第十八話 神谷 新一
俺は、
もう、何も考えたくなかった。……いや、何も考えられなかった。
外は既に暗い。
今更優を探しに行っても、きっと見つけられないだろう。それに、そんなことはあいつも望んでいないはずだ。
「……これで、よかったんだ」
――違う、これでいいはずがない。
「あいつは死にたいんだから……これが、優しさなんだよな」
――違う、こんなのは優しさじゃない。
「……腹減ったな。はは、こんな時でも腹は減るんだな。あれ、今何時だ……?」
こんなにも頭の中はぐちゃぐちゃで悲しいはずなのに、腹だけは減るのかと何処か他人事のように思った。
枕元にあるスマホで時間を確認しようとするが、画面がつかない。電源が切れていた。
「……そうか、昨日充電すんの忘れてた」
俺は重たい身体を起こすと、緩慢な動きでスマホにケーブルを繋げて起動した。すると、不在着信のメッセージが大量に送られてきていた。かかってきた時間帯は朝の十時ごろからだ。それはつい数分前までかかってきており、どれも同じ電話番号からだった。
「……優?」
違う、そんなわけがない。
そもそもあいつは、朝の十時にはここにいた。
優が俺の家を出た時間帯と同じときにかかってきた電話。
無関係とは思えなかった。
俺はメッセージに表示されている電話番号をタップし、発信をする。
スマホの画面上に表示された名前は――――
――――
「……」
何か、色々なものが繋がった気がした。
……俺はバカだ。何故、もっと早くに気がつくことができなかった。
優と初めて出会った場所。
そこへ行くよう俺に指示したのは、いったい誰だった?
町中を探し回っても飼い主の見つからない子猫。
猫は木の上にいた。今考えてみれば、子猫には登れないような高さだった。
……誰かが、あそこに猫を置いたんだ。
優の猫好きを利用して、俺と引き合わせるために。
そして優を不登校部に誘った日。
あのとき優の態度が急変したのは、いったい何が切っ掛けだった?
……新一の名前を見てからじゃないか。
その新一が不登校部を作り、俺を勧誘したのが一年と少し前くらいだ。
優が不登校になり、彼女の母親が家を出ていった時期とほぼ一致する。
つまり新一は、優の兄は――――
新一は恐らく、優と優に似た境遇の相手を引き合わせるために不登校部なんてものを作ったんだ。そして、それに俺たちが見出された。
『……
新一が電話に出る。
その声からは、感情を読み取れなかった。
「……全部。全部おまえの筋書きだったんだな、新一」
対する俺は、様々な感情がない交ぜになり爆発しかけていた。
俺が信頼していた男は、俺や不登校部のやつらを利用していた。
かつて自分が不登校だったから同じ境遇の人たちをどうにかしたいと言う、その言葉は嘘だったんだ。
――いや、それよりも許せないことは。
優に母親が自殺したという事実を突き付け、彼女に決して癒えることのない傷を植え付けたことだ。
これは怒りなのか。それとも悲しみなのか。もしくは失望なのか。あるいは、その全部か。もう、よく分からなかった。
『……気づいたか。流石だな、暁』
「心にもないことを言うな。……よくも、よくも俺たちを散々利用してくれやがったな」
『ああ、おまえたちを利用したことは事実だ。それは否定しない。……優はそこにいるのか?』
「ふざけるなよ新一。おまえに優の心配をする資格なんてない!」
『それこそ他人のおまえにとやかく言われる筋合いはない。いいから質問に答えろ。優はそこにいるんだな』
俺の発言が気に障ったのか、新一は怒気に満ちた声を発する。いつもおちゃらけているこいつの、そんな声を聞いたのは初めてだった。
「……来たけどな、もう出ていったよ。これから死にに行くってな! 最後に、俺に……! お別れを……言いたかったって、そう言ってなっ……!!」
そう嗚咽混じりに怒鳴りながら、俺は悲しさからか悔しさからか涙が溢れてきた。
……ああそうさ、おまえに言われなくても分かってる。俺は、たしかに優とは他人だよ。
彼女と一緒に過ごした時間だって、そう長いわけでもない。
……だけど、それでも、いつからか。
俺は、あいつのことを大事だって……そう思っていたんだ。
優を、失いたく……なかったんだ。
『……そうか。あいつも母親と同じ道を選んだか』
その冷静な物言いが、俺の神経を逆撫でた。
「……っ! テメェッ!! どうしてそんなに冷静でいられるんだよっ!? なんで優に母親のことを伝えたっ!? 答えろっ!!」
『……暁。そのことも含め、会って話そうか。そして、省吾と香苗も呼ぶとしよう。こうなったからには不登校部も、もう廃部だ。あいつらにも、そのことを話しておく必要がある』
「俺は、俺はおまえを絶対に許せそうにない。……殺すかもしれないぞ」
脅しではない。俺は本気だ。
今、新一の顔を見たら自分を制御できる自信がない。
『殺す、か。……それは、おまえの父親のようにか?』
その言葉に、心臓を鷲掴みにされたかのような寒気が俺の全身へ走った。
……こいつは、俺がしたことを、何故、知っている?
いつからだ?
――決まってる、おそらく最初からだ。
多分こいつは、何もかもを調べ尽くした上で俺に接触してきたんだ。今思い返せば、恐ろしいほどに勘のいい男だった。
神谷新一とは、そういう人間だ。
『場所は……そうだな。この前缶蹴りをした、あの河川敷でいいか。じゃあな、暁。……待ってるぞ』
そう言うと新一は電話を切った。
……何だかもう、何もかもがどうでもよくなった。もう俺には、信じられるものなんて何一つない。俺も、全て終わらせよう。
そして、昔ネット通販で購入した大振りのボウイナイフを手に持つと俺は家を出た。
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