第三話 ネオエクストリーム缶蹴りデラックスⅡ

 それから、話はネオエクストリーム缶蹴りデラックスに戻る。


「ねぇねぇ! 省吾しょうごの体に缶をくっつけて、それをみんなで蹴るっていうのはどう!? すっごく面白そうじゃない!?」


 香苗かなえが名案とばかりに目を輝かせながら言う。


「オイ! それただのイジメじゃねぇか!? しかも何で蹴られる役が俺限定なんだよ!?」


「香苗、もっと健全な発想をしろ」


 新一しんいちが諭すように言い聞かせる。


「ちぇー、面白いと思うのになー」


「ぜんっぜん面白くねぇよバカッ!」


「何よ! あたし省吾よりは絶対に頭いいもん! バーカバーカ!」


 そして、いつも通り子供同士の喧嘩が始まってしまう。


「……もう普通に缶を蹴って、飛距離を競う遊びでいいんじゃないか?」


 俺は二人の喧嘩を遮って発言する。

 ヒートアップして収拾がつかなくなる前にと即興で考えた案だったが、どうやら省吾は気に入ったらしい。


あきら……おまえ天才かよ……めちゃくちゃ面白そうじゃねぇか……」


 ありがとう省吾。でも、自分で言っておいて何だが多分つまらないと思うぞ。


「えぇー、蹴るだけ? つまんないよ、そんなのー」


 案の定、香苗がブーブー文句を言う。


「テメェ! 暁の案にケチつけんじゃねぇよ!!」


 そして、何故か発案者の俺ではなくて省吾がキレていた。


「確かに悪くはないが、もう少しスパイスが欲しいところだな。それに、ただ飛距離を競うだけなら身体能力の高い省吾が勝つのは目に見えてる。それはどうする、暁?」


 答えを導くような新一の言葉。


「……ハンデをつけよう。例えば、俺を基準にして省吾は十メートル後ろに下がってから蹴る。そして香苗は十メートル先から蹴る。これなら、いい具合になるんじゃないか?」


 俺の言葉に三人が納得したように頷いた。


「スパイスについては……ありきたりだけど、罰ゲームでいいんじゃないかな。トップの人間はビリの人間に一つ命令をできるとか」


「なにそれ面白そう! 命令って、何でもいいの!?」


 香苗が興奮した様子で鼻を鳴らす。


 しまった! と、俺は内心舌打ちをした。


 もしも俺がビリになって香苗がトップになろうものなら、ナニをさせられるかわからない。……いや、分かるには分かる。だが、ここは敢えて分からないということにしておきたい。


「……命令は常識の範囲内にしろよ」


 俺は先に香苗を牽制することにした。


「常識ってナニー? なんなのかなぁー? あたし社会不適合者だからわかんなーい! あははー!」


 テンションが上がって仕方がないようで、香苗は笑いながらその場で小躍りしていた。


「……チッ、気に入らねぇな。もう勝ったつもりでいやがるのか?」


 省吾が香苗を睨みつける。


「ふふん! だって、省吾とあたしは二十メートルもハンデがあるんだよ? もう勝ち確っしょ!」


「俺と新一を忘れるなよ」


 俺がそう言うと、香苗は不敵に笑い返してきた。


「ふふん、あたしには秘策があるもんねー」


 秘策……?


 その言葉に俺は嫌な予感を覚えながらも、ネオエクストリーム缶蹴りデラックスはスタートした。


 四人で河川敷の階段を下り、緑地へと進む。


 俺を基準にして香苗は十メートル前へ、新一は五メートル後ろへ、省吾は十メートル後ろへと位置取る。


 新一が持参した空き缶と川辺に打ち捨てられていた空き缶を拾い、人数分を確保した。今回は役に立ったが、こんなにゴミが捨てられてるというのも嘆かわしい話である。


「ねぇねぇ、最初はあたしから蹴るよー! レディーファーストだよっ!」


 香苗が前方から声を張り上げ、こちらの返事も聞かずに助走をつけて缶蹴りの動作に入る。


 ……まったく、相変わらず勝手な奴だと呆れていたとき――――それは起こった。


 香苗は勢いよく缶を蹴り飛ばして、それからクルッと反転してから尻餅をついた。


 実にわざとらしい、というか絶対わざとだろう――――。


 ――――脚をM字に開脚していて、パンツが丸見えだった。


 その瞬間、俺の股間を電流が直撃するッッッ!


「ぐぉぉぉっっ……!」


 思わず俺は、呻き声を上げながらその場に蹲った。


 これが――――香苗の秘策ッ!


