第三十一話 俺はロリコンじゃねぇ

「いや、ラブい話って言われても……」


 そんなことを言われてすぐに語れるほど、俺も恋愛経験が豊富なわけではない。


「じゃあさ、暁兄ちゃんは運命の人っていると思う?」


 いつの間にか、鈴が俺の膝の上に腰をかけながら言った。

 こいつ、大人しい性格の姉とは正反対だなと思う。


「さあ、どうだろうなぁ……」


「ちょっと、もう少し真面目に考えて」


 六花に睨まれる。……こいつはクールな素振りをしているけど、意外とこういう恋愛話にも興味があるのか。


「運命、ね……。あんまり、その言葉は好きじゃない」


「どうしてですか? わたしは、運命の人って素敵な響きだと思いますけど……」


 理沙が不思議そうに首を傾げた。


「全部最初から運命で決まっているとしたら、人は何のために生きてるんだ」


 俺のこれまでと、これからの人生。

 その中の喜びも、苦しみも。

 出会いも、別れも。

 何もかもを運命なんて言葉で片付けられるとしたら、生きている意味が分からなくなってしまう。


「好きな相手と付き合えたのは運命だからとか、そうじゃないのは運命が違ったからだとか……俺はだけど、それは何か違うと思う」


 ……子供相手に、俺は何を大真面目に語っているんだ。

 何だか無性に恥ずかしくなってきた。


「お兄様っ! わたし感激しましたっ!」


 今の話の、どこが琴線に触れたのかは分からない。だが、涼華は目を潤ませて俺の右手を引っ張り上げると両手で握りしめてきた。


「へぶっ!?」


 それが勢い余って鈴の鼻先を強打する。しかし、そのことに涼華は興奮しているせいか全く気がついていなかった。


「自分の道は自分の力で切り拓いていくべし、ということですよね!」


「あ、ああ、まあ、そういうこと、なのかな……?」


「わたしも常々そう思ってました! 暁お兄様は同志ですね!」


「そ、そうか。……よろしくな、同志」


「はいっ! ……って、あら鈴。どうしたの?」


 鈴は強打された鼻を涙目でさすっていた。


「おまえのせいじゃい!」


「ちょっ、何よ、訳が分からないわよっ!」


 鈴が俺の膝上から飛び降りて涼華に飛びかかったが、それを涼香はひらりと避けた。

 それから、今度は鈴が涼華を追いかける鬼ごっこが始まった。


「なあ、こんな話でよかったのか……?」


「……まあ、それなりには参考になったよ」


 六花が俺の方を見て、微笑んでいた。


「おまえ、笑ってる方が可愛いな」


「唐突に口説こうとしてくるな、ロリコン」


 その微笑みは、一瞬にしてゴミを見るような目へと変わった。

 ……前言撤回。やっぱり可愛くないな、こいつ。


「目上の人間には敬語を使えって習わなかったのか、ああん?」


「ロリコンは目上の人間には入らないでしょ」


「こ、こいつ……!」


 どうすればこの生意気なガキに、俺がロリコンではないと分からせてやれるだろうか。


「あ、鈴が転んだ。パンツ丸見え」


 六花のその言葉に脊髄反射で首が動いた。しかし鈴は転んでなどおらず、元気に走り回っていた。


「……反応早すぎて気持ち悪いな、おまえ」


 六花が俺のことをゴミ以下の汚物を見るような目で見ていた。

 ……ハメやがった、このクソガキ!


「ち、違う! 俺は決してパンツに反応したわけじゃなくてだな! 鈴が怪我してないか心配で!」


「どうだか」


「心配してる目とは、ちょっと違ったようなー……」


 理沙まで何を言い出すのだ。

 俺はただ……そう。ただ、鈴を心配しただけだというのに。


「はー。……そりゃ、鈴のお姉ちゃんとも別れるわけだね。だって、ちっちゃい女の子が好きなんだから」


 それとこれとは断じて関係ねぇぇぇ!

 てか、俺はロリコンじゃねぇぇぇぇぇ!


