第二十話 それは、恋と呼べるものなのかもしれない

 ゆうを探すと言っても、何か当てがあるわけではない。

 勢いよく駆け出したはいいが、どこへ向かえばいいのかも分からない。


 たしかに新一しんいちには、そんな簡単に優は死ねるわけがないと言った。しかし、あれから時間もかなり経過している。既に優が自殺を決意し、それを実行に移していてもおかしくはない。……もしかしたら、今この瞬間にも死のうとしているかもしれない。


 考えろ有馬暁。死ぬ気で頭を回せ。

 闇雲に探し回っている時間などない。

 行く場所の選択を誤れば、バッドエンドに直行だ。


 優が死ににいくとしたら、どこだ。

 優のことを思い出せ。あいつはいつも何をしていた。何を言っていた。


 ……くそ、分からない。あいつは俺と一緒にいる時いつもスマホをいじってるか、猫と遊んでるかしかしてなかった。それに無口だから、あんまり喋らなかったし。


 ……待てよ、あいつがいつもスマホでやっていたのはゲームかSNSだったよな。


「……可能性は薄いが」


 もしかしかたら、優はSNSに何か投稿しているかもしれない。

 俺は一度立ち止まり、スマホでSNSのページを開く。

 しかし、優のアカウントを俺は知らない。一体どうやって探せばいい? ……そこで俺は一つ閃く。たしか、このSNSでは誰かが投稿した内容をキーワード検索できるはずだ。あいつが何か投稿してそうな内容、あるいは投稿していたと確実に分かる何かが……。


「……ある」


 あのとき優はSNSを使って、迷い猫の情報を拡散していたはずだ。


「よし。迷い猫、と。……げっ」


 迷い猫で検索してみると、それだけで膨大な数の投稿があった。

 だが、情報は絞れる。おおよそ一ヶ月ほど前のもので、うちにいる黒い子猫みたいな画像を探せばいい。それに加えて、一万人のフォロワーを持つアカウント。それらの情報を辿れば必ず優の投稿は見つかるはずだ。


「……あった!」


 それは意外にも、すんなりと見つかった。

 見覚えのある部屋に、これまた見覚えのある黒い子猫の画像が載せられた投稿。……間違いない、これが優のアカウントだ。

 アカウント名は……。


「卑屈ちゃん、か……」


 話しているときこそ、そういうところは余り見られなかったけど。どちらかといえば、あいつは不遜ちゃんの方がイメージに合うな。


 ……いや、そんなことは今どうでもいい。

 卑屈ちゃん……優の最新の投稿は、約三十分ほど前。……よし、何とか大丈夫そうだ。

 まだ生きている可能性が高そうなことに、俺は安堵して胸を撫で下ろす。


 投稿されていた一連の内容を見ると、まるでそれは懺悔のようだった。


『このアカウントは本日をもって停止します』

『私は母を殺しました』

『家族を壊しました』

『全部、私の心が弱かったせいです』

『私には、生きている理由がなかった』

『かと言って、死ぬ理由もなかった』

『だから、今まで生きてしまった』

『でも死ぬ理由ができたので、今日で全てを終わりにします』


 今日の投稿は、これで全部だった。


「くそ! これで終わりかよっ! 手がかり……何か手がかりは……!」


 更に過去の投稿内容へと遡る。

 どうやら優はイラストを描いていたようで、好きなゲームやアニメのファンアートが散見された。それは素人目に見ても上手だと思う。フォロワーが一万人もいるのは、これが理由か。謎は解けたが、そんなことは今どうでもいい。


 投稿の多くは優が描いたイラストや、アニメやゲームに関する話題が大多数を占めていた。……だが、そんな中で一つだけ目に留まるものがあった。


『人を好きになるのって、こんな感じなのかな』


 ……なんとも言えない感情が、俺の胸中に渦巻いていく。


「……」


 俺は恋愛感情を知らない。知ることができなかった。

 かつて俺がかえでに抱いていたのは、ただの所有欲と支配欲だった。それが自分の思い通りにならないと思った瞬間、もう楓のことがどうでもよくなった。


 ……でも、もしかしたら。

 相手が自分から離れていっても、それでも今だって追おうとしている……この感情は。


 ――――もしかすると、これが恋と呼べるものなのかもしれない。


「……絶対に見つけてやる」


 とにかく探す。手がかりを探す。優の居場所に繋がるものなら何でもいい。

 俺は藁にもすがる思いでスマホの画面をスクロールし続けていると、一枚の写真が目に入る。イラストばかりの中で、唯一の写真の投稿だった。


『思い出の場所』


 そんな言葉とともに添えられていたのは、夜の神社の写真だった。……見覚えがある。この町に一つだけある神社だ。


 それが優にとって、何の思い出がある場所なのかは分からない。

 だが、優は確かに今日そこへと行った。しかし、まだいるという確証はない。

 優が本当に死にに行ったのだとしたら、今もいる可能性はむしろ薄いくらいだ。自殺に適した場所なんて、他にいくらでもあるのだから。


 でも、これは現状で唯一と言っていいほどの手がかりだ。

 優が死ぬ前に、最後に思い出の場所へと立ち寄っているかもしれない。そこにいなかったとしても、何か有用な手がかりが残っているかもしれない。


 その可能性を最後のよりどころとして、また俺は走り始めた。


 息を切らせながら、優のことを想う。


 優、頼むから死なないでくれ。

 俺の前から、いなくならないでくれ。

 たしかに俺たちは、一ヶ月ほど一緒にいただけかもしれないけど。

 これがまだ、恋なのかも分からないけど。


 ――――それでも。それでも俺は、おまえと一緒に生きていきたいんだ。

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