 この状態では、俺はまともに缶を蹴ることなどできずビリになることがほぼ確定する。


 同じ光景を見たであろう新一と省吾の方を振り返るが、どうやら二人はノーダメージのようだった。


 何故こいつらは女子のパンツを見ても平然としていられるんだッ!? 理解に苦しむッ!!


「えへへ、転んじゃったー。ほら次、暁の番だよ?」


 香苗がこちらに駆け寄ってきて、ニヤニヤ笑いながらそう言った。


「お、俺は最後でいい。新一、先に蹴ってくれ!」


「おう!」


 俺の声に新一が応える。


「チッ」


 香苗が舌打ちをした。……悪魔か、こいつ。


 だが、どうにか時間を稼ぐことには成功した。この間に、少しでもイキっているマイジュニアを鎮めるんだ。


 何パンツ見たくらいでイキってんだよおまえ! おまえの親は隠キャなのに、子供のおまえがイキリキャラになってんじゃないよ!


 俺が自分の股間と対話している間に新一と省吾が缶を蹴り終わったが、二人とも香苗の飛距離には及ばずだった。


 そして、今の俺があの二人よりも缶を遠くに飛ばせるはずもなく。


「ちっくしょぉぉぉぉっっっ!!」


 俺はヤケクソになり、前屈みのクッソ情けない姿勢のままヨボヨボと助走をつけながら缶を蹴ったが、それはコロコロと数メートル前に転がるだけに終わった。


 ――――それは、俺のビリが決まった瞬間だった。


「どうした暁、腹でも痛いのか?」


 新一が俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。


「痛いのは……心さ……」


 香苗にいいようにやられた自分が情けなくて、俺は心の中で涙を流した。


「チッ。缶が悪いんだよな、缶が……。もうちょい俺の足にフィットする缶だったら、ぜってぇ負けなかったのによぉ……」


 省吾は香苗に負けたことが納得いかないようで、ブツブツと独り言のように文句を言っていた。


「さて、これで香苗が暁に命令する権利を得たわけだ。どうする、香苗?」


 新一の言葉に、香苗がモジモジとしながら頰を赤らめた。……やはり嫌な予感しかしない。


「み、みんなに聞こえるように言わなきゃ……ダメ?」


「いや、別に暁にだけ言ってもいいぞ」


「ほんと? やったぁ!」


 新一から了承を得た香苗がルンルンとスキップしながら俺の側まで来て、耳打ちをしてくる。


「……エッチしよ」


 だろうと思ったよ! ちくしょうめぇッ!!


 過去に一度の過ちで香苗と関係を持ってからというものの、それから同様の誘いを何度も受け続けている俺には予想がついていた。


「却下だ、却下! 常識の範囲内にしろって言っただろ!?」


「えぇ……好きな人とするのは、常識だよね?」


「俺はおまえのこと好きじゃないの! だからダメ! この話はおしまい!」


「暁、ひどいー! そんなにはっきり好きじゃないって言わないでよぉ!」


 香苗が涙目になる。


「…………暁、おまえはゲームに負けたんだ。ならば、勝者の命令は聞かなければならない」


「そうだそうだー、部長の言う通りだー」


 香苗が新一に便乗してくる。なにこいつ殴りたい。


「いいじゃないか、香苗とデートをするくらい。思春期の男女ならよくあることさ」


「えっ……!?」


 新一の言葉に香苗が違う、そうじゃないと困惑した表情をする。


「デートの命令をしたんだろ、香苗?」


「えっ……えぇっ……?」


「デートの命令をしたんだよな?」


 新一が香苗に追い打ちをかける。その言葉には、どこか圧が感じられた。


 ……そうか、おそらく新一は本当の内容を察したんだろう。

 俺と香苗が関係を持ったことは、俺からは新一に話してはいない。しかし、香苗が新一にそのことを話している可能性はあり得る。

 だとしたら、香苗が何を言ったのかを俺たちの会話から読み取ったとしても不思議ではない。


「うん……そう。デートだよ、デート……」


 香苗が拗ねたように口を尖らせる。


「……だ、そうだ。暁、それくらいならいいだろ?」


「……ああ」


「やった! よく考えたらデートできるだけでも嬉しいや! ふふー、デートデート! 暁とデートー!!」


 さっきまで口を尖らせていた香苗は、もう既に浮かれていた。


 ……新一は全てを知った上で、丸く収める方向へと誘導してくれたのだろう。


 それを頼もしく思うのと同時に、俺はどこか底知れない恐ろしさを新一に感じていた。

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