「ママは淫乱♥」「パパは酒乱★」「家庭崩壊かな?」②

 屋内へ避難した威吹は空腹を思い出し、台所で手ずから自身の朝食を作っていた。

 大丈夫? と思うかもしれないが大丈夫なのだ。

 確かに見かけは古めかしい家屋だし設備も古臭い見た目をしている。

 が、現代人の威吹が暮らすからと気を利かせてくれたのだろう。

 一見古臭いがオカルトな技術を用いて現代人の使うそれと近い使用感になるようになっている。

 そのお陰で料理ぐらいはまあ……何とかなるのだ。


「……やっぱ、母さんが作る方が美味いな」


 味噌汁の味見をするが、これがまた何ともぼやけた味だ。

 まずくはないが、じゃあ美味いのか? って聞かれたら返答に窮する感じ。


「まあでも母さんは妖怪大決戦で忙しいしな。

下手すりゃそのまま共倒れって可能性もあるし……うん、俺一人で頑張ろう」


 共倒れというのは威吹の願望だ。

 面倒なのが二人まとめて消えてくれたらなーと割とマジで思っている。


「あ、そこの戸棚に入ってる皿出してくれるか? そう、その大皿」

「クワッ!!」


 元気良く手……翼? を挙げる一匹のイワトビペンギン。

 彼? 彼女? はたん、たんと身軽な動作で駆け上がり指示通りに大皿を取り出した。


「ありがとよ。手伝いはもう良いからお前は先にテーブルに行ってな」

「クワァ?」

「はは、大丈夫だ。ほれ、行った行った」

「クワワ!」


 イワトビペンギンの頭を一撫でし、軽く背中を押してやると彼もしくは彼女は嬉しそうに台所を出て行った。


「ふう」


 さて、そろそろ良いだろう。


「――――何でペンギン?」


 威吹は真顔だった。


「何か気付いたら俺の後ろをくっついて来てたんだけど……え、何で?

どこから来たのあの子? というか何なのあの子?

何で極自然に人語を理解してんの? 何であっちの言ってることが何となく分かんの?」


 あれもまた神秘の産物。妖怪やその他の化け物の一種なのだろうか?

 だがイワトビペンギンの怪異など寡聞にして知らない。


「うーん、うむむむ」


 あのペンギンは何なのか。

 というか一緒に居て良いのか。

 色々と思い悩んだ末に威吹が出した結論は、


「まあ良いか。あの二人に比べりゃ何てこたぁねえ」


 割り切り。別名現実逃避であった。


「ペンギンには生魚の方が良いのか?

