第二十四話 二人の時間

 紆余曲折ありながらも、ようやく家に辿り着く。

 まずやらなければならないことは、雨で冷えた優の体を温めることだ。


「優、とりあえずシャワー浴びろよ。そのままだと風邪引くぞ」


「……でも、着替えがない」


「俺の部屋着とか貸してやるから安心しろ。でかいだろうけど、それは我慢してくれ」


「……でも」


 そう言い聞かせても、優はまだ何か言いたげだった。


「そのままだと、暁も風邪引いちゃう……」


「……ああ、いや。別に俺のことは気にしないでも」


「ダメ」


「そう言われても、どうしろと……?」


「えっと……あの、その……」


 優が頬を赤らめて、うつむいた。

 それから口を開こうとしては、やめるのを何度か繰り返していた。そして消え入りそうな声で一言、こう言った。


「……暁と、一緒に……入る」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 一緒に入る? 誰と誰が? どこに?


 ……俺と優が、一緒に風呂に入るだと!?


「……は!? バ、バカ、何言ってんだおまえ!?」


 それを理解した途端、自分の顔面が一気に熱くなるのを感じた。きっと、優に負けじと俺も赤面していることだろう。


「だって、そうしないと……暁が風邪引いちゃうから……」


「いや、そうかもしれないけど! でも普通に考えてダメだろ!?」


「なんで?」


 優が無垢な瞳をこちらに向けてくる。

 ……何だこいつは。警戒心がないのか?

 いや、違う。どちらかと言えば警戒心が強い奴のはずだ。

 だとすると、俺を信用してくれているのか?

 それは嬉しい。とても嬉しい。だが、俺の理性が耐えられるか不安だ。


「……ダメなものはダメだ。第一おまえ、恥ずかしくないのか?」


「そ、そんなの……は、恥ずかしいに決まってる……。でも、暁に風邪、引いてほしくない……から……。暁が先に入ってって言っても、嫌って……言うでしょう……? だから……」


「……」


 ああ、そうか。

 俺が優のことを心配するのと同じように、ただ純粋に優は俺のことを心配してくれていたんだな。


 そういうことなら、優の気持ちを無下にすることなんかできるはずがない。


 これは試練だ、有馬暁ありまあきら

 プラトニックラブ宣言をしたからには動じることなく、これくらいのことは乗り越えなければならないのだ。


 それに優の体をよく見てみろ。

 まるで凹凸のない、子供そのものじゃないか。

 これに欲情するようでは世紀末だぞ。

 ロリコンという十字架を一生背負うことになるぞ。


「……なんか、とても失礼なことを考えられた気がしたんだけど」


「気のせいだ。そういうことなら一緒に入ろうか、優」


 俺は打って変わって、爽やかな笑顔でそう言った。


「うん。……暁、わたしが成人するまでは手を出さないって言ってくれてたよね?」


「その通りだ」


「……じゃあ、それは何?」


 優の白い目が、俺の下半身に向けられていた。


 なんということでしょう。

 匠の手により、そこには立派なテントが張られていたのでした。


 そんなナレーションが俺の脳裏に流れたが、そんな場合ではない。


「こ、これは違うんだ……優!」


 股間をもっこりさせながら言うが、我ながら説得力ゼロである。


「……暁は、やっぱりエロい」


「クソ! どうしてこんなことに!? いつからだ!?」


 その場にうずくまり、俺は両手で頭を抱えて叫んだ。


「暁がわたしの体をエロい目で見てたとき、どんどん大きくなってた」


 ……丁寧な解説をありがとう、優。

 まじまじと見ていたことに気づかれていたのと、膨らんでいく股間を見られていたことが分かって、おかげで死にたくなったぞ。


 ということは、つまり。

 ――――俺は、ロリコンなのか?

 否ッ! 断じて否ッ!! それだけは認めるわけにいかないッッッ!!


