で自身を見つめていることに。

 それは酒呑童子も同じだろう。

 鈍感云々以前に、そもそもからして紅覇をロクに見ていないから。

 この場で紅覇の感情の動きに気付いているのは詩乃ぐらいではなかろうか。


「……それでは酒呑様、僕はこれで」

「ん? おう。誰だか知らんが、じゃあな」


 結局、酒呑童子は終始紅覇に関心を抱くことはなかった。

 それが後に……いや、これはまだ語るべきことではないのだろう。


 さて、視点を威吹に戻そう。


 ピンと来るものを見つけられずテキトーに一本見繕おうかな?

 などと考えていた威吹はある一角で足を止める。

 そこはいわゆる……まあ、ワゴンだ。

 売れないと目され何とか処分しようと店側が捨て値を付けた悲しき品が眠る場所。

 幾つか並んだ籠の中から威吹は吸い寄せられるように二振りの軍刀を手に取った。


「……――――へえ」


 感心したような声を漏らす詩乃。

 余人には分からぬものが、その目には見えているのだろう。


「酒呑、これが欲しいんだけど……良いかな?」

「そりゃ構わねえが、んな安物で良いのか? もっと高いのでも良いんだぜ」

「いや、これが良い。うん、何か心惹かれるものがあったんだ」

「そうかい。なら、会計済ませるか」


 この日、威吹の愛刀となった二振りの軍刀。

 これがまた新たな縁を引き寄せることになるのだが……それはまだ、少し先のお話。

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