んー……一応、生魚と焼き魚の両方用意しておこう。

生魚だけをポンと出して手抜きと思われるのも嫌だしな。

でも魚だけじゃ寂しいな。ペンギンって魚以外に何が食べられるんだろう……」


 ぼやきつつも手を止めず調理を進め、二十分ほどで料理は完成した。

 未だに詩乃や酒呑童子からは何のアクションもない。

 だが、便りが無いのは何とやらだと無視しテーブルへ向かう。


「一応、生のと焼いた魚を両方。それとオカズを何品か用意したんだが……」

「クワワ!!」

「そうか、食べられるんならそれで良いんだ」

「クワァ」

「いや良いって。気にすんなよ。一人で飯食うのも味気なかったしな」

「クワッ?」

「そうそう。じゃ、頂きます」

「クワ!」


 両手と両翼を合わせ、いただきます。

 一人と一匹はとてもお行儀が良かった。


「んー……やっぱ微妙だなあ……や、食えないことはないんだけど」

「カゥ? クァクァ」

「え、雄が作るもんにしちゃ上等だって? いやあ、今日日男でも料理は出来る奴多いぜ?」

「クワー……」

「そうそう。大昔ならともかく今の時代はなあ」


 ペンギンと談笑しながらの食事。

 第三者から見ればかなりシュールな光景である。

 だが当事者である一人と一匹は気にすることもなく食事を続け、楽しい食卓を囲んだ。


「あ、母さん」


 食後、ペンギンと共に茶をしばいていると詩乃が戻って来た。

 妖怪大決戦は彼女の勝利で――いや違う。

 少し遅れて酒呑童子も姿を見せた。

 どうやら引き分けか、無効試合になったようだ。


「………………威吹、そのペンギンさんはどちら様?」


 割と素で驚いているらしい。

 結構レアな表情だ。

 だが、ペンギンがどちら様かと問われても威吹は答えを持たない。

 どう言ったものかと悩んでいると、酒呑童子が嬉しそうに口を開く。


「お、早速仲良くしてるみてえだな。うんうん、連れて来た甲斐があったぜ」

「アンタが連れて来たの!?」

「おう。俺の息子だってのに子分の一匹も居ないんじゃ可哀想だろ?」


 だから南極で拾って来たのだと酒呑童子は笑う。

 いや、拾うな。

 ペンギンさんが可哀想だろ。

 何の設備もないのにこんなとこ連れて来て体調を崩したらどうするんだ。


 そう威吹が指摘すると酒呑童子はやれやれと肩を竦めた。


「流石の俺もただの鳥を連れて来やしねえよ。

年月を経てあやかしに変わる化け猫や化け狐と同じさ。

既にあっちの世界の理からは逸脱してたし、コイツも群れに馴染めず寂しそうだったからなあ」


「クァ……」


 ペンギンの頭を撫でている酒呑童子は気の良い兄ちゃんにしか見えない。

 だが、決して油断することなかれ。

 気紛れに優しさを向けた次の瞬間に気紛れで首を握り潰すのが化け物なのだ。


「つーわけで、だ。コイツのことはしっかり世話してやんな。子分の面倒を見るのは親分の役目だぜぃ?」

「いやいやいや。世話をするのは良いが子分云々は別だろ」

「何だ、コイツじゃ不満か?」

「不満とかそれ以前の問題だよ。なあオイ、お前はどう思ってるんだ? 正直に言って良いんだぞ」


 目線を合わせてペンギンに語りかける。

 するとペンギンは気にするなと言うように翼を掲げた。


「クァクァクー? クワッッ」

「えー……子分で良いのかよ……」

「話はまとまったな。じゃあ早速、コイツに名前を――――」

「まとまってないんだけど? 威吹、お母さんペットを飼う許可を与えた覚えはないわよ」


 ここで詩乃が待ったをかける。

 だがそれはペンギンが嫌いとかそういうあれではなさそうだ。


(……多分、酒呑童子の贈り物ってのが気に入らんのだろうな)


 ようは嫉妬だ。

 面倒くせえなあ、などと威吹が考えていると酒呑童子が嘲るようにこう告げる。


「既に一匹、デケエ害獣を飼ってるじゃねえかよ……なあ、威吹?」

「アル中、俺に話を振るな」


 確かにエキノコックスとか大丈夫なのかな?

