第1話 Flower Language of Mimosa前編②
それから6年後。
約200年前、世界に突然森林種、翼族種、天界種などの亜人種が現れ、人工人間が作られた事で、命を作る側、作られる側が存在する事となった世界。
イギリス、ロンドン
聖母子大聖堂孤児院でミモザと名付けられたその人工人間の少女、もとい少年は、孤児院一のやんちゃ者になっていた。
平たく言ってしまえば、超問題児である。
ただ、そうした子供はどこにでもよくいるようで、ミモザはそんな、破天荒な子供の一人だったのだ。
聖母子大聖堂孤児院は、大規模な孤児院である。なので一括りに孤児と言えど、人種は様々だった。そこで人工人間だったミモザは、皆からバカにされていた。勿論人工人間はミモザばかりではなかったが、出る杭は打たれるというもので、意地っ張りのミモザは、よく皆と意地の張り合いをしていたのだ。
今日もミモザは生意気を言って、友達から挑戦状を受けた。孤児院の外側には少し高めの柵が立てられており、柵を超えるのは孤児院の禁止事項になっている。その事で逆に禁止事項がある種の度試しになっているのだが、ミモザは「柵なんて軽く超えてやるよ!」などと言ったものだから、皆からやってみろよと蜂の巣を叩いたように試され、行くしか無くなったのだ。
もう後に引けないミモザの周りには、何人かが駆けつけ、そしてミモザをからかっていた。
「どうしたミモザ、怖いのか?」
「あ?何が怖いもんか」
「なら行けよ!」
「早くしろ!」
「ほらやっぱり怖いんじゃねーか!」
そう囃し立てる周りに、ミモザは突っかかる。
「うるせーな。行けつーんだったら行ってやるよ!」
そしてミモザは頭がカンカンになったまま、柵を登ろうとする。
「おい待てミモザ!」
そんなミモザを、隣で全力で止めようとする少年がいた。
彼の名はリゲルという。
「お前はバカか!少し落ち着けよ!」
ミモザは聞かない。
「うるさいな。悔しくねーのかよ!」
「そうじゃないんだよ!乗せられて馬鹿をやるのはもうやめろって言ってんだ!」
「俺はバカじゃねえ!」
しかしミモザはあろうことか、リゲルを無理矢理加えようとする。
「リゲル、おまえも手伝えよ!」
「はあ?!」
「俺の強さをこれで証明するんだ!」
リゲルはどつく。
「このどアホ!本気で言ってるのかミモザ?!」
「俺はいつだって本気さ!」
「……この猪突猛進バカ!」
リゲルから溜め息が出た。
リゲルは翼族種の男の子で、黒い短髪に白い鳥のような羽、そしてくりくりした目に童顔の、すこし整った少年だった。頭も他の子より賢く、問題事を解決するのは日常茶飯事だった。
ミモザとは幼馴染だが、もちろんミモザとの出会いは、ミモザが一方的に話しかけてきたのを、リゲルが耐える所から始まった。
今回孤児院とは関係の無いリゲルがここにいるのも、ミモザに手を無理矢理引かれて来たからである。
「いいから止めろって!」
「いいや、俺は止めないね!」
「バカ言ってんじゃねぇ!」
「俺はバカじゃねえ!」
リゲルとミモザがそんな押し問答を続けている間に、何故か突然、周りは全員いなくなっていた。しかし二人は頭に血がのぼって気が付かない。
するとそこへ甲高い声が降ってくる。
「あなた達、何をしているの!」
二人のもとへ、教会で孤児の世話をしているシスターが駆けつけてきた。周りには、さっきまでいた友人たちがシスターの服を掴んで先導している。
「先生、ここ」
そう言って友人は話す。
シスターは眉をこれでもかと寄せて顰め面になり、ミモザを見ると叱るようにこう言った。
「ミモザ、またあなた何かしたの?!」
その言葉にミモザは、少し恨めしそうな目をした。
「どういう事か、よく説明して貰いますからね」
「バケツを両手に持ってここに居なさい。良いわね」
孤児院の事務室でミモザが渋々説明をし、シスターから長々としたお説教を受けた後、ミモザは罰として、両手にバケツを持って「イエス様、私は柵を越えようとしてしまいました。ごめんなさい」という看板を首にかけて廊下に立たされる事となった。孤児院の人間ではないリゲルも、何故か連帯責任でバケツを持たされる事になった。
「ミモザが怒られてやんの〜!」
これでは格好の見世物だ。目の前を通っていく友人から、何人もクスクス笑われた。ミモザはバカにされて、まるで小さな犬さながらに、友人に向かって吠える。
「笑うな!」
それを横目で見て、リゲルはミモザに分からないくらいの笑みを浮かべる。ムスッとするミモザが、リゲルなはなんだか可笑しかった。
ふとミモザが問いかける。
「リゲル」
「ん?」
リゲルは応える。
「なんで俺に付き合ったの?」
「あ?」
「なんで俺と一緒に柵を越えたのって言ってんの」
リゲルは渋々言う
「はあ?だってお前が一緒に来いって言ったからだろ!」
「そりゃそうだけど!」
ミモザの言葉にリゲルは意味を理解し、少し俯き、こう言った。
「……お前の暴れ倒しが、綺麗だったから」
しかし当のミモザは、全くその意味が分からない。
「何それ」
「知るか。うるせぇ」
リゲルは正直、この「腐れ縁」のミモザを「変な奴」と思っている。それでも、リゲルがいつもミモザについて行くのは、彼の言う通り、ミモザの人生の暴れ倒し方に非常に心を掴まれ、動かされるからだ。
まだ二人が出会って間もない頃、人工人間であるミモザを「弱い立場のバカ」と馬鹿にしたリゲルに、ミモザはこう言った事がある。
「その『弱い立場のバカ』というのは、この俺を見ての事なのかな?今、人工人間や弱い立場の人を馬鹿にしたかな?」
「ふざけんじゃねぇよ」
リゲルは、目を大きく見開いた。
それ以降、リゲルは少なくともミモザの事を「弱い人工人間」と思った事は、絶対に一度も無かった。
……まあその代わりに、こうしてミモザの起こした事件で罰を受ける事も増えたのだが。
「じゃあ質問のお返しなミモザ」
「何それ」
「知るか」
ミモザは眉をしかめる
そのミモザを尻目にリゲルは横を向いたまま話す。
「お前はなんでそんなに暴れるんだ?」
「は?」
「お前は何でそんなに暴れるんだって言ってんの」
ミモザは気に入らないと言った風に返す。
「俺は暴れてねぇ」
「うるさいな暴れてるだろ」
ミモザは首を傾げる。
「そうか?」
「あのなぁ……」
そして、ミモザはリゲルに話し出す。
「強くなりてぇんだよ」
「は?」
「俺は産まれてからこの体だ。だから、他の人より不自由とか、可哀想とか、そう感じたことは、他の人の体なんかじゃねえから、無い。だから、人工人間だからってバカにされるのが嫌なんだよ。でもみんななバカにしてくる。俺はそんな奴らを見返してやりたい」
「だから俺は、この体で強くなって、いつか大きくなりたいんだよ」
そう言ってミモザは、今まで以上に強い目で呟く。
「強くなりたいんだ」
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