第二十五話 平原 香苗

 新一しんいちは優の帰る場所を作るため、父親と対話をしている。今まで向き合うことを避けていた問題に、真正面から対峙しようとしていた。


 俺もまた、今までうやむやにしていたことに向き合わなければならない時がきた。


 平原香苗ひらはらかなえ

 俺たち不登校部の仲間であり――――

 ――――その場の感情に身を委ねて、関係を持ってしまった少女。


 彼女とは交際をしているわけではない。

 だとしても、香苗にゆうとの関係を黙ったままでいるわけにはいかないと思った。


 歪な形ではあるが、それでも香苗は俺のことを好いてくれている。それをなあなあにしたままでは、俺も香苗も次に進むことはできないだろうから。


 ……しかし、どうやって香苗に話を切り出せばいい。

 彼女を傷つけずに済む方法は、果たしてあるのだろうか。


 一人で考えることに煮詰まった俺は、誰かに相談することにした。

 新一……はダメだ。言えば相談には乗ってくれるだろうが、あいつも今は大変なのだから邪魔はしたくない。

 かえで……も却下だ。元カノに女性関係の悩みを相談するなど正気の沙汰ではない。


 そうなると俺の狭い交友関係の中には、もう既に一人しか残っていないのであった。


「というわけなんだけど。……どうすればいい?」


 俺は省吾しょうごをファーストフード店に呼び出して、事のあらましを話した。

 省吾なら香苗のことや優のことも知っているため、相談相手としては適任かと思ったのだが……。


あきらよぉ……。俺に恋愛絡みの相談なんかすんじゃねぇっての。テメェ正気か?」


 目の前にいる赤毛のヤンキーは、困惑した様子でハンバーガーを咀嚼していた。


「頼む、省吾。俺には、もうおまえしかいないんだよ……」


「暁……」


 ……おいやめろ。たしかに今の台詞はちょっとアレだったかもしれないけど、そんな恋する乙女みたいな目で俺を見つめてくるな。


「へっ、仕方ねぇな。そういうことなら相談に乗らないわけにはいかねぇな。……だけどよ」


 省吾は照れ臭そうに鼻の下をさすると、それからキッと俺を睨みつけた。


「クソ野郎だな、テメェ」


「……否定はしない」


 自分でも、そう思ってはいた。だが改めて人に言われると、また胸にズンとくるものがあった。


「なあ、暁よぉ。テメェのどこがクソか分かるか?」


「……香苗とのことを、なあなあにしたまま優と付き合ったことだろ」


ちげぇ。……いや、それもそうだけどよ。ここまで来といて、今更あの香苗ガキを傷つけないで済む方法が無いかなんて考えてんのがクソなんだよテメェは。虫が良すぎるとは思わねぇのか?」


「……返す言葉もない」


 本当に、その通りだと思った。

 そんな方法があるわけはないって、心のどこかでは気づいてた。それなのに、俺は見て見ぬ振りをしていたんだ。

 ……本当に俺って奴は、成長しない。


「もうどこに進もうが、あのガキを傷つけるしかねぇんだよ。テメェは」


「……ああ」


「その上で、テメェはどうするかだろうが。……俺からは、これ以上なにも言えねぇ」


「……悪い。嫌な気分にさせちまって」


 俺は省吾に頭を下げた。


「バカが、頭上げろ。俺はテメェをクソ野郎だと言ったが、別に嫌な気にはなってねぇよ。ダチの相談くらい、いつだって乗ってやんよ」


 俺が頭を上げると、省吾はニッと笑っていた。

 ……ああ、俺は本当にいい友達を持ったんだな。


「……ありがとな」


「いいってことよ。……しかし、暁よぉ。まさか、テメェが優と付き合うとはなぁ」


「な、何だよ……?」


「暁ってよ……ロリコンだったんだな」


 唐突にロリコン疑惑を突きつけられた!


「違う! 断じて違うぞ! 俺は優の顔とか体とか、そういうのじゃなくて……アレだ! 性格や趣味が合ってだな! とにかく俺はロリコンじゃねぇぇぇぇっ!!」


 俺は省吾からのロリコン疑惑を払拭するために思わず叫んでしまい、店内の注目を集めてしまった。

 すると周囲の客がざわつき始め、あの人ロリコンなの……? という顔で俺の方を見ていた。だが今の俺は、それどころではない。なんとか打開策を見つけねばならないのだ。


「……いっそのこと、香苗に優を紹介すりゃいいじゃねぇか。 テメェがロリコンだって分かったら、千年の恋も冷めるんじゃねぇの?」


「……ふむ、なるほどな」


 一見するとバカげた意見のようにも思えるが、意外と有りかもしれない。……だがしかし、それはロリコンという深い業を一生背負うことも意味している。


「……おい、冗談だぞ。真に受けんなよ」


「えっ!? そうなのか!?」


「テメェ、たまに死ぬほど頭悪くなるよなぁ……」


「……うるせぇ」


 それから相談料ということで、この場は俺が奢り省吾と解散した。


 省吾が去り際に言った「刺される覚悟くらいはしておけよ」という言葉が胸に突き刺さったが、俺は覚悟を決めて香苗を呼び出す決意をした。


 しかし、話の内容が内容だ。こういう場所ではなく、できるだけ人気ひとけのないところがいいだろう。


 ふと頭に浮かんだのは、学校の屋上だ。

 ……楓と別れ話をした場所だからだろうか。


 しかし、学校だと不登校児である香苗は来たがらない可能性が高い。


 さて、どうしたものか。

 ……いや。ひとまず場所は後で考えて、まずは香苗に連絡をしよう。そもそも、今日中に香苗と会えるとは決まってないのだから。


 そして俺はスマホのメッセージアプリを使い、香苗に会って話がしたい旨を伝える。すると、返信はすぐに来た。


『いいよ! 今日お父さんとお母さん家にいないから、うちに来てよ!』


「……」


 非常に悩む。

 両親がいない香苗の家。

 たしかに、そこなら誰にも邪魔をされない。香苗と、じっくり話ができる空間だ。……だが、刺されるのとは別の意味で襲われる可能性も非常に高い。

 そのときに、果たして俺は理性を保てるだろうか。


 ――――否ッッッ!

 今の俺には優がいるのだッッッ!


 今の俺なら、ちょっとした香苗の色仕掛け程度でどうこうなることはないはずだ。


 覚悟を決めた俺は、まず自分の家にいる優へ少し遅くなるとメッセージを送る。そして香苗には、これから彼女の自宅に向かう旨を返信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る