「でも、鈴ちゃんのお姉さんと付き合ってた時点で、その、暁さんはただのロリコンっていうのとは違うような……だから……」


 いいぞ、理沙。

 その調子で俺の味方になってくれ。


「ロリコンって言う方が、正しいんじゃないかな?」


 ダメだ、理沙こいつも敵だった。


「おー。理沙、頭いいねー。何かすごいしっくりきた」


「暁さんって多分……女の子なら何でもいいんだよ、六花ちゃん」


 理沙は大人しい顔をして、とんでもないことを言う奴だった。おそらく、この四人組の中で一番の鬼畜だ。


「メチャクチャやばい奴じゃん」


「すぐ近くにいる人間の悪口で盛り上がるな」



 それから四人と話をしたり、公園の中で遊んだりした。

 鬼ごっこでは俺が鬼になり、大人気なく本気を出して全員を捕まえた。

 子供に混じって本気で遊びを楽しめるあたり、やはり俺も図体がでかいだけで子供なのかもしれない。


 そして、夕暮れ時。

 楽しい時間が過ぎるのは、いつも早い。

 こんな感覚は、不登校部の四人で集まって遊んだとき以来だった。


 そして最後に、自販機で缶ジュースを買い四人に振る舞ってやった。……これも年上として、せめてもの貫禄を見つけるため必要経費だと自分に言い聞かせる。


「……ありがと」


 その時ばかりは、小生意気な六花も照れ臭そうに礼を言うのだった。


「あれ? お兄ちゃんから電話来てた……全然気づかなかった……」


 理沙が自分のスマホの画面を見ながら言う。


「理沙、遅くなるって家に連絡しなかったんじゃない?」


 六花の言葉に、理沙がハッとする。


「うん、すっかり忘れてた……。心配かけちゃったかな……」


「省吾にいは、シスコンだからねぇ……」


 六花の呆れた声。

 その言葉を俺は聞き流しかけたが、どこか違和感を覚えた。


「……省吾?」


「はい。うちのお兄ちゃんの名前です」


 理沙がスマホで文字を打ちながら言う。

 おそらく兄にメールか何かを送っているのだろう。


 ……いや、まさかな。

 そんな珍しい名前でもないし、偶然の一致という可能性もある。

 ──でも、もしかしたら。


「おまえのお兄ちゃんっていうのは、目付きが悪くて、髪を赤く染めてたりするか?」


 俺の言葉を聞いた理沙が、何故それを知っているのかと目を見開いた。


「お兄ちゃんを知ってるんですか?」


「……まあ、ちょっとな」


 絶交に近い宣言をされているため、友達だとは言えなかった。


「……あ、あの。お兄ちゃん、最近元気がなくって……。暁さん、何か知っていませんか……?」


 それを聞いて、不謹慎ながらも俺は心のどこかで喜んでいた。

 そうだ。あいつだって、今回の件で何も感じていないはずがないんだ。……だったら。また俺たちが元に戻れる道だって、きっとあるはずだ。


「ああ、知ってる。……でも、俺がきっと何とかしてみせるから、心配するな」


「……そうですか。お兄ちゃんを……兄を、お願いします。あんなだから誤解されやすいですけど、本当は優しい人なんです」


 理沙が俺に向かって、頭を下げる。


「……ああ、それも知ってるよ」


 理沙のスマホが振動し、メッセージの着信を通知する。


「あ。お兄ちゃん、迎えに来るそうです」


「……そうか」


 あれから俺の方も省吾に何度か電話をかけたりメッセージを送ったりしたが、全部無視され続けていた。

 しばらくは会えないだろうと思っていたが、こんな早くに機会が巡ってくるとは。


「俺がここにいることは、省吾には黙っててくれるか?」


「……分かりました。それが、お兄ちゃんのためなんですね?」


 この子は察しが良くて助かる。


 ……絶対に、省吾の本音を聞き出してやる。

 俺は決意を胸に秘めて、ここに省吾が訪れる──その時を待った。

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