 毛が生え変わる時期は掃除が大変そうだなあ……などと考えたことはあるが。


「害、獣……?」


 詩乃の眉がピクリと動く。


「自覚がねえのか? 被害者の会が国家単位で作られるレベルの害獣じゃねえかお前」

「小さな悪さをしてイキってただけの山賊小僧がよくほざく」


 酒呑童子の表情が露骨に変化する。

 またもや剣呑な空気が漂い始めた場をどうにかするため威吹は口を開く。


「……アンタら、子は鎹って言葉を知らんのか?」

「「威吹の親は私(俺)だけよ(だ)」」

「うーん、この」

「クワ!」


 コメカミを押さえる威吹を慰めるようにペンギンがテシテシと翼で背中を擦っている。

 どうやらこの場で一番優しいのはこのペンギンのようだ。


「ちなみにお前、性別は?」

「クゥ」

「雄か……じゃあ名前も男の子っぽいのにしなきゃな」

「ちょっと威吹、お母さんまだ納得してないよ?」

「分かった。じゃあ、家を出るよ」

「え」

「アンタと暮らすよりコイツと暮らす方が気楽そうだからな」


 ここにペンギン>>>>越えられない壁>>>>九尾の狐という図式が成立した。

 まあ、当然の結果だろう。

 積極的に堕落へ誘う妖怪狐と心優しい化けペンギンを比べれば大抵の者は後者を選ぶ。


「えっと……ほ、本気?」

「うん。ペットと一緒なら一人暮らしも寂しくないしね」

「つーか、それなら俺んとこ来いや。パパと一緒に暮らそうぜ」

「あー……それも悪くないかな……」


 酒呑童子との同居。

 それはそれで身の危険を感じるが、詩乃との正気度を削られる暮らしよりかは幾分マシだろう。


「わ、分かった! 出す、許可を出すから! 早まっちゃ駄目だよ威吹!」


 威吹が真剣に酒呑童子との同居を検討しているのが分かったのだろう。

 慌てて詩乃が許可を出す。

 最初からそうすれば良かったのにと思いつつも威吹は詩乃に礼を告げ、ペンギンに向き直る。


「一応聞いておくが、お前は希望とかないのか?」

「クワッ、クワッ」

「ん、そうか。じゃあ……あ、思いついたぞ。よしよし、落ち着けって」


 バタバタと翼を動かすペンギンを宥めつつ、威吹は笑顔でその名を告げる。


「ロック――今日からお前の名前はロックだ」

「クワワ?」

「いや、まあ、はい。イワトビペンギンから取りました。やっぱ安直かな?」

「クワー!」

「そうか……そう言ってくれると嬉しいよ。じゃあ、これからよろしくなロック」


 ペンギン改めロックと握手を交わす威吹。

 例え種族が違えども心通じ合い友となることが出来るのだ。

 実に感動的な話だ――そこに意味があるかと言えばそうでもないが。


(さて、と)


 ロックを抱き上げながら詩乃を見る。

 未だ不満げで、ロックに害を成されたら堪ったものではない。

 面倒だが一応フォローを入れるべきだろう。


「別の誰かの贈り物に嫉妬するよりも、

それ以上の贈り物で男の気を引いてのけるのが九尾の狐じゃないのか?

初心な童女のように愛らしい嫉妬を見せ付けるより、よっぽど味があると思うがね」


 ロックに頬ずりしながら挑発するように言葉を紡ぐ。


「む、言ってくれるね。そんなこと言われたらお母さん張り切っちゃうよ?」

「どうぞ御自由に。気が引けるかどうかは知らんがね」


 詩乃の表情を見るに一先ずはこれで良さそうだ。

 と、そこで成り行きを見守っていた酒呑童子がパンと手を叩く。


「っし、綺麗にまとまってみてえだし……威吹よ、ちょっと外に出ようか」

「あん?」


「土産を渡すためだけに来たわけじゃないってことさ。

なあ威吹、お前は大妖怪を目指してるんだろ?

だからよぅ。親父として、先達として、軽く鍛えてやろうかと思ってな」


 親父として、先達として、というのは方便だろう。

 単に自分の夢を叶えたいから少しでも俺を……ってとこか。

 だが、だがそれにしたってあんまりにもあんまりな発言だ。


「――――失望させてくれるなよ酒呑童子」

「あ゛?」


 フレンドリーな雰囲気が一変、酒呑童子の纏う空気が剣呑なものに変わる。


「鬼ってのは”最初から強い”生き物だろうが。

その中でも特別強いお前が、だ。言うに事欠いて鍛えるぅ?

馬鹿言っちゃいけないよ。情けないにも程があるだろう、ええ?