「……いや、違う。そうじゃない」


「何が」


「優は知らないかもしれないけど、男ってのは疲れてるときに自然とこうなることがあるんだ」


「……ふーん」


 あ、その目は信用していないな。

 だが、それはいい。この問題は俺が俺を納得させることができればいいのだ。


「ずっと走りっぱなしだったからなー、ははは」


「……そう。それなら、そういうことにしとく」


 よし、乗り切ったッッッ!!

 乗り切ったと思っているのは俺だけかもしれないけど、兎にも角にもロリコン認定は回避した!


 そうこうしているうちに股間のテントも畳まれ、俺は再び立ち上がることができるようになった。


「さあ、風呂に行こうか。優」


 改めて爽やかな笑顔で優に手を差し出す。しかし今の一件で好感度が落ちてしまったのか、優は俺の手を取ろうとしない。


「一緒に入るのはいいけど、やっぱり恥ずかしい……。だから……」


 そう言って、優は恥ずかしそうに目を逸らすのだった。




◇◆◇




 かくして俺は、現在優と一緒に風呂場でシャワーを浴びている。


「……どうしてこんなことに?」


 俺はタオルで目隠しをされていた。


「暁がエロいから」


 そう言いながら、優が俺の背中を流してくれる。


「ええー……」


 やはり信用されていないようだった。

 というか、これはこれで、そういうプレイみたいで逆にエロいのではないかと思うのは、俺の心が汚れているからなのだろうか。


 ――――いや、考えるな有馬暁。

 ――――その思考は、ともすれば致命傷になる。


 大事な部分はタオルで隠しているとはいえ、今この状態で海綿体に血液が送られようものなら……それは大惨事だ。

 それに相手が自分の彼女とはいえ、中学生女子に己の怒張したモノを見せつける変態になってしまう。


 無心だ。

 無心になるのだ、有馬暁よ。


「……おまえってさ、隙があるのかないのか分かんないよな」


 俺は気を紛らわすために、優と世間話をしてみることにした。


「……どういうこと?」


「エロい目で見られるのは嫌そうなのに、一緒に風呂入ろうって言ってみたり」


……今更だが、話のチョイスをミスった気がする。


「別に、嫌なわけじゃ……ない」


「え? ……いや、だって現にこうして目隠しさせてるじゃないか」


「……それとこれとは、別。い、嫌じゃないけど……。でも、は……恥ずかしいもん……」


「そ、そういうもんなのか。いやでも、エロい目で見られるのが嫌じゃないって……」


 それ、割と問題発言な気がするぞ。

 もしかして、優は――――。


 ――――淫乱ッッッ!?


 ……それはそれでいいかもしれない。


「バカ。誰にでも、そうなわけじゃ……ないから」


「……というと?」


 その意味を理解できていたが、どうしても優の口から言わせてみたくなった。


「……暁、だから。好きな人には、だから……って、もうっ……バカッ……! 言わせないでよ、こんなことっ……!」



 ――――メチャクチャ可愛くないですか?



 思わずモノローグの口調が変わってしまうほどだった。




◇◆◇




 風呂から上がり、優には俺の部屋着を貸してやる。案の定ダボダボだったが、それはそれで可愛いかった。


 そして二人で子猫と遊んでいると、不意に優のスマホが鳴る。なにかメッセージの着信を伝えてきたようだ。

 その内容を確認した優の顔が、みるみる青ざめていった。


「……どうした?」


 俺は心配になり、声をかける。


「お兄ちゃんから……」


「……新一から?」.


 ……まさか、父親関連のことで何かあったのだろうか。


「家に隕石が落ちて倒壊したって……。ど、どうしよう……」


 俺は、ずっこけそうになるのを必死で堪えた。

 あの野郎、結局そのネタを使ったのかよ!

 いや、しかし。この様子からすると、まさか本当に優は信じている……?


「だから、家が直るまで……暁の家に泊まれって……」


「あ、ああ。……別に、それはいいぞ」


 俺の彼女はメチャクチャ可愛い。そして、ちょっぴりアホの子なのだった。

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