人間のようにひいこらひいこらせせこましい”努力”をしてる鬼なんざ鬼失格だろ。

鬼ってのはそんな人間の涙ぐましい努力を傲岸に笑い飛ばして踏み躙る生き物じゃねえのかよ」


 そもそもからして大妖怪というのは、だ。

 鍛えたり学んだりして辿り着くような存在ではないだろう。

 自然に、在るがまま進んでいたら気付けば”そこ”に至っている。

 或いは最初から頂に立っている。


「それが本物の大妖怪ってもんじゃないのか?」


 威吹は四月から相馬高等学院に通うことになっている。

 だが”大妖怪になるために”通うつもりは毛頭ない。

 あくまでこの世界の常識やら何やらを学ぶために通うのだ。

 大妖怪へと至る道については誰にもとやかく言わせるつもりはなかった。


「大江のお山の酒呑童子なら、それぐらい誰に教えられるでもなく知ってると思ってたんだがな」


 はあ、と呆れを溜め息と共に吐き出す。


「泣いてるぜ、鬼の矜持が」


 そう言い切ったところで、


「――――っぷ」


 黙って話を聞いていた酒呑童子に変化が現れる。


「ぷはははははははははは! ッカハハハハハハハハハハハハ!!!!

いや、いや……んっく……ああ、ああ、そうだな。その通りだよ威吹。

お前は何も間違ってねえ。そうだ、それでこそだ。そうじゃなきゃいけねえ」


 満面の笑みを貼り付けぺしぺしと額を叩く酒呑童子。

 これまでよりも遥かに上機嫌な姿を見るに、威吹の発言はクリティカルヒットを叩き出したようだ。


「お前は正しい、お前が正しい。ああ、今回に限れば全面的に俺が間違ってたよ」

「……そうかい」


「だがまあ、親父の気持ちってのも酌んでくれると嬉しいな。

言い訳がましいが鍛えるってのは別に本気じゃなかったんだよ。

なあ、分かるだろ? 息子の力をな? ちょろっと見てみたかったんだ。味見だよ味見」


 それはそれで面倒だが、付き合ってやらねば酒呑童子は満足しないだろう。

 威吹は億劫そうに立ち上がり、サンダルを引っ掛けて庭に出た。


「カカカ! 優しい息子で俺ぁ嬉しいぜぇ?」


 酒呑童子もまた嬉しそうに威吹の後を追って庭へ。

 詩乃は静観するつもりのようで、室内からこちらを窺っている。


「で、何すりゃ良いんだ? 言っとくが不思議な力が使えたり、馬鹿力を出したりとかは無理だぞ」

「そりゃまあ、そうだろうな。まだ人間としての殻が残ってるみてえだし」

「じゃあどうするんだ?」

「お前は何もしなくて良い。俺がちょいと、お前の中に流れる血を励起させるだけだ」


 言って酒呑童子はその大きな手で威吹の頭を包み込んだ。

 すると、


「ッッ!?」


 何か熱いものが流れ込み大きく心臓が脈打った。


「ん……くぅ……!!」


 根拠のない万能感が心を満たす。

 激しい力の本流が五体に漲る。

 自身に訪れた変化に困惑する威吹だったが、


「――――」


 窓ガラスに映る自分の姿を見て絶句。


「こ、これは……」


 頭から伸びる触角にも似た湾曲気味の二本角。

 背中には濡れたような黒が艶やかな烏の翼。

 尻のあたりからは眩い黄金の毛並みが目を惹く三本の尾。


「…………自己主張強過ぎだろ」


 鬼、天狗、妖狐。

 誰一人として譲るつもりはないらしく、これでもかと自己主張をしている。


「おぉ、雄雄しい角じゃねえか。角が良い、角だけが良い」

「うん、綺麗な尻尾だね。尻尾以外は全部糞だけど」


 親二人の言葉を聞き流しながら威吹は思った。


「出来損ないのキメラみてえで逆に弱